2020年1月24日 (金)

10歳が見つめた偏見

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 第二次世界大戦下のドイツが舞台。という前触れで見に行ったら、いきなりビートルズの『抱きしめたい』(ドイツ語バージョン)が鳴り響いて驚いた。タイカ・ワイティティ監督は天才だ。この一発で観客の心を鷲づかみにするのだから。主人公は10歳の少年、いやまだ少年にもなっていないガキンチョだ。未熟で無知で弱虫で、そのくせ勇敢な兵士になりたいと夢想する。感じやすい、感化されやすい子供にとって疑う余地はない。ま、そんな時代だったのですね。

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 きっとわが日本にもこんな純粋無垢な軍国少年がたくさんいたのだと思います。この10歳が見た戦時下の生活を、映画『ジョジョ・ラビット』は描く。子どもから見ると優しく勇敢な母親も、少年少女にナチス的教育を指揮するヒトラーユーゲントの隊長も、わからないことだらけだ。彼に寄り添い親身になってアドバイスをくれる(空想の中の)友人は、なんとアドルフ・ヒトラー。笑えるでしょ! 演じているのは監督のタイカ・ワイティティ。才人です。

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 困ったことに、時代にマインドコントロールされた彼が、ふとしたことでユダヤ人の少女に出会ってしまう。得体のしれない最悪の敵? はてさて、彼はどう折り合いをつけるのか。自分の眼で認め、自身の頭で考え、少しずつユダヤ人に対する偏見から解放されていくジョジョ。しかし社会の同一性から逸脱する危険も同時に知っていく。成長と勇気。愛と哀しみ。これらの微妙な感情をみずみずしく演じたローマン・グリフィン・デイビスが素晴らしい。未熟で無知なガキンチョ、などと失礼いたしました。

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 1975年ニュージーランド生まれの監督は重くなりがちなテーマを明るくコミカルに描いている。見事なヒューマンエンターテインメント。ナチスや、戦争や、人種差別を、シリアスに描くだけではうまく伝わらないと考えたのではないでしょうか。時代の熱狂。集団的な狂気。「偏見は作られたもの。憎しみより、愛を」。 世界で再び人種差別やヘイトスピーチを叫ぶ勢力が増えつつある現代だからこそ生まれた映画であり、深く伝わるメッセージだと思います。 

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2020年1月 6日 (月)

寅さんは永遠に

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 日本映画を代表するキャラクターと言えば、1969年に始まった『男はつらいよ』シリーズの寅さん。しかし主演の渥美清さんが亡くなってもう20数年、歴史の彼方にしまい込まれようとしていました。それがまさかの新作。50周年で50本目、久しぶりに製作されたのが『男はつらいよ 50 お帰り 寅さん』です。いわば総集編。

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 過去の作品を4Kデジタル修復した映像と、新たに撮影された映像が違和感なくうまく使われている。目覚ましい映像技術の進歩があったからこそ可能になった作品です。ただし、新しく渥美さんを撮影することはできないので、吉岡秀隆さん演じる満男の物語になっている。登場するのは母・さくら、父・博などおなじみの面々に、なんと初恋の人・イズミちゃん。おまけにリリーまで出てくる大サービス。

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 思い出や幻として出てくる寅さん以外は、当然ながら年を取っている。倍賞千恵子さんも前田吟さんも後藤久美子さんも浅丘ルリ子さんも。くるまやの座敷に上がるところに手すりがついているところなど、芸が細かい。しみじみと歳月が感じられます。人は亡くなっても思い出は残る。しかも思い出の中では年を取らない。寅さんはいつまでも寅さんで、寅ジイにはならないのだ。

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 「困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。おじさん、どっからでも飛んできてやるから」。破天荒で騒々しいけど心優しいおじさんは、満男だけのヒーローではない。寅さんは永遠に私たちのそばにいるのだ。「生まれてきてよかったと思うことが、そのうちあるさ」と励ましてくれる声が、悩み多く生きづらい今の時代によけいに深く響く。

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 山田洋次監督は生みの親として『男はつらいよ』を完結させる責任があると考えていたに違いない。渥美さんの死によって停まっていたけれど、ようやく決着がついたというところでしょう。よくある言い方をすれば、これで寅さんも安心して成仏できる。そして日本人の記憶の中で永遠に生き続ける。必要とする人がいる限り。

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2019年12月30日 (月)

ドロイドもクリーチャーも

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 地球人型、宇宙人型、獣型、爬虫類型・・・その他あらゆるクリーチャーが活躍するスターウォーズ。広い宇宙にはさまざまな発達を遂げた生命体が無数に存在するはずだ。みんな違いはあっても、そのどれもが存在としては平等だ。そんな世界観をメッセージとして発信していると思う。自由や人権(生命権?)をベースにした共和国と、権力者が支配する独裁帝国の戦い。明と暗。善と悪。多様性を尊重する民主国家アメリカと、単一の価値で縛る独裁国家。もちろん、あからさまには言わないけれど。
 
Bb8  
 多様性の尊重という意味では、生命のないドロイドも対等に扱われているのがおもしろい。C-3PO、R2-D2、BB-8、D-0。それぞれのドロイドがとても機械とは思えないほどキャラがたっている。生命を持たないのに感情や性格があるように見えるのは、当然ネライでしょう。悲観的に語られることも多い人間とロボットの未来の関係を、とても希望的に描いている。人種や動物や生命体のレベルを超え、機械やAIなども含めて多様性を認めて共存しようという考え方でしょうか。人間と機械が強い絆で結ばれる、夢のような未来。

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 もう一つの大きなメッセージは、人間は自分の意志と努力で変われるということ。たとえフォースの暗黒面に堕ちても、二度と戻れないものではなく、回復可能で復活できるという信念がジョージ・ルーカスにはあるのでしょう。やり直しがきく。再チャレンジするチャンスがある。あきらめない強い意志と、変わろうとする勇気があれば。そして自分のことを自ら決める自由がある社会であれば。『スター・ウォーズ』とは、明るい未来への道しるべだったのでしょうか。
 A long time ago in a galaxy far, far away....

 

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2019年12月27日 (金)

スカイウォーカー家の物語

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 映画史に輝く名作『スター・ウォーズ』がついに完結を迎えました。1977年からエピソード4・5・6。1999年からエピソード1・2・3。そして2015年からのエピソード7・8・9。遠い昔はるか彼方の銀河系を舞台に繰り広げられたスカイウォーカー家のサーガは、全世界の観客を熱狂させ共感を呼びながら、42年にわたる旅路を終える。

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 自由を求める共和国と、恐怖で支配する帝国。ジェダイとシス。ライトサイドとダークサイド。善と悪。超絶パワーを発揮するフォースは人間の心の両面に起因している。別の人格ではなく、同一人物の表と裏なのだ。あらためてジョージ・ルーカスの大きな構想力に驚く。そして素晴らしい音楽のジョン・ウイリアムズにも感謝!

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 この偉大な物語にどう決着をつけるのか。脚本・監督のJ.J.エイブラムスは『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』で予想以上の素晴らしさで応えてくれました。圧倒的な充実感と大きな感動をもらってだけに、後の喪失感はとてつもなく大きい。この作品に教えてもらった、愛、正義、絆、勇気。いつまでも我と共にあれ。ジョージ・ルーカスと同時代を生きることができて幸せでした。

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2019年12月10日 (火)

忠臣蔵は、お金次第?

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 12月14日の討ち入りを前に、恒例の忠臣蔵。でも今回はちょっとユニークな視点からの映画です。中村義洋監督の『決算!忠臣蔵』。浅野内匠頭の刃傷沙汰から吉良邸への討ち入り。泰平の世に主君の仇討ちを果たした武士の鑑として、もてはやされた47士。しかしその実態はソロバン勘定に明け暮れた日々⁈ 殿が切腹、藩がお取り潰し。ま、現代に置き換えると会社が倒産したようなもの。全員リストラにあった浪人なのですから。

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 何をやるにしてもお金は必要。それは今も昔も変わりません。このお話が上手いのは、そば一杯の値段を基準に換算し、すべての経費を現代の価値に置き換えているところ。赤穂から江戸への出張費が36万円。弓×4が42万円。たいまつ10本で10万円。鎖帷子、手甲、脛あてなどの武具が人数分で960万円。討ち入りにはお金がかかるのだ。失業してからの生活費に食費に家賃と、どんどんがかさんだ出費に加えて討ち入り費。予算がピンチ。

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 主演の堤真一と岡村隆史の演技が素晴らしい。すぐかっとする家老の大石内蔵助。淡々と仕事をこなす勘定方の矢頭長助。登場人物がみんな関西弁でしゃべるのもすごくいい。なんでやねん!と思われますか? 彼らは赤穂の人だから関西弁が自然ですし、世知辛いお金の話をするのにもよく合っている。吉本興業が制作に協力しているから、というのもあるでしょうね。

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 ウイークデーの昼間にもかかわらず、劇場はかなり混みあっていました。史実に基づいた忠臣蔵の裏話。なにかとお金かかるんだよなぁ、節約しても。観客の多くは年金生活とおぼしき皆さん。さぞ身につまされたことでしょう。歴史学者、経済学者が書いたおもしろい原作が増えたせいか、参勤交代や藩の引っ越しなどをテーマにしたユニークな時代劇が近ごろ多くなりました。その流れも汲んで新たな傑作コメディ忠臣蔵の誕生です。

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2019年12月 3日 (火)

実録!奇跡のテノール

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 Time to Say Goodbye を世界的に大ヒットさせたテノール、アンドレア・ボチェッリ。神の声を持つといわれるまでになった盲目の歌手が自ら執筆した自伝『The Music of Silence』に基づく映画『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』が素晴らしい。イタリア語の原題は『la  Musica del Silenzio』、そのままですね。盲目という大きなハンディを克服して世界のスターになるまでには、私たちに理解できない闘いがあったはず。それにあのズッケロも出演していますよ。

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 この映画の監督は名作『イル・ポスティーノ』のマイケル・ラドフォード。駄作であるはずがない。最後は成功するとわかっているのに、つい応援していました。心が揺さぶられる感動物語です。最映画の中でボチェッリ本人が熱唱する(吹き替えです)歌には圧倒されます。「乾杯の歌」(『椿姫』より)、「星は光りぬ」(『トスカ』より)、「誰も寝てはならぬ」(『トゥーランドット』より)などなど。圧巻の歌唱に涙が出ます。人を感動させるとは、こういうものなんだ。

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 映画を見て思うのは、周りの人たちにも恵まれていた、ということ。両親をはじめ、叔父さんや親戚、友人や恋人、学校の先生や歌のマエストロ。苦悩の中でも希望を失わずに前進できたのは、あたたかいサポートがあったからこそ。アンドレアに限らず、誰でもみんなに支えられて生きている。この映画は特別な才能を持った人の物語には違いないけれど、一人だけでは生きられないという事実は普遍的だと思う。改めて世界に感謝したいと感じました。

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2019年11月18日 (月)

ゴッホの眼が見た世界

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 『バスキア』や『潜水服は蝶の夢を見る』のジュリアン・シュナーベル監督が作った『永遠の門 ゴッホの見た未来』。この映画の革新性をひと言でいえば、ゴッホ自身が見た世界の映像化。そんなアホな、と突っ込みたくなるとんでもないアイデアながら、観ているうちにいつしか自分がゴッホになってしまっているかのように感じる。無謀とも思える企画が見事に成功しているのだ。これはスゴイ。

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 このユニークかつ画期的な試み。どんな手法なのか? それはほとんどを主観映像で構成していること。手持ちカメラを多用し、画面はブレ、ゆがみ、斜めになり、どんどん動く。頭がくらくらして、めまいを起こしそう。そして足元や人の顔の過度なアップ。遠近両用メガネのひずみのような効果をねらった、画面の上と下で被写界深度の違うレンズの使用。撮影監督のブノワ・ドゥロームの手腕とアイデアは特筆ものだと思います。


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 ときどき画面はフェイドアウトして暗転する。それは彼が発作を起こし不本意な出来事を起こすとき。次の画面は「意識がない、記憶がない」という言葉から始まる。精神を病んでいたのも、いろんな事件を起こしたのも記録に残る事実だ。けれどもそれを第三者の視点で客観的に描写するのではなく、この映画はあくまでゴッホの主観で構成する。ゴッホの視点だけではなく、ゴッホの意識でも映画を作るという試みがおもしろい。

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 ここまで「ゴッホが見た世界」と述べてきましたが、正確にはシュナーベル監督が「ゴッホはこう見ただろう」と考える世界。彼によるゴッホの解釈だ。「ゴッホは自分が新しい視点で世界を見ていることに気づいていて、それを人々に伝えたかったのだと思う」というシュナーベル。ゴッホは度重なる発作の合間には、極めて冷静に作品を制作している。「彼は絵を描くとき完全に正気だったと思う。彼の芸術は決して『狂気』の所産ではないのだ」と。

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 タチアナ・リソフスカヤの音楽もとてもいい。ピアノ主体の画期的な現代音楽。ゴッホの不安や苦悩を表現する不安定な和音や、世間や時代の無理解にとまどう姿に寄り添う旋律。この世の美しさに目ざめ、創作する喜びに感動するゴッホの魂の叫びが聞こえて来そう。長く記憶に残る映画音楽の誕生です。

 盟友でもあったポール・ゴーギャンが残した言葉。
      彼は黄色が好きだった。勇敢なフィンセント。
      霧を嫌う彼の魂を ー 太陽の光が復活させる。

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2019年11月15日 (金)

ゴッホが信じた崇高な美

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 ジュリアン・シュナーベル監督の意欲的なゴッホ映画が誕生した。世間の無理解と戦う狂気の天才。謎の死を遂げた悲劇的な人生。生前にたった一枚しか売れなかったにもかかわらず、オークションでとてつもなく高額で取引される・・・。狂気と創造。先見性と時代の衝突。フィンセント・ファン・ゴッホは作品そのものより、エキセントリックな生きざまがワイドショー的切り口で書籍や映画になることが今までは多かった。

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 この映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』では、有名な画家でもあるシュナーベル監督がゴッホという芸術家の創作の核心に迫ろうとしている。オリジナルタイトルは『At Eternity's Gate』 彼が亡くなる1890年の春、サン=レミの精神病院で描いた作品名からきている。日本語名では『悲しむ老人』。この作品について弟テオに送った書簡には、神と永遠との存在の証と思えるもの、崇高で偉大なものを作品の中に盛り込むのは画家の義務だと述べている。

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 「画家とは実物そっくりに見せかける正確さではなく、もっと自由な自発的デッサンによって田舎の自然の純粋な姿を表出しようとする仕事だ」とも言う。自然と一体化すると、目の前に永遠が広がる。(神が作り給うた)彼だけに見えた「この世の美しさ」を、時代を超えて広く人々に伝えたいという情熱。何の変哲もないヒマワリや麦畑や星空が、彼の手にかかれば生き生きと輝きだす。それはなぜか。シュナーベルが伝えるゴッホ芸術のキモではないでしょうか。

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「未来の人々のために、神は私を画家にされた」と精神病院で神父に語るゴッホ。「キリストも磔刑にされたとき、全く無名だった」とも。牧師を目指したこともあるゴッホは、自身を芸術における予言者か殉教者のように感じていたのでしょうか。死ぬ直前の、自分で撃ったのか?の問いに「誰も責めないでくれ」と答えた彼。この時には、実生活における不遇と孤独を克服し、実り豊かな芸術的境地に達していたに違いない。新しいゴッホ像の誕生です。
 

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2019年10月13日 (日)

ジョーカー、悪の誕生

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 かつてジャック・ニコルソンやヒース・レジャーが怪演したバットマン最大の敵、邪悪なジョーカー。その誕生の秘密が明かされる映画です。今年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した、トッド・フィリップス監督の作品『ジョーカー』は、原作コミックにはないオリジナルストーリー。主演はホアキン・フェニックス、リバー・フェニックスの弟だ。この悪役の名演で、そんな形容詞つきで呼ばれるのはもうおしまいでしょう。

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 悲惨な境遇、積み重なる悲劇、そして弱者に無関心な社会。コメディアンを夢見る心優しい青年が、痛々しい出来事やまわりの無理解から少しずつ心をむしばまれていく。そして巨大な悪へと変貌を遂げる。一人の孤独な「人間」がなぜ狂気あふれる「悪のカリスマ」になったのか? 彼の切ない運命に、知らず知らず心情的に寄り添ってしまう。日本でもそんな悲惨な状況で生きる人がニュースに取り上げられることが増えてきた。でもそれは事件を起こしたり、生に破綻したり。悪いことでなけれぼ、注目されることもない。

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 自分は社会に必要なのか? 彼は存在意義を見出せない中、イジメられ、差別を受け、虐げられて堕ちていく。いまアメリカでも、ヨーロッパでも、日本でも、底辺の人々の急増が問題になっている。支えあう社会のシステムも働かなくなっている。偏見と不寛容。この映画はそんな現代を考えさせる。数十年前の良き時代の常識は壊れ、カオスの中に突入しているのだ。映画の舞台は1980年代の架空の都市ゴッサム・シティ。でもそれが、現代の大都市に似ているのが不気味だ。

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 羽を大きく広げて空に昇っていく鷲の舞のようなダンスシーンが象徴的だ。堕ちていくばかりだった主人公が、ジョーカーに変貌を遂げて昇っていく瞬間。それは差別と偏見、不寛容に満ちた格差社会から自分を取り戻す自由と解放のダンスなのだ。しかし自分自身の開放が、悪の道しかないというのが悲しい。歪んだ思想。独りよがりの哲学。第二第三のジョーカーを生み出さない社会を、人間が人間らしく生きられる世界を再構築する必要性を強く感じました。

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 この映画は、悪を肯定する、暴力を誘発する、だから有害だ!と叫ぶ人が必ず出てくると思います。たしかに子どもなど観る人によっては勘違いされるおそれがある作品なのでR-15指定。ただし誤解のリスクがあったとしても、いま観るべき現代の映画。人々の不満がたまってくると、社会は不安定になる。ドストエフスキーの本が異常に売れたり、ヒットラーやムッソリーニの映画が次々と作られたり。なんか世界がイヤな方向に向かいつつあるように感じる今だからこそ、ぜひ観ていただきたい。

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2019年10月10日 (木)

駅ピアノで見出された天才

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 日本でも『蜜蜂と遠雷』や『ピアノの森』など、正規の音楽教育から外れた生い立ちと境遇から現れた天才を扱った小説やアニメや映画がヒットしました。これはフランス版、ピアノの天才物語。ルドヴィク・バーナード監督の『パリに見出されたピアニスト』(au bout des doigts / 英題 In Your Hands)日本版のタイトルは、翻案し過ぎ? それはさておき、どれも育った環境に恵まれない天才のサクセスストーリーです。凡人には理解できない天才という説明不能の存在。それに対するあこがれやロマンが作者のベースにあるからこそ、生まれた作品だと思います。

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 いま世界でもポピュラーになった駅ピアノや空港ピアノ。TV番組で見ていてもかなり上手な人がいますが、そんなストリートから現れた天才が、よき理解者のサポートを受けながら、苦難と葛藤を乗り越え成功に至る。サッカーで言うと路地裏で裸足でボールをけっていた少年が、世界的なスターになる。そんな話。こんな風に簡単に言ってしまうとよくある物語なのですが、作品の優劣を決めるのはディテールの表現と底に流れる哲学です。この映画はそこがよくできている。

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 まず出演者の演技が素晴らしい。主演のジュール・ベンシェトリはなんとジャン=ルイ・トランティニャンの孫だそうだ。ディレクター役のランベール・ウィルソン、ピアノ教師役のクリスティン・スコット・トーマスがさすがの名演技。そして主人公が置かれた環境の描写に説得力がある。日本よりはるかに厳しい階層社会が生きているヨーロッパは、生まれた時から教育の機会も進むべき道も限定される格差社会。食べるものも、ファッションも、住む町も、聴く音楽も、つまり生きる世界すべてが違うのだ。しかもその社会構造が固定化される傾向が強まっている。クラシック音楽界では特に厳しいこの壁を乗り越える苦闘が手際よく描かれている。 

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 譜面通り正確に弾くならコンピューターでもできる。上手に聞かせるピアニストはいくらでもいる。しかし魂のこもった自分だけの音を出せるピアニストはまれだ。「同じ楽譜なら同じ音楽になる」と単純に考えがちだけど。何百年も同じ譜面なのにその時その時代で拍手喝采を受ける演奏家がいました。それら天才とたたえられるピアニストたちの歴史を変える演奏。何百年も前の曲なのにつねに新しい。それが色あせない魅力の源泉。芸の力です。クラシック音楽は従来とは違った時代性や人生観を表現できる一握りの天才の演奏によって進歩し成り立ってきた。そのおかげで周辺の人たちも生きていける。だからみんな天才にロマンを感じるのだ。

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 クラシック音楽のキモは、演奏に自分の感情を込めること。魂を込めること。あらゆるものから自由になって自分自身を表現すること。それは伝統的な正規の教育では優等生を育てられても天才は生みだせない、ということか。この映画を彩るバッハ、リスト、ラフマニノフなどの名曲を聴きながら、神が与えた才能と人間が授ける教育について考える。天才は正規のルートの外から出現する異邦人のようなものかもしれない。まぁこんな面倒くさいことは考えなくても、気持ちよく楽しめるサクセスストーリーです。「この指で未来を拓く」主人公を素直に応援できました。

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