2023年9月24日 (日)

牧野博士の植物標本

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 日本に自生するすべての植物を明らかにしようと、晩年まで現役で研究に没頭。94年の生涯で収集した押し葉標本は40万枚。蔵書は4万5千冊。植物図の名手としてとしても知られる彼が描き残した図版は1,700枚。新種や新品種など1,500種類以上の植物に学名を付け、日本の植物分類学の基礎を築いた牧野富太郎博士。

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 78歳のとき集大成として自ら描いた精巧な「牧野式植物図」を入れた『牧野日本植物図鑑』を発行。その後、野外に持ち運びやすい学生版や小型で彩色された原色図鑑なども出版されました。80年以上を経た今も多くの専門家や植物愛好家に親しまれている。

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 ちょうど訪れたとき、素晴らしい写真展が開催されていました。牧野の標本を菅原一剛が撮影した『MAKINO 植物の肖像展』です。本来は研究のために作成された科学的資料が、美しいポートレイトになっている。植物1点1点が、生命力をたたえ個性を主張する、アートとしての肖像写真。新たなボタニカルアートの誕生です。

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 高知県立牧野植物園が所蔵する約5,500枚から厳選された41枚。それを1億5千万画素のデジタルカメラで撮影。そして100×150cmに拡大プリントして展示。人物の肖像写真を撮るようなライティングで、牧野標本の微細な陰影が立体的に表現されている。博士が顕微鏡で見ていたであろう葉脈まで精細に見ることができます。

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   植物に感謝しなさい。
   植物がなければ人間は生きられません。
   植物を愛すれば、
   世界中から争いがなくなるでしょう。
                     牧野富太郎

菅原一剛
MAKINO 植物の肖像展
2023年7月15日(土)~10月1日(日)
高知県立牧野植物園

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2023年9月11日 (月)

恒例のボローニャ絵本原画展

   2023

 西宮市大谷記念美術館で、毎年恒例のボローニャ国際絵本原画展が開催されています。世界で唯一の子どもの本専門の国際見本市「ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア」は、1964年に始まり今年で60回目を迎えました。また、このブックフェアでは絵本原画のコンクールが行われており、世界各地の作家が応募している。

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 今年は91カ国・地域から4,345組の応募があり、日本人5人を含む27カ国の79作家が入選を果たしたそうです。その全入選作品が一堂に会する展覧会がこれ。テーマや色の使い方に、それぞれの国の歴史や文化が現れていてとても興味深い。たとえば動物を主人公にしたお話は多いけれど、その捉え方は実にさまざまです。

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 戦時下の市民生活を描いたウクライナからの作品。ブラジル人作家が写真と刺繡を駆使して水兵を描いた独創的な作品。日本人作家のシャープで力強い切り絵作品などなど。「へえ~、こんな手法があるのか、こんな発想どこから出るんだろう」と驚かされることばかり。毎年この展覧会が来るのを楽しみに待っています。

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 デジタル技術が飛躍的に進化した現在、技法的には「ミクストメディア」と紹介された作品が多い。だから逆にコラージュや刺繍など、手による作業が見える作品が目立ちます。完成形の絵本になってしまうとわかりにくいのでしょうが、これは原画展なのでアーティストの息づかいまで閉じ込められたかのような濃密な「気」を感じる。

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 アーティストはやりたいことを自由に、そして実験的に行っている感じ。でも子どものための絵本というのはすごく難しい。言葉の助けを極力少なくして表現しなくてはならないからだ。しかも子どもは感受性が豊かで鋭い批評家。気に入らなければ容赦なくスルーする。でも良いものはちゃんと伝わります。いままでも、これからも。

2023 イタリア ボローニャ
国際絵本原画展
2023年8月19日(土)~10月9日(月・祝)
西宮市大谷記念美術館

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2023年8月 8日 (火)

レンゾ・ピアノと新宮晋

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 「空気の流れを見えるようにしてくれないか」という言葉が始まりでした。関西国際空港旅客ターミナルビルの国際コンペで設計者に選ばれたピアノは、風のアーティストとして注目を集めていた新宮晋にターミナルビル内に命を吹き込む作品制作を依頼。以来30年余り、2人は世界中で10のプロジェクトを完成させている。

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 会場内で流される対談の映像内で、ピアノは「親和性」という言葉を盛んに使う。新宮がイタリア語を話すのに驚いたこと。生まれた国は違えど同い年だったこと。光や風や環境を重んじる姿勢。互いに共感し、共鳴して新しいモノを作り出す意欲。初対面の時から日本語で言うところの「ウマが合った」ということでしょうか。

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 関空のほか、ジェノヴァ港の再開発。銀座のメゾンエルメス。アテネのスタヴロス・ニアルコス財団文化センター。NYの565ブルーム・ソーホーなどなど。2人がコラボした仕事はどれも素晴らしい。建築に「軽さ」を持ち込み、都市や地域の景観に「楽しさ」をプラスしました。新しい視点を生み出し、世界に夢を与えてきたのです。

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 建物の内と外との境界を取り去り、それが建つ場所との調和を考えるイタリアの建築家。見えない風や水のエネルギーを可視化する日本の造形作家。この2人の交差の軌跡を年表形式でたどるユニークな展覧会、そのタイトル『平行人生 Parallel Lives』は、古代ギリシャの哲学者プルタルコスの著作に由来するという。

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 「2人が創った驚異の空間」とサブタイトルがつけられてはいますが、実際の建造物を持ってくるわけにはいかないので、模型や映像を駆使した多様な見せ方を工夫している。天井から吊り下げた作品の、床で揺れ動く影までおもしろかったですよ。ちなみにスタート日と終了日が、新宮とピアノの86歳の誕生日だそうです。

平行人生
新宮晋+レンゾ・ピアノ展
2023年7月13日(木)~9月14日(木)
大阪中之島美術館

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2023年7月13日 (木)

野又 穫を知ってますか?

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 見たことがあるようだけど、ありえない建造物。独特な存在感を放つ不思議な風景。壮大な妄想を描いただけに見えるけど、どこか懐かしい気持ちにさせられる。東京オペラシティで野又穫の絵画を初めて見て、衝撃を受けました。子どものころ、本で読んだヨーロッパの遊園地を空想して遊んだ感覚が、突然よみがえったのです。

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 『野又穫 Continuum 創造の語彙』という展覧会が、いま開催中です。過去なのか、未來なのか。むしろ時も場所も超越したイメージ。人の姿は一切描かれていないけれど、建造物は人の営みの結果に違いない。もしかしたら地球人じゃない人かもしれないけれど、とふと思う。無機的。白昼夢。とてもシュールな世界です。

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 目覚めたら、時間が止まっていた。車や電車はそのままの場所にあるのに、運転手も乗客も消えてしまっている。この世界から人間も動物もいなくなったのだ。自分一人を除いて。かつてSF小説で読んだ記憶がありますが、そんな感じ。的確な描写力で、微細に、具体的に、描き込まれれば描き込まれるほど現実から遊離する。

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 そこに描かれた事物の一つ一つは、意味ある建造物や自然の雲や木々。しかし総体として表現されているのは、意味を超越したフィクションあるいはフェイクの風景。空想の中でのみ存在できるイメージだ。いろんな意味が集まって無意味を産む。なんか哲学的になってしまったが、繋がりがない意味は宙に浮いてしまうのでしょう。

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 作品タイトルも『来るべき場所』や『境景』、『世界の外に立つ世界』や『内なる眺め』など、謎めいた言葉がちりばめられている。野又 穫というアーティストがどんな世界観を持っているのか、とても興味がわきます。彼だけのイメージの王国を創造し、そこで王あるいは神として君臨する。他の何人も入り込めない王国の主。

野又 穫
Continuum 創造の語彙
2023年7月6日(木)~9月24日(日)
東京オペラシティ アートギャラリー

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2023年7月 9日 (日)

上田優紀、登らないと撮れない

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 地球で一番高い場所からの風景。それは標高8848mのエベレストへ、自分の足で登らないと見ることはできません。当たり前です。とはいえ薄い空気や厳しい寒さや高山病と闘いながら、そこまでたどり着くには途方もない体力と強い精神力が必要でしょう。

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 「未知の景色を届け、人の心を豊かにしたい」と、写真家・上田優紀は世界の極地や僻地を撮影してまわっている。憧れの場所に自分で行くのが不可能な人のために、行って、見て、感じて、記録するのが写真家の仕事。行先のひとつが世界最高峰のエベレスト。

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 頂上へ至る道中で目にしたもの、体験したことを、撮影した作品の数々。この世のものとは思えない荘厳な美しさが伝わってきます。それとともにこんな極限の地(だからこそか)にも、挑戦する人がたくさんいることの現実。人間の欲望の深さも感じます。

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 高い山。深い海。熱い砂漠。凍り付く極地。命を懸けてでも行きたくなるのは「世界一」の場所。やはり「二番」じゃダメなんだ。フツーは見ることができない究極の場所やモノを記録して見せてくれる。これは写真や映像が担う最大の役割であり、最高の魅力。

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 展示方法というか鑑賞法もユニークです。片手ではめくれないほどの大きさの、写真集の体裁をとっている。観客が自分でページをヨイショとめくりながら、超大判の写真を手元で仔細に眺める。たしかにエベレストをじっくり感じるには最良の方法かもしれません。

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 登らないと撮れない、宇宙にいちばん近い景色。めくらないと現れない極限の世界。大日本印刷のDNPメディアアートならではの技術が生かされた展覧会です。写真のパワーの源泉は、シャッターを切るに至る行為にこそあるのだ、と改めて思い知らされました。

エベレスト
~宇宙にいちばん近い景色~
2023年3月17日(金)~7月14日(金)
DNPプラザ(東京・市谷)

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2023年7月 5日 (水)

抽象絵画の現在と作家たち

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 およそ100年ほど前に生まれた抽象絵画。絵画の到達点のひとつとして、20世紀後半の美術界を主導することになりました。しかし、これ一色というわけじゃない。表現方法はいろいろあっていい。作る側にも観る側にも、アートには最大限の自由が保障されるべきだ。そんな中で『抽象』が大きく勢力を伸ばしたのは、なぜだろう。

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 理由は単純。抽象芸術への理解が進んだから。つまりオモシロがる人や好きな人が増えたから。特定の誰かが評価や価値を決めるのではなく、不特定多数の意志が集まった結果なのです。「何だこりゃ」と不審に思う人。「こんなのアートじゃない」と怒る人。「難解でわからない」と毛嫌いする人。そんな人々が改宗したのです。

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 以前は子ども向けと思われていた漫画やアニメ、ストリートのグラフィティやデザインも、アート表現の大事な領域だという認識が高まったのと軌を一にしている。より自由に、より柔軟に、より民主的に、より大衆的に。アートの世界は拡張し、進化し、発展を続けているのだ。本当に楽しい時代になってきた。ワクワクします。

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 この展覧会は最後のセクション⑫で「現代の作家たち」を集めている。色、カタチ、質感・・・。追求の道はさまざま。ジャンルも国籍もばらばら。いろんな素材、いろんな手法で自身の内から湧き出る美的価値を表現している。リタ・アッカーマン、津上みゆき、柴田敏雄、Lou Zhenggang、鍵岡リグレ アンヌ、高畠依子、横溝美由紀。

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 絵の具のチョー厚塗りあり、インフラの写真あり、カンヴァスに漆喰あり、人工物のインスタレーションあり、書画の融合あり。まさに百花繚乱。『抽象絵画』にルールはない。できるだけたくさん観て、オモシロ味を感じ、新たな美を発見する。これに尽きます。暗闇でじっと目を凝らしていると、おぼろげに何かが見えてくる。あの感じ。

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 要するにたくさん見ると目が慣れてくる。アタマが『抽象』に反応しだすのだ。込められた意味など考えなくていい。逆に何らかのメッセージを感じるのも自由。作家も今までなかった独創の美を追求しているのだから、過去の基準は参考外。それこそ言葉にならない感動が沸き上がる。そんな作品が後世に残っていくのでしょう。

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 点、線、面、色彩、素材・・・絵の要素それ自体が持つ表現力を追求する具象的じゃない抽象絵画。まぁいくら言葉で説明しても、まさに抽象的でわかりづらい。それでもミニマルなモノから豊潤なモノまで、精緻なスタイルから奔放なスタイルまで。現代のアーティストは抽象絵画という大きな土俵の上で懸命に奮闘中です。

ABSTRACTION
抽象絵画の覚醒と展開
2023年6月3日(土)~8月20日(日)
アーティゾン美術館

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2023年7月 1日 (土)

抽象絵画って何なのか?

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 アブストラクション、抽象芸術。現代アートは難しい、と毛嫌いされるようになった元凶のようなジャンル。(ジャンル分けは意味がなく、嫌いですが・・・) とは言えモンドリアンの絵が、どう面白いのか、なぜ良いのか、なんてリクツで知りたいとも思わないし・・・。そんなことを考えながら『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開』展へ。

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 「セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」と、サブタイトルがつけられたこの展覧会。ブリヂストン美術館が前身の、八重洲にできたアーティゾン美術で開催されています。264点の大規模な展示で、難しいテーマに正面から立ち向かう意気込みが感じられました。➀「抽象絵画の源泉」としてセザンヌ、モネ、ゴッホなどが。

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 ➁「フォーヴィスムとキュビスム」では、マティス、ブラック、ヴラマンク、ピカソ、フェルナン・レジェなど。印象派より前はどこまで写実的に描けるか、が絵画の基本だった。それが主観的に見た世界をどう描くかに変わってくる。そしていよいよカンディンスキーやクレーやモンドリアンが現れて、③「抽象絵画の覚醒」へ。これぞ抽象。

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 色で構成。幾何学的な形態。要素をそぎ落とし、美意識を突き詰めて、どこまで絵画の可能性を追求できるか。ミロやデュビュッフェを経て、アートの中心はヨーロッパからアメリカに移る。ジャクソン・ポロック、デ・クーニング、マーク・ロスコ、サム・フランシスらが革新的な表現技法を生み出した時代を⑦「抽象表現主義」と分類。

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 ⑧「戦後日本の抽象絵画の展開」で草間彌生や猪熊弦一郎ほか、⑨「具体美術協会」では吉原治良や白髪一雄、元永定正や田中敦子などもしっかりと展示されています。ここまでで210点余り。これだけの作品を観ていくと、抽象芸術とは何なのかがリクツを超えて分かった気になってくる。次回は⑫「現代の作家たち」です。

ABSTRACTION
抽象絵画の覚醒と展開
2023年6月3日(土)~8月20日(日)
アーティゾン美術館

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2023年6月26日 (月)

切り紙絵とロザリオ礼拝堂

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 巨匠アンリ・マティスの芸術を観る場合、油彩のタブローとともに中心をなすのが晩年の切り紙絵シリーズだ。高齢になり、大病を患い、身体の自由が利かなくなってきたマティス。それでも衰えない創作意欲を満たす方法として発明したのが切り紙絵だ。自分で色を塗った紙を切り抜いて床にばらまき、それを拾い集めて構成。

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 明るく濁りのない色。細部の簡略化。平面的な描写。色彩とカタチの追求を続けた到達点でもあります。その技法を広く世に知らしめたのが、20点の図版からなる画文集『JAZZ』。刊行したのが78歳の時とは驚きです。道化師や曲芸馬などのサーカスや民話や旅行の思い出がモティーフ。楽しく祝祭的な喜びがあふれています。

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 切り紙絵では「それぞれの赤は赤のまま、それぞれの青は青のままだ ―ちょうどジャズのように― ジャズではそれぞれの演奏者が、担当するパートに自分の気分、自分の感受性を付け加える」と語っている。これがJAZZというタイトルの由来か。なるほど。あともう一つ見逃せないのが、最高傑作ヴァンスの『ロザリオ礼拝堂』。

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 ヴァンスはニースからバスで1時間ほど、中世の面影を残す山の上の小さな村。そこに建つ小さな教会がロザリオ礼拝堂です。建築デザインから、屋根の上の十字架、内部の壁画やステンドグラス、主祭壇の磔刑像や燭台、司祭の上祭服に至るまで、何から何までマティスが手掛けました。全生涯の到達点。まさに聖地です。

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 個人的には人類史上No.1のアート作品だと思います。でも、これを観賞するには現地へ行くしかないのです、残念ですが。今回の展覧会では多くの資料や映像を使ってその魅力を伝える工夫をしている。なかでもNHKが制作した映像作品が簡潔で良くできていました。白い壁や床に映りこむステンドグラス越しの光が美しい。

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 車いすに座り紙を切る姿。長い棒の先に絵筆をつけてデッサンする写真。たとえ身体が思うように動かなくても、アタマは猛スピードで回転しているのだ。自由と即興。シンプルで明快。20歳過ぎに絵を始め、70歳過ぎに大病から復活し、第二の生へ。そして残りの15年。色と光とカタチの探求は、とても幸せな旅だったに違いない。

マティス展
2023年4月27日(木)~8月20日(日)
東京都美術館

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2023年6月22日 (木)

マティス、まずは油彩

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 アンリ・マティスは感覚に直接訴えかける鮮やかな色彩と光の探求を生涯続けた、20世紀アートを代表する巨匠です。彼が残した仕事を概観する大規模な展覧会が、いま東京都美術館で開催されている。世界最大級のマティス・コレクションを所蔵するポンピドゥー・センターの協力で実現した、「20年ぶり 待望の大回顧展」です。

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 長年にわたり、いろんな技法で素晴らしい作品をいっぱい創造したマティス。中心に置くべきは、まずは油彩の作品群でしょうね。「フォーヴィスム(野獣派)」と称されて絵画の革命を起こしたころから、一番脂がのっていたニース、ヴァンスの時代へ。目に映るモノではなく、心が感じるモノを表現。それこそ現代アートの芽だ。

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 ルネサンス以来の写実主義や遠近法と決別し、対象の色とカタチを並列に置いて構成する。細部はシンプルに簡略化して描写し、奥行きよりも平面的な均衡を尊ぶ。「フォーヴィスムが全てではないが、全ての基礎だ」というマティスの言葉。表現の自由を追求した彼の精神は、現代のアーティストにも影響を与え続けています。

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 マティスの挑戦の方向性は、カメラや写真が世に現れた影響も否定できません。それは19世紀後半に始まった印象派以降の、絵画の本質を問う運動の延長線上にあるから。そして2つの戦争の時代を生き延びた経験が、暗い世相を変える明るく伸びやかな作風に結実しました。だから鑑賞者が幸せな気持ちになるのですね。

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 若き日から晩年まで、各時代の代表的な作品で巨匠マティスの芸術をたどる色彩の旅。油彩に加え、彫刻、ドローイング、版画、切り絵、そして彼自身が創作の集大成とみなしたヴァンスのロザリオ礼拝堂に関する資料まで。150点以上のとても充実した展示です。油彩以外の作品については、次回に改めてご紹介します。

マティス展
2023年4月27日(木)~8月20日(日)
東京都美術展

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2023年6月18日 (日)

世界を変えたオリジナル

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 世の中に深く影響を与えたデザインを「The Original」と定義して紹介する展覧会。東京ミッドタウンにある 21_21 DESIGN SIGHTの企画展です。モノづくりの歴史における「始まり」という意味ではなく、多くのデザイナーを触発する根源的な魅力と影響力をそなえ、そのエッセンスが後にまでつながれていくもの。そんなオリジナルです。

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 家具、照明器具、調理器具、食器、文房具、玩具、モビリティなどなど。デザインの第一線で活躍する土田貴宏、深澤直人、田代かおるによって選ばれた100点以上のプロダクトを展示。よく知っている名品も数多いが、なかには意外なものも入っていて新鮮な驚きがある。その一つが1942年デンマーク生まれのレゴブロック。

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 子どものオモチャと思っていたものが、展示を見るとモンドリアンを想起させる現代アートなのだ。世界中のレゴビルダーをとりこにするのも当然か。また会場の中庭に置かれた3脚のラウンジチェア。強化コンクリートの1枚板でカタチ作られた剛性と耐久性に優れた一体構造の椅子。ダイナミックな形状で屋外でも使用できる。

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 デザインを考えるとき、19世紀後半に生まれたトーネットの曲木椅子が最初に来るのは妥当です。職人の手仕事から、工場生産へと時代が変わるとき、デザインの必要性が生まれたのだから。その背景は市民社会の成立。庶民の暮らしが豊かになり、少数の貴族だけでなく、みんなが良質なモノを求める時代へと移行する。

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 プロダクトデザイナーに生み出されたモノを、見て、選んで、使う。その結果、暮らしが便利に快適になりました。現代は大量生産、大量消費よる弊害も叫ばれていますが、その課題を解決するのもデザインの力。将来に向かって思考や行動の可能性を広げるためにも、いま一度オリジナルを見つめなおす意味があると思います。

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 並はずれた、独創の力。The Extraordnary Power of Originality. 世界情勢、環境問題、社会不安・・・大きく揺れ動いている時代だからこそ、オリジナルを生み出してきた人間の知恵と発想が必要だ。もしかしたらそのヒントを見つけられるかもしれない。ま、そんな大げさに考えなくてもアイデアの面白さにきっと感動しますよ。

The Original
2023年3月3日(金)~6月25日(日)
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー

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