2020年7月 2日 (木)

「泣き猫」ファンタジー

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 コロナの影響で6月5日から予定していた劇場公開ができなくなり、NETFLIXで全世界配信を始めた長編アニメーション『泣きたい私は猫をかぶる』。監督:佐藤順一と柴山智隆、脚本:岡田麿里で、スタジオコロリド制作の最新作品。みずみずしい思春期の感性を美しい映像と色彩で描いた青春ファンタジーです。

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 主人公は中学2年生。自由奔放、明るく元気いっぱいの女の子ですが、突飛な言動でいつも周りを振り回す。呆れるクラスメイトからは「ムゲ」というあだ名で呼ばれている。つまり"無限大謎人間“の略。他人のことなどお構いなしに見える彼女。じつは人一倍他人の思いを気にするし、他人に言えない悩みや苦しみがある。

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 そんな彼女の唯一の楽しみは、猫に変身して好きなカレに会いに行くこと。夏祭りの夜、奇妙なお面屋にもらった「猫のお面」をかぶると猫に変身できるのだ。猫になっている時だけ、わずらわしい人間関係や思ったことが言えない不自由さから解放される。しかもどこからでもスッと入り込んで、カレに寄り添える。

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 気持ちが伝わらず空回りばかりする人間界。気ままに自由に生きていける猫の世界。二つの世界を行き来することは、人間の二面性を表現しているとも言える。本来の自分と、本心を隠し猫をかぶったもう一人の自分。そのうち猫と自分(人間としての)の境界があいまいになっていく。意識の混濁が始まるのか。

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 そうなって初めて気が付いたこと。それは、自分が誰に支えられているのか。ほんとうに大切なものは何か。このまま猫の世界から帰れなくなったら大変だ。人間界へ戻って、これらの問題にちゃんと向きあわなきゃ。人間に帰るための大冒険とは、自己を確立するための道程。若い人たちの成長を応援するさわやかな物語でした。

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2020年6月29日 (月)

METシネマ再開はガーシュウィン

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 コロナ禍で中断していたメトロポリタン・オペラのビューイング・シネマが再開しました。ジョージ・ガーシュウィンの名作『ポーギーとベス』。コロナ騒動の直前、2月1日に上演された舞台です。METでは30年ぶりとなる上演で、ジェイムズ・ロビンソンによる新演出。幕間のインタビューやカーテンコールを含めて合計3時間40分の上映。

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 死の2年前、1935年に作曲されたこの作品。南部の港町に住む貧しい黒人たちの暮らしを生き生きと描いている。1920年代初頭のサウスカロライナ州チャールストンが舞台。ガーシュウィン自身は「アメリカのフォーク・オペラ」と評しているそうだ。黒人霊歌やジャズのエッセンスがこもった音楽。もちろん英語オペラです。

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 ブルース調の子守歌「サマータイム」で幕が開く。いまはジャズのスタンダードナンバーのように思われていますが、じつはこのオペラで歌詞を変えながら3度歌われる名曲。当時の風俗や色鮮やかなコスチュームに、ちょっとソウルっぽい味を効かした歌唱から、南部のむんむんした熱気が伝わってくる。

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 貧困、麻薬中毒、ハリケーンの被害、警察からの圧力などなど、現代に通じるさまざまな困難が襲ってくる。弱い人間もいれば世話好きもいる。働き者も悪党も。貧しいながらもささやかな喜びを見つけて、なんとか日々を生きていく人たち。純粋な愛と不屈の精神が、すべてを突破していく希望となるのか。

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 「黒人以外が歌うことを禁ずる」とガーシュウィンに厳命されたというオペラ『ポーギーとベス』。とうぜん出演者は黒人ばかりで、白人キャストは警官だけ。警官は昔も今も白人か(これは事実ではありませんが、イメージとして) 全米でBLMのデモが巻き起こっているいま、期せずしてタイムリーな上映になりました。 

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2020年6月26日 (金)

障害、イジメ、赦し

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 小学校時代に耳が聞こえない転校生へのイジメがもとで孤立した元ガキ大将。高校生になったいまも、自分には存在する価値がないと思い詰め、死を考えている。山田尚子監督の『映画 聲の形』。罪の意識や人間関係のむずかしさを、かつてクラスのいじめっ子だった少年の視点で描いているのが新しい。障害者の問題、イジメの問題、教育現場の問題・・・これらを細やかに丁寧に描く。
 
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 原作は大今良時の『聲の形』(講談社コミックス刊)。昨年7月、放火殺人事件で多数の犠牲者を出した京都アニメーションが、2016年に製作した名作です。聴覚障害者とイジメという、興行的に期待できない地味なテーマに真剣に取り組んだ良心と意欲。こんな日本が誇るいい会社がなぜ狙われたのか。残念でたまりません。

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 障害者や外国人など異質な人たちとの付き合い方はむずかしい。キッカケが作れない。戸惑いもある。まして人生経験の少ない子どもたちだ。思ったことをそのまま言うこともある。思ってもいないのに言ってしまう場合もある。陰口や無視という最悪の対応も。そんな態度を「無意識のうちに」とってしまうから問題の根は深い。

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 この映画は困難なテーマに真正面から逃げずに取り組んでいる。イジメた当人だけではなく、まわりの人たちも抱く深い悔悟の念。助けられなかった。見てないふりをしてしまった。逃げてしまった。「差別はダメだ」「イジメは悪だ」とリクツで理解するだけでは問題は永遠に解決しない。イジメにかかわる全員の哀しみと苦悩を心の底から感じなければ。こんな言葉も無責任なキレイごとか。

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 イジメられる立場からの気持ちも語られる。相手とつながりたい、コミュニケーションをとりたい、と思っても出来ない不自由さ。そこからくる怒りと悲しみ。さらに自分がもとで周りにイヤな思いをさせている罪悪感と自己嫌悪。そのぶん他者と交流できた喜びは大きい。いやー、人間は複雑で奥深い。善と偽善。悪と無関心。もうイジメや差別について軽々しく語ることはできません。

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 脚本の吉田玲子さんがインタビューで話しています。「自分で自分のダメなところを、他人の嫌な部分を、すこしでも許せるようになって、すこし好きになってもらえたらなぁと思っています」。思いやり。相手はもちろん自分に対しても思いやりを。価値のない人間なんていないんだから。これは自己肯定へと至る成長の物語なのだ。

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2020年6月23日 (火)

スパイク・リーの DA 5 BLOODS

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 スパイク・リー監督が、またまたすごい映画を作ってしまいました。ハリウッド大手がすべて尻込みした『DA 5 BLOODS(ザ・ファイブ・ブラッズ)』を、NETFLIXが製作。ヴェトナム戦争で共に戦った黒人の退役軍人4名が、半世紀を経て戦地ヴェトナムに舞い戻り、極秘に埋蔵された大量の金塊を探すというお話。タイトルは『5』となっているのに、なぜ4名か? それは作品を観ればわかります。

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 お宝探しの映画だけれど、ほんとのテーマはアメリカ社会に根深く残る黒人差別。アフリカ大陸から奴隷として連れてこられて400年。奴隷解放や南北戦争、公民権運動や最近のBlack Lives Matterまで。さまざまな歴史を経験しつつも差別はなくならない。直近も黒人男性が警官に首を膝で押さえつけられて死亡。全米で、世界で、人種差別反対のデモが広がる今、タイムリーな作品だ。

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 新型コロナによる死亡率は黒人は白人の約2.4倍。ヴェトナム戦争でも黒人兵士の死亡率は白人兵士の倍以上。差別は社会生活だけではなく、戦場にも浸透していたという事実は衝撃だ。私たち日本人は知らなかったけれど。当時の映像でキング牧師やマルコムX、ジョンソン大統領やニクソン大統領も登場。ドキュメンタリーの要素をうまく取り入れて、ドラマにリアリティを生んでいる。

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 ヴェトナム人はこの戦争を「アメリカ戦争」と呼んでいるのが印象的だった。立場が変われば、呼ぼ名も変わるのだ。差別される黒人も、無意識のうちにヴェトナム人を差別している。イジメる側とイジメられる側、虐げる側と虐げられる側、それぞれの立場の違いと意識のギャップ。スパイク・リーの眼は公平でしかも冷静だ。またどの出演者も苦悩をうちに抱える難しい役を見事に演じて盛り上げる。

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 帰還兵のPTSD。親子の情愛。友情と反目。枯れ葉剤の散布や地雷除去。過去と現在の激しい戦闘場面。さまざまな要素を盛り込んで、ストーリーは見事な結末へ。暑くて湿度の高いアジア特有の空気の中、登場人物はいっぱい死んでいく。でも観終わった後はとても爽やかな気分です。映画作家として成熟してきたスパイク・リー監督の、これは最高傑作かもしれないと思いました。 

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2020年6月14日 (日)

ラストレシピのラストシーン

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  一度口にしたことのある味は完璧に記憶し、それを完全に再現することができる。絶対音感ならぬ絶対味覚。そんな”麒麟の舌”を持つ二人の天才料理人がたどる感動の物語です。1930年代の満州と現代の日本を舞台に、時を隔てて心を通わせる『ラストレシピ 麒麟の舌の記憶』。滝田洋二郎監督の作品です。

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 最期を迎える人のために思い出の味を再現する現代の天才。レアな食材を探し求め未知の味覚を目指す戦前の天才。いわば過去に沈潜していく失敗シェフと、未来へ向かい続ける希望にあふれた料理人。この対比がストーリーを進める大事なキーになる。二宮和也と西島秀俊の対照的な演技も素晴らしい。

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 激動の歴史に消えてしまった「大日本帝國食菜全席」レシピをめぐる展開は、いつしかシェフの自分探しの旅へ。そしてラストの幻想的なシーン。時空を超えて過去の天才に差し出す現代シェフの新しい料理。タイトルの『ラストレシピ』と、「料理は進化し続ける」という言葉がいっぺんにナットクできた瞬間です。不思議な運命に導かれたファミリーヒストリーでした。

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2020年6月 2日 (火)

国家ぐるみのドーピング

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 ドーピングで本当に能力がアップするのか? 検査で見つからないように実行できるのか? 自転車のランス・アームストロング、MLBのマグワイアやカンセコといったスーパースターたちの薬物問題への疑問。アマチュア自転車選手で映像作家のブライアン・フォーゲルが、自分の身体を使って禁断のドーピング実験に挑戦するところから始まる。Netflixオリジナルの『イカロス』だ。

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 第90回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞に輝いたこの映画。ドーピングで強くなれるか、しかもバレずに。観客としてもハラハラだ。しかし途中からドキュメンタリーなのかフィクションなのかわからなくなってくる。気が付けば、プーチン大統領やIOCバッハ会長なども登場する壮大なスケールの話になっているじゃないですか。事実は小説より奇なり。監督&脚本&主演のフォーゲル、お見事です。

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 彼がドーピングの指導(?)を仰ぐのが、ロシアのアンチ・ドーピングの権威グレゴリー・ロドチェンコ。ブライアンはその出会いをきっかけとして、国家ぐるみの違法行為を隠滅する陰謀に巻き込まれることになる。そのあたりの経緯を詳細に記録しているの映像は、中身の濃いスパイ小説を読んでいるようなおもしろさです。ステロイドや尿サンプル、そしてWADA。KGBやFBIまで登場。

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 スポーツやオリンピックの名誉を汚すドーピング。取り締まるための検査と摘発。検査をすり抜ける新薬の開発と方法の高度化。これらはイタチごっこで進んできた。ロシアではアスリートが個人的に違法を働くのではなかったのだ。国家事業として組織的に数十年間も行われれてきたとは。驚きを超えて衝撃だ。金メダルをたくさん獲ることが、国威を発揚し政治家の支持率向上につながるからか。

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 ロシアが国家ぐるみでドーピングをしていた事実を明らかにし、協力者だったグレゴリーは告発者に変わる。ギリシャ神話の『イカロス』はロウで固めた翼で自由に飛べるようになるが、太陽に近づきすぎてロウが溶け墜落死する。人間の傲慢さやテクノロジーへの過信に対する批判、と解釈されることが多い。でも、勇気の象徴とする解釈もある。グレゴリーはアメリカ政府の保護の下、暗殺を免れ今もどこかで生きているそうだ。

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2020年5月30日 (土)

世界でいちばん長い青春

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 引っ込み思案で、これといった目標もなく、冴えない毎日を送っている高校写真部員の主人公。ある日、風変わりなカメラに出会ったことから、モノクロだった人生が鮮やかな色に変わり始める。草野翔吾監督の『世界でいちばん長い写真』がいいですよ。誉田哲也の同名小説(光文社文庫)を映画化したみずみずしい青春物語。

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 360度の撮影ができるように改造された珍しいパノラマカメラ。このカメラを使って愛知県の高校生が卒業記念に撮影した長さ145mの写真が、ギネスに認定されたという実話に基づいたお話だ。校庭で輪になって集合した生徒たちの中心にこのカメラを設置して、13回転させて撮影するクライマックス。ひと夏のキラメキと爆発の記録。

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 フツーの高校生のフツーの青春。目立たない地味な男子の話なのに感動的だ。ナチュラルで、リアルで、ドキュメンタリーのように見せる監督の手腕が素晴らしい。さまざまな部活や文化祭や体育祭など、等身大の青春がギュッと凝縮された148mのパノラマ写真。「ああ、そうだったなぁ、あの頃は」。遠い記憶の彼方からいろんな思い出がよみがえる不思議な映画になりました。

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 気弱な高杉真宙、しっかり者の松本穂香。どの出演者も素晴らしいけれど、主人公をグイグイ引っ張る従姉を演じた武田梨奈さんが特にいい。ワカコ酒の人です。こんな気風のいい“男前”のお姉さんが展開をリードし、高校生たちの成長を促している。ちょっと強引だけどね。昔も今も男子はこんなお姉さんに憧れるものです。

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2020年5月27日 (水)

ノアの方舟を知る

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 ダーレン・アロノフスキー監督の『ノア 約束の舟』を観る。聖書の「創世記」に出てくる有名なエピソードを基にした壮大な叙事詩です。正直に言うと、有名なわりにはあまりよく知らなかったけれど。ラッセル・クロウやジェニファー・コネリー、エマ・ワトソンやアンソニー・ホプキンスなど豪華キャストが、火山と氷河が形作ったアイスランドの神話的風景のなかで躍動するスペクタクル大作です。

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 アダムとイブから10世代あとの物語。楽園追放、兄弟殺し・・・地上は人間たちのさまざまな悪がはびこる時代になっていた。これをよく思わない神が世界の浄化を考えて引き起こした大洪水。ノアの方舟に乗った生きもの以外は、すべて死に絶える。こうして世界はリセットされるのだ。聖書の神はじつに厳しい。いや、人間の尺度で神を考えること自体が思い上がった行為なのでしょう。

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 神のお告げにより行動を起こすノア。しかし最後は自分の意志で、つまり人間として決断する。神への信仰か、家族への愛か。この映画では、神は彼の意志に人類の運命をゆだねた、という解釈がとられる。これが後の人類すべてに影響する大きな決断だったのだ。あくまで「聖書」の話ですよ。あくまで、たくさんある世界創造神話の一つに過ぎないわけですからね。

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 神はノアと三人の息子たちを祝福して言われた。「産めよ。増えよ。地に満てよ。」 そして三人の息子、セムとハムとヤベテが現代のすべての人類の祖先となった。長男セムはユダヤ人や中近東の諸民族など黄色人の、次男ハムはアフリカ大陸の諸民族など黒色人の、三男ヤベテは欧米人やインド人など白色人の、それぞれの祖。あくまで聖書は科学ではなく「神話」なので・・・悪しからず。

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2020年5月24日 (日)

フィンランド式お片づけ?

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 私たちの部屋にはモノがあふれている。知らず知らずのうちに増えてしまった服や、家具や、家電製品や、日用品。困ってはいるけれど片づけられない。だから断捨離がブームになったり、こんまりさんがスターになったり・・・。こんな状況を疑問に思ったフィンランドの青年が「自分にとって本当に必要なモノは何か?」と、ちょっと風変わりな『実験』を始めました。その一年間のドキュメンタリー。

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 ペトリ・ルーッカイネンが監督、脚本、主演を務めた『365日のシンプルライフ』。ユニークなのは彼の方法論だ。自分の持ちモノをいったんすべてトランクルームに預ける。そして一日に1アイテムずつ持ってきて生活にプラスする。一年間は何も買わない。そんなルールを自分に課す。まさに裸一貫、ゼロからのスタート。そのせいで遭遇する場面にバカバカしくもマジメに取り組む彼の姿が笑えます。

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 モノを捨てる、モノを減らす。こんな方法が片づけには一般的だと思うが、ペトリは違った。必要なモノだけでシンプルに暮らす、というゴールは同じでも、まったく逆の視点からスタートしたのだ。いまの生活から『引き算』をして整理する、のが従来の考え方。それに対してゼロから『足し算』をして本当の暮らしを築き上げる、というのがペトリ流。きっとフィンランドでも変わり者でしょうね。

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 いまは不要だけど、いつか役に立つかもしれない。しかもそれぞれのモノには愛や想い出がこもっている。だから整理は難しい。モノを捨てるということは、過去の自分を否定することでもあるから。それは誰にとってもつらいことだ。『足し算』方式の優れた点は、目指す人生に向かう前向きな姿勢にある。モノが増えるごとに、ひとつずつ確かな歓びを実感できるって素晴らしい。

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 ちなみにペトリは40㎡のアパートに、なんと5,000点以上のモノに囲まれていたという。そりゃボールペンやスプーンや下着や、と数え出したら誰でもそれぐらいはあるかもしれない。でも幸せを感じなかった彼は、持ち物をすべてリセットして365日の実験をやり遂げました。結果、モノは探している幸せとは結び付かないという発見に至る。きっとゴールよりプロセスに価値があったのでしょう。

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2020年5月21日 (木)

南アにとってラグビーとは

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 昨年の夏、日本中を熱狂させたラグビーW杯。日本代表が準々決勝で敗れた相手が南アフリカ代表スプリングボクスで、強力フォワードを中心に本当に強かった。彼らは順調に勝ち進み3度目の優勝に輝きました。そのスプリングボクスが初優勝したのは1995年W杯南アフリカ大会。それはスポーツを超えた歴史的偉業! クリント・イーストウッド監督によって感動的な映画になりました。

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 2009年作の『INVICTUS/負けざる者たち』。導入部から見事です。金網で囲まれた芝生のグランドでラグビーの練習をする白人の学生たち。道を隔てた向こうでは、土の空き地でサッカーボールをける黒人の少年たち。とても楽しそうだけれど彼らは裸足だ。アパルトヘイトと呼ばれる悪名高き人種隔離政策をシンボリックに表現するシーンから、この映画はスタートする。

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 長年にわたり人種差別のために国際社会から非難されてきた南アフリカで、1994年初めて全人種選挙が行われる。そして大統領に選ばれたのは27年間刑務所に入っていた人権活動家ネルソン・マンデラ。新大統領は翌1995年に開催が決まっていたラグビーW杯南アフリカ大会を人種間の融和のシンボルにして、スポーツの力で国民の分断と経済低迷で苦しんでいた国を立て直そうと考える。

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 しかしラグビーは金持ちの白人のスポーツ。しかも強豪スプリングボクスは当時低迷していた。虐げられてきた恨みを晴らそうとする黒人社会と、復讐の恐怖におびえ不信感を抱く白人社会。はたして道は開けるのか。すべての人種が調和して共存する「虹の国」を目指すマンデラ大統領は、キャプテンであるフランソワ・ピナールと協力して我慢強くみんなの意識を変えていく。

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 大統領モーガン・フリーマンと主将マット・デイモン、二人の演技が素晴らしい。憎悪を超えて、差別を克服して、リーダーの指導力で徐々に変わっていくチームと国民。過剰な説明はないのにしっかり理解できる。そして一丸となって栄光のラストへ。スポーツが持つ達成感だけではなく、じわーっと効いてくる深い余韻。ありきたりのサクセスストーリーにしないところが、さすがイーストウッド監督。


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 人種隔離政策に対する制裁で、ラグビーW杯第一回と第二回大会には出場できなかった南アフリカ。この映画のモデルになった1995年の第三回大会に初めて出場し、予想を覆す劇的な優勝を飾る。自国開催で大いに盛り上がり、人種や種族間の和解も進み、世界に新生南アフリカを印象づけることに成功したのです。ちなみに日本代表は準優勝したオールブラックスに予選リーグで17対145で大敗。不名誉な最多失点記録を残してしまいました。

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