2018年9月20日 (木)

絶対に、カメラを止めるな!

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 映画愛、現場愛にあふれた傑作です。 今年いちばんかも。上田慎一郎監督の『カメラを止めるな!』。とんでももない発想を見事にまとめた構成の妙、手持ちカメラのブレを活かした撮影、緊張とユーモアのバランス。こんなに面白い映画を観たのは何年ぶりでしょうか。

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 血まみれホラー+ドタバタコメディ+業界のパロディ+家族の情愛劇。ネタバレになるので詳しくは述べませんが、いろんなエッセンスがぎっしり詰まった想像を絶するエンターテインメントです。あっという間に時間は経って、身体的にも、感覚的にも、理性的にもリフレッシュされる。

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 ポスターに書かれたキャッチフレーズが、この作品のキモをうまく表現している。「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる。」 ま、その意味は見た後でないとわかりませんが。こんなチャレンジングな映画がよく製作できたな、と感心するとともに、監督・脚本の上田慎一郎さんに大拍手です。

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2018年8月26日 (日)

スターリン後のドタバタ闘争

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 1953年スターリンが急死した後、ソ連の中枢で何があったのか? このあたりの知識も記憶もほとんどない。当時のソ連は大切な情報ほど隠して、表に出さなかった。そして私自身がまだ小さい子どもだったから。アーマンド・イアヌッチ監督の映画『スターリンの葬送狂騒曲』は独裁者の死後の熾烈な権力争いを描いていておもしろい。

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 どこまでが真実かわからないけれど、独裁者を支えてきた側近たちはどいつもこいつもろくでもないヤツばかり。そんな彼らが命がけで策を弄する姿は涙ぐましく滑稽だ。なにせ権力の座にとどまるか、外れるかは、彼らにとって文字通り死活問題。辛辣なブラック・コメディだけど、単純には笑えない。

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 一般論として、社会主義国は自由や人権に対する意識が低い。一人に権力が集中していく体制なので、独裁者が生まれやすいのだ。そしてその権力は秘密警察と粛清という恐怖と暴力によって維持される。それは昔も今も変わらない。こんな国でも選挙はある(たとえカタチだけのものにせよ)。大事な政策は合議制で決める(ただし全員一致で)。自由に意見を述べると死だ。

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 じつはこの映画、ロシアでは上映禁止になったそうだ。ここに登場する権力の亡者たちの直系の末裔であるプーチン大統領には許しがたい映画なのでしょう。これは旧ソヴィエトの半世紀以上も前の話。表現の自由、人権の尊重が当たり前の時代に育った私たちからみれば、すごく特異でいびつな社会です。

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 スターリンや毛沢東だけではなく、たくさんの権力者の死後に、こんな争いが起こっているのでしょうね。今もきっと世界のどこかで。ばかばかしく滑稽だけれど、笑いとばせない怖さがあります。長い時間をかけて築き上げてきた社会も、何かのきっかけでこうなる恐れはある。そして最近世界中がこんな方向へ変わりつつあるような気がして心配です。杞憂であればいいのですが。
 

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2018年8月11日 (土)

日本の美、ピース・ニッポン

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 その土地の気候や自然環境は、その土地固有の文化形成に決定的な影響を与える。食文化や生活習慣は言うに及ばず、宗教観や美意識など無意識の領域にまで作用する。そして独自の歴史をたどり独自の人間をつくり出す。堅苦しく言うと、そういうことだ。

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 みんなよく知っている風景。でも見たことのない美しい瞬間。ほとんどの人は知らないけれど、本当に美しい絶景。中野裕之監督が8年の歳月をかけて全国をまわりまとめ上げた、後世に残したい日本の美。111分に込められた思いは、素直な日本賛歌だ。

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 第一部「日本の精神」 第二部「日本の四季」 第三部「一期一会の旅」の三部構成でできている。世界が内向きになり、東京オリンピックも近付いたいま、なにか思想的に偏った企画に見えなくもないが、ドローンなど最新技術を使った4K映像は文句なしに感動的だ。

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 こうやって見ていると、つくづく日本は水の国であり、火の国でもあることがよくわかる。おかげで変化に富んだ景観と多様な生命相に恵まれている。それは反面、災害の多さにつながる。台風、洪水、地震、火山の噴火。そして恐ろしい自然災害と付き合いながら生まれてきた無常観なども含めて、私たちの美意識を形成する。

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 また美意識は時代とともに変わる。自然観も変わる。特に明治以降、西洋文明を積極的に取り入れだしてからは、それまでの日本人が気付かなかった「美しい景観」が生まれてきた。歴史の節目節目に、他の文化の刺激を受けるたびに美意識は磨かれ豊かになってきた。

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 自然が自ら作り出したものが景観の基本だが、人間が手を加えたり新たに作った人工的構造物にも、美を発見してきた。自然は善で人間は悪、といった単純な見方からは何も生まれない。モノの見方も考え方も、絶対はない。移り変わっていくことにこそ、美が存在する。こんな考えこそ、まさに日本的かもしれない。

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2018年7月 2日 (月)

万引き家族と社会の多様性

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 カンヌ国際映画祭で『万引き家族』が最高賞パルムドールに輝いた是枝裕和監督。『誰も知らない』や『そして父になる』などから今作へ、これまでの映画作りの姿勢を語っている言葉をインタビュー記事で見つけました。少し長いけれど引用させていただきます。

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 僕は人々が「国家」とか「国益」という「大きな物語」に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その「大きな物語」(右であれ左であれ)に対峙し、その物語を相対化する多様な「小さな物語」を発信し続けることであり、それが結果的にその国の文化を豊かにするのだと考えて来たし、そのスタンスはこれからも変わらないだろうことは、ここに改めて宣言しておこうと思う。

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 是枝監督の基本姿勢がよくわかるでしょ。この映画の中には、万引きをはじめ、児童虐待や過酷な労働環境、老親の年金での暮らしなどなど、この家族を取り巻く「小さな物語」が散りばめられている。これらTVのニュースショーをにぎわす事件は、バブル崩壊後の日本に顕著になった「共同体の崩壊」と「格差社会」が背景にある。わたしたちも見ぬふりをしてきたから、声高に叫ぶ「大きな物語」に呑み込まれて多様な価値観が失われていったのでしょう。

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 メディアにも同調的圧力がかかり、社会はますます内向き志向が強くなり、多様性は排除され、伝統的な価値観に基づく人間関係のみが押し付けられる。はたしてそれで幸せになったのか? 家族の絆とは。人間の絆とは。これからもっと真剣に考えていかないと人口減少社会は乗り切れない。血縁の、あるいは戸籍上の、というだけでは「家族」は成り立たないと思う。いろんな制度や常識のほころびと、基本的な人間の優しさと。いろいろ考えさせられることが多い映画でした。
 

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2018年6月 4日 (月)

熊谷守一が映画になった

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 山崎努と樹木希林が画家・熊谷守一とその妻を演じる『モリのいる場所』が味わい深い。監督・脚本は『南極料理人』の沖田修一。明治13年(1880)岐阜県に生まれ、昭和52年(1977)に97歳で亡くなる熊谷。この映画は何十年も自宅の庭から外に出たことがないという、仙人のような暮らしぶりの、彼のある一日をとらえたものだ。

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 ベニヤ板にアリやネコやチョウを描いた熊谷。単純化されたフォルム、鮮やかな色彩・・・庭で見つけた小さな命たちを天真爛漫に描く。子どもの絵のようにも見えるその作品、じつは徹底した観察から生まれている。「アリは左の2番目の足から歩き出すのですね」。庭に寝転んでじいーっとアリを観察して発した言葉は有名だ。

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 金銭欲もなく名誉欲もなく、ひょうひょうと生きる夫婦。文化勲章の受賞も断ってしまう。ただ淡々と過ぎてゆく日々にも、時代の波は押し寄せる。沖田監督は、まわりを取り巻く人々と熊谷家のちょっとした出来事を、あたたかい目線でユーモラスに描く。「へたも絵のうち」と考える画家と彼をささえる妻。敬意と愛情に基づいた素敵な人間関係がじんわり伝わってきます。

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2018年5月 9日 (水)

「泳ぎすぎた夜」が、いいです

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 雪で覆われた青森の小さな町。6歳の男の子のとても小さな、でも一生の宝物になるような冒険が始まる。ダミアン・マニヴェルと五十嵐耕平の共同監督作品「泳ぎすぎた夜」。ゆたかな時間とみずみずしい感覚にあふれた映像詩です。雪景色がうっとりするほど美しい。

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 この映画にはセリフがありません。ストーリーと言えるストーリーもありません。事件も起きません。ただ少年が雪の中を淡々と歩き、雪とたわむれ、迷子になり、疲れたら眠る。それだけです。われわれ観客は、勝手にハラハラしたり、心の中で拍手したり、ホッとしたり。こんなシンプルな構造でこれだけ引き込む力はすごい。

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 遠い昔こんな冒険をしたよなぁ、と大脳皮質の底から忘れていた記憶がよみがえってくる。鼻の奥がツンとなり、なにか懐かしいニオイが漂ってきました。タイムマシーンで昔に帰らせてくれる、言わばそんな働きをする映画。ストレスの多い現代に、ほのぼのビタミンをもらった感じです。

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 これはドキュメンタリーではありません。しかしドキュメンタリーよりもっと自然にもっと自由に少年(古川鳳羅くん)は演じています。そしてカメラは少年が動くのをそのまま追っている。ドキュメンタリーよりもっと編集の意図が感じられない。成り行きに任せる、悪く言えば行き当たりばったり。で、映画としてここまで完成度高く仕上がるとは。驚きです。

 

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2018年5月 6日 (日)

スクリーンで観る北斎展

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 昨年の秋、あべのハルカス美術館で『北斎 -富士を超えて- 』という展覧会が開催されました。このブログでも「浪のなかに宇宙を観た」というタイトルで昨年10月16日に、「肉筆画に精力を注いだ最晩年」を10月19日に紹介している。大英博物館との国際共同プロジェクトだったのですが、5月から8月にかけてにロンドンで開催されたオリジナル版とも言うべき展覧会のドキュメンタリーが、この映画『大英博物館 プレゼンツ 北斎』。あべのハルカスの展覧会のあと、この映画が公開されるのを心待ちにしていた。

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 すでに観た展覧会の記録映画だし、と高をくくっていました。が、声も出ないほど圧倒されました。中身がメチャ濃い。デイビッド・ホックニーをはじめ、画家や陶芸家などのアーティスト、美術史家や北斎研究家などの学者が北斎の作品を前に、熱く熱く語るのです。感動のあまり涙を流す人まで。日本が生んだ最も偉大な芸術家として世界が認めているのは知っていたが、これほどまでとは思いもしなかった。

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 90歳まで進化し続けた北斎の生きざまと、向上心を抱き続け、芸術性の追求に生涯をささげた並外れた意欲に迫るドキュメンタリー。NHKが8K撮影で協力し、今までわからなかった筆の運びや刷りの技術を新発見するなど、映画ならではの見どころも満載だ。
 北斎愛あふれる映画に深く感動するとともに、明治時代もまた現代も、北斎の偉大さを真に評価するのが日本人じゃないことを残念に思います。

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2018年4月24日 (火)

木梨憲武さん、サイコーです

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 ジジイ VS 高校生 こんなキャッチフレーズの予告編を見て、楽しみにしていた映画「いぬやしき」。奥浩哉さんのSFファンタジー漫画が原作です。(残念ながら原作は見ていません) これを佐藤信介監督が映画化しました。それもアニメじゃなく、実写で。あらゆる映像技術を駆使した驚きのシーンの連続。ハリウッドじゃなくて日本でこれが生まれたことをうれしく思います。

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 定年間近、会社にも家庭にも居場所がない情けないオヤジ。(若者から見たらジジイか) そんなダメおやじっぷりを木梨憲武が熱演。このあたり、身につまされます。でもある夜に起きた宇宙人UFOの事故がもとで、特殊な機械・兵器・人間にされてしまう。ここから物語は意外な展開を始める。

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 その夜、同じように人間じゃなくなる高校生。佐藤健が感情のない冷酷無比なキャラクターを好演。非情なのか、やさしいのか。何を考えているのかわからない、人間離れした得体のしれない生命体の雰囲気を醸し出していて見事です。二人の登場人物、キャスティングが本当にうまいと感心しました。

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 日本の漫画が表現する世界はやはりスゴイ。スケールがでっかく、そして奥が深い。手塚治虫以来の伝統でしょう。この構想力に最先端の映像技術が加われば、怖いものなし。実写で映画化するのは不可能だと思われていた作品が、これからもっともっと映画になることを期待します。クールジャパン、もっともっと世界へ。
 

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2018年4月 3日 (火)

19世紀パリのボヘミアン

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 METライブビューイング、2017-18シーズンの第6作はプッチーニの「ラ・ボエーム」。このタイトルはフランス語ですが、英語ではボヘミアン。つまり伝統や常識にとらわれず、貧しいけれど自由奔放に生きる若き芸術家たち。ボヘミアからやって来たと考えられていたジプシーから想起された言葉です。

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 食べ物もない、ストーブの燃料もない、屋根裏部屋でその日暮らしをする売れない詩人、画家、音楽家たちの愛と悲しみを歌い上げた傑作オペラです。『わたしの名はミミ』や『冷たい手を』をはじめ、一度聴いたら忘れない名アリアが次々に出てくる。プッチーニという作曲家は何とすごいメロディメーカーなんだろうと改めて感嘆します。

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 19世紀パリの情景と賑わいを舞台に再現した、フランコ・ゼフィレッリのスケール感あふれる美術セットと群衆シーンの演出は、METで半世紀にわたり愛される永遠の定番。広い広いバックヤードがある劇場でしか上演できない。舞台裏の様子も映し出されるのは、ライブビューイングならでは。

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 全4幕の悲劇なんだけれど、あまり悲しさを引きずらないところが素晴らしい。もちろん感動的でラストシーはみんな涙するのですが・・・。思うにその理由の一つが、登場人物みんないい人ばかり。だからすごく後味がいい。主人公の悲劇はかわいそうなのだが、それよりも恋人や友人のあたたかい心にジーンとする。悲劇なのにハッピーエンド! ヘンな表現でしょうか。

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2018年3月31日 (土)

ボス・ベイビーにメロメロ

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 赤ちゃんなのに、おっさん!? というキャッチフレーズのアニメーション映画がメチャ面白い。原作は2010年に発表されたマーラ・フレージーの絵本『あかちゃん社長がやってきた』。じつはこの家にやってきたのは、子犬(ペット)の人気に押されて赤ちゃんの人気が下降しているのに危機感を覚えた会社が派遣した経営者だった、という設定。

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 だから赤ちゃんなのに黒スーツにネクタイ、経営学の言葉を操るイヤなヤツ。そしてまだガキンチョの兄と協力して共通の敵に立ち向かう冒険物語。なのだが、子どもらしい嫉妬心や家族の絆などがうまく盛り込まれた、いかにもアメリカ人が好きそうな作品に仕上がっている。ハチャメチャで、お笑い満載で、皮肉も効いて、しんみりもする。大人の鑑賞に堪えられるのだ。

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 ちょっと誤算だったのは、春休み真っただ中だということ。映画館ロビーに小中学生およびその保護者があふれているから、ドラえもんはさすがスゴイなと思っていた。そしたら「ボス・ベイビー」のスクリーンにどんどん入って行くじゃないか。中はうるさくって失敗した!と思っていたが、上映が始まると静かにかつ熱心に見ている。すっかり引き込まれている、これはスゴイ。トム・マクグラス監督、お見事でした。

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