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2023年6月

2023年6月26日 (月)

切り紙絵とロザリオ礼拝堂

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 巨匠アンリ・マティスの芸術を観る場合、油彩のタブローとともに中心をなすのが晩年の切り紙絵シリーズだ。高齢になり、大病を患い、身体の自由が利かなくなってきたマティス。それでも衰えない創作意欲を満たす方法として発明したのが切り紙絵だ。自分で色を塗った紙を切り抜いて床にばらまき、それを拾い集めて構成。

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 明るく濁りのない色。細部の簡略化。平面的な描写。色彩とカタチの追求を続けた到達点でもあります。その技法を広く世に知らしめたのが、20点の図版からなる画文集『JAZZ』。刊行したのが78歳の時とは驚きです。道化師や曲芸馬などのサーカスや民話や旅行の思い出がモティーフ。楽しく祝祭的な喜びがあふれています。

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 切り紙絵では「それぞれの赤は赤のまま、それぞれの青は青のままだ ―ちょうどジャズのように― ジャズではそれぞれの演奏者が、担当するパートに自分の気分、自分の感受性を付け加える」と語っている。これがJAZZというタイトルの由来か。なるほど。あともう一つ見逃せないのが、最高傑作ヴァンスの『ロザリオ礼拝堂』。

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 ヴァンスはニースからバスで1時間ほど、中世の面影を残す山の上の小さな村。そこに建つ小さな教会がロザリオ礼拝堂です。建築デザインから、屋根の上の十字架、内部の壁画やステンドグラス、主祭壇の磔刑像や燭台、司祭の上祭服に至るまで、何から何までマティスが手掛けました。全生涯の到達点。まさに聖地です。

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 個人的には人類史上No.1のアート作品だと思います。でも、これを観賞するには現地へ行くしかないのです、残念ですが。今回の展覧会では多くの資料や映像を使ってその魅力を伝える工夫をしている。なかでもNHKが制作した映像作品が簡潔で良くできていました。白い壁や床に映りこむステンドグラス越しの光が美しい。

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 車いすに座り紙を切る姿。長い棒の先に絵筆をつけてデッサンする写真。たとえ身体が思うように動かなくても、アタマは猛スピードで回転しているのだ。自由と即興。シンプルで明快。20歳過ぎに絵を始め、70歳過ぎに大病から復活し、第二の生へ。そして残りの15年。色と光とカタチの探求は、とても幸せな旅だったに違いない。

マティス展
2023年4月27日(木)~8月20日(日)
東京都美術館

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2023年6月22日 (木)

マティス、まずは油彩

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 アンリ・マティスは感覚に直接訴えかける鮮やかな色彩と光の探求を生涯続けた、20世紀アートを代表する巨匠です。彼が残した仕事を概観する大規模な展覧会が、いま東京都美術館で開催されている。世界最大級のマティス・コレクションを所蔵するポンピドゥー・センターの協力で実現した、「20年ぶり 待望の大回顧展」です。

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 長年にわたり、いろんな技法で素晴らしい作品をいっぱい創造したマティス。中心に置くべきは、まずは油彩の作品群でしょうね。「フォーヴィスム(野獣派)」と称されて絵画の革命を起こしたころから、一番脂がのっていたニース、ヴァンスの時代へ。目に映るモノではなく、心が感じるモノを表現。それこそ現代アートの芽だ。

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 ルネサンス以来の写実主義や遠近法と決別し、対象の色とカタチを並列に置いて構成する。細部はシンプルに簡略化して描写し、奥行きよりも平面的な均衡を尊ぶ。「フォーヴィスムが全てではないが、全ての基礎だ」というマティスの言葉。表現の自由を追求した彼の精神は、現代のアーティストにも影響を与え続けています。

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 マティスの挑戦の方向性は、カメラや写真が世に現れた影響も否定できません。それは19世紀後半に始まった印象派以降の、絵画の本質を問う運動の延長線上にあるから。そして2つの戦争の時代を生き延びた経験が、暗い世相を変える明るく伸びやかな作風に結実しました。だから鑑賞者が幸せな気持ちになるのですね。

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 若き日から晩年まで、各時代の代表的な作品で巨匠マティスの芸術をたどる色彩の旅。油彩に加え、彫刻、ドローイング、版画、切り絵、そして彼自身が創作の集大成とみなしたヴァンスのロザリオ礼拝堂に関する資料まで。150点以上のとても充実した展示です。油彩以外の作品については、次回に改めてご紹介します。

マティス展
2023年4月27日(木)~8月20日(日)
東京都美術展

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2023年6月18日 (日)

世界を変えたオリジナル

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 世の中に深く影響を与えたデザインを「The Original」と定義して紹介する展覧会。東京ミッドタウンにある 21_21 DESIGN SIGHTの企画展です。モノづくりの歴史における「始まり」という意味ではなく、多くのデザイナーを触発する根源的な魅力と影響力をそなえ、そのエッセンスが後にまでつながれていくもの。そんなオリジナルです。

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 家具、照明器具、調理器具、食器、文房具、玩具、モビリティなどなど。デザインの第一線で活躍する土田貴宏、深澤直人、田代かおるによって選ばれた100点以上のプロダクトを展示。よく知っている名品も数多いが、なかには意外なものも入っていて新鮮な驚きがある。その一つが1942年デンマーク生まれのレゴブロック。

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 子どものオモチャと思っていたものが、展示を見るとモンドリアンを想起させる現代アートなのだ。世界中のレゴビルダーをとりこにするのも当然か。また会場の中庭に置かれた3脚のラウンジチェア。強化コンクリートの1枚板でカタチ作られた剛性と耐久性に優れた一体構造の椅子。ダイナミックな形状で屋外でも使用できる。

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 デザインを考えるとき、19世紀後半に生まれたトーネットの曲木椅子が最初に来るのは妥当です。職人の手仕事から、工場生産へと時代が変わるとき、デザインの必要性が生まれたのだから。その背景は市民社会の成立。庶民の暮らしが豊かになり、少数の貴族だけでなく、みんなが良質なモノを求める時代へと移行する。

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 プロダクトデザイナーに生み出されたモノを、見て、選んで、使う。その結果、暮らしが便利に快適になりました。現代は大量生産、大量消費よる弊害も叫ばれていますが、その課題を解決するのもデザインの力。将来に向かって思考や行動の可能性を広げるためにも、いま一度オリジナルを見つめなおす意味があると思います。

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 並はずれた、独創の力。The Extraordnary Power of Originality. 世界情勢、環境問題、社会不安・・・大きく揺れ動いている時代だからこそ、オリジナルを生み出してきた人間の知恵と発想が必要だ。もしかしたらそのヒントを見つけられるかもしれない。ま、そんな大げさに考えなくてもアイデアの面白さにきっと感動しますよ。

The Original
2023年3月3日(金)~6月25日(日)
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー

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2023年6月14日 (水)

さすが! 蜷川実花

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 花と言えば蜷川実花。色彩あふれる会場に一歩踏み入ると、彼女の圧倒的な美意識に囲まれる。世界が変わる。しかし、初期作品の特徴である毒々しいまでの色の対比は弱まり、もっとナチュラルで情感に訴えかける花のある風景。Eternity in a Moment とタイトルにあるように、日常の中に現れる一瞬が永遠につながる景色。

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 光の捉え方。色の感じ方。重なり具合。ボケ具合。いろいろな花のキャラクターが主役になり脇役になり、多重な魅力を振りまく。まさに蜷川実花が映画監督をやっているような作品。それを特徴づけるのが、特設されたスクリーンボックスに二重に映し出される映像作品。今回が初めて(たぶん)の見せ方で、とてもおもしろい。

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 言葉で説明するのは難しいけれど。例えば、花々が咲き乱れる畑に風が吹きわたる映像が後ろのボックスに。前面の透明スクリーンでは水中の泡が揺らめく、錦鯉も泳ぐ。リクツは単純(たぶん)だけれど、蜷川さんのセンスで組み合わされる映像は刺激的です。気持ちがさっと晴れやかになったり。しみじみ感慨にふけったり。

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 彼女自身もインタビューで語っています。「もうキャリア30年。長く花を撮っているとだんだん手馴れてくる。経験値が時に邪魔をするようにもなる。だから日々新鮮な気持ちで対象に対峙している」という。同じ花をテーマにしていても、その時その時の心情が現れた全く違う作品。これは会場に足を運ばないとわからないでしょうね。

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 「キャノンギャラリー 50周年企画展」として開催された蜷川実花の写真展。ここ品川のキャノンギャラリーSは「花」、キャノンギャラリー 銀座では「生物」、そしてキャノンギャラリー 大阪は「いのちの息づかい」と、それぞれ別のテーマを設定して作品を展示。どれも観たかったのですが時間の調整がつかず、品川のみの報告でした。

蜷川実花 写真展
Eternity in a Moment
2023年5月9日(火)~6月19日(月)
キャノンギャラリーS

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2023年6月10日 (土)

今井俊介、スカートと風景

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 鮮やかな青、赤、ピンク、黄色、グリーン。幾何学的なストライプやドット。絵画を構成する二大要素である色とカタチを極限までシンプルにし、今井俊介が生み出す絵画がおもしろい。具象と抽象。平面と立体。アートとデザイン。いまだ美術界が信じている(かもしれない)いろんな境界を、軽々と超越するポップな感覚が素晴らしい。

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 そんな今井独自のスタイルが生まれた原点は、ある時ふと目にした知人の揺れるスカートだという。幾何学模様がプリントされたスカートの布地が、人物の動きとともに波打ち揺れる。そこに風景を見て、強く心を打たれた体験。そこから「これを描けば自分だけの絵になる」と、瞬間的に悟ったそうだ。絵画の新領域へ。

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 初期作品から新作まで、絵画を中心に立体や映像、インスタレーションなど、さまざまな表現の作品60数点が展示されている。こんなのは絵画ではない、単なるデザイン、と言うアタマの固い人もいるだろう。日本では華道や茶道の流派のように、仲間内で集まり他を排するムラ社会な傾向が強いから、苦労もあったでしょう。

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 そもそも形式にこだわらないのがアートの本質。美しいものは美しいし、面白いものは面白い。そのうえ好みは十人十色。しかも感じ方は時代とともに変化する。とどまっていては消滅に向かうだけ。創作者も鑑賞者も、どれだけ自由になれるか。コントラストの強い色の衝突。インパクトある図柄。歪み、揺らぎ、動き出す構図。

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 絵画の根本的な意味、平面作品の可能性の追求を通じて、感覚の開放までもたらせてくれる今井ワールド。じつはこの展覧会、2022年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催され、東京に巡回してきたものです。瀬戸内国際芸術祭で近くまで行ったのに寄れなかった念願の展覧会。四国の仇を江戸で。大満足でした。

今井俊介 スカートと風景
2023年4月15日(土)~6月18日(日)
東京オペラシティ アートギャラリー

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2023年6月 6日 (火)

言葉とアートの競演

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 アート作品や偉人から発せられるフレーズが木立のように配置された展示会場は、横尾忠則の小説『原郷の森』(文藝春秋刊)をイメージしたもの。おしゃれな光の演出は、木洩れ日が降り注ぐ様を照明器具で表現。魂の古里である森「Forest in Soul」を、ゆっくりと思索しながら逍遥する。絵だけでは得られない面白い体験です。


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 宇宙霊人からは「今日のYへのメッセージは等伯になれ、ということだ。そして、デュシャン、ピカソになれということ。」 デュシャンは「芸術というのは存在を作ることである。存在感ではないよ。存在だよ。」と言う。また「Yさん、意識的に描いたらフィクションになってしまいますよ」とも。芸術や人生について、いろんな意見が飛び交う。

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 三島由紀夫は「Yの中にあるズレ、画家としてのズレもある。それを修正するのではない。そのズレをズレとして考える。そのズレと戯れる前に認める、それが芸術だ。」と、難しいことを語る。ダ・ビンチは「今の画家は蝶の標本と同じで、発表の場が美術館で、それが画家の力を弱めた大きい理由です。」と真面目に述べる。

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 稲垣足穂は「大人子供で生きていかなきゃ だめだ」と言うし、キリコは「Y、視点という技術だよ。私も君と同じように少年の視点だよ」
と。江戸川乱歩の「知らない人は謎が解けるけど、知っている人は謎が解けない」という言葉も、これに近いのでしょうか。何事にも好奇心を持って、まっさらな気持ちで対峙する。それが重要ですね。

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 「Yさん、私は恐怖症と天界性のコマオトシだと思いますがいかがでしょうか」とチャップリン。「要するにYさんはゲテモンなんです」と谷崎潤一郎。山の神は「といいながら、こいつの芸術は便器だ」。澁澤龍彦は「ヨコスカ線タダノリ」。「あんた利口だと思っているの?」はキャサリン(誰?) うーん、ひどい言葉も並びます。

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 論客は芸術家に限らない。ブッダまで参加して「画家の中に文学が繁殖すると、カビのようなものになる」とのたまうのだ。この世であってこの世ではない場所。時間も空間も超えて、なんでも起こりうる原郷。幸いにして横尾さんには、小説で書いた芸術観や人生観を、具体的に見せるアート作品がある。だからこの展示は面白い。

横尾忠則 原郷の森
2023年5月27日(土)~8月27日(日)
横尾忠則現代美術館
Y+T MOCA

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2023年6月 2日 (金)

横尾さんの小説世界へ

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 2022年に出版された横尾忠則の小説『原郷の森』(文藝春秋刊)。ある日知らない森で目を覚ました主人公Yが、三島由紀夫と宇宙霊人に導かれ、この世を去った偉人たちと芸術や人生について語り合う、そんな小説だそうだ。280名にものぼる登場人物が入れ替わり立ち替わり現れては、思い思いの言葉を残していく。

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 〈原郷 GENKYOとは ― この世に生まれた人間の魂の古里みたいな場所であり、時間。この世であってこの世ではないその場所では、なんでも起こりうる〉 芸術家たちが時空を超えて語り合うユニークな「芸術小説」。その内容にリンクするような横尾作品を会場に配置して、言葉の世界を視覚アート空間に置き換える試みだ。

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 ピカソ、デュシャン、キリコ、マン・レイ、江戸川乱歩、永井荷風、小津安二郎などなど、尊敬する先人たちと芸術や人生について語り合う。主人公Yは、もちろん横尾さん自身です。ダンテの『神曲』を思わせる、壮大なスケールの芸術論を具現化した展覧会。初期から現在までの166点の作品と、個性ある言葉で構成されている。

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 アート作品と偉人が発する言葉の間を移動する鑑賞者は、いわば木もれ日がきらめく森の中へ分け入った旅人。散策しながらヨコオワールドを楽しむわけだ。言葉だけの小説。ビジュアルだけの絵画。その両方が合わさることによって、彼の思想や芸術観がより深くより具体性をもって迫ってくる。面白い仕掛けの展覧会です。

横尾忠則 原郷の森
2023年5月27日(土)~8月27日(日)
横尾忠則現代美術館
Y+T MOCA

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