2017年5月12日 (金)

夢と現実、ラ・ラ・ランドが描く真理

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 もうほとんどの方が見られたでしょうが、「ラ・ラ・ランド」の素晴らしさは何だと思われますか? 歌、ダンス、演技。ストーリー、映像、演出。技術的なことを言えば、すべてスゴイ! オシャレだ! でもこの映画が歴史に残る名作になる(勝手に決めてます!)いちばんの理由は、『夢追い人は馬鹿だけれど素晴らしい』というテーマが持つ普遍性じゃないでしょうか。パンフレットにデイミアン・チャゼル監督のインタビューが載っています。少しネタバレになるかもしれませんが、その一部を引用させてください。

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 皮肉にも、セバスチャンとミアが夢を実現させるためには、ふたりは別れなければならない。僕がとても感動したのは、人は人生において、自分を変えてくれて、なりたい人物になれる道筋を作ってくれる人と出会えるけれど、最終的にはその道をひとりで歩まなければならないということだ。人は、残りの人生を決定づける人と結びつくことはできるが、その結びつきは残りの人生までは続かない。そのことは、ものすごく美しくて、切なくて、驚くべきことだと僕は気づいたんだ。ーーーチャゼル監督が言う人生の真理。夢を実現する、成功するのは素晴らしい。でも、そこにはほろ苦さも伴うんだよ、と。

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 大きな夢を持つ若い二人が出会い、お互いの夢を応援し、そして夢の実現のために別れる。こう書くとシニカルな人生観を表現した映画のように思えるが、決してそうではない。3月12日の記事『善きアメリカ、LA LA LAND』で書いたように、観終わった後とても爽やかで幸せな気分に包まれました。夢と現実、人生と芸術。実際にはそれらは一本道のような単純なものではないことをみんなわかっている。夢だけでは生きていけないことを。だからこそ、♪Here's to the one who dreams Foolish as they may seem♪(夢追い人に乾杯を たとえ愚かに見えても)と、ミアがオーディションで絶唱する姿に感動の涙を流すのでしょう。

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2017年4月24日 (月)

ルーヴル美術館、220年の記憶

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 「ルーヴルのないフランスは必要なのか?」と、刺激的な言葉を呟くロシア人の巨匠アレクサンドル・ソクーロフによる映画『フランコフォニア』。ルーヴルが持つ世界一とも言える美の価値は、つねに戦争とともに歩んできた歴史の集積だ。正直言って難解な映画です。哲学的で監督の自己満足という人もいるでしょう。始まったら即おねむになる方は、それもよし。

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 この映画は第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるパリ占領時、ジョジャール美術館長とドイツ軍の司令官メッテルニヒの関係を中心にしている。あくまで中心、というだけで、自在に時空を超えてストーリーは展開する(あっちゃこっちゃ彷徨う?)。そして時代をさかのぼりまた時代を下り、ヨーロッパの一大叙事詩をルーヴルからの視点で描く。

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 ドイツ軍の爆撃機も出るし、重要な役回りで亡霊もあらわれる。ナポレオン1世は、「これも自分が集めてきたものだ!」と栄光を語るし、フランス共和国の象徴であるマリアンヌは「自由、平等、博愛」と呪文のように唱え続ける。マリアンヌはドラクロアの名画『民衆を導く自由の女神』やNYの像で、わたしたちにも有名だ。フランスでは貨幣や切手などに描かれ、三色旗(トリコロール)に並ぶ象徴です。

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 映画のタイトル、フランコフォニアとはフランス語圏という意味らしい。このタイトルも良く分からないし、出だしから何度も挿入される嵐で荒れ狂う海を航行する美術品を積んだ貨物船も良く分からない。この船の船長はソクーロフ監督とスカイプでとぎれとぎれ交信している。もちろん現代。芸術は荒海の積み荷のように歴史に翻弄されるということ? 戦争や権力の前では無力だという比喩? きっと芸術を守るためには、絶えざる努力が必要なのでしょうね。

フランコフォニア
ルーヴルの記憶

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2017年4月18日 (火)

Google Earthで見つけた故郷!

Lion
 「LION/ライオン~25年目のただいま~」 この感動的な映画は実話に基づいている。インドで迷子になった貧しい少年が、オーストラリア人の夫婦の養子になって無事成長する。そしてかすかな記憶をもとにグーグルアースを使って自分の故郷を探し出し、25年目に帰郷して生みの母に対面する。こう書くと、ストーリーは単純だ。しかしグーグルというツールがなかった時代なら、まったく不可能なことだった。

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 このお話がいいのは、迷子になる5歳までインドのスラム街で育つこの少年は、とても幸せだったこと。優しい母と兄の愛に包まれて、貧しいけれど楽しく満ち足りていた。そして養子に行ったオーストラリアの育ての父母が、これまた愛情深くとてもいい人だったこと。
 インドには行方不明の子供が8万人もいるそうだ。そこには幼児虐待、人身売買、児童労働など、様々な社会問題が存在する。そんななか幸運にも新しい道に進めた彼は、素直でいい人に育つ。

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 ここに登場する人たちは、みんないい人ばかりだ。それぞれがお互いを傷つけたくない、悲しませたくないと考え、悩み、行動する。生みの親と育ての親。どちらがどうと比較できないほど、どちらの愛も深い。ただ、それらは同じ愛ではない。そして彼は現代ならではのツールを使って故郷に帰る。そのグーグルアースが使えるようになるのは、迷子になってから25年目のことだった。
 ちなみに主演のデヴ・パテルは「スラム・ドッグ$ミリオネア」の少年。タイトルの『LION』の意味は映画の最後に明かされますので。

 

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2017年3月27日 (月)

ヨーヨー・マと仲間たち

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 現代最高のチェロ奏者のひとり、ヨーヨー・マ(馬 友友)は1955年パリ生まれニューヨーク育ちの中国系アメリカ人です。このドキュメンタリーは、ヨーヨー・マを中心に結成された革新的な国際的音楽家集団シルクロード・アンサンブルの活動を記録したもの。「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」。原題は「The Music of Strangers」。

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 チェロやヴァイオリンやクラリネットやバンジョーなどの楽器に加え、アラビアのウード、中国琵琶(ピパ)、ペルシャのケマンチェ、スペインのバグパイプ、日本の尺八など西洋音楽とは違う異文化の伝統楽器を演奏する才能あふれる音楽家たちが参加している。彼らのルーツもイラン、中国、シリア、アゼルバイジャン、スペインのガリシア地方など多彩。戦争、弾圧、自由の欠如。故郷では演奏活動が困難な人たちもいる。そんなメンバーがそれぞれのアイデンティティを見つめ、普遍的な音楽の喜びを創り上げていく。

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 古代から東西文明が交差し、ヒトが、モノが、文化が行きかったシルクロード。いまヨーヨー・マとシルクロード・アンサンブルが目指しているのは、国境を超越し、政治体制や宗教を凌駕する、新しい普遍的な音楽文化の創造と進化。そしてこの文化力こそが平和で豊かな未来を開くと信じているからだ。歓びのハーモニーを求めて旅する『異邦人たち』。文化の多様性とお互いの歴史的政治的背景を認め合って、究極の音世界を共に生み出していく。まだ将来に希望を抱いてもいいのだ、と思わせてくれる。

 

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2017年3月12日 (日)

善きアメリカ、 LA LA LAND

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 夢を追う、希望を信じる。それに向かって邁進する姿は美しい。アメリカン・ドリームを象徴する都市、LA。サクセス・ストーリーを体現する場所、ハリウッド。ここを舞台に展開するミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」は、時代遅れの若きジャズ・ピアニストと売れない若き女優の物語です。苦しみ悩みながらもチャンスをつかもうと必死にがんばる。と書くと、よくある青春ドラマのようだけれど、全然ありきたりではなく本当に素晴らしい。

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 希望のないトランプ支持層が多く住む中西部とはまったく別のアメリカが、まだ生きていると感じられるのもうれしい。ついこの間まで世界中の人があこがれた国(でも今や幻影になったのか)を、半分かもしれないけれど信じてもいいのだいう思い。ハリウッドの関係者が絶賛するのは当然だ。

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 クラシカルな映像のトーン、うっとりする美しい音楽、過去の名場面を思わす演出のディテール。どれをとっても懐かしいけど新しい。それがすごい! セリフと歌、演技とダンスが、境い目なく違和感なくごく自然につながっていく主人公たちの演技力もすごい! ミュージカルの革命と言ってもいいかもしれない。あまりにも自然だから気付かないけれど。50年以上前に観た「ウエスト・サイド・ストーリー」以来の感動だ。

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 1980年代のアメ車のコンバーチブルとトヨタ・プリウスに乗る彼らの物語。夢のようにロマンチックなよそおいながら、リアルでシリアスなお話です。砂糖をまぶしたビターチョコレート。甘くて苦い大人の味です。驚きのラストに思わず涙が出ました。それはとても爽やかな幸せな涙でした。たぶんあと2~3回は観に行くでしょう。何度でもこのラ・ラ・ランドの空気に浸りたいから。

 

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2017年2月25日 (土)

サバイバルファミリーを観て震災を思う

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 矢口史靖監督の新作は「サバイバルファミリー」。ある日突然この世界から電気というものがなくなってしまう。照明は消える。スマホもPCも使えない。エレベーターやエスカレーターも止まる。冷蔵庫もテレビも、目覚まし時計も懐中電灯も。それに、電車やクルマや飛行機も、電気がなくてはまったく動かないのだ。当然ながら会社も学校も休み。都会にいても餓死するだけだから、井戸水や食料がある可能性にかけて、みんな田舎を目指す。まさに日本民族大移動だ。

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 口ばっかりで何もできないダメおやじに引き連れられた家族は、自転車でおじいちゃんのいる鹿児島を目指すことにする。何日かかることやら。しかも道中の水や食料は? 笑っちゃいけないけど笑えるエピソードがてんこ盛り。いろんな出来事や人との出会いを経ながら、西へ西へと向かうファミリー。川崎、静岡、大阪、神戸、岡山・・・どこまで行っても電気はない、とほほ。
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 キャスティングも素晴らしい。偉そうにしているがイザというとき頼りにならないおやじ(世の中のおやじは、ほとんどそうです!)。 ちょっと天然の、でもときどきオッというアイデアを出すお母さん。現状に不満ばっかり、スマホ命のイマドキの息子と娘。こんなファミリーが電気より大切なものに目覚めていく姿は感動です。
 震災を経験した者には矢口監督の言いたいことが非常によくわかる。しっかり笑って、しっかり考える。できるだけ多くの人に観ていただきたいエンターテインメント作品です。

サバイバルファミリー
原案・脚本・監督 矢口史靖

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2017年2月 9日 (木)

ティム・バートンと奇妙なこどもたち

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 ハリウッドきってのアート派、ティム・バートン監督の新作は『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』。原作はランサム・リグズの小説だそうだが、ティム・バートンの感性にぴったり合ったお話で、まるで監督の少年時代の夢想をそのまま映画にした、という趣のファンタジーだ。舞台は現代のフロリダと、第二次世界大戦のときの英国。それぞれ特殊な超能力を持った子供たちが、協力して悪と戦って打ち負かすお話。ゴシックな美学が詰まった重厚な映像も魅力です。

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 観終わった人たちが、「おもしろかったね」、「ちょっとキショイけどね」などと言いながら出てくる。とても素直な感想だと思う。幻想的で不気味で耽美的でグロテスクで、しかしユーモアもある。これがティム・バートンの真骨頂だから。Photo_3
 骸骨やモンスター。目玉や心臓。最新の映像技術を活かした見せ方も素晴らしい。なお、ペレグリンは英語で鳥のハヤブサのことだそうです。
 一昨年の春グランフロント大阪で観た展覧会『ティム・バートンの世界』で、この作品のためのイメージ画が展示されていたような気がしますが、どうだったんでしょうか。

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2017年2月 6日 (月)

3大テノール 夢の競演

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 1990年7月7日、ローマのカラカラ浴場跡で行われた伝説のコンサート。そのTV映像がハイビジョン映画化された。FIFAワールドカップ'90イタリア大会の前夜祭の催しで、オペラ界の3人のスーパースター、ルチアーノ・パバロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスのが初めて同じステージに立った歴史的な夜。説明を読むと、6,000枚のチケットが発売開始後10分で売り切れたという。この真剣勝負の緊張感があふれた奇跡のライブを、兵庫県立美術館で疑似体験してきました。伝説の夜の感動を、おすそ分けしてもらったうれしい時間でした。

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 ひとりひとりが得意のレパートリーを歌う前半と、三人揃ったステージでバトルを繰り広げる後半。丁々発止、お互いに刺激を受けながらより高みを目指す最高のパフォーマンスを発揮していた。「俺が一番うまいだろ!」、「この高音の伸びはどうだ!」、「奥深い表現力がわかるか!」と火花を散らす。このあと3大テノールブームが起きて、この3人が世界のさまざまな場所でコンサートを開いたのも納得のすばらしさでした。指揮者のズービン・メータもすばらしかった。
 この作品は当時収録された映像をハイビジョンにアップコンバートして、絶頂期にあった3人の姿と美声を劇場上映用としてよみがえらせたものです。

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    1990年ワールドカップ・イタリア大会、優勝は西ドイツ(東西統一前です)で準優勝はマラドーナがいたアルゼンチン。前夜祭の3大テノールはTVで観なかったけれど、翌日6月8日ミラノ・サンシーロでの開会式はライブで見ました。日本時間の深夜、たしかWOWOWで。開会式と言えば高校野球や東京オリンピックのイメージしかなく、選手が並んで入場行進をするのだろうか? と思っていたら、なんと巨大なファッションショー!
 アメリカ、アフリカ、アジア、ヨーロッパをヴァレンチノ、ミッソーニ、ミラ・ショーン、ジャン・フランコ・フェレが担当し、それぞれの大陸を色とスタイルで表現したコスチュームを身に着けたモデルたちが、しゃなりしゃなりとピッチを歩く。スポーツ大会でこんなのあり?でも、さすがファッションの都ミラノ! 3大テノールとともに、これも感動モノでした。

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2017年2月 3日 (金)

なぜ神は沈黙しているのか?

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 もう50年も前になりますが、遠藤周作の「沈黙」を読んだ静かな感動は、今も生々しく記憶に残っている。マーティン・スコセッシ監督の「沈黙」を観終わったときに感じた気持ちは、その時の感覚にとても近かった。そして原作や日本人に対するスコセッシ監督の深いリスペクトが感じられてとてもうれしかった。たぶんこの映画を観た人はみんなそれを感じたに違いない。上映中にも関わらずあれこれしゃべっていた後ろの座席の夫婦を含め、誰も立ち上がらない。誰も話をしない。まさに、沈黙ーSilence なのです。明るくなってからも静かに静かに退席する。映画館ではちょっとない光景です。

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 舞台は江戸時代の初めごろ、キリスト教弾圧が頂点に達した九州。「隠れキリシタン」、「踏み絵」、「転ぶ」など、イヤな言葉が生まれたイヤな時代のことです。こんなにも苦しんでいる人々がいるのに、なぜ神は現れないのか、なぜ救ってくれないのか、なぜ沈黙しているのか。殉教者の栄光と棄教した弱き者の苦しみ。神は人間に何を求めているのか? 「殉教したら天国へ行ける」という考えは、現代のイスラム戦士とおなじなのでしょうか? 宗教あるいは神にまつわる普遍のテーマです。

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 スコセッシ監督は弾圧を加えた当時の為政者を一方的な悪とは描いていない。キリスト教を禁止したのは、日本の伝統・文化・社会を守るため。踏み絵を踏むのは、より多くの命を救うため。みんなそれぞれに理由がある。キリストが十字架にかかったのは、そんなすべての人を救うためではなかったのか。創造者である神と救済者であるキリスト。カトリックの教義はわかりませんが、宣教師ロドリゴが自分の信仰心について苦悩するはよくわかる。

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 善と悪、強さと弱さ、多数派と少数派、裏切りと自己嫌悪。窪塚洋介、イッセー尾形、塚本晋也、浅野忠信など日本の俳優たちも、難しい役柄を自然とあらわれたようなすごくいい演技をしていたのが印象的だ。ハリウッド映画でヘンなニホンを見かけることも多い。でもこれは良かった。日本語のセリフ、時代劇のコスチューム、ロケ地の台湾の自然環境を含めて、まったく違和感なく見られたのもスコセッシ監督の敬意が感じられました。
 終わってしばらく沈黙のなかにいる映画は久しぶりです。深いテーマだけに一度ゆっくり租借しなおさないと言葉にできませんでした。

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2017年1月10日 (火)

坂東玉三郎の阿古屋

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 いまこれを演じられるのは坂東玉三郎だけ!とHPに書かれていた女形屈指の大役「阿古屋」。平家の武将・平景清の行方を調べるため引き立てられた恋人・阿古屋を取り調べる物語です。この役は舞、唄、芝居はもちろん、お琴、三味線、胡弓を演奏しなくてはならない。舞台なので生演奏です、もちろん。それにこの役はなんといっても美しくなければならない。そうなると気力、体力、演技力が最高のレベルで調和している現在の玉三郎をおいてほかにない。

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 平成27年10月の歌舞伎座公演を記録したシネマ歌舞伎を観てきました。たしかに見事な舞台です。美しく華麗な姿に凛とした立ち居振る舞い。まさに独り舞台とはこんなことを言うのでしょうか。尾上菊之助や坂東亀三郎には申し訳ないのだが。Photo_4
 この作品には稽古風景や舞台裏の映像もたくさん紹介されている。それらを見ていると玉三郎は美しく華麗な役者であるだけでなく、演出も手掛け、まわりの共演者や囃子方をリードして独自の世界を創り上げる真のクリエイターだと思いました。女形という日本の演劇界が世界に誇る伝統と文化。玉三郎がいまそれを体現している。
 

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