切り紙絵とロザリオ礼拝堂
巨匠アンリ・マティスの芸術を観る場合、油彩のタブローとともに中心をなすのが晩年の切り紙絵シリーズだ。高齢になり、大病を患い、身体の自由が利かなくなってきたマティス。それでも衰えない創作意欲を満たす方法として発明したのが切り紙絵だ。自分で色を塗った紙を切り抜いて床にばらまき、それを拾い集めて構成。
明るく濁りのない色。細部の簡略化。平面的な描写。色彩とカタチの追求を続けた到達点でもあります。その技法を広く世に知らしめたのが、20点の図版からなる画文集『JAZZ』。刊行したのが78歳の時とは驚きです。道化師や曲芸馬などのサーカスや民話や旅行の思い出がモティーフ。楽しく祝祭的な喜びがあふれています。
切り紙絵では「それぞれの赤は赤のまま、それぞれの青は青のままだ ―ちょうどジャズのように― ジャズではそれぞれの演奏者が、担当するパートに自分の気分、自分の感受性を付け加える」と語っている。これがJAZZというタイトルの由来か。なるほど。あともう一つ見逃せないのが、最高傑作ヴァンスの『ロザリオ礼拝堂』。
ヴァンスはニースからバスで1時間ほど、中世の面影を残す山の上の小さな村。そこに建つ小さな教会がロザリオ礼拝堂です。建築デザインから、屋根の上の十字架、内部の壁画やステンドグラス、主祭壇の磔刑像や燭台、司祭の上祭服に至るまで、何から何までマティスが手掛けました。全生涯の到達点。まさに聖地です。
個人的には人類史上No.1のアート作品だと思います。でも、これを観賞するには現地へ行くしかないのです、残念ですが。今回の展覧会では多くの資料や映像を使ってその魅力を伝える工夫をしている。なかでもNHKが制作した映像作品が簡潔で良くできていました。白い壁や床に映りこむステンドグラス越しの光が美しい。
車いすに座り紙を切る姿。長い棒の先に絵筆をつけてデッサンする写真。たとえ身体が思うように動かなくても、アタマは猛スピードで回転しているのだ。自由と即興。シンプルで明快。20歳過ぎに絵を始め、70歳過ぎに大病から復活し、第二の生へ。そして残りの15年。色と光とカタチの探求は、とても幸せな旅だったに違いない。
マティス展
2023年4月27日(木)~8月20日(日)
東京都美術館
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