光をにぎった二人
ドラマチックな展開もなく物静かに時間が進む、映画『わたしは光をにぎっている』。そう書けば、すぐに寝てしまいそうと思われるかもしれません。しかし一時も目が離せない、心に沁みわたる作品でした。田舎育ちの引っ込み思案な娘が、東京へ出てきて、自分の居場所を見つける物語。監督は中川龍太郎。主演は松本穂香。
中川監督の構成、演出力。松本穂香のウソのない演技。この二人は日本映画界にとって大きな発見です。美しい映像でつづられる成長物語。前を向いてしゃんと生きていく人間の強さ、人間のやさしさが気持ちいい。明治から大正にかけての詩人、山村暮鳥の『自分は光をにぎってゐる』を根幹に据えた構成が見事です。
自分は光をにぎつてゐる
いまもいまとてにぎつてゐる
而もをりをりは考へる
此の掌をあけてみたら
からつぽではあるまいか
からつぽであつたらどうしよう
早くに両親を亡くした主人公・澪。祖母に育てられてきたが、祖母の入院を機に亡き父の親友を頼って上京。彼が営む銭湯に居候することに。慣れない都会で、スーパーのアルバイトさえまともに務まらない澪。「目の前のできることから、ひとつずつ」という祖母の電話に励まされ、変わり始める。銭湯の手伝いを始めるのだ。
けれど自分はにぎつてゐる
いよいよしつかり握るのだ
あんな烈しい暴風の中で
掴んだひかりだ
はなすものか
どんなことがあっても
おゝ石になれ、拳
やっと見つけた自分の居場所。と思ったら都市再開発計画で、銭湯がなくなるという。馴染み始めたこの街もなくなるのだ。しかし自分の足で歩き始めた澪は、目標もやりがいもなかった以前の澪ではない。「最後までしゃんとやりましょう」と、周りを巻き込んで驚きの行動へ。消え行く街と、そこに生きる多くの暮らし。
此の生きのくるしみ
くるしければくるしいほど
自分は光をにぎりしめる
しっかりとした意志と、強い覚悟を持って、自分を信じて生きていく。これが自立ということか。過去でもなく、未来でもなく、今を生きる覚悟。難しそうですが、「見る目と聞く耳があれば、大丈夫」と勇気をくれる。じわっと湧いてくる感動に久しぶりに出会いました。
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