春風のようなちひろさん
海辺の町の弁当屋さんで働く元風俗嬢を、有村架純が好演した『ちひろさん』。安田弘之の漫画を原作に、今泉力哉監督が映画化しました。傷ついた人を引き寄せ、厳しく優しく癒してくれる不思議な天使。フツーの日常を飄々と生きるどこか得体のしれないキャラクターを、有村ならではの自然体の演技で生み出しました。
風俗嬢だったことを隠すこともなく、まわりの目など超越して明るく穏やかにふるまうちひろさん。淡々と生きているだけなのに人が寄ってくる。好奇の目の男たちも、悪戯を仕掛けるクソガキも、殻に閉じこもったホームレスも、街で見かける野良猫も、窮屈な家庭に悩む女子高生も。みんな彼女との触れ合いで救われている。
苦しみ多き現代に降臨した聖母マリアさまのようですが、決してそうではない。どうも心にダークな傷を持っているみたい。「人は人間という箱にいろんな星の魂が入っている存在で、同じ星の魂の人にはまず出会わない。たとえ肉親であっても」。かつて聞いた言葉に深く納得した彼女は、人間関係に深入りしない。ただ寄り添うだけ。
他人に期待せず、孤独に生きる居心地の良さをかみしめているちひろさん。そんな春風のような態度だからこそ、魅かれて寄ってきた相手は自分自身を見つめ、自分で考え、自分で歩き出す。それが癒される、ということかもしれません。やはり、天使かマリアさま。なんだか評判のいい占い師の話をしているようですね。
子どものことを思って。貧しい人のために。そんな思いやりのつもりの言動が、かえって相手に負担をかけ苦しませることもあると思い知らされました。ここに出てくる人たちは、特別な存在ではない。どこにでもいる隣人たちの、どこにでもある生活。そんな日常の小さな喜びやささいな苦しみをネタにした、深い深い映画でした。
豊嶋花、嶋田鉄矢、van、鈴木慶一、リリー・フランキー、平田満、風吹ジュンほか、共演陣も達者な役者さんが揃っています。しかも全員サラッとした演技。暑苦しくなくて素晴らしい。主人公ちひろさんを触媒に、心温まる化学反応を引き起こされる様を演じています。舞台となった漁港のある町も抜群のロケーションです。
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