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2021年12月

2021年12月29日 (水)

ミイラをCTスキャン?

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 兵庫県立美術館で開催中の『ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展』。もうひとつのおもしろさはミイラのCTスキャン映像。横たわったミイラの頭の先にモニターが設置されていて、スキャン映像を流している。包帯の下へ、皮膚の中へ、さらに骨格へ。身体がぐるっと回りながらいろんな角度から動画で見せてくれます。

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 1818年創立、オランダのライデン国立古代博物館は世界有数のミイラ・コレクションを所蔵している。その初代館長が将来的な技術の進歩を予見し、ミイラを傷つけずにそのまま保存することを決めた。他国では研究目的でミイラの包帯をほどいてしまう事例もあったなかでの決断。その結果、保存状態は極めて良好だという。

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 おかげで今はCTスキャンという最新技術を活用して、最先端の研究が進められている。いわば非破壊検査。歯や骨の状況が生前の食生活や死亡時の年齢を推定する大きな助けになる。ある男性ミイラは頭部のガンにかかっていたらしい。そこまでわかるとは驚きでしょ。まさに初代J.C.ルーヴェンス館長の先見の明。 

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 CTスキャン技術は、これまで何のミイラかわからなかった丸い石のようなものが、じつはコブラのミイラだと突き止めました。古代エジプト人は人間に限らずネコやワニ、ハヤブサやトキなど動物や鳥もミイラにした。この世とあの世を行ったり来たりする魂の、こちらでの容れ物としてのミイラ。パラレルワールドのような死生観ですね。

ライデン国立古代博物館所蔵
古代エジプト展
2021年11月20日(土)~2022年2月27日(日)
兵庫県立美術館

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2021年12月26日 (日)

ミイラが立っている⁉

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 人間のミイラが5体。猫やワニやヘビ、トキやハヤブサなど動物や鳥のミイラが6体。これだけまとまって鑑賞できるのもスゴイけれど、この展覧会はただ並べられた展示を観るだけのエジプト展とは一味も二味も違う。兵庫県立美術館で開催されている『ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展』がおもしろい。

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 死者が支配するかのような静謐な空間。広い展示室にずらりと立ち並んだミイラ? じつはミイラを安置する12点の棺でした。ミイラは亜麻布で包帯を巻くようにぐるぐる巻きにされ、生前の姿を描いた木製の覆いをかけられ、ひとまわり大きい色鮮やかな棺に入っている。丁寧に内棺と外棺と二重に作られているものもある。

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 3000年以上の眠りからよみがえった生と死の神秘。木製の棺に色鮮やかな絵画と独特の象形文字ヒエログリフ。死者の業績や賛辞をあらわす「死者の書」だ。こんな目の前でディテールまで克明に鑑賞できるのは、棺が立てられているからこそ。単に立体的で迫力のある展示、というだけじゃなくて大変お勉強になります。

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 ミイラとともに埋葬されている副葬品も多種多様。とくに興味を惹かれたのは護符です。あの世へ行っても病気や災害や争いなど、現世と同じくさまざまな危険がある。だからそれぞれに効く呪文や守り神を表すお守り「護符」が必要だ。素材も石、木、青銅、ファイアンスと呼ばれる青い陶器など、技術力の高さがうかがえます。
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ライデン国立古代博物館所蔵
古代エジプト展
2021年11月20日(土)~2022年2月27日(日)
兵庫県立美術館



  

 





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2021年12月20日 (月)

心やさしい剣豪

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 佐伯泰英の人気時代小説の映画化『居眠り磐音』は、予想していた以上におもしろかった。監督は『超高速!参勤交代』シリーズの本木克英。古いしきたりに縛られた武家社会における友情や恋愛。江戸時代の庶民の暮らしに経済政策まで絡めた複層的なお話を、今風にうまくまとめた手腕はさすがです。

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 主演は松坂桃李。時代劇に主演するのは初めてだそうですが、見事な殺陣、独特の剣法で胸のすく立ち回り。ところが普段は優しいを通り越して弱々しく感じるほど。それがイザとなればやってくれます。新しい時代劇ヒーローは、全然ヒーローらしくない素浪人。現代風に言えば失業者、いつもアルバイトを探している。

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 共演する女優陣もピッタリはまっていて良かった。故郷九州で待つ許嫁を芳根京子が。江戸で知り合う気っぷのいい町娘を木村文乃が。幼なじみの柄本佑。強欲な商人を柄本明。剣の師匠は佐々木蔵之介。そして中村梅雀、谷原章介、西村まさ彦、陣内孝則など豪華キャストが個性的な演技を繰り広げる。

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 藩の組織の腐敗や幕府の中枢までおよぶ不正や政略。昔のことを描きながら、現代に通じる問題点を提起するニュー時代劇が、近ごろとても目立つと思いませんか。いまの政治、経済、社会問題を婉曲に表現してエンターテインメントにする。これにいちばん適したスタイルがニュー時代劇なのかもしれませんね。

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2021年12月16日 (木)

FOXのスキャンダル

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 大手テレビ局FOXニュースを舞台にしたスキャンダル。テレビ界の帝王と呼ばれたCEOが女性キャスターへ性的関係を強要するセクハラ事件で提訴された。世界を揺るがしたこの事件を基にジェイ・ロフ監督が映画化した『スキャンダル』。主な登場人物は、被害者も加害者も実名だ。アメリカはすごいなぁと思いました。

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 「忠誠心をみせろ」が口癖の、絶対的権力者が長年にわたって悪質なセクハラを行っていたという衝撃の事実。逆らうとポストを外される。飛ばされる、解雇される。FOX社内では誰も逆らえなかった。ハリウッドの有名プロデューサーの件もそうだが、役が欲しい、名声を得たい、という欲望を利用したあくどい仕業。

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 解雇され訴訟を起こしたたベテランキャスターをニコール・キッドマン。同調するか否かを悩む人気キャスターをシャーリーズ・セロン。キャスターの座を狙う野心家の新人をマーゴット・ロビー。年代も立場も違う三人の女性キャスターを演じる豪華出演者たち。それぞれに戦う姿がストーリー展開に奥行きを生み出している。

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 ちょうど大統領選挙が行われていた時期の出来事で、トランプ候補も実名、顔出しで登場する。保守系であるFOX社内の空気や政治的立ち位置も表現されていて興味深い。リベラルな報道姿勢のメディアではありえないかも、と思うのは偏見でしょうか。

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 華やかな世界の影の部分を明らかにしたこの事件は、MeToo運動の先駆けともなりました。声を上げづらくて泣き寝入りするしかなかったセクハラ被害者たち。社会的に影響力のあるTV局のキャスターが先陣を切ることにより、多くの女性が沈黙を破りはじめた。世界は確実にジェンダー平等と多様性に向かっています。

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2021年12月12日 (日)

ドロステって何ですか

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 まずはその意味を調べないといけないのでしょうが、わからないままに観はじめました。観ているうちにわかるだろう、と思いながら。人気劇団「ヨーロッパ企画」による初の長編映画で、原案・脚本が上田誠、山口淳太監督による『ドロステのはてで僕ら』。ハイ、わかりましたよ。しかもメチャ面白い! カメ止めに似た驚きと感動。

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 あるカフェのオーナーが自室のモニターから「オレは2分後のオレ」と語りかけられる。「え、えっ、どういうこと?」 いろいろ試してみると、1階の店のモニターと2階のモニターが、どうやら2分間の時差でつながっているらしい。タイムマシーン? それを聞きつけて集まってくる常連さんたち。もうビックリ仰天、驚きの連鎖。

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 やがてどう使うべきか、検討を始める。お金儲け? 恋愛占い? 「でも2分だからなぁ」と壁にぶち当たる。そこにあらわれた知恵者。2階のモニターを持って降りて、合わせ鏡のように向かい合わせに置け! そうすると次々と2分の時差が無限に連なって、もっと先の未来を知ることができる! いわばタイムマシーンテレビなのだ。

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 首尾よく100万円を拾ったり、意中の人があらわれたり、コワーいお兄さんに脅されて危機に陥ったりの大騒ぎ。最終的にうまく危機を脱した彼ら。これでハッピーエンドと思いきや、未来から宇宙時間管理局(?)の捜査官がやってくる。現在に変更を加えると未来が狂ってしまうから、なんとしても阻止するのが彼らの仕事。

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 さてここで、ドロステの意味。オランダの「ドロステ・ココア」のパッケージのイラストから生まれた言葉だそうだ。尼僧が持っているお盆にココアの入ったカップとドロステ・ココアの箱が。その箱にはカップとドロステ・ココアが乗ったお盆を持つ尼僧が描かれている。また・・・と同じイメージが延々と続き、シュールな視覚効果が。

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 この映画でも同じシーンが2分後に繰り返される構造が、ユーモラスでシュールな雰囲気を醸し出す。登場人物はみんなドジで頼りなさげな好人物。まるで古典落語の長屋の住人の味わいだ。俳優さんのセリフと演技力で勝負するスピーディな演出。全編 iPhoneによる撮影。ギューッと魅力が凝縮されたSFファンタジーでした。

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2021年12月 8日 (水)

地球を捨てて1000年後

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 近未来ではなく、だいぶ先の話だ。2072年、環境悪化が進む地球を捨て惑星ノヴァ・プライムへ移住した人類。この年を元年とする地球後暦アフター・アース(A.E.)1000年の超SF物語。西暦なら3072年ですね。M・ナイト・シャマラン監督によるショッキングなタイトルの『アフター・アース』は、遠征中の宇宙船のトラブルから始まる。

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 事故のため見知らぬ星に墜落した宇宙船。生存者は伝説の戦士サイファとその息子キタイのみ。そして、その見知らぬ星は1000年後の地球だったのだ。主演はウィル・スミスと実の息子ジェイデン・スミス。重傷を負った父に代わり、息子は緊急信号を発信させるため単身で大自然を進む。機体の後部が墜ちた100km先まで。

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 さまざまな危険にさらされ、恐怖におびえながらも歩みを止めない息子キタイ。猛獣の襲来や凍える寒さなど大自然を相手にしたサバイバルで、頼りなさげな表情が徐々に大人っぽく変わっていくのがおもしろい。限られた武器と知恵で敵に立ち向かい、無事に生き延びて使命を全うする。これは少年の成長物語でもあるのだ。

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 最大の敵は遺伝子操作で人類が生み出した生物兵器、「アーサ」というクリーチャー。人間の恐怖を感知して襲ってくるという怪物です。「危険は実在するが恐怖心は自分次第だ」という父の教えを胸に勝利するキタイ。己の恐怖心をコントロールしてアーサに感づかれない能力を身につけたのだ。これで彼も戦士になった。

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 未来の地球は、森林が地表を覆い野生動物が闊歩する、生命力に満ちた世界。また逆に人類が生み出した怪物に1000年後まで苦しめられている世界。人類がいなくなると環境破壊がなくなり、自然はこんなにも豊かになるのか。遺伝子操作はやはり神への冒涜なのか。いろんな意味で逆説的な思考が心に残りました。。

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2021年12月 4日 (土)

人生の落日を名演

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 なんと言っても名優アンソニー・ホプキンスがスゴイ! 現実と幻想の境目があいまいになっていく老人の、悲しみと苦しみを見事に演じている。表情のない顔が突然怒りに紅潮する。意味不明のことを言うかと思えば笑いおどける。まさに何を考えているのか分からん、という年老いた父親。迫真の演技が感動を呼びます。

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 面倒を見ている娘を演じたオリヴィア・コールマンも素晴らしい。不可解な言動を繰り返す父に振り回されどおし。自分の人生も仕事も犠牲にして尽くしているのに、感謝されるどころかますます要求はエスカレートするばかり。困り果てて何度も介護人を雇うけれど、老人の尊大で気難しい態度のせいですぐにやめられてしまう。

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 フロリアン・ゼレール監督の『ファーザー』を観ると、認知症のつらさは世話をする周りの人たちだけのものではない、ということにも気づかされる。本人の戸惑い、苛立ち、深い苦悩は、外からうかがい知ることは難しいけれど、確かに存在しているのだと納得できる。認知症の父の視点で物語が展開されるからこその表現だ。

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 現実と幻想の境界があいまいになっていく老人。人物の記憶と時系列が混迷を深め、事実がねじ曲がっていく。そんな彼の意識の世界を少し疑似体験できる仕掛けは、われわれ観客をも困惑させる。周りからはワケがわからない行動に見えて見えても、本人は理解してくれない理不尽な世界と精いっぱい戦っているのだろう。

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 腕時計を棚に置いたことを忘れて盗まれたと騒ぐ。毎日着ていたセーターの着方が分からなくなる。老いることの残酷さ。自分が壊れていく恐怖。ミステリーやホラーより、ある意味もっと恐ろしいかもしれません。特にある程度の年齢になれば・・・。2021年のアカデミー賞では主演男優賞と脚色賞を受賞しています。

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 この英仏合作映画は世界30か国以上で上演された舞台劇を基に作られたそうだ。そして原作の戯曲を書いたフロリアン・ゼレールがこの作品で映画監督デビュー。認知症の老人に寄り添うようなルドビコ・エイナウディの音楽も素晴らしい。挿入されるオペラ「ノルマ」や「真珠取り」のアリアもピッタリの選曲。名作です。

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