2020年11月26日 (木)

オシャレな哲学アニメ

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 切断された自分の体を探すため、パリの街をさまよう男の手。なんてシュールなアニメなんだ! なんてオシャレな映画なんだ! ジェレミー・クラパン監督にとって長編アニメーションのデビュー作だという。大人のメルヘンと言うには、ちょっと哲学的過ぎ? でもそのあたりが、さすがフランスの作品、トレビアン!

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 あの『アメリ』の脚本を担当したギョーム・ローランの小説が原作。なるほどね、という感じの日常的な道具立て。だけどもそれらが合わさると、なぜかシュールな世界になってしまうから不思議。こっそりと徘徊する手が中心の画面には、アリやハトやネズミが相対的に大きな体であらわれる。気味悪さより乾いたユーモアを感じる。

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 ハエの羽音から始まるこの映画。同じアニメーションでも宮崎駿監督や新海誠監督の作品とはテイストがまったく違う。可愛くないキャラクターも、シックな色調も、流れているクールな音楽も。文化の違いか、作家の個性か。(たぶんその両方です) 世界にはいろんな表現、いろんな感性があるものだ、と改めて感心しました。 

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 町を動き回る手がなにかに触発されると、連想ゲームのように温かい過去の記憶がよみがえる。回想シーンはモノクロだ。両親の愛に包まれた夢あふれる子ども時代と、思い通りにいかない現実の日々の対比が絶妙だ。シンボリックにあらわれる小さなハエと、巨大な建築用クレーン。ミクロとマクロ。世の中の見方がおもしろい。

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 切断された手が自分の体を求めるアヴァンチュール。それ自体が意識を持つ存在として自立している手が、地下鉄やゴミ処理場など都会の片隅を巡る冒険。幸せな記憶。悲しいトラウマ。淡い恋心。希望への旅立ち。さまざまな感情を乗せた美しい映像詩。いいモノに出会えました。これもNetflixのおかげです。 

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2020年11月23日 (月)

ソフィア・ローレンは健在です!

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 えっ! ソフィア・ローレン主演? Netflixオリジナル『これからの人生』(LA VITA DAVANTI A SE'   英語ではThe Life Ahead)というヒューマンドラマで素晴らしい演技を見せている。86歳ですよ。さすが、世界の名女優。監督はエドアルド・ポンティ。ポンティ?もしかしたら、と思ったあなた、そうなんです、彼女の息子さんです。

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 アウシュビッツを生き延びたユダヤ人女性の元娼婦マダム・ローザ。自宅で子守をして生計を立てている。セネガル難民の男の子モモは、母を亡くして独りぼっちのすさんだ暮らし。心に傷を持つ二人が出会い、共に暮らすうちに少しずつ心を開いていく。そんな気持ちの機微を丁寧に描いて、感動的な映画に仕上がっている。

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 ユダヤ人と黒人。ユダヤ教徒とイスラム教徒。ホロコーストと難民。ゲイの親子と認知症。イタリア南部プーリア州を舞台に、社会の底辺で生きる少数派の人たちが繰り広げる日々の生活。暗いお話になりがちなシチュエーションですが決して暗くない。それは悪人が出てこないからか。ヤクの売人ですら、すごくやさしい。

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 過去の壮絶な体験からの心理的逃避。現実を脱出するために見る幻覚。それぞれに秘密を抱えたまま一生懸命に生きる二人を見守る、ちょっとアンバーな映像が温かい。大きなテーマを扱いながら重くなり過ぎない。グッと胸にくるラストまで引っ張っていく、イタリア伝統の人情劇は健在です。ソフィア・ローレンも健在です。

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2020年11月16日 (月)

衝撃の現実、『マザー』

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 これは実際にあった少年による祖父母殺害事件を基にした映画だ。大森立嗣監督の『MOTHER マザー』。この事件を映画にしようとした動機は、たぶん理解を超えた人間をなんとか理解したいと思ったからだろう。しかし、いくら努力してもこのモンスター母親に近づけない無力感と絶望。でも実在するものを否定はできない。

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 男たちと行きずりの関係を持ち、その場しのぎで暮らす母とその息子。母は息子に命令し、可愛がり、支配する。息子はそんな歪んだ愛に翻弄されながらも、母以外に頼るものもない。そこからお互いに離れられない奇妙な絆が生まれる。近ごろよく話題になる児童虐待や育児放棄とはまったく次元の違う親子関係なのだ。ペットとどうしようもなく悪い飼い主との関係。いやそれ以下か。

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 社会から孤立し、身内からも絶縁された親子が問いかけるもの。母親とは? 親子の愛とは? こんな問いが陳腐に感じられるほど、世の中の仕組みや子育ての意味を根底から破壊する衝撃。現代の日本の片隅で、こんな人物が存在し、こんな事件が起こっているという衝撃。異様な生き方を救う方策はなかったのでしょうか。

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 映画を観ている間、「なんで?」という疑問がいくつもわいてくる。でもこれは現実にあった出来事なのだ、不条理だけれど。格差が広がる社会の底辺で生きる家族の姿は、是枝裕和監督の作品でも描かれるがどこか共感する部分がある。わずかかもしれないけれど希望がある。それに対して『マザー』はただ痛い。

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 「自分の子どもを自分で思うように育てて、そのどこが悪いんですか?」。こんな母親に育てられる不幸。親を選べない子どもの不運。長澤まさみが覚悟して熱演する母親は、ドストエフスキー的世界の妖怪のようです。名優と呼ばれるためには悪人や汚れ役を務めないとダメなのか。演じることも苦悩だねぇ。お疲れさまです。

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2020年11月10日 (火)

サンタクロースの新たな伝説

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 クリスマスが近づいてきた今の時期にぴったりの映画をNetflixで観ました。スペイン発の長編アニメーション、2019年セルジオ・パブロス監督の『クロース』です。まったく新しい解釈で生まれたサンタクロース誕生秘話。英国アカデミー賞やアニー賞7部門を受賞したのもナットクの、子どもも大人も楽しめるいいお話です。

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 落ちこぼれの郵便配達人ジャスパーは最果ての島に飛ばされる。そこは極寒の地、2つの氏族が何代にも渡っていがみ合い、戦い続ける村。一刻も早く逃げ出したいジャスパーは、ひょんなことで世を捨て森に住むオモチャ職人クロースに出会う。次第に友情を育んだ二人は子どもたちにオモチャを配達するようになる。

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 やがて2つの氏族の子どもたちは仲良くオモチャで遊ぶようになり、大人たちもわだかまりを解いていく。こうして村は平和になるという物語。クロースへの手紙。オモチャの配達。トナカイが引くソリ。さまざまな困難に立ち向かいながら、サンタクロース伝説の要素がうまく繋がっていく展開は心地よい。

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 「本当に欲のない行いは、人の心を動かす」という言葉に導かれて成長するジャスパー。人との関わりを拒んでいたクロースはたくさんの人の愛に包まれて天国へ。クリスマスの時期にはこんな性善説の物語がふさわしい。気持ちが落ち込むニュースが多いこの頃、せめて映画は心が優しくなるものを観たいと思います。

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 ここに挙げた画像でもお分かりだと思いますが、とても斬新で美しい。日本アニメとは一味違うでしょ。2Dの手描きアニメながらキャラクターを照らすライティングの技術で、3Dのような立体感を表現。CGも使っていないとは驚きです。観る者の心に干天の慈雨のように、温かくてじわっと沸き起こる感動をもたらせてくれる新伝説!

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2020年11月 4日 (水)

秋刀魚の味はほろ苦い?

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 海流の変化によりサンマの漁獲量が激減。庶民の味は今年も高値の花になりました。これも地球温暖化の影響なのか。そんなことを考えながら、小津安二郎監督の遺作になった『秋刀魚の味』デジタルリマスター版を観る。1962年(昭和37年)の製作。初老の男の心のひだをコメディタッチで描く、しみじみ味わい深い名作です。

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 お酒を飲むシーンはいっぱいあるのに、サンマを食べるシーンはいっさい出てこない。焼く煙どころか、話題にすら上らない。魚で話題になったのはハモだけ。タイトルの『秋刀魚の味』は、人生はほろ苦いけれど味わい深い、というぐらいの意味でしょうか。お話は妻に先立たれた初老の父親と、いっしょに暮らす婚期を迎えた娘。小津監督の得意とするシチュエーションです。

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 しかし「婚期」という言葉にはとんでもなく時代を感じる。結婚には「適齢期」があって、親の知人たちまで心配して「縁談」の話を持ち込むなんて。今なら大きなお世話でしょ。家事ができない父親の心配をして、家を出ていけない娘も絶滅危惧種。わずか半世紀ほどで家族の関係も、生活のスタイルも、ずいぶん変わったものだ。

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 しっかり者の娘・岩下志麻の若さが輝いています。笠智衆の繊細な演技も安心して観ていられます。特筆すべきは、恩師役を演じた東野英治郎の名演技。主人公の反面教師ともいえる、落ちぶれた老後、ちょっと卑屈な態度。酔っぱらってつぶやく「人生は寂しい、人間は孤独です」というセリフが、この映画のキーにもなっている。

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 カメラポジションが低い独特の小津アングル。日本家屋の住まいやビルの廊下で見せる、左右だけではなく天井と床面もシンメトリーになった幾何学的な美。登場人物たちも少し下から見上げて撮られると、気持ちの機微がよくあらわれるようだ。ちょっとした達成感とその陰にある寂寥感。オズの魔法にやられました。

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2020年10月23日 (金)

40歳のラッパーって変ですか

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 黒人で、女性で、40歳を間近にひかえた脚本家。まだいろんな差別がはびこっている演劇や映画の世界で、なんとか活躍したいともがく彼女の日々を描いた『40歳の解釈:ラダの場合』がおもしろい。監督、脚本、製作、主演を務めたのがラダ・ブランク。自身の実体験をベースにした痛々しいストーリーをコミカルに語りかける。

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 かつて「30歳未満の30人」に選ばれ、脚本賞のトロフィをもらったこともある。それがキャリアのピークで、後はぱっとしない。ワークショップで若者に教えているが、先生は10年前の作品が最後ねとバカにされる始末。大物プロデューサーに妥協しまくってやっと舞台が実現するが、自己嫌悪に陥ってしまう。そろそろ限界か。

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 人種やジェンダーの壁。年齢的にも曲がり角。仕事も思い通りにならない。そんな絶望的な状態のときに、ラップに出会って真の自己表現に目覚めていく。40歳の視点で自分に正直な言葉をラップのビートにのせて。ダイエットドリンク片手に社会の無理解に挑む姿は、マイノリティにとって希望の星か。NETFLIXの作品です。 

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2020年10月14日 (水)

土が地球を救う

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 地球温暖化で引き起こされる気候変動や砂漠化。それによる自然災害の巨大化や深刻な食糧不足。このままでは人類滅亡の危機だ。『キス・ザ・グラウンド:大地が救う地球の未来』は、その流れを止める唯一の方法が「不耕起農業」だ、と実例を挙げながら科学的に解き明かす2020年ジョッシュ・ティッケル監督の作品です。

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 地球温暖化防止と聞いて思い浮かぶのは、二酸化炭素を排出する火力発電から太陽光や風力発電など自然エネルギーへの転換。そしてクリーンな電気自動車への移行。しかし排出する炭素をゼロに減らしたとしても、大気中に大量の炭素が残っている限り温暖化は進む。なるほど、目からウロコの指摘です。

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 「不耕地農業」とは文字通り土地を耕さない農業。畑を耕すと表土は風で飛ばされ、雨に流され、大地は水と炭素を蓄えることができなくなる。その結果として砂漠化が進む。メソポタミヤもインダスも黄河も、古代文明が滅亡した理由はこれだ。人類が田畑を耕すスキを発明したときから、自然破壊が始まったのだ。

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 微生物やバクテリアがたくさん棲む土壌は、水と炭素を多量に蓄える。それは植物を育てる栄養となり、それを食べる動物を増やす。このように生態系と気象に安定をもたらすのが、水と炭素の好循環。大規模な耕作はこの循環を崩してしまう。大気中の温暖化ガスを減らすには植物の光合成に頼るしかないのだから、「土」を信じ自然と共に生きる農業や牧畜が必須なのだ。

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 トラクター、化学肥料、農薬を使い、単一の作物を大量に生産する工業的農業が進んだいまこそ、科学者、環境活動家、農業従事者、政治家たちが団結して「不耕起農業」にカジを切るべきだと訴える。これはエコロジストの夢物語ではない。意外だけれど、災害に強く、経済性に優れた「儲かる」農業だという。説得力大でした!

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2020年10月11日 (日)

大統領選とEU離脱のコワイ話

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 「SNSを使っている時、誰かに監視されていると感じたことがある人は?」という教授からの質問に、ほとんどの学生が手を挙げると笑いが起こる。和やかな風景から始まるけれど、じつはSNSで個人データが丸見えになっている怖い現実を警告する映画なのだ。こちらの頭の中を見透かしたようにタイミングよく送られてくる広告や記事。あなたも不思議に思ったことはありませんか?

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 NETFLIXオリジナルの『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』という、タイトルもスキャンダラスなドキュメンタリーが衝撃だ。2019年、カリム・アーメル監督の作品。2016年に世界を驚かせた二大事件、英国のBREXIT(EU離脱)国民投票とアメリカ大統領選挙の裏で、その結果を左右したかもしれない会社とその手法を暴く。

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 繰り広げられたキャンペーン=プロパガンダを請け負ったのが、政治コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカ(CA)。個人情報を分析して、どちらに投票するか決めていない人に対して、投票行動を変えるよう誘導する記事や広告やフェイクニュースをピンポイントで流すマイクロマーケティングという手法。

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 例えばアメリカ大統領選挙の場合、いくつかの接戦州の、わずかな投票未定者の行動を変えるだけで結果はガラッと変わる仕組みだ。ターゲットの選定やその個人の好みなどを知るのにフェイスブックの個人データが悪用されたのだ。そのころヒラリー候補を中傷するヘンな記事が流れてくるようになったのに符合するという。 

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 SNSが洗脳の道具に使われたこれらの事件。ふとした疑問から行動を起こした人がいて、勇気ある内部告発者があらわれ、事実は明るみに出る。なおCA社はいまは倒産して存在しない。黒子が表で有名になってしまったら存在価値がないからか。日本ではあまり大きく報道されなかったが、フェイスブックのザッカーバーグCEOが公聴会で証言させられたのはこの時のこと。

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 人を結びつけるためのプラットフォームがプロパガンダのためにハックされ、人々の嫌悪や恐怖を助長するために使われた。その結果として社会の分断が進んだとしたら、とても悲しい。この映画はSNSとの付き合い方で、2つの教訓を教えてくれる。①情報は誰かに見られていると理解すること。②正誤さまざまな情報の受け取り方を学ぶこと。ネット時代を生きていく上で必要な新常識です。

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2020年10月 8日 (木)

マグダラのマリア、名誉回復

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 西暦591年、教皇グレゴリウ1世が「マグダラのマリアは娼婦であった」と主張。その誤解は今日まで続く。しかし2016年、「マグダラのマリアは娼婦ではなく使徒に等しい存在で、イエスの復活を最初に見た証人である」とヴァチカンが正式に認めた。エンディングでこう記す映画『マグダラのマリア』は、1425年ぶりの名誉回復なのだ。

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 イエスから大切な言葉を授けられ、イエスの意を一番理解したマグダラのマリア。ペテロをはじめ最初期からの弟子たちは、マリアに嫉妬し反発する。後から加わったのに、しかも女なのに。カトリック教会の始祖ペテロをいただくヴァチカンは男中心社会。マリアを貶めるのも、教理を広め組織を固めるために必要だったのかも。

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 ユダもイエスを裏切った悪者ではなく、純粋過ぎる若者だったが故の行為だという解釈で描かれる。聖書の読み方は自由であっていい。中世ならローマ教会以外の解釈は異端尋問に欠けられて火あぶりの刑だろうけれど。この映画は聖書に書かれている事象は正確に、行間に隠れた意味は大胆に解釈して再構築している。

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 映像も美しい。やせた岩だらけの荒々しい土地、何もない枯れ果てた原野。2000年前のラザレやエルサレムは、きっと救世主を待ちわびていただろうと思わせる厳しい風景です。豊かさと対極にあるミニマルな美しさからは、新しい希望が生まれる予感。監督は『ライオン 25年目のただいま』のガース・デイビス。見事です。

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 新約聖書のエピソードを知らない人には、何が何だかという映画ですが。ホアキン・フェニックスのイエスと、ルーニー・マーラが演じるマグダラのマリア。先ごろ二人の間に男児が生まれたそうです。イエスとマグダラのマリアの子ども。ちょっと『ダヴィンチ・コード』を思わせる展開ですね。ちなみにこの子の名前はリヴァー。そう、ホアキンの兄 リヴァー・フェニックスから名付けられているのだ。

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2020年9月16日 (水)

ジャズの帝王がよみがえる

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 「クールの誕生」(1949-50)、「カインド・オブ・ブルー」(1959)、「ビッチェズ・ブリュー」(1969)と、10年おきにジャズのサウンドを革新する歴史的名盤を生み出したマイルス・デイヴィス。65年の生涯は、ジャズの進化の歴史です。光もあり闇もある、ジャズの帝王の知られざる素顔に迫るスタンリー・ネルソン監督のドキュメンタリー、『マイルス・デイヴィス クールの誕生』が素晴らしい。

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 ビバップ、クール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、フュージョン。彼の開拓した斬新な音楽は、ジャズにとどまらずロックやヒップホップに至るまで幅広いアーティストに影響を与えた。ミュートを使用しヴィブラートをあまりかけない彼の演奏は、静かで理知的。でも燃えたぎる情熱を内に秘めた、中音域の伸びやかな音は力強い。1音聞いただけでそれとわかるアーティストはちょっといない。

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 ハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、ロン・カーターなどマイルスのバンドに在籍したジャズメンをはじめ、クインシー・ジョーンズ、カルロス・サンタナ、ジュリエット・グレコなどさまざまなジャンルの大御所が、マイルスの魅力や隠されたエピソードを語っている。恋人、結婚、DV、人種差別、クスリ中毒、フェラーリの大事故・・・さまざまな苦難と絶頂。ジェットコースターのような波乱の人生だ。

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 どん底まで落ちても、その都度不死鳥のように復活。しかも自分が作ったスタイルを自ら打ち破って、まったく違う次元に至る。その変貌の激しさに賛否両論はあったが、あくなき挑戦を続けるマイルス。成功に安住することなく、愛するフェラーリのように猛スピードで駆け抜けた天才。しかし好き嫌いの激しさ、自分に正直に生きる信念が、家族や仲間へ与えた負の側面も大きかったのだ。

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