ピアノ調律の深淵
2016年の本屋大賞を受賞した、宮下奈都さんの『羊と鋼の森』(文藝春秋)。橋本光二郎監督によって映画化されたのは知っていたけれど、原作を読んだ感動があまりにも大きかったので、失望を恐れてつい見そびれていた。しかし思い切って観てみると、原作にはない素晴らしさがありました。それは映像ならではの力。
シラカバ、ブナ、ニレ、エゾマツ・・・北海道の新緑が美しい。積もった雪、キーンと冷えた空気、ダイヤモンドダスト・・・北国の冬が美しい。ニオイや冷気まで伝わる撮影が見事です。また、文章ではいくら詳しくてもわかりにくかったピアノ内部の弦やハンマーの動き、ペダルやダンパーの様子が、映像ならひと目でわかる。
山の中の辺鄙な集落で生まれ、豊かな森に育てられた青年。一人前のピアノ調律師を目指すピュアで素直な主人公。繊細に演じた山﨑賢人はイメージにぴったりでした。才能のなさに悩み、努力の限界を感じながらも、情熱を失わずに愚直に前へ進む。彼を見守る同僚の鈴木亮平、三浦友和、光石研、堀内敬子も魅力的。
そうです、原作の登場人物に生き生きした存在感を与えるのが、出演者の個性や演技力。映画ならではプラスアルファではないでしょうか。ピアニストと調律師の関係を表現するのに不可欠な、上白石萌音と萌歌が演じた双子の姉妹。こんな人たちに出会いながら成長する姿から、人生に無駄なことなどないと勇気づけられる。
印象的なシーン。目指す音は?と聞かれた先輩が答える。原民喜という小説家が「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」こんな文体に憧れている、と書いている。これが理想とする音です、と。カッコイイ。
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