2018年5月15日 (火)

PIECE OF PEACE in 松本

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 世界遺産チャリティーアートエキジビションが、松本に最近オープンした信毎メディアガーデンやパルコで開催されている。レゴブロックで作った世界遺産展「PIECE OF PEACE」。プロのレゴブロックビルダーが競うように作り上げた、精密な模型。レゴでここまでやれるのか! と驚きと感動の展覧会です。

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 世界遺産は2017年現在で1,073カ所あるそうだ。作品になっているのは、その中でも「超」がつく有名建築物や遺跡。ヨーロッパではピサの斜塔やコロッセオ。サグラダファミリアやエッフェル塔。モンサンミッシェルやイスタンブールのブルーモスクなどなど。

Photo_3  アメリカ大陸では自由の女神やマチュピチュ遺跡、イースター島のモアイ像。製作日数が17日とか24日とか、気の遠くなるような作業だ。アフリカ大陸のピラミッドやアブシンベル神殿の彫像も見事な出来映え。作品を構成するパーツの数も種類もハンパじゃない。

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 アジアではベトナムのフエやタージマハール、万里の長城、四川省のパンダ。わが日本は姫路城や厳島神社。日光東照宮、白川郷や富士山、軍艦島まで12作品が展示されていました。そして面白いのは会場に置かれた休憩用のベンチも、大きなレゴブロックでできていた。思わず「いいね!」してしまいました。
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あなたの1ピースがカチッとはまると、
世界遺産はきっと喜ぶ。

PIECE OF PEACE
レゴブロックで作った世界遺産展
2018年5月12日(土)~ 6月3日(日)
信毎メディアガーデン、松本パルコ、MIDORI松本

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2018年5月12日 (土)

クレソン畑へ収穫に

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 スミレの花咲くころ、おいしいクレソンが待っています。長靴を履いていざ収穫へ。コシアブラやハリギリの新芽を摘みながら山道を奥深く歩いていくと、いつも湧水がすこしずつ流れている場所がある。そこがわが家のクレソン畑。(ほかに採る人がいないので勝手にそう呼んでます) 

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 春のクレソンは美しく柔らかく香り高い。冷たーい清らかな水に根元を洗われて光り輝いている。アブラナ科で別名オランダガラシ。ヨーロッパ原産で日本には明治時代に持ち込まれたものが、全国の山野で野生化しているという。とは言え、自生している群落を見かけることは珍しいのではないでしょうか。

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 わが家がこの秘密の畑を発見したのは5年ほど前。以来毎年春になると収穫を楽しみにしている。で、今年も出かけてみる。ありました! クマザサをかき分けた先に、鮮やかなグリーンが目に飛び込んでくる。そのあたりだけ山道に緑のカーペットを敷き詰めたような感じ。

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 独特のさわやかな辛みが愛されて、すっかりポピュラーになったクレソン。肉料理に添えたり、グレープフルーツやオレンジに合わせてサラダにしたりと大活躍です。今回は用意してきた鴨肉と採りたてのクレソンで失楽園鍋。大量のクレソンをぺろりと食べられる。これがサイコーの食べ方かもしれません。
 

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2018年4月 6日 (金)

てまりんと森の中のムーミン

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 けいママが訪れた信州奈川の春。 
 ここに暮らす人々はよく言います。「春の素晴らしさをよ〜く知っているから、長くてつらい冬を耐えられる」と。
 滞在中の一週間あまり、毎日野山を散策したり、窓から木々を眺めたりして、その言葉の重さを噛み締めました。

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 そして神戸に戻る前日、奈川の知人から頂戴したお土産に感激! 松本市に伝わる伝統工芸品が、こんなに可愛いお菓子「松本てまりん」になってるんですね。東京銀座の長野アンテナショップでも大人気の商品だとか。サクッと最中の中は何が入ってるの? さあ? ヒントはカラカラ音がするもの・・・です。これは確かに女性に受けますねえ。
 そしてもう1つ。思いがけないお土産を頂戴してしまいました。何と!ムーミンマーケット限定のキュートなイラスト入りのラズベリージャムです。

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   「ええっ!なんで? 奈川にムーミンショップが?」 いえいえ、けいママが滞在中、たまたま名古屋に行かれた知人が、パルコで開催されていたムーミンマーケットに出くわし、すぐさまムーミンオタクのけいママを思い出してくださったのです。しかもこのイラスト!
 以前けいママのブログ「ムーミン・ウインターマグ2015」に登場したものに、さらにストーリー性が加わっている、言わばお宝バージョンです。
 「これはもう、けいママのお土産に買うっきゃ無い!」と、わざわざ名古屋から奈川に持ち帰ってくださった、そのお心遣いにうるうる! 窓辺に置いて、早速愛用のムーミンマグとのコラボショットと相成りました。
 この地に来て、いつも一番楽しみなのは「お茶の時間」です。日々季節の変化を伝えてくれる庭の木々や植物。そこを行き交う様々な鳥たち。大好きなムーミンマグがいつもそばに。
 な〜んにも無いけど、ここは本当にいいところ・・・ と、土地の人たち。いえいえ、ここには何ものにも変えがたい豊かな時間がありますとも。
 てまりんとムーミンジャムを大事に抱えて神戸に戻るけいママですが、すぐにまた来ます! 次回、若葉で満たされる信州奈川に。

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2018年3月 7日 (水)

NOMUGIもシーズン終盤です

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 奈川高原の野麦峠スキー場 NOMUGI。春の嵐が吹き荒れた後、すっかり春めいてきました。まだまだ氷点下になりますが、最高気温が10℃を超える日もある。おまけに大雨の日があったりして、一気に雪が融けてしまいました。シャーベット状になった雪は重くなり、融けて凍った上にまた雪が積もって、と難しいコンディションになってきた。スキーシーズンも終盤にかかりました。

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 それでもゲレンデの上の方と下の方とで、スキーの大会とボードの大会がそれぞれ開催された日などは、第二、第三駐車場までいっぱいになる盛況。Photo_3 実況中継と解説者も本格的だ。冬のオリンピックの熱冷めやらぬこの時期、出場した選手たちもその気になって滑っていた。ちょっと褒めすぎかもしれませんが。ま、それにしても、すこしずつスキー・ボード人口が増えてきたような気がするのは、喜ばしいことです。来シーズンはさらなる賑わいを期待しましょう。

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 今シーズンのトピックスは、レストハウスに土日だけオープンする 2130 COFFEE の開店。店名の 2130 はリフト最上部の標高2,130mにちなむ。三軒茶屋の名店「オブスキャラ」が焙煎した豆で淹れてくれる。スキー場とは思えない美味しさ。驚きと、感動と、じわっと喜びがこみあげます。

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 本日のコーヒーのご紹介です。★エチオピア「イルガチェフ農園」 焙煎:Medium 精製:ナチュラル 柑橘類の甘酸っぱさ、丸みのある口当たり フルーティなコーヒーです ★ブラジル「ベレダ農園」 焙煎:Fullcity 精製:ウォッシュ ナッツのような香ばしい甘みと苦み バランスのよいコーヒーです と、丁寧に説明してくれているけど、写真で撮ると違いがわかりません。当たり前だ。でした!
 

 

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2018年2月 1日 (木)

野麦の雪は今がサイコー

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 信州奈川の野麦峠スキー場。先日の厳しい寒波も和らいで、いまスキーとスノボで遊ぶには絶好のシーズンに入っている。標高が1,400m~2,130mと高いので、もともと雪質の良さは定評がある。ところが寒波が来ると、晴れた昼間でもいちばん上はマイナス15℃以下にもなる。ここまで下がって風が吹くと、顔の少しだけ出ているところなど、寒さではなく痛さを感じるぐらい。

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 野麦峠スキー場は標高差もあるし、全長4,000mを一気に滑れる上級者向きのコースだ。ただ途中に斜度が大きく狭くて厳しいところを通らなければいけないので、初心者にはちょっときついかもしれない。その分ゲレンデは空いていて、誰かにぶつかられてケガをする心配はあまりない。なにより素晴らしいのはパノラマビュー。正面に乗鞍岳、右に穂高連峰、左には御嶽山。何度見ても感動します。

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 そして最大の魅力は人が少ないこと。スキー場の経営者は苦労が絶えないかもしれないが、利用する客からみるとこんなにいいことはない。まさに穴場。リフト待ちなど30年ほど前のスキーブーム以来、とんと見かけない。最近はまたスキーやボードの人気が復活してきたけれど、土日を除くとがらんしてゲレンデを貸し切り状態で楽しめる。野麦の名誉のために言っておきますが、土日は第三駐車場まで満杯になることもあります。

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 滑りやすくて快適なパウダースノーは、転倒しても気持ちがいい。転びたいわけじゃないけれど。ヒザが疲れてきて雪煙を上げて転んでも、地球と戯れている感じで楽しい(すこし負け惜しみ)。こんなに条件がいい、いい、と褒めまくるスキー場で何十年も滑っているのに、まったく上達しないのはなぜだろう? 年数は長くても、ひとシーズンに2~3日じゃあ、誰でもダメおやじ。(負け惜しみの極致!)。GoProで撮影してもらった映像からの写真でした。

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NOMUGI 野麦峠スキー場

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2017年12月10日 (日)

静かで厳しい白い世界へ

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 まだ最低気温はマイナス5℃ぐらいまでしか下がらない。本格的な冬はやはり年が明けてからでしょうか。でも晴れと雪が1日おきで、このまま真冬に向かっていきそうだ。この2年は暖冬で雪のないクリスマスだったけれど、今年は間違いなくホワイトクリスマスになるでしょう。暖かいほうがなにかとラクだけれど、冬枯れの景色では気分が出ない。

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 まわりのカラマツ林は春の芽吹き、夏の新緑、秋の黄葉と鮮やかな姿を見せてくれるが、落葉した冬も美しい。幹と枝だけになった裸の樹形がほんとうに美しい。その枝に白く雪が降り積もると幻想的で、繊細なジュエリーを見るようです。このあたりの雪はサラサラで、枝に積もった雪は風が吹くとすぐに飛ばされる。だから枝の上の雪を見る時間は意外と短い。あとは裸の枝だけ。

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 敷地内にうるさいほどたくさん咲くオオバギボウシ。まだしっかり茎を立て、来年のために種を落とした枯れた花を残している。やがてこの上にも雪が降り積もり、白い世界に埋もれてしまう。厳しい季節。でもね、寒ければ寒いほど、厳しければ厳しいほど、薪ストーブの炎に幸せを感じる。ホットウイスキーの温かさが身に沁みる。神戸では暑すぎるカーディガンも心地いい。寒い寒い冬も、いいことがいっぱいあるのです。
 

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2017年12月 7日 (木)

奈川はすっかり冬景色

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 恵那トンネルを抜けたあたりから雪が舞いはじめ、権兵衛峠まで来るとしっかり積もっているじゃないですか。でもまだ12月。すぐに融けるさ、と高をくくっていたら、藪原から境峠を越えるころには吹雪になっていた。「こりゃ除雪車に出動してもらわないとヤバいぞ」と考えながら奈川の家へ。最後の坂を登れるか、と心配しながらやっと到着。ヤレヤレ、ハァ。たぶんこの冬一番の寒気がやって来たのだと思う。

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 薪ストーブが赤々と燃える部屋から外のテラスを見ていると、みるみるうちに10cm以上は積もっていく。朝起きると世界は真っ白に変わっていました。美しい季節の到来です。聞けば今シーズン3度目か4度目の雪らしいけれど、いままでは翌日すぐに融けてしまうような寒さだったらしい。でも今回は気温も低いし、もしかしたら根雪になって長い長い冬の始まりかも。20日オープンと宣言しているスキー場はうれしいかもしれない。

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 雪が積もる前の冬枯れの風景は、緑もなく枯れ枝や枯れ草の薄茶色ばかりの地味な色合い。それが雪に覆われると汚いものはすべて見えなくなる。ピュアで無垢な世界。世俗の罪もしばらくは許される、あるいは執行猶予される。そんな感じかな。寒さは厳しいけれど、そんな季節が好きです。薪が燃える音や炎の色が、こんなに素敵なものだと思い出させてくれるから。

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2017年9月16日 (土)

奈川のソバが育っています

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 7月末に種まきをした秋ソバが順調に育っています。種をまいてわずか4日後には芽を出したソバ。Photo_5 それがいま満開の花盛り。ソバはもともとやせた土地にできる救荒作物。生命力が強い植物だ。米がとれない奈川では、昔から村のあちこちでソバが植えられていた。1200mから1300mと標高が高く冷涼な気候の奈川のソバ『奈川在来種』は、日本一おいしいと言われている。(TV番組「秘密のケンミンSHOW」?で、そう紹介された) 収穫量が少なく、手に入りにくい幻のソバ。小粒だけれど、香り高く味が濃い。

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 その奈川の在来種を、1区画借りた畑で育てている、というわけ。あぜ道には白とピンクのゲンノショウコがいっぱい咲いている。ススキも穂を輝かせている。畑からの眺望がまた特別すばらしい。正面に乗鞍岳、右手に西穂高岳、ジャンダルム、奥穂高岳、前穂高岳と並ぶ。高原の澄んだきれいな空気を吸い、こんな絶景を見て育ったらおいしくないはずはない。と、確信しております、はい。

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 このブログで7月19日の「ソバの花と栗の花」という話を書きましたが、7月に咲いていたのは夏ソバ。そこでもふれているソバの花のニオイ。どこに養鶏場があるのだろう?と、まわりをきょろきょろ探すぐらい、そこら中がまさに鶏ふんをまき散らしているかのよう。おいしい味覚をもたらす美しい白い花が、こんなに臭いニオイをまき散らしてるなんて。意外でしょ。でもこのニオイに誘われて集まったハチやチョウ。蜜を吸いながら、知らないうちに受粉に利用されている。人間にとって不快なニオイも、子孫を残すためのしたたかな戦略だと聞きました。

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 さて収穫は霜が降りる前の10月下旬の予定。種まきから3ヶ月足らず、成長が早いです。そして脱穀して、粉にひいて、蕎麦を打って(ただしすべてプロに助けてもらいながらですが・・・)、しみじみ味わう。サイコーでしょうね、きっと。いまから楽しみにして待っています。ただし、その時期に遅めの台風が来なければいいのですが。祈るしかありません。

 

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2017年8月 4日 (金)

愛しのエスプレッソ

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   黄金の円柱がそびえ立つ。そのてっぺんには羽を広げた鷲なのか、鷹なのか・・・ 格調高いこの物体は一体何なのでしょう?
 はい、松本にある大型ショッピングセンター「INOUE iCITY21」の中にある「キャラバンコーヒー」店内で遭遇した大型・業務用のエスプレッソマシンです。
 なんと、日本には今や3台しかないレトロなレア物のマシンだとか! 大きな買物袋を提げてふらりと立ち寄ったカフェで、ひょこっとお目にかかれるなんて! ラッキーです。
 もちろん製造元のイタリア国内でも、今ではもう滅多にお目にかかれない名器なのでしょう。
 このマシンがよく見れるカウンター席に陣取ってカフェを注文。サーブしてくださるスタッフの手元をまじまじと見つめる。と、心はイタリアに飛んで行く?
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   空前のコーヒーブームと言われる現在の日本ですが、主流はあくまでドリップコーヒー。でもイタリアではカフェと言えばエスプレッソコーヒーを意味します。大きな図体のおじさんがふらりとカフェに立ち寄り、カウンターに肘をついてバリスタに合図。するとすぐさま“あ・うん”の呼吸ですくっとマシンを操る・・・。イタリアでバリスタと言えば、それはもう大変な技術を要する職業です。お客さんの好みを熟知。だからこそ客は毎日のように同じカフェに通い、一杯のカフェをあっという間に飲み干し、満足感たっぷりに立ち去る・・・。またね!もちろん、明日も、いえ、ひょっとしたら今日の夕方、いえお昼も?
 イタリアの粋なカフェ文化を支えるマシン。エスプレッソツールの専門メーカーである「BEZZERA」(ベゼラ)は1901年にLuigi Bezzeraが、現在の全てのエスプレッソマシーンの原型となるコーヒーの急速抽出の技術を世界で初めて発明したことで知られる老舗メーカーだとか。今日でもミラノの熟練工によって製造され、世界中で高い評価を得ているそうです。
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   一方このお宝マシーンを所持しているキャラバンコーヒーもこれまた凄い!
 1928年に横浜で創業開始。日本人にとって全く新しい飲み物であったコーヒーを啓蒙し、販売していく長い道のりを「Caravan」と言う社名に込めたとか。決して早くはないけど、実直に堅実に進んで行こうと言う強い意思。
 コーヒーを心から愛して来た人々の深い想いが一杯のカップの中に。「有難うございました」と笑顔を向けてくれたスタッフに心の中で一言。「マシーンの洗浄や管理、きっと大変なのでしょうね。また必ず来ますから!このマシーンで美味しいカフェをまたお願いしますね!」

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2017年8月 1日 (火)

戦国の悲劇を歩く

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 先日、「祠峠講座」という催しに参加してきました。旧安曇村・大野川から旧奈川村に抜ける鎌倉街道を歩き、ここを舞台にした戦国時代の悲話を聞きながらゆかりの神社跡を巡るというもの。「山歩きができる服装で」とは聞いていましたが、約7kmの行程を6時間かけて歩く予定なので、すこし軽く見ていた。ところが実際に歩いてみると、ヤブ漕ぎあり、足元が崩れるガレ場あり、滑りやすい急な崖ありで、大変なルート。まさに道なき道、ケモノもめったに通らないケモノ道を行く。

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 戦国の悲劇の主人公は三木(姉小路)秀綱とその奥方。秀吉に抗ったため攻められ落城。飛騨の国から信濃の波田へ落ち延びる途中で命を落とす。Photo_8 二人は2ルートに別れて北アルプス越えを敢行するが、いずれも落ち武者狩りにあい、非業の死を遂げる。手を下した奈川の豪族が、たたりを恐れて秀綱神社を建てたという言い伝えの舞台。
 峠に到着すると、傾いた鳥居は残っているが社殿は崩れ落ちていた。ただしこの神社は梓神社。そしてここから奈川寄りには、崩れた住居跡がぽつりぽつりと現れる。

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 このあたり、なぜ廃墟になったのか、と言えば、その道が使われなくなったから。なぜ使われなくなったのか、と言えば、ダム湖ができて通り抜けできなくなったから。Photo_10 通り抜けできなくなった住民たちは集落を出て行った。そして住宅も神社も打ち捨てられ、建物の残骸だけが残り、その住居跡も草に覆われ土に帰ろうとしている。祠峠を奈川側へ険しい道を下り、やっと秀綱神社を見る。この社も住民が集団移住した下流の波田に神さまを移し、空っぽの社と拝殿が残るのみ。

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 原因となった東京電力の奈川渡ダムの建設は、戦国時代から続く歴史からみると意外と最近というべきか、まだ50年ほど前のこと。昭和42年ごろに奈川村の集落が水没により住民が移住。安曇村の集落もダム湖によって生活圏が分断され、人が住まなくなった。Photo_9 いまは朽ち果てた家屋の残骸も秀綱神社も、廃墟マニアには魅力的かもしれないが、なにせガイドさんなしでは遭難してしまいそうなわかりにくい場所。歴史ロマンよりアプローチの困難さが勝る。ちょっと観光資源にはなりづらいか。
 今回は「祠峠講座」のおかげで貴重な体験をさせていただいて、感謝です。

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