2022年1月24日 (月)

秘密のチョコレート工場へ

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 色彩、造形、毒舌、ユーモア、優しさ、そして過去の名作へのオマージュ。ティム・バートン監督の美学と世界観がすべて詰まった2005年の名作ファンタジーが『チャーリーとチョコレート工場』。原作は大好きな「あなたに似た人」を書いた才人ドアルド・ダールの児童文学「チョコレート工場の秘密」(田村隆一訳 評論社)です。

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 有名チョコレート会社が秘密の工場に子どもたちを招待するキャンペーンを始めた。包装内に隠されたゴールドチケットをめぐって大騒動が勃発。当たり券は世界でたった5枚。バートン作品には不可欠のジョニー・デップが天才ショコラティエで工場主のウィリー・ウォンカ役。素直な少年チャーリーをフレディ・ハイモアが演じる。

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 招待された工場の内部は想像を絶するものばかり。スイーツ好きにはたまらないお菓子の森にチョコレートの池。謎の小人や勤勉に働くリス。超ハイテク機械や瞬間移動エレベーター。ワクワクするけどヘンテコな、ちょっぴりホラーなワンダーランドを楽しむ見学ツアーです。工場主のウィリーは驚くみんなを見て上機嫌。

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 この招待では1人だけに特別賞が与えられることになっている。大食いの子、自信過剰の子、わがままな子、傲慢な子、みんな次々に脱落していく。最後に残ったのは貧しい家庭で健気に生きるチャーリー。5人の中でいちばん存在感の薄い内気な少年だったのに。自己主張が強くないから逆に良かったのかもしれないね。

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 金持ちだけど厳格過ぎる父に育てられた工場主ウィリーは、愛に飢えた孤独な心を持て余している。おじいちゃんおばあちゃんとも一緒に暮らすチャーリーは、自分のことよりも家族を思って重大な決断を下す。さて、特別賞の賞品とは何だったのか? 幸せとは。人生とは。おとぎ話だけれど、いろんなことを考えさせられます。

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 ミュージカルの要素もたっぷり効かせて、軽快に話は進む。こんなスピーディな独特のテンポもティム・バートンの魅力です。パロディのシーンや元の映像へのリスペクトも笑えて、極上のエンターテインメントに仕上がっている。子どものころの夢を忘れずに!と教えられた作品でした。古いけれど一見の価値ありです。

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2022年1月20日 (木)

ネパールの名誉を賭けて

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 標高8,000mを超える高峰は世界に14座。ネパール、パキスタン、チベットにまたがるヒマラヤ山脈とカラコルム山脈にある。そのすべてを7ヵ月で登頂する計画を立てた男がいた。ネパール人の ニルマル ”ニムス” プルジャの挑戦を追ったのがトークィル・ジョーンズ監督の『ニルマル・プルジャ 不可能を可能にした登山家』。

8000m

 史上初めて14座を制覇したのは伝説の登山家ラインホルト・メスナーで、16年をかけて達成した。それを、わずか7ヵ月で! 8,000mを超えると酸素濃度が地上の3分の1と薄く、人間が生存できないデスゾーンと呼ばれる。実現不可能と言われたチャレンジを淡々と描くドキュメンタリー。それがかえってスゴさを際立たせる。

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 アンナプルナ4月23日。ダウラギリ5月12日。カンチェンジュンガ5月15日。エベレスト5月22日。ローチェ5月23日。マカルー5月24日。ナンガパルバット7月3日。ガッシャ―ブルムⅠ峰7月15日。ガッシャ―ブルムⅡ峰7月18日。K2 7月24日。ブロードピーク7月25日。チョ・オユー9月23日。マナスル9月27日。シシャパンマ10月29日。

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 天候不順や事故など、さまざまな危機や予期せぬ障害を克服しながら、6ヵ月と6日で達成したネパール人だけのプロジェクト・ポッシブル。ニムスは見事なリーダーシップを発揮して計画を成功に導く。しかも自分たちも過酷な状況に置かれているのに、ほかのパーティの遭難を聞くと救出活動に奔走。人間としても素晴らしい。

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 直後のインタビューで「これが欧米人だったら世界中の大ニュースになるんだけれどね。でもネパールとネパール人登山家の名誉のために役立ったらうれしい」と語った。これまで欧米人の登頂者はちゃんと名前が出るのに、ガイドして一緒に登ってもシェルパとしか記録に残らない現状を変えたいとも言っている。

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 クラウドファンディングで資金を集めたり、エベレスト直下の渋滞の写真をニューヨークタイムズに提供したり、単なる登山家を超えて、事業家やプロデューサーとしての資質も発揮。広い視野で考え、冷静に判断し、強い意志で決断するニムスの魅力があふれたドキュメンタリー。過酷なデスゾーンのリアリティに感動しました。 

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2022年1月16日 (日)

まわり全員みんな殺し屋

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 蜷川実花の美意識全開の美術と映像が、カラフルに、パワフルに、狂気の世界を創り出した。2019年の監督作品『Diner ダイナー』。平山夢明の小説(ポプラ社、ポプラ文庫)を実写映画化した作品だそうです。原作は読んでいませんが、蜷川色に染まってより芸術性の高いものになったのではないでしょうか。

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 凶悪な殺し屋たちに元殺し屋の天才シェフ・ボンベロが極上の料理をふるまう特別なダイナー。そこで新人ウェイトレスとして働くことになったオオバカナコは、恐怖と緊張の日々。不器用でどうしようもなかった彼女も、死と隣り合わせの毎日を生き延びるうちに、したたかに成長していく。こんな二人を藤原竜也と玉城ティナが好演。

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 キッチュ、ゴージャス、グロテスク。クセの強い殺し屋しかいない見世物小屋。あるいはハチャメチャで悪趣味でカッコイイ世界。異色サスペンスで耽美的な殺しのファンタジー。映像美に圧倒されて、ストーリーのぶっ飛び具合も気になりません。本当にあっという間の1時間57分。理解しようなどと思わず、何かを感じればいい。 

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 特別ダイナーの店内に飾られた横尾忠則のポスター。キーになる小道具として名和晃平の立体アート。特殊メイクとチョー個性的なコスチューム。さすが、アーティスト蜷川実花ならではのチョイスが光る。出演者の豪華さにも驚かされます。主演級の俳優がいっぱいで、しかもチョイ役の殺し屋をみんな楽し気に演じている。

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 窪田正孝、本郷奏多、武田真治、斎藤工、小栗旬、土屋アンナ、真矢ミキ、木村佳乃、奥田瑛二、佐藤江梨子、板野友美。お父さまの蜷川幸雄さんが亡くなった大ボス役を「遺影で出演」、というのには笑わせられました。いっぱい血が流れ、いっぱい人は死ぬけれど、凄惨なイメージはありません。むしろ爽やかさを感じました。

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2022年1月 7日 (金)

バカヤロー、コノヤロー

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 いかにしてビートたけしは生まれたか? 劇団ひとりが脚本・監督をつとめた『浅草キッド』がメチャおもしろい。浅草フランス座を舞台に師匠の深見千三郎と過ごした濃密な日々。舞台演芸からテレビへの過渡期の時代。昭和な芸人の世界を描いた、同じタイトルの自伝的小説(太田出版、新潮文庫)を映画化した作品です。

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 座長で伝説の浅草芸人、深見千三郎。ホントは優しい人情家なんだけれど、そう思われるのが恥ずかしい。照れ隠しもあって口が悪く、うれしいときは怒るし、悲しいときはおどける不器用な人。弟子と食事に行っても、「バカヤロー、コノヤロー、何食うんだ」。何かにつけて「バカヤロー」や「コノヤロー」を使うのが口癖だ。

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 シャイで、粋で、毒舌、早口、アドリブ。深見は芸人としてのプライドと独自の美意識を持っていた。「芸人は良い服を着ろ。腹は減っていても見えないが、着ている服は見える。特に足元を見られないように靴には気を遣え」。「笑われるんじゃない、笑わせろ。舞台から降りたら格好いいと言われるようにしろ」と、厳しく叩き込まれる。

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 彼が弟子入りした昭和40年代、すでに浅草の劇場からは客足が遠のき、経営は難しくなっていた。羽振りよく見える深見も、おんぼろのアパート暮らし。エレベーターボーイのたけしを柳楽優弥。深見千三郎を大泉洋が演じる。笑いと切なさ。若さの勢いと衰退に向かう寂しさ。頭角を現していく弟子と落ち目の師匠の微妙な関係。

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 独特のカリスマ性と気っぷの良さで、芸人はもちろん浅草の街の人たちからも慕われていた深見。鈴木保奈美、門脇麦、土屋伸之、風間杜夫など共演陣が、それぞれの立場で彼を愛し支えていた様子を好演。たけし破門からの再会と和解、そして悲しい最期。単なる成功物語に終わらず、感動的なヒューマンドラマになりました。

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 そうそうたるお笑い芸人に大きな影響を与えた深見千三郎だが、テレビの笑いを頑固に認めなかった。だから彼のコントやタップダンスのスゴさは映像で残っていない。最後の弟子たけしは師匠が邪道とみなした漫才で、ツービートとしてのし上がっていく。別の道を選んだだけれど、この偉大な師匠あってのたけしなんだなぁ。

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2022年1月 4日 (火)

ハッピーエンドじゃないけれど

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 レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、メリル・ストリーブ、ケイト・ブランシェット、ロブ・モーガン、ティモシー・シャラメ、ジョナ・ヒル、マーク・ライランス、アリアナ・グランデ・・・ こんな豪華キャストが揃った映画は「きっとつまらないだろう」と早合点せず、ぜひ観てください。ハッピーエンドじゃないけれど大いに笑えます。

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 アダム・マッケイが監督・共同脚本の『ドント・ルック・アップ』。ある日冴えない天文学者ミンディ博士と教え子の大学院生ケイトが、地球衝突のコースで近づく巨大彗星を発見する。しかもそれは6ヶ月後! さぁ大変、早く世界中の人々に知らせなきゃ。派手なSFサスペンスが始まる、と思いきやブラックなコメディに変わっていく。

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 大統領に直接訴える機会を得るが、迫りくる地球滅亡よりも彼女(大統領は女性なのです)の関心事は中間選挙情勢、話を早く済ませてと笑い飛ばすだけ。人気のTVショーに出て説明しても、司会者は心配しないどころかジョークのネタにされる始末。みんな危機感ゼロ。誰もまともに聞いてくれないのだ。ああ、時間はない。

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 テレビで大声で叫んだケイトはSNSで誹謗中傷の嵐。環境運動家のグレタ・トゥーンベリさんのように。女性版トランプのような大統領と、スティーブ・ジョブズかザッカーバーグを思わせるIT業界のカリスマも登場。地球壊滅より支持率。命の危機より金儲け。政治、経済、メディア。たっぷり風刺が効いた極上エンターテインメントです。

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 タイトルの『Don't look up』(上を見るな)は、科学的事実から支持者の眼を背けさせ国民の分断を助長するために大統領が始めたキャンペーン。フェイクニュースに熱狂する大衆の危うさと、SNSのもろさも考えさせられます。ラストシーンもヒエロニスム・ボスの「快楽の園」を思い出す。怖くて、笑える、145分でした。

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2021年12月20日 (月)

心やさしい剣豪

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 佐伯泰英の人気時代小説の映画化『居眠り磐音』は、予想していた以上におもしろかった。監督は『超高速!参勤交代』シリーズの本木克英。古いしきたりに縛られた武家社会における友情や恋愛。江戸時代の庶民の暮らしに経済政策まで絡めた複層的なお話を、今風にうまくまとめた手腕はさすがです。

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 主演は松坂桃李。時代劇に主演するのは初めてだそうですが、見事な殺陣、独特の剣法で胸のすく立ち回り。ところが普段は優しいを通り越して弱々しく感じるほど。それがイザとなればやってくれます。新しい時代劇ヒーローは、全然ヒーローらしくない素浪人。現代風に言えば失業者、いつもアルバイトを探している。

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 共演する女優陣もピッタリはまっていて良かった。故郷九州で待つ許嫁を芳根京子が。江戸で知り合う気っぷのいい町娘を木村文乃が。幼なじみの柄本佑。強欲な商人を柄本明。剣の師匠は佐々木蔵之介。そして中村梅雀、谷原章介、西村まさ彦、陣内孝則など豪華キャストが個性的な演技を繰り広げる。

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 藩の組織の腐敗や幕府の中枢までおよぶ不正や政略。昔のことを描きながら、現代に通じる問題点を提起するニュー時代劇が、近ごろとても目立つと思いませんか。いまの政治、経済、社会問題を婉曲に表現してエンターテインメントにする。これにいちばん適したスタイルがニュー時代劇なのかもしれませんね。

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2021年12月16日 (木)

FOXのスキャンダル

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 大手テレビ局FOXニュースを舞台にしたスキャンダル。テレビ界の帝王と呼ばれたCEOが女性キャスターへ性的関係を強要するセクハラ事件で提訴された。世界を揺るがしたこの事件を基にジェイ・ロフ監督が映画化した『スキャンダル』。主な登場人物は、被害者も加害者も実名だ。アメリカはすごいなぁと思いました。

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 「忠誠心をみせろ」が口癖の、絶対的権力者が長年にわたって悪質なセクハラを行っていたという衝撃の事実。逆らうとポストを外される。飛ばされる、解雇される。FOX社内では誰も逆らえなかった。ハリウッドの有名プロデューサーの件もそうだが、役が欲しい、名声を得たい、という欲望を利用したあくどい仕業。

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 解雇され訴訟を起こしたたベテランキャスターをニコール・キッドマン。同調するか否かを悩む人気キャスターをシャーリーズ・セロン。キャスターの座を狙う野心家の新人をマーゴット・ロビー。年代も立場も違う三人の女性キャスターを演じる豪華出演者たち。それぞれに戦う姿がストーリー展開に奥行きを生み出している。

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 ちょうど大統領選挙が行われていた時期の出来事で、トランプ候補も実名、顔出しで登場する。保守系であるFOX社内の空気や政治的立ち位置も表現されていて興味深い。リベラルな報道姿勢のメディアではありえないかも、と思うのは偏見でしょうか。

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 華やかな世界の影の部分を明らかにしたこの事件は、MeToo運動の先駆けともなりました。声を上げづらくて泣き寝入りするしかなかったセクハラ被害者たち。社会的に影響力のあるTV局のキャスターが先陣を切ることにより、多くの女性が沈黙を破りはじめた。世界は確実にジェンダー平等と多様性に向かっています。

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2021年12月12日 (日)

ドロステって何ですか

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 まずはその意味を調べないといけないのでしょうが、わからないままに観はじめました。観ているうちにわかるだろう、と思いながら。人気劇団「ヨーロッパ企画」による初の長編映画で、原案・脚本が上田誠、山口淳太監督による『ドロステのはてで僕ら』。ハイ、わかりましたよ。しかもメチャ面白い! カメ止めに似た驚きと感動。

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 あるカフェのオーナーが自室のモニターから「オレは2分後のオレ」と語りかけられる。「え、えっ、どういうこと?」 いろいろ試してみると、1階の店のモニターと2階のモニターが、どうやら2分間の時差でつながっているらしい。タイムマシーン? それを聞きつけて集まってくる常連さんたち。もうビックリ仰天、驚きの連鎖。

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 やがてどう使うべきか、検討を始める。お金儲け? 恋愛占い? 「でも2分だからなぁ」と壁にぶち当たる。そこにあらわれた知恵者。2階のモニターを持って降りて、合わせ鏡のように向かい合わせに置け! そうすると次々と2分の時差が無限に連なって、もっと先の未来を知ることができる! いわばタイムマシーンテレビなのだ。

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 首尾よく100万円を拾ったり、意中の人があらわれたり、コワーいお兄さんに脅されて危機に陥ったりの大騒ぎ。最終的にうまく危機を脱した彼ら。これでハッピーエンドと思いきや、未来から宇宙時間管理局(?)の捜査官がやってくる。現在に変更を加えると未来が狂ってしまうから、なんとしても阻止するのが彼らの仕事。

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 さてここで、ドロステの意味。オランダの「ドロステ・ココア」のパッケージのイラストから生まれた言葉だそうだ。尼僧が持っているお盆にココアの入ったカップとドロステ・ココアの箱が。その箱にはカップとドロステ・ココアが乗ったお盆を持つ尼僧が描かれている。また・・・と同じイメージが延々と続き、シュールな視覚効果が。

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 この映画でも同じシーンが2分後に繰り返される構造が、ユーモラスでシュールな雰囲気を醸し出す。登場人物はみんなドジで頼りなさげな好人物。まるで古典落語の長屋の住人の味わいだ。俳優さんのセリフと演技力で勝負するスピーディな演出。全編 iPhoneによる撮影。ギューッと魅力が凝縮されたSFファンタジーでした。

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2021年12月 8日 (水)

地球を捨てて1000年後

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 近未来ではなく、だいぶ先の話だ。2072年、環境悪化が進む地球を捨て惑星ノヴァ・プライムへ移住した人類。この年を元年とする地球後暦アフター・アース(A.E.)1000年の超SF物語。西暦なら3072年ですね。M・ナイト・シャマラン監督によるショッキングなタイトルの『アフター・アース』は、遠征中の宇宙船のトラブルから始まる。

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 事故のため見知らぬ星に墜落した宇宙船。生存者は伝説の戦士サイファとその息子キタイのみ。そして、その見知らぬ星は1000年後の地球だったのだ。主演はウィル・スミスと実の息子ジェイデン・スミス。重傷を負った父に代わり、息子は緊急信号を発信させるため単身で大自然を進む。機体の後部が墜ちた100km先まで。

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 さまざまな危険にさらされ、恐怖におびえながらも歩みを止めない息子キタイ。猛獣の襲来や凍える寒さなど大自然を相手にしたサバイバルで、頼りなさげな表情が徐々に大人っぽく変わっていくのがおもしろい。限られた武器と知恵で敵に立ち向かい、無事に生き延びて使命を全うする。これは少年の成長物語でもあるのだ。

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 最大の敵は遺伝子操作で人類が生み出した生物兵器、「アーサ」というクリーチャー。人間の恐怖を感知して襲ってくるという怪物です。「危険は実在するが恐怖心は自分次第だ」という父の教えを胸に勝利するキタイ。己の恐怖心をコントロールしてアーサに感づかれない能力を身につけたのだ。これで彼も戦士になった。

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 未来の地球は、森林が地表を覆い野生動物が闊歩する、生命力に満ちた世界。また逆に人類が生み出した怪物に1000年後まで苦しめられている世界。人類がいなくなると環境破壊がなくなり、自然はこんなにも豊かになるのか。遺伝子操作はやはり神への冒涜なのか。いろんな意味で逆説的な思考が心に残りました。。

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2021年12月 4日 (土)

人生の落日を名演

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 なんと言っても名優アンソニー・ホプキンスがスゴイ! 現実と幻想の境目があいまいになっていく老人の、悲しみと苦しみを見事に演じている。表情のない顔が突然怒りに紅潮する。意味不明のことを言うかと思えば笑いおどける。まさに何を考えているのか分からん、という年老いた父親。迫真の演技が感動を呼びます。

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 面倒を見ている娘を演じたオリヴィア・コールマンも素晴らしい。不可解な言動を繰り返す父に振り回されどおし。自分の人生も仕事も犠牲にして尽くしているのに、感謝されるどころかますます要求はエスカレートするばかり。困り果てて何度も介護人を雇うけれど、老人の尊大で気難しい態度のせいですぐにやめられてしまう。

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 フロリアン・ゼレール監督の『ファーザー』を観ると、認知症のつらさは世話をする周りの人たちだけのものではない、ということにも気づかされる。本人の戸惑い、苛立ち、深い苦悩は、外からうかがい知ることは難しいけれど、確かに存在しているのだと納得できる。認知症の父の視点で物語が展開されるからこその表現だ。

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 現実と幻想の境界があいまいになっていく老人。人物の記憶と時系列が混迷を深め、事実がねじ曲がっていく。そんな彼の意識の世界を少し疑似体験できる仕掛けは、われわれ観客をも困惑させる。周りからはワケがわからない行動に見えて見えても、本人は理解してくれない理不尽な世界と精いっぱい戦っているのだろう。

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 腕時計を棚に置いたことを忘れて盗まれたと騒ぐ。毎日着ていたセーターの着方が分からなくなる。老いることの残酷さ。自分が壊れていく恐怖。ミステリーやホラーより、ある意味もっと恐ろしいかもしれません。特にある程度の年齢になれば・・・。2021年のアカデミー賞では主演男優賞と脚色賞を受賞しています。

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 この英仏合作映画は世界30か国以上で上演された舞台劇を基に作られたそうだ。そして原作の戯曲を書いたフロリアン・ゼレールがこの作品で映画監督デビュー。認知症の老人に寄り添うようなルドビコ・エイナウディの音楽も素晴らしい。挿入されるオペラ「ノルマ」や「真珠取り」のアリアもピッタリの選曲。名作です。

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