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2023年7月

2023年7月26日 (水)

9日間での裁定

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 あまり起伏がないお話で、しかも内容はよくわからない。でも緊張感があって、画面に集中して最後まで観てしまう。なんとも不思議な映画だった。魂(普通に人間の姿をしている)が人として人間界へ送られるか、それとも消えてしまうか、9日間で決定されるという設定。選ばれるのはやって来た候補者(魂です)から、ただ1人。

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 舞台は荒涼とした砂漠の中の一軒家。ロケ地はユタ州のようですが、地球上とは思えない。室内では、壁一面のモニターに映し出されるいろんな人間の地上の生活。リアルタイムの映像もあれば過去の出来事もある。熱心に画面を注視している寡黙な男。彼が、ひとつできた空き枠に誰を送り出すかを裁定するウィルだ。

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 生命を左右する決定的瞬間にどう対処するか。気になる映像を選んで感想を述べよ。ウィルが発する質問に取り組む魂たち。彼/彼女たちも人間界に生まれ変わりたいので必死だ。それらの質問には正解はないのだが。彼/彼女たちとやり取りを続けるなかで、ウィルも自分自身やその職務の存在意義を問い直し始める。

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 この世に生れ落ちる前の魂とはいえ、それぞれが個性的なのもおもしろい。無色透明、無味無臭な存在ではないのだ。そして地上に送る魂を選別する仕事は、誰が与えたのか。ウィルは神さまではなくて、あくまで職務を誠実にこなしているだけ。よくわからない理由の一つが、この魂と人間をめぐる壮大なシステムの全体像。

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 人間になれなかった魂は消滅するなんて、切ない話です。しかもチャンスは一度きり。こういう哲学はどこから生まれたのでしょう。監督、脚本はエドソン・オダ。出演者はウィンストン・デューク、ザジー・ビーツ、ベネディクト・ウォンほか。なかなかの名演技で、謎に満ちているけれど、なぜか引き込まれるお話を支えています。

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2023年7月17日 (月)

さかなクンか、ミー坊か

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 男か女かは、どっちでもいい。こんな言葉が冒頭にあらわれて、沖田修一監督の『さななのこ』は始まります。自伝『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』(講談社)を原作に、ミー坊がさかなクンになるまでを、フィクションも織り交ぜてユーモアたっぷりに描く感動作。主演をのんに決めたことが、まず成功の一因です。

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 お魚が大好きだった幼いころから、小学校、高校、社会に出てからも、ずっと全力でまっすぐに「好き」を貫き通すミー坊。水族館に行くと閉館時間まで見ている。毎日お魚の絵を描く。毎日お魚を食べる。フツーじゃないさまざまなエピソードが笑えます。家族もクラスメートも教師も、困惑しながらも温かく見守っていく。

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 バカなのか、天真爛漫なのか、ジョーシキが一切通用しない不思議なキャラ。お魚のこと以外は全く考えられない。でも憎めない。イジメられたりもしない。番長や他校の不良グループも、ミー坊の魚に対する情熱に圧倒され、一途に打ち込む姿に引き込まれていく。「好き」に徹する強さ、前向きな思いと行動力に感激しました。

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 まわりの友人たちは、社会に出てみんな変わっていく。それが大人になるということ。ミー坊だけは変わらない。傍から見ては風変わりな、フツーじゃない人生を突き進む。とはいえ何か仕事をしないとと思って、水族館や寿司屋や熱帯魚屋など、魚に関連した仕事に就くもののうまくいかない。「好き」だけでは生きいけないのだ。

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 やがて友人たちとのつながりで魚の絵を描く仕事も入り始める。そして思わぬ幸運でTV番組に出演するまでに。さかなクンの誕生です。自分の「好き」に疑いを持たず、まっすぐ進んだキラキラした半生でした。うらやましいけどマネしたくない。それが正直な感想です。さかなクン本人も、ギョギョおじさんとして出演しています。

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2023年7月13日 (木)

野又 穫を知ってますか?

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 見たことがあるようだけど、ありえない建造物。独特な存在感を放つ不思議な風景。壮大な妄想を描いただけに見えるけど、どこか懐かしい気持ちにさせられる。東京オペラシティで野又穫の絵画を初めて見て、衝撃を受けました。子どものころ、本で読んだヨーロッパの遊園地を空想して遊んだ感覚が、突然よみがえったのです。

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 『野又穫 Continuum 創造の語彙』という展覧会が、いま開催中です。過去なのか、未來なのか。むしろ時も場所も超越したイメージ。人の姿は一切描かれていないけれど、建造物は人の営みの結果に違いない。もしかしたら地球人じゃない人かもしれないけれど、とふと思う。無機的。白昼夢。とてもシュールな世界です。

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 目覚めたら、時間が止まっていた。車や電車はそのままの場所にあるのに、運転手も乗客も消えてしまっている。この世界から人間も動物もいなくなったのだ。自分一人を除いて。かつてSF小説で読んだ記憶がありますが、そんな感じ。的確な描写力で、微細に、具体的に、描き込まれれば描き込まれるほど現実から遊離する。

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 そこに描かれた事物の一つ一つは、意味ある建造物や自然の雲や木々。しかし総体として表現されているのは、意味を超越したフィクションあるいはフェイクの風景。空想の中でのみ存在できるイメージだ。いろんな意味が集まって無意味を産む。なんか哲学的になってしまったが、繋がりがない意味は宙に浮いてしまうのでしょう。

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 作品タイトルも『来るべき場所』や『境景』、『世界の外に立つ世界』や『内なる眺め』など、謎めいた言葉がちりばめられている。野又 穫というアーティストがどんな世界観を持っているのか、とても興味がわきます。彼だけのイメージの王国を創造し、そこで王あるいは神として君臨する。他の何人も入り込めない王国の主。

野又 穫
Continuum 創造の語彙
2023年7月6日(木)~9月24日(日)
東京オペラシティ アートギャラリー

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2023年7月 9日 (日)

上田優紀、登らないと撮れない

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 地球で一番高い場所からの風景。それは標高8848mのエベレストへ、自分の足で登らないと見ることはできません。当たり前です。とはいえ薄い空気や厳しい寒さや高山病と闘いながら、そこまでたどり着くには途方もない体力と強い精神力が必要でしょう。

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 「未知の景色を届け、人の心を豊かにしたい」と、写真家・上田優紀は世界の極地や僻地を撮影してまわっている。憧れの場所に自分で行くのが不可能な人のために、行って、見て、感じて、記録するのが写真家の仕事。行先のひとつが世界最高峰のエベレスト。

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 頂上へ至る道中で目にしたもの、体験したことを、撮影した作品の数々。この世のものとは思えない荘厳な美しさが伝わってきます。それとともにこんな極限の地(だからこそか)にも、挑戦する人がたくさんいることの現実。人間の欲望の深さも感じます。

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 高い山。深い海。熱い砂漠。凍り付く極地。命を懸けてでも行きたくなるのは「世界一」の場所。やはり「二番」じゃダメなんだ。フツーは見ることができない究極の場所やモノを記録して見せてくれる。これは写真や映像が担う最大の役割であり、最高の魅力。

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 展示方法というか鑑賞法もユニークです。片手ではめくれないほどの大きさの、写真集の体裁をとっている。観客が自分でページをヨイショとめくりながら、超大判の写真を手元で仔細に眺める。たしかにエベレストをじっくり感じるには最良の方法かもしれません。

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 登らないと撮れない、宇宙にいちばん近い景色。めくらないと現れない極限の世界。大日本印刷のDNPメディアアートならではの技術が生かされた展覧会です。写真のパワーの源泉は、シャッターを切るに至る行為にこそあるのだ、と改めて思い知らされました。

エベレスト
~宇宙にいちばん近い景色~
2023年3月17日(金)~7月14日(金)
DNPプラザ(東京・市谷)

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2023年7月 5日 (水)

抽象絵画の現在と作家たち

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 およそ100年ほど前に生まれた抽象絵画。絵画の到達点のひとつとして、20世紀後半の美術界を主導することになりました。しかし、これ一色というわけじゃない。表現方法はいろいろあっていい。作る側にも観る側にも、アートには最大限の自由が保障されるべきだ。そんな中で『抽象』が大きく勢力を伸ばしたのは、なぜだろう。

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 理由は単純。抽象芸術への理解が進んだから。つまりオモシロがる人や好きな人が増えたから。特定の誰かが評価や価値を決めるのではなく、不特定多数の意志が集まった結果なのです。「何だこりゃ」と不審に思う人。「こんなのアートじゃない」と怒る人。「難解でわからない」と毛嫌いする人。そんな人々が改宗したのです。

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 以前は子ども向けと思われていた漫画やアニメ、ストリートのグラフィティやデザインも、アート表現の大事な領域だという認識が高まったのと軌を一にしている。より自由に、より柔軟に、より民主的に、より大衆的に。アートの世界は拡張し、進化し、発展を続けているのだ。本当に楽しい時代になってきた。ワクワクします。

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 この展覧会は最後のセクション⑫で「現代の作家たち」を集めている。色、カタチ、質感・・・。追求の道はさまざま。ジャンルも国籍もばらばら。いろんな素材、いろんな手法で自身の内から湧き出る美的価値を表現している。リタ・アッカーマン、津上みゆき、柴田敏雄、Lou Zhenggang、鍵岡リグレ アンヌ、高畠依子、横溝美由紀。

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 絵の具のチョー厚塗りあり、インフラの写真あり、カンヴァスに漆喰あり、人工物のインスタレーションあり、書画の融合あり。まさに百花繚乱。『抽象絵画』にルールはない。できるだけたくさん観て、オモシロ味を感じ、新たな美を発見する。これに尽きます。暗闇でじっと目を凝らしていると、おぼろげに何かが見えてくる。あの感じ。

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 要するにたくさん見ると目が慣れてくる。アタマが『抽象』に反応しだすのだ。込められた意味など考えなくていい。逆に何らかのメッセージを感じるのも自由。作家も今までなかった独創の美を追求しているのだから、過去の基準は参考外。それこそ言葉にならない感動が沸き上がる。そんな作品が後世に残っていくのでしょう。

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 点、線、面、色彩、素材・・・絵の要素それ自体が持つ表現力を追求する具象的じゃない抽象絵画。まぁいくら言葉で説明しても、まさに抽象的でわかりづらい。それでもミニマルなモノから豊潤なモノまで、精緻なスタイルから奔放なスタイルまで。現代のアーティストは抽象絵画という大きな土俵の上で懸命に奮闘中です。

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抽象絵画の覚醒と展開
2023年6月3日(土)~8月20日(日)
アーティゾン美術館

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2023年7月 1日 (土)

抽象絵画って何なのか?

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 アブストラクション、抽象芸術。現代アートは難しい、と毛嫌いされるようになった元凶のようなジャンル。(ジャンル分けは意味がなく、嫌いですが・・・) とは言えモンドリアンの絵が、どう面白いのか、なぜ良いのか、なんてリクツで知りたいとも思わないし・・・。そんなことを考えながら『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開』展へ。

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 「セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」と、サブタイトルがつけられたこの展覧会。ブリヂストン美術館が前身の、八重洲にできたアーティゾン美術で開催されています。264点の大規模な展示で、難しいテーマに正面から立ち向かう意気込みが感じられました。➀「抽象絵画の源泉」としてセザンヌ、モネ、ゴッホなどが。

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 ➁「フォーヴィスムとキュビスム」では、マティス、ブラック、ヴラマンク、ピカソ、フェルナン・レジェなど。印象派より前はどこまで写実的に描けるか、が絵画の基本だった。それが主観的に見た世界をどう描くかに変わってくる。そしていよいよカンディンスキーやクレーやモンドリアンが現れて、③「抽象絵画の覚醒」へ。これぞ抽象。

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 色で構成。幾何学的な形態。要素をそぎ落とし、美意識を突き詰めて、どこまで絵画の可能性を追求できるか。ミロやデュビュッフェを経て、アートの中心はヨーロッパからアメリカに移る。ジャクソン・ポロック、デ・クーニング、マーク・ロスコ、サム・フランシスらが革新的な表現技法を生み出した時代を⑦「抽象表現主義」と分類。

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 ⑧「戦後日本の抽象絵画の展開」で草間彌生や猪熊弦一郎ほか、⑨「具体美術協会」では吉原治良や白髪一雄、元永定正や田中敦子などもしっかりと展示されています。ここまでで210点余り。これだけの作品を観ていくと、抽象芸術とは何なのかがリクツを超えて分かった気になってくる。次回は⑫「現代の作家たち」です。

ABSTRACTION
抽象絵画の覚醒と展開
2023年6月3日(土)~8月20日(日)
アーティゾン美術館

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