« 2022年8月 | トップページ | 2022年10月 »

2022年9月

2022年9月25日 (日)

医者とは人生に寄り添う者

Photo_20220920102401

 2011年、深川栄洋監督による感動作『神様のカルテ』。本屋大賞2位に輝いた夏川草介さんの同名小説(小学館)を映画化した作品です。主演は櫻井翔。夏目漱石を敬愛するあまり、ちょっと古風な話し方をする物静かな内科医を好演。地域医療の一端を担う総合病院を舞台にした若き勤務医・栗原一止の成長物語です。

Photo_20220920105602

 病院では少し変人と思われながらも、先輩や同僚医師、多くの看護師たちに囲まれて忙しい日々を送る栗原。「24時間365日」救急外来を受け入れるこの病院。夜間は診察を待つ患者であふれかえる。疲労困憊する彼を癒してくれるのは、宮﨑あおい演じる愛妻で写真家の榛名。二人は互いにイチさん、ハルと呼び合っている。

Photo_20220920105501

 最先端医療を担う大学病院の医局から熱心な誘いを受けるイチ。移るべきか、残るべきか。揺れ動く心。こんなとき、余命半年の末期ガン患者に出会う。手術も無理、治療法もない彼女は、大学病院からは受け入れを拒否される。最後にたどり着いたのがイチのところ。加賀まりこ演じる老女がこの物語のキーになる。

Photo_20220920105604

 最後の最後に、こんな幸せな時間が待っていたなんて・・・ 老女が書き残した手紙を読んで、地方病院に残る決心をするイチ。病院では、生も死も日常なのだ。過酷な労働環境、人手不足、地域医療が抱える厳しい状況のなかで、真実の喜びを見出していく。原作者は現役の医師だけあって、ディテールまで説得力がスゴイ。

Photo_20220920105603

 医者の仕事って何だろう。病気やけがを「治す」。新しい医療技術を「研究する」。最期を「看取る」。いろいろあるでしょうが、いちばん大切なのは個々の患者の人生に「寄り添う」ことではないか。この映画からそう教えられました。病や死を身近に感じる年齢になったいま、イチのようなドクターに出会える幸運への期待は切実です。

| | コメント (0)

2022年9月22日 (木)

戦場以外のキャパ

Photo_20220919003701

 「世界最高のアート作品は?」と聞かれたら、迷わず「南仏ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂」と答えます。壁画やステンドグラスを始め、建物外観から屋根の十字架や燭台、司祭の服までデザインしたのが、最晩年のマティス。体が不自由になり、長い棒の先に木炭をつけて壁画の下絵を描いている彼の写真は超有名です。

   Photo_20220919010401

 しかし、これを撮ったのがロバート・キャパだったとは知らなかった。巨匠ピカソが若い愛人に日傘をさしかけている、この作品もそう。もはや戦場カメラマンとは呼べないでしょ? ヘミングウェイやイングリッド・バーグマン、ジョン・ヒューストンなど、その人の本質にグッと迫る人物写真に、キャパの「もうひとつの顔」が見える。

Photo_20220919011301
Photo_20220919011401

 ツール・ド・フランスの観戦写真もおもしろい。疾走する自転車は写さず、見物客が一斉に迎え一斉に見送る姿で瞬間のスピードと臨場感を伝えている。しかもユーモアのセンスでくるんで。これ以降、同じアイデアの表現が氾濫するのもうなずけます。カーニバルや競馬場やリゾート地を撮っても、彼流のスパイスを効かせて。

   Photo_20220919104501

 天性の戦場カメラマン。稀有の報道写真家。20年ほどの短い活動期間。謎に包まれた冒険家的生涯。世界中を飛び回って多様な傑作を撮り続けたキャパは、ファインダーから何を見ていたのでしょう。人間の愚かさ。人間のおかしみ。人間の素晴らしさ。喜怒哀楽をいやでも増幅させる戦争の時代を、彼は宿命的に生きたのだ。

ロバート・キャパ セレクト展
もうひとつの顔
2022年9月10日(土)~11月6日(日)
神戸ファッション美術館


| | コメント (0)

2022年9月19日 (月)

伝説の戦場カメラマン

Photo_20220918163601    

 世界で最も有名な写真が、ロバート・キャパの「共和国派民兵の死(崩れ落ちる兵士)」。スペイン内戦の最前線で撮影した歴史に残る名作です。この作品はまた、謎多きことでも有名だ。沢木耕太郎さんがこの作品について克明に取材し、『キャパの十字架』(文藝春秋)という上質のミステリーのような本を書いているほど。

   Photo_20220918162701
 1913年ハンガリーのブダペストに生まれ、1954年インドシナ戦争で地雷を踏み、40歳の若さで没。数々の戦場から命がけで撮影した写真を新聞や雑誌に送り、世界の人々に衝撃を与え続けたキャパは、20世紀を代表する伝説の報道カメラマンです。本名アンドレ・フリードマン。ロバート・キャパはペンネームのようなもの。

Photo_20220918222001

 ノルマンディー上陸作戦の第一陣に同行。最前線で銃弾、砲弾に身をさらしながら撮影した「D-デイ」シリーズは圧巻です。本人の手記『ちょっとピンぼけ』(文春文庫)でも詳しく書いている。戦争の残虐と非道を憎み続け、写し続けたキャパですが、この著書では恋についても、死についても、人間味あふれる一面も見せている。
 Photo_20220918225301

 いま神戸ファッション美術館で開催中の、『ロバート・キャパ セレクト展 もうひとつの顔』とタイトルがつけられた展覧会。悲惨な戦場だけではなく、不安な戦時下を生きる市民の姿もたくさんカメラに収められている。戦争という得体のしれない事象より、それにかかわる人間という存在に、もっと興味を抱いていたのでしょうか。

   Photo_20220918222501

 展示されている作品は、八王子にある東京富士美術館が所蔵するロバート・キャパ・コレクションからだそうだ。その中から選ばれた約100点の写真や、書籍、資料を展示。とても見ごたえがあります。次回のブログでは、戦場カメラマン以外の「もうひとつの顔」、あまり知られていなかったキャパをご紹介したいと思います。

ロバート・キャパ セレクト展
もうひとつの顔
2022年9月10日(土)~11月6日(日)
神戸ファッション美術館

| | コメント (0)

2022年9月13日 (火)

クールな暗殺者

   Photo_20220912230501
   
 CIA御用達の、秘密の暗殺者集団「シエラ」。”見えない存在”から『グレイマン』と呼ばれる。邪悪な陰謀に巻き込まれ、世界を巡りながらド派手なアクションを繰り広げる男を描く、ルッソ兄弟が監督した作品がおもしろい。主演はライアン・ゴズリング。凶悪な殺人鬼をクリス・エヴァンス、CIAエージェントをアナ・デ・アルマスが好演。

Photo_20220912231001

 殺人事件で服役中のコート・ジェントリーは、CIA管理官にスカウトされ凄腕暗殺者になる。6番目のメンバーだから、コードネームは「シエラ・シックス」。ある一件への関わりからCIA内部の腐敗を知る。幹部の不正を証拠づけるデータを隠したチップを手に入れたことにより、CIAから追われる身に。相手はプロ中のプロだ。

Photo_20220912231002

 始まりはバンコク。それからトルコ、ウイーン、プラハ、クロアチア。ノンストップのアクションが息をつく間もなく続く。カーチェイスはもちろん、崩壊しながら飛ぶ軍用輸送機の中、暴走するトラムの車内など、戦うシチュエーションも新鮮だ。シックスが公園の柵に手錠でつながれ、その場から動けないままのアクションはアイデア抜群。

Photo_20220912231003

 暗殺者とCIAの追手の争いと聞くと、毒薬やナイフやサイレンサーが思い浮かぶのではないでしょうか。でもこの映画は違う。完全装備の軍隊かと見まごう軍団と、重火器を使って壮絶にやり合う。あれ、スパイの世界って、こんなに目立ちまくる市街戦をやったらダメなんじゃないの。なんて心配は、すぐに忘れる爽快さです。 

Photo_20220912231101

 シックスの行動指針は「大切な人を守る」というシンプルなもの。じつは殺人事件は、弟をかばって暴力的な父親を殺したものだった。後半の大きな流れは、親友が育てる心臓病の少女を守る行動。無双の殺人マシーンに仕立て上げられたシックスですが、『レオン』のような優しさと、人間の尊厳をたたえた表情が印象的でした。

| | コメント (0)

2022年9月10日 (土)

最悪? 禁断の移籍

Photo_20220908200001

 2002年、FCバルセロナの本拠カンプ・ノウ。コーナーキックを蹴りに行くと、ウイスキーの瓶や、ペットボトルや、あらゆるゴミや、豚の頭まで投げ込まれた男が、レアル・マドリードのルイス・フィーゴ。ファンからは「守銭奴!」、「裏切り者!」、「ユダ!」と罵詈雑言。これが2000年夏の「禁断の移籍」から 2年後の出来事だったとは。

Photo_20220908200003

 FCバルセロナとレアル・マドリード。この対戦はエル・クラシコと呼ばれ、世界で最も熱いビッグ・ゲームだ。。スペイン中央集権主義の権化である首都の名門レアルと、カタルーニャ自由と独立を象徴するバルサとの戦い。フランコ総統時代にはカタルーニャ語を禁止されていた怨念もある。スター選手のトレードなどありえない話。

Photo_20220908213601

 バルサは単なるサッカーチームを超えて、カタルーニャ人の魂のよりどころ。ファンからすれば、自分たちの愛したアイドルが宿敵へ移るなんて、こんなひどい裏切りはない。「お金のためではない。チームに貢献したのに、十分評価してくれなかったからだ」とフィーゴ本人は言うが、前代未聞のお金が動いたのも事実だ。

Photo_20220908200002

 このドキュメンタリー映画『フィーゴ事件』では、本人を始め、代理人、クラブの会長、ジャーナリスト、チームメイトなど、当時の映像や現在のインタビューで、できる限り正確にこの事件の全容と伝えようとしている。最後まで気持ちは揺れ動き、苦渋の決断をしたフィーゴ。多くの関係者を巻き込んだ、壮大なドラマだったのですね。

Photo_20220908222101

 この時期、レアルもバルサも会長選挙の直前だった。そしてフィーゴ移籍が選挙公約に使われる。レアルの新会長に当選したフロレンティーノ・ペレスは、就任1年目にフィーゴを獲得。それから毎年、ジダン、ロナウド、ベッカムとスーパースターを加えて、銀河系軍団を作り上げる。サッカーをマネーゲームにした豪腕の持ち主。

   Photo_20220908225401

 純粋にサッカーの才能や実力だけではなく、大きな政治力学に翻弄されたフィーゴ。しかし彼は言い訳をせずサッカーに打ち込み、2000年バロンドール、2001年FIFA最優秀選手に選ばれている。とは言え、この事件が選手のチームを選ぶ権利の面でも、移籍金額の面でも、サッカー界を大きく変えたことは間違いない。

| | コメント (0)

2022年9月 7日 (水)

MINAMATA 写真の力

   Photo_20220905100701

 水俣病の存在を世界に知らしめた写真集「MINAMATA」。写真家ユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスがこの写真集を作り上げる過程を描いた伝記ドラマが、2020年の映画『MINAMATA』です。ジョニー・デップが製作・主演、美波がアイリーンを演じる。監督はアンドリュー・レビタス。1971年、NYのスタジオから話はスタート。

Photo_20220904172301

 富士フィルムのCM交渉に通訳としてやってきたアイリーン。スミスは著名カメラマンだが、いまは酒浸りのうるさいオヤジ。暗室には森を抜ける二人のわが子を逆光で捉えた名作「楽園への歩み」も見える。流れている音楽はテン・イヤーズ・アフター。ここで彼女から水俣で起こっている公害病を撮らないかと勧められる。

Photo_20220904173201

 日本にやってきたのは、従軍カメラマンとして参加した沖縄戦以来のこと。工場廃液に含まれるメチル水銀が原因だとは、まだ確定していなかった時代。なかなか打ち解けてくれない患者と家族。妨害行為や懐柔策に暗躍する会社。分裂していがみ合う被害者組織。水俣に住み、葛藤を続けながら、3年間に及ぶ撮影になる。

Photo_20220905102201

 会社は15年前から危険を知りながら隠蔽し、廃液を垂れ流し続けていた。「こん病気は、偶然でも、遺伝でも、なか!」 強い信念で立ち上がり、最後まで闘った人々。真実を認めろと要求する抗議デモ隊や報道陣に、会社側が殴る蹴るの暴行を加える事件が。撮影していたスミスも、カメラマンの命である手と目に大ケガを負う。

Photo_20220905104901

 彼の誠実な態度に患者も次第に心を開いていく。最後には「入浴する智子と母」というピエタ像を思わせる歴史的名作を残す。世界を動かし、チッソと日本政府を変えた、ユージン・スミスの写真の力。この映画を観るまで、あまり水俣のことを知らなかった自分を、同時代を生きた日本人として恥ずかしく思いました。

Photo_20220905103701

 経済効率と安全。成長と環境。企業も、行政も、水俣後ずいぶん意識が変わりました。しかし、急成長を始めた発展途上国ではいまも同様の危機が起こっている。教訓が生かされていないのは残念だ。スミスが言う「強いものが弱いものを痛めつけている」という構図。これを地球上から根絶しないといけない。それが、正義。

| | コメント (0)

2022年9月 4日 (日)

90歳の女優、デビュー

   Photo_20220903134801
 私の母、原田ヒサ子。認知症が進んで、一人暮らしができなくなり、今は、介護施設でお世話になっている。数年前、体調を崩して入院した。病院のベッドで、母が突然こう言った。「私ね、15の時から、女優をやってるの」。私はとても驚いてしまった。何故なら、15の時から女優をやっているのは、母ではなく、私なのだから。

Photo_20220903151001

 女優の原田美枝子さんが制作・撮影・編集・監督を手掛け、母のために作り上げたドキュメンタリー、『女優 原田ヒサ子』。とても私的で、わずか24分の短編映画ですが、小さな宝石のように愛おしい。育ててもらった娘・美恵子と孫たちが「おばあちゃん」を女優として撮影。それを公開し、心残りの夢を現実のものにしようという企画。

Photo_20220903162901

 ヒサ子は戦争があったから、好きなことなど何もできなかった世代。その分、娘には望む道を後押ししてくれた。そして女優の道を歩む娘の人生を、我が事のように生きてきたのかもしれない。最近の仕事について尋ねられると、「中途半端な年齢でしょ、だからあまりお仕事がなくて」と。なりきってしまっているのが笑える。

Photo_20220904103101

 子は親の気持ちなど知らずに育ったのに、親はいつも子を思いやり、寄り添って生きてきたのだ。娘の女優人生と母自身の記憶がオーバーラップしながら。認知症になったいま、母は娘と完全に一心同体になれた。母の深い愛に応える方法は? 美枝子と息子、娘たちが協力して創り上げる、親密な空気が素晴らしい。

Photo_20220903151102

 挿入歌に使われている『瞬く星の夜に』は、作品の世界にピッタリでした。美枝子の長女、シンガー・ソングライターの優河の歌です。♪いつかは消えて行く 記憶の中 瞬く星の夜に 何を残そう 何を謳おう♪ 故郷の海辺でヒサ子が座るディレクターズチェアの背には、HISAKO HARADAの文字。グッときました。

| | コメント (0)

2022年9月 1日 (木)

3年ぶりのボローニャ

Photo_20220830202301

 世界で唯一の子どもの本専門の国際見本市「ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア」。コロナのために2020年、2021年とオンラインで開催されていたこのブックフェアが、3年ぶりにボローニャ現地で開催されました。フェアに合わせて絵本原画のコンクールも行われ、世界各地から多くのアーティストが5点1組の作品で参加。

  Photo_20220830202502
 過去最多の92カ国3,873組の応募があったそうだ。そのうち日本人4人を含む29カ国78人のアーティストが入選。1978年から西宮市大谷記念美術館で続けてきた『ボローニャ国際絵本原画展』では、今回もそのすべての入選作を展示している。ウクライナも、ロシアも。台湾も、中国も。すべて同列に、公平に審査される。

Photo_20220830202503

 やっぱり国が違えば、表現も変わるんだなぁ。文化の背景が違うと発想も違う。絵のトーンや色使いも変わる。フランス、イラン、コロンビア、韓国、スロヴァキア、イタリア、メキシコ・・・。世界は広い。地球は多様性にあふれている。素晴らしいことだと思います。参加するアーティストも良い刺激を受け合っていることでしょう。

Photo_20220830202401

 表現手法は時代の流れか、絵本原画だけにデジタルメディアが多い。ただしデジタル化する前段階はアクリル、グアッシュ、鉛筆、パステル、墨、マーカー、水彩、ペン、版画など多種多様な画材を制限なく使っている。なかには切り絵や刺繡、異素材のコラージュも。アーティスト個人の特色が出ていて、とてもおもしろい。

2022 イタリア ボローニャ
国際絵本原画展
2022年8月13日(土)~9月25日(日)
西宮市大谷記念美術館

| | コメント (0)

« 2022年8月 | トップページ | 2022年10月 »