2018年5月 9日 (水)

「泳ぎすぎた夜」が、いいです

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 雪で覆われた青森の小さな町。6歳の男の子のとても小さな、でも一生の宝物になるような冒険が始まる。ダミアン・マニヴェルと五十嵐耕平の共同監督作品「泳ぎすぎた夜」。ゆたかな時間とみずみずしい感覚にあふれた映像詩です。雪景色がうっとりするほど美しい。

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 この映画にはセリフがありません。ストーリーと言えるストーリーもありません。事件も起きません。ただ少年が雪の中を淡々と歩き、雪とたわむれ、迷子になり、疲れたら眠る。それだけです。われわれ観客は、勝手にハラハラしたり、心の中で拍手したり、ホッとしたり。こんなシンプルな構造でこれだけ引き込む力はすごい。

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 遠い昔こんな冒険をしたよなぁ、と大脳皮質の底から忘れていた記憶がよみがえってくる。鼻の奥がツンとなり、なにか懐かしいニオイが漂ってきました。タイムマシーンで昔に帰らせてくれる、言わばそんな働きをする映画。ストレスの多い現代に、ほのぼのビタミンをもらった感じです。

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 これはドキュメンタリーではありません。しかしドキュメンタリーよりもっと自然にもっと自由に少年(古川鳳羅くん)は演じています。そしてカメラは少年が動くのをそのまま追っている。ドキュメンタリーよりもっと編集の意図が感じられない。成り行きに任せる、悪く言えば行き当たりばったり。で、映画としてここまで完成度高く仕上がるとは。驚きです。

 

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2018年5月 6日 (日)

スクリーンで観る北斎展

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 昨年の秋、あべのハルカス美術館で『北斎 -富士を超えて- 』という展覧会が開催されました。このブログでも「浪のなかに宇宙を観た」というタイトルで昨年10月16日に、「肉筆画に精力を注いだ最晩年」を10月19日に紹介している。大英博物館との国際共同プロジェクトだったのですが、5月から8月にかけてにロンドンで開催されたオリジナル版とも言うべき展覧会のドキュメンタリーが、この映画『大英博物館 プレゼンツ 北斎』。あべのハルカスの展覧会のあと、この映画が公開されるのを心待ちにしていた。

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 すでに観た展覧会の記録映画だし、と高をくくっていました。が、声も出ないほど圧倒されました。中身がメチャ濃い。デイビッド・ホックニーをはじめ、画家や陶芸家などのアーティスト、美術史家や北斎研究家などの学者が北斎の作品を前に、熱く熱く語るのです。感動のあまり涙を流す人まで。日本が生んだ最も偉大な芸術家として世界が認めているのは知っていたが、これほどまでとは思いもしなかった。

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 90歳まで進化し続けた北斎の生きざまと、向上心を抱き続け、芸術性の追求に生涯をささげた並外れた意欲に迫るドキュメンタリー。NHKが8K撮影で協力し、今までわからなかった筆の運びや刷りの技術を新発見するなど、映画ならではの見どころも満載だ。
 北斎愛あふれる映画に深く感動するとともに、明治時代もまた現代も、北斎の偉大さを真に評価するのが日本人じゃないことを残念に思います。

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2018年4月24日 (火)

木梨憲武さん、サイコーです

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 ジジイ VS 高校生 こんなキャッチフレーズの予告編を見て、楽しみにしていた映画「いぬやしき」。奥浩哉さんのSFファンタジー漫画が原作です。(残念ながら原作は見ていません) これを佐藤信介監督が映画化しました。それもアニメじゃなく、実写で。あらゆる映像技術を駆使した驚きのシーンの連続。ハリウッドじゃなくて日本でこれが生まれたことをうれしく思います。

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 定年間近、会社にも家庭にも居場所がない情けないオヤジ。(若者から見たらジジイか) そんなダメおやじっぷりを木梨憲武が熱演。このあたり、身につまされます。でもある夜に起きた宇宙人UFOの事故がもとで、特殊な機械・兵器・人間にされてしまう。ここから物語は意外な展開を始める。

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 その夜、同じように人間じゃなくなる高校生。佐藤健が感情のない冷酷無比なキャラクターを好演。非情なのか、やさしいのか。何を考えているのかわからない、人間離れした得体のしれない生命体の雰囲気を醸し出していて見事です。二人の登場人物、キャスティングが本当にうまいと感心しました。

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 日本の漫画が表現する世界はやはりスゴイ。スケールがでっかく、そして奥が深い。手塚治虫以来の伝統でしょう。この構想力に最先端の映像技術が加われば、怖いものなし。実写で映画化するのは不可能だと思われていた作品が、これからもっともっと映画になることを期待します。クールジャパン、もっともっと世界へ。
 

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2018年4月 3日 (火)

19世紀パリのボヘミアン

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 METライブビューイング、2017-18シーズンの第6作はプッチーニの「ラ・ボエーム」。このタイトルはフランス語ですが、英語ではボヘミアン。つまり伝統や常識にとらわれず、貧しいけれど自由奔放に生きる若き芸術家たち。ボヘミアからやって来たと考えられていたジプシーから想起された言葉です。

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 食べ物もない、ストーブの燃料もない、屋根裏部屋でその日暮らしをする売れない詩人、画家、音楽家たちの愛と悲しみを歌い上げた傑作オペラです。『わたしの名はミミ』や『冷たい手を』をはじめ、一度聴いたら忘れない名アリアが次々に出てくる。プッチーニという作曲家は何とすごいメロディメーカーなんだろうと改めて感嘆します。

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 19世紀パリの情景と賑わいを舞台に再現した、フランコ・ゼフィレッリのスケール感あふれる美術セットと群衆シーンの演出は、METで半世紀にわたり愛される永遠の定番。広い広いバックヤードがある劇場でしか上演できない。舞台裏の様子も映し出されるのは、ライブビューイングならでは。

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 全4幕の悲劇なんだけれど、あまり悲しさを引きずらないところが素晴らしい。もちろん感動的でラストシーはみんな涙するのですが・・・。思うにその理由の一つが、登場人物みんないい人ばかり。だからすごく後味がいい。主人公の悲劇はかわいそうなのだが、それよりも恋人や友人のあたたかい心にジーンとする。悲劇なのにハッピーエンド! ヘンな表現でしょうか。

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2018年3月31日 (土)

ボス・ベイビーにメロメロ

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 赤ちゃんなのに、おっさん!? というキャッチフレーズのアニメーション映画がメチャ面白い。原作は2010年に発表されたマーラ・フレージーの絵本『あかちゃん社長がやってきた』。じつはこの家にやってきたのは、子犬(ペット)の人気に押されて赤ちゃんの人気が下降しているのに危機感を覚えた会社が派遣した経営者だった、という設定。

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 だから赤ちゃんなのに黒スーツにネクタイ、経営学の言葉を操るイヤなヤツ。そしてまだガキンチョの兄と協力して共通の敵に立ち向かう冒険物語。なのだが、子どもらしい嫉妬心や家族の絆などがうまく盛り込まれた、いかにもアメリカ人が好きそうな作品に仕上がっている。ハチャメチャで、お笑い満載で、皮肉も効いて、しんみりもする。大人の鑑賞に堪えられるのだ。

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 ちょっと誤算だったのは、春休み真っただ中だということ。映画館ロビーに小中学生およびその保護者があふれているから、ドラえもんはさすがスゴイなと思っていた。そしたら「ボス・ベイビー」のスクリーンにどんどん入って行くじゃないか。中はうるさくって失敗した!と思っていたが、上映が始まると静かにかつ熱心に見ている。すっかり引き込まれている、これはスゴイ。トム・マクグラス監督、お見事でした。

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2018年3月18日 (日)

極めつけ、愛のファンタジー

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 アカデミーの作品賞、監督賞、美術デザイン賞、作曲賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』。ギレルモ・デル・トロ監督が昔からあたためてきたアイデアを作品にしたそうです。種族(?)生物種(?)を超えた恋愛ファンタジー。ヴェネツィア国際映画祭でも金獅子賞を受賞している。さすが数々の栄誉に輝く究極のラブストーリー。感動しました。

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 「違い」を超えた愛。ロミオとジュリエットのような敵対する家族、身分社会が生み出す悲劇、あるいは人種による違い、文化の違いが生む葛藤はたくさんある。現代もカタチは変わってきたかもしれないが、偏見や無知による差別、格差社会から生じる故なき攻撃は後を絶たない。

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 愛という概念を持たない宇宙人がほのかに恋心を抱く、というインド映画の秀作がありました。スピルバーグのE.T.も素晴らしかった。でもギレルモ・デル・トロ監督のこの作品は、1962年のアメリカ政府秘密研究所を舞台に、もっともっと深く異種間の恋愛を掘り下げている。考えさせられることが多いのだ。

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 こんな風に書くとなんか堅苦しいようですが、まったく心配ご無用。ユーモアもあり、サスペンスもあり、とてもよくできたエンターテインメントなのです。ストーリーにのめりこみ、ぐいぐいと引っ張られ、あっという間に衝撃のラストへ。そして陶然となって静かに席を立つ。一年にいくつも出会えない、歴史に残る傑作だと思います。

 
 

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2018年3月 4日 (日)

空海が歴史の謎に挑む

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 8世紀。遣唐使として中国へ渡った若き空海が、唐の都・長安で詩人・白楽天とともに楊貴妃の死にまつわる謎解きに挑む。夢枕獏の原作を巨匠チェン・カイコーが監督したエンターテインメント大作『空海 KU-KAI 』。史実と想像を織り交ぜてまとめた、スケールの大きい日中共同製作映画です。

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 シャーロックホームズとワトソン博士の活躍を1200年前の中国に持ってきたようなストーリー展開。歴史上の有名人が多数登場し、そのなかに創作されたキャラクターがうまくからむ。原作は読んでいませんが、文庫本(角川書店)で4冊。こんな長編からどこをチョイスして映画として完結させるか、監督の手腕が問われますが、見事に新たな作品に仕上げている。

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 その昔、高校の漢文で一部を習った白楽天の長恨歌が大切なモチーフとなったり、歴史で習った遣唐使のこと、阿倍仲麻呂や安禄山もでてきたり、受験勉強の復習をしているような気分になりました。長安の街を再現した広大なセット、きらびやかな宴やコスチューム。映像の美しさも素晴らしかった。楽しくてしかも見ごたえのある大作です。
 

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2018年2月23日 (金)

新演出のMET「トスカ」

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 1月27日にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演されたプッチーニの名作「トスカ」。全3幕、約3時間のライブビューイングの映画館版です。デイヴィッド・マクヴィカーによる新演出。指揮者が予定されていたジェイムズ・レヴァインからエマニュエル・ヴィヨームに交代していました。さすがの巨匠もあのスキャンダルではしようがないか。

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 出演はトスカをソニア・ヨンチョヴァ、カヴァラドッシをヴィットーリオ・グリゴーロ。悪役の警視総監スカルピアをジェリコ・ルチッチ。ブリン・ターフェルからルチッチに代わった理由は知らないが、なかなかの名演。悲劇は悪役がしっかりした演技をできなければつまらないが、見事に演じ切っていた。

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 ナポレオンが戦争に負け、また復活し、といった時代のローマを舞台にした歴史サスペンス。「歌に生き、恋に生き」や「星は光りぬ」などの名アリアとスリリングなストーリー展開。リアルなローマを再現した舞台セットのなかで繰り広げられる、手に汗握るドラマ。METならではの豪華な舞台でした。感動!満足!とても中身の濃いの3時間。

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2018年2月20日 (火)

革新者か?ペテン師か?

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 歌って踊ってスピーディな展開にのせられて、ハッピーな気持ちになる。ヒュー・ジャックマン主演の「グレイテスト・ショーマン THE GREATEST SHOWMAN」は、一途に夢を追う人物を描いた素晴らしい映画です。でもいろいろ考えさせられることが多い映画でもある。偏見と差別。芸術と興行。身分と社会・・・。主人公のP.T.バーナムは19世紀アメリカの興行師。だから今とは全く事情が違う時代の物語。でも、やっぱり考えてしまう。現代でもそれらの問題の本質は何も変わっていないと思うからです。

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 先進国といわれる国々で、100年前のように正面から差別を叫ぶ人はいなくなった。でも見ないように、関わらないように、と考える人は多いのではないでしょうか。バーナムが理想主義者か金儲け主義者かどうかわからないが、偏見を打破する突破口を開いたのは確かだ。そしてマイノリティと共に生き、多様性を大切にする社会へ、私たちの目を向けさせる。そしてもう一つ、芸術は難解で高尚なものだという呪縛からも解放してくれた。なんてことを言うと、たたかれるかな。マイケル・グレーシー監督はお気楽を装って、深いところに問題の種をうまく埋めることに成功した。

 

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2018年2月10日 (土)

人は奇跡に飢えている

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 神、天使、あるいは悪魔、あるいは宇宙人。理解を超絶する物事に接したとき、ある種の超能力を目の当たりにしたとき、人々はその存在を畏れ敬う。これが最もプリミティブな宗教体験かもしれない。世界のさまざまな地域の神話や、宗教・宗派の創始者の事績。それらは自然現象を含めて、当時の人たちを畏れさせた。まさに、未知との遭遇。コーネル・ムンドルッツォ監督の「ジュピターズ・ムーン」を観て思い浮かべた妄想です。

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 新大陸発見の後、馬を知らなかったインカ帝国の人たちはスペインの騎兵たちを神だと思って畏れて逃げたそうだ。だから歴史ある帝国はあっけなく滅んだという。これを科学が未熟だから、情報が少ないから、無知だから、と笑うことはできない。いまも事情は大して変わらないと思う。分かっているつもりでも、何も解決できない。平和がいいと分かっていても争いは続く。自由、民主主義、科学的思考。世界の進歩をリードしてきたヨーロッパで、いま起きている難民問題やテロや排他主義。人類の英知が結集しているはずなのに。

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 そしてこんな問題山積で不安な日々が、奇跡を熱望する。救世主を待ち望み、神や天使を生み出す。宗教が機能する素地はじゅうぶんだ。しかし既成の宗教は形式化してしまい、儀式を行うだけの存在になってしまった。残念だけれど、現代人の受け皿にはなりえない。ムンドルッツォ監督はこのような閉塞状況を見つめて、ささやかな希望のおとぎ話を作りたかったのかもしれない。ちなみに作品タイトルの「ジュピターズ・ムーン」は、木星の月「エウロパ(ヨーロッパ)」にちなむそうです。

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