2018年11月18日 (日)

伝説のバンド「クイーン」の物語

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 最初に告白しておきます。「クイーン」のこと、名前ぐらいしか知らなかったのです。ファンの皆さん、スミマセン。世代的にすこし後から出てきたグループなので。でもブライアン・シンガー監督の『ボヘミアン ラプソディ』を観ていると、アレッ聞いたことがある!アレッさわりを歌える!そんな曲がたくさんあることを発見しました。音楽に興味を失っていた時期だけど、知らないうちに耳に残っていたんだ。こういうのを名曲と呼ぶのだろう。

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 この作品はクイーンのリードヴォーカル、フレディ・マーキュリーの波乱の人生を描いた伝記映画だ。移民、宗教、容姿、そしてゲイ。差別と偏見、無理解と疎外感。古い価値観に反発し、自分が自分であるために闘い続ける。
 誰もやっていない音楽を目指す強烈な思い。自らが作り上げ成功したスタイルさえも、破壊しさらに前へ進んでいく。周りの反発や軋轢を生みながら。

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 そして1985年7月13日、アフリカ難民救済のために開催された「ライヴ・エイド」。バンド崩壊の危機にあったクイーンが参加し、ウエンブリー・スタジアムで圧巻のパフォーマンスを繰り広げる。この20世紀最大のチャリティ音楽イベントは、英米2会場にそうそうたるアーティストが集結。合計12時間、世界84ヵ国で衛星生中継された。

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 Bohemian Rhapsody,  Radio Ga Ga,  Hammer To Fall,  We Are the Champion と続く感動のステージ。10万人の観客と一体になった熱狂の21分は、これが演技だということも忘れてしまうほど凄みがありました。魂を震わせるラストシーン。
 その後1991年に、フレディ・マーキュリーはエイズのため45歳で死去。「俺が何者かは俺が決める」。強烈に生きた彼の言葉です。

 

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2018年10月31日 (水)

チリー・ゴンザレスってこんな人?

Solopiano
 チリー・ゴンザレスのSolo PianoⅡというアルバムが気に入ってよく聴いていた。とくにクルマの中で。6~7年前に家族が買ってきたCD。静謐な中に才気ほとばしる新しいフレーズや音に、すごいアーティストが現れたなぁと感心していた。そのチリー・ゴンザレスの半生を描くドキュメンタリーが、フィリップ・ジェディック監督の『黙ってピアノを弾いてくれ』Shut Up and Play the Pianoなのだ。

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 映画を見て驚いた。イメージしていた人とはまったく違うのだ。挑発的で狂乱のライブ!破天荒な奇人?天才? 繊細で感動的なピアノ音楽しか知らなかったものだから、型にはまらない音楽性に強烈なキャラクターや過激な言動が加わって、あっけにとられる事ばかり。穏やかな哲学者のような人、と勝手に思い込んでいただけにショックでした。

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 だけど、ヒップホップやラップからクラシックまで、ジャンルにとらわれない創造的な活動は観ていて気持ちいい。伝統や常識を破壊するパワーと、言いたい放題が許される人間的魅力。作曲家、ピアニスト、ラッパーとしてさまざまな超一流アーティストから熱狂的に支持される理由がわかる気がする。

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 ウイーン放送交響楽団や弦楽四重奏と共演しても、ハチャメチャぶりは変わらない。しかもしっかり自分の世界に引き込んで、新しいスリリングな音楽を紡ぎだす。ああ、この人にはウソがない。天才はこんなにも強いんだ。しみじみそう思ったところで、ふとグレン・グールドを思い出した。カナダは時々こんなとんでもない天才を生む国なのでしょうか。

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2018年10月28日 (日)

もし宝くじが当たったら?

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 誰もが夢見る宝くじの当選。でもホントに当たってしまったら? 親族の借金の返済に追われ、妻や娘に見放され、と不運続きの冴えない男にある日幸運が訪れる。でも3億円の当選は、ほんとうに望んでいた幸せをもたらせてくれるのだろうか。佐藤健、高橋一生、黒木華など芸達者がお金の正体を求めて冒険を始める。

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 この作品は「モテキ」や「君の名は。」などヒット映画のプロデューサーであり、「世界から猫が消えたなら」などのベストセラー作家でもある川村元気の原作『億男』を大友啓史監督が映画化したもの。ギャンブル、バブルパーティ、マネーセミナーなど世相も反映させ、古典落語の『芝浜』も効果的に使ってまとめている。

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 貨幣と神は人類の最大の発明だ。そして近代以降は圧倒的に貨幣の影響力が増したと思う。「カミよりカネ」だ。何事もお金に換算され、世の中にお金で買えないものはないという時代。その裏では格差社会が広がっている。アメリカも、日本も、世界も、ますますその方向に進んでいるように思う。

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 貨幣は大きさも重さも同じ。価値も同じ、ハズなんだけどじつは違う。同じ一万円札も使う人によってみんなその指し示す意味は違う。当たり前だけど、人は自分自身でお金=価値をしっかりわきまえて有効に使うことによってお金は生きる。そうじゃなきゃ単なる紙切れだ。まぁ一度くらいは、紙切れに一喜一憂してみたいけれど。

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2018年10月 5日 (金)

草間彌生のブレない人生

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 松本貴子監督のアートドキュメンタリー映画『≒草間彌生 わたし大好き』。10年前に作られた映画だ。ちょうど「わが永遠の魂」という作品シリーズを制作していた時期の1年半を密着取材。日本では2012年1月、国立国際美術館で開催された「草間彌生 永遠の永遠の永遠」展や、2017年3月、国立新美術館の「草間彌生 わが永遠の魂」展で目にする作品シリーズの最初の50作が誕生する瞬間にスクリーンを通してだけど立ち会えるのだ。

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 少女時代より繰り返し襲う幻覚や幻聴から逃れるために、それら幻覚や幻聴を絵に描きとめはじめる。そして1957年に渡米。当時ハプニングと呼ばれたパフォーマンスを中心にNYで大活躍。60年代は「前衛の女王」と呼ばれた彼女は、日本に帰ってからは90年代以降「水玉の女王」として美術ファン以外からもアイドル的人気を博すようになる。

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 草間彌生のスゴイところは、いっさいウラオモテがないこと。いっさいウソや誇張がないこと。「これ、スゴイじゃない!」、「わたしって天才だわ」と、作品が出来上がるたびに感動する。100%マジで言っているのがわかる。若いころからそれは一貫して変わらず、まったくブレがない。自分が天才で世界最高の芸術家だと心底信じて疑わない。純粋無垢なのだ。だから嫌味がない。

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 彼女の才能は美術だけにとどまらない。詩を作っても独創的な視点と言葉遣いがファンを惹きつけるし、小説を書けば文学賞を取ってしまう。ドキュメンタリー撮影のときも精神病院で寝泊まりし、アトリエに通う。彼女の創作の現場と日常生活の人間味あふれる姿は、まさにアートだ。「生」と「死」と「愛」が氾濫する草間ワールドは、永遠に生き続けることでしょう。
 

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2018年9月23日 (日)

縄文ってどんな時代?

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 人類としてはまったく同じ性能を持つ21世紀の私たちと縄文人が、これほど違った文化を作り上げ、それぞれがそれぞれに成立しているのであれば、私たちにも縄文人にも想像できないような、まったく違う世界を作り上げるポテンシャルが人間にはあるのだ、という深い希望を感じます。
 これはドキュメンタリー映画『縄文にハマる人々』を監督した山岡信貴さんの言葉です。

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 岡本太郎が絶賛した火炎型土器や土偶を残した縄文文化。世界に類を見ない創造性と生命力を秘めている。狩猟採集を生業として一万年以上続いた縄文時代は、農耕を始めた弥生時代から後の約 2,500年に比べて何倍も長く日本列島各地で栄えてきた。そして最近の考古学的研究で、その高度な文化、社会の一端が明らかになってきた。とは言え、肝心なところは何もわからず、謎は深まるばかりだ。

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 このドキュメンタリーは、そんな縄文の魅力に憑りつかれた人々の好き勝手な解釈や奇想天外な意見を、いっぱい紹介してくれる。小学校で習う『縄文時代』がただの大昔ではなかったのだ。もっともっと精神的に豊かで、抽象的な思考にも優れた時代だったに違いない。そして山岡監督の言うように、私たち現代人にも弥生以降、産業革命以降とはまったく違う社会を創り上げるポテンシャルがあるのだ、と勇気づけられました。

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2018年9月20日 (木)

絶対に、カメラを止めるな!

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 映画愛、現場愛にあふれた傑作です。 今年いちばんかも。上田慎一郎監督の『カメラを止めるな!』。とんでももない発想を見事にまとめた構成の妙、手持ちカメラのブレを活かした撮影、緊張とユーモアのバランス。こんなに面白い映画を観たのは何年ぶりでしょうか。

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 血まみれホラー+ドタバタコメディ+業界のパロディ+家族の情愛劇。ネタバレになるので詳しくは述べませんが、いろんなエッセンスがぎっしり詰まった想像を絶するエンターテインメントです。あっという間に時間は経って、身体的にも、感覚的にも、理性的にもリフレッシュされる。

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 ポスターに書かれたキャッチフレーズが、この作品のキモをうまく表現している。「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる。」 ま、その意味は見た後でないとわかりませんが。こんなチャレンジングな映画がよく製作できたな、と感心するとともに、監督・脚本の上田慎一郎さんに大拍手です。

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2018年8月26日 (日)

スターリン後のドタバタ闘争

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 1953年スターリンが急死した後、ソ連の中枢で何があったのか? このあたりの知識も記憶もほとんどない。当時のソ連は大切な情報ほど隠して、表に出さなかった。そして私自身がまだ小さい子どもだったから。アーマンド・イアヌッチ監督の映画『スターリンの葬送狂騒曲』は独裁者の死後の熾烈な権力争いを描いていておもしろい。

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 どこまでが真実かわからないけれど、独裁者を支えてきた側近たちはどいつもこいつもろくでもないヤツばかり。そんな彼らが命がけで策を弄する姿は涙ぐましく滑稽だ。なにせ権力の座にとどまるか、外れるかは、彼らにとって文字通り死活問題。辛辣なブラック・コメディだけど、単純には笑えない。

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 一般論として、社会主義国は自由や人権に対する意識が低い。一人に権力が集中していく体制なので、独裁者が生まれやすいのだ。そしてその権力は秘密警察と粛清という恐怖と暴力によって維持される。それは昔も今も変わらない。こんな国でも選挙はある(たとえカタチだけのものにせよ)。大事な政策は合議制で決める(ただし全員一致で)。自由に意見を述べると死だ。

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 じつはこの映画、ロシアでは上映禁止になったそうだ。ここに登場する権力の亡者たちの直系の末裔であるプーチン大統領には許しがたい映画なのでしょう。これは旧ソヴィエトの半世紀以上も前の話。表現の自由、人権の尊重が当たり前の時代に育った私たちからみれば、すごく特異でいびつな社会です。

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 スターリンや毛沢東だけではなく、たくさんの権力者の死後に、こんな争いが起こっているのでしょうね。今もきっと世界のどこかで。ばかばかしく滑稽だけれど、笑いとばせない怖さがあります。長い時間をかけて築き上げてきた社会も、何かのきっかけでこうなる恐れはある。そして最近世界中がこんな方向へ変わりつつあるような気がして心配です。杞憂であればいいのですが。
 

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2018年8月11日 (土)

日本の美、ピース・ニッポン

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 その土地の気候や自然環境は、その土地固有の文化形成に決定的な影響を与える。食文化や生活習慣は言うに及ばず、宗教観や美意識など無意識の領域にまで作用する。そして独自の歴史をたどり独自の人間をつくり出す。堅苦しく言うと、そういうことだ。

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 みんなよく知っている風景。でも見たことのない美しい瞬間。ほとんどの人は知らないけれど、本当に美しい絶景。中野裕之監督が8年の歳月をかけて全国をまわりまとめ上げた、後世に残したい日本の美。111分に込められた思いは、素直な日本賛歌だ。

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 第一部「日本の精神」 第二部「日本の四季」 第三部「一期一会の旅」の三部構成でできている。世界が内向きになり、東京オリンピックも近付いたいま、なにか思想的に偏った企画に見えなくもないが、ドローンなど最新技術を使った4K映像は文句なしに感動的だ。

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 こうやって見ていると、つくづく日本は水の国であり、火の国でもあることがよくわかる。おかげで変化に富んだ景観と多様な生命相に恵まれている。それは反面、災害の多さにつながる。台風、洪水、地震、火山の噴火。そして恐ろしい自然災害と付き合いながら生まれてきた無常観なども含めて、私たちの美意識を形成する。

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 また美意識は時代とともに変わる。自然観も変わる。特に明治以降、西洋文明を積極的に取り入れだしてからは、それまでの日本人が気付かなかった「美しい景観」が生まれてきた。歴史の節目節目に、他の文化の刺激を受けるたびに美意識は磨かれ豊かになってきた。

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 自然が自ら作り出したものが景観の基本だが、人間が手を加えたり新たに作った人工的構造物にも、美を発見してきた。自然は善で人間は悪、といった単純な見方からは何も生まれない。モノの見方も考え方も、絶対はない。移り変わっていくことにこそ、美が存在する。こんな考えこそ、まさに日本的かもしれない。

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2018年7月 2日 (月)

万引き家族と社会の多様性

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 カンヌ国際映画祭で『万引き家族』が最高賞パルムドールに輝いた是枝裕和監督。『誰も知らない』や『そして父になる』などから今作へ、これまでの映画作りの姿勢を語っている言葉をインタビュー記事で見つけました。少し長いけれど引用させていただきます。

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 僕は人々が「国家」とか「国益」という「大きな物語」に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その「大きな物語」(右であれ左であれ)に対峙し、その物語を相対化する多様な「小さな物語」を発信し続けることであり、それが結果的にその国の文化を豊かにするのだと考えて来たし、そのスタンスはこれからも変わらないだろうことは、ここに改めて宣言しておこうと思う。

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 是枝監督の基本姿勢がよくわかるでしょ。この映画の中には、万引きをはじめ、児童虐待や過酷な労働環境、老親の年金での暮らしなどなど、この家族を取り巻く「小さな物語」が散りばめられている。これらTVのニュースショーをにぎわす事件は、バブル崩壊後の日本に顕著になった「共同体の崩壊」と「格差社会」が背景にある。わたしたちも見ぬふりをしてきたから、声高に叫ぶ「大きな物語」に呑み込まれて多様な価値観が失われていったのでしょう。

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 メディアにも同調的圧力がかかり、社会はますます内向き志向が強くなり、多様性は排除され、伝統的な価値観に基づく人間関係のみが押し付けられる。はたしてそれで幸せになったのか? 家族の絆とは。人間の絆とは。これからもっと真剣に考えていかないと人口減少社会は乗り切れない。血縁の、あるいは戸籍上の、というだけでは「家族」は成り立たないと思う。いろんな制度や常識のほころびと、基本的な人間の優しさと。いろいろ考えさせられることが多い映画でした。
 

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2018年6月 4日 (月)

熊谷守一が映画になった

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 山崎努と樹木希林が画家・熊谷守一とその妻を演じる『モリのいる場所』が味わい深い。監督・脚本は『南極料理人』の沖田修一。明治13年(1880)岐阜県に生まれ、昭和52年(1977)に97歳で亡くなる熊谷。この映画は何十年も自宅の庭から外に出たことがないという、仙人のような暮らしぶりの、彼のある一日をとらえたものだ。

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 ベニヤ板にアリやネコやチョウを描いた熊谷。単純化されたフォルム、鮮やかな色彩・・・庭で見つけた小さな命たちを天真爛漫に描く。子どもの絵のようにも見えるその作品、じつは徹底した観察から生まれている。「アリは左の2番目の足から歩き出すのですね」。庭に寝転んでじいーっとアリを観察して発した言葉は有名だ。

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 金銭欲もなく名誉欲もなく、ひょうひょうと生きる夫婦。文化勲章の受賞も断ってしまう。ただ淡々と過ぎてゆく日々にも、時代の波は押し寄せる。沖田監督は、まわりを取り巻く人々と熊谷家のちょっとした出来事を、あたたかい目線でユーモラスに描く。「へたも絵のうち」と考える画家と彼をささえる妻。敬意と愛情に基づいた素敵な人間関係がじんわり伝わってきます。

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