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2021年5月

2021年5月28日 (金)

ゆっくりゆっくりお別れ

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 父の70歳の誕生日。久しぶりに集まった娘たちは、厳格な父が認知症になったと知らされる。中野量太監督の『長いお別れ』。原作は中島京子の連作短編集「長いお別れ」(文藝春秋)。日に日に記憶を失い、父でも夫でもなくなっていく様子に戸惑いながらも、懸命に付き添っていく家族。悲しいけれど可笑しい7年間の物語です。

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 認知症、介護、施設、死・・・。ある程度の年齢になると、誰もが抱える身近な問題です。日常のちょっとしたことができなくなる。食べ物をこぼす。目を離したスキにいなくなる。出かけた先で迷子になる。果ては万引きをしでかす。振り回される家族はたまったものじゃない。怒りと不安とやるせなさ。他人事ではありません。

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 認知症はすべてを一気に忘れるわけじゃない。記憶の薄れ方はマダラ。家族みんなが忘れていた昔の出来事が、父の中では今も息づいていることが分かって驚くことも。そんな父の優しい思いに触れて、家族の気持ちも変化する。それをキッカケにそれぞれが抱える問題にもしっかりと向き合い、見つめ直す勇気をもらう。

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 長女が住むアメリカでは、認知症のことを「長いお別れ」とも言うそうだ。ロンググッバイ。少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかっていくから・・・。父が何度も言う「家へ帰る」という言葉も象徴的です。家とはどこだろう。住んでいるところ。生まれ育ったところ。それとも死後に帰っていくところ? 考えさせられますね。

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 誕生パーティの三角帽子。三本の雨傘。レーズン入りのポテサラ。レトロな遊園地。こんなディテールが、リアリティと不思議なユーモアを醸し出している。中野監督ならではのセンスです。緩慢な死と、隣り合わせの生。重いテーマを暗くせずカラっと演じた山崎努、松原智恵子、竹内結子、蒼井優も素晴らしかったです。

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2021年5月24日 (月)

じっくり、横尾作品

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 お葬式の鐘のような、金属がぶつかるような、なにか不穏な音が聞こえている。会場にただならぬ空気をもたらしていたモノの正体は。別室に展示された『来迎図』。鳴り響く音やフラッシュライトの閃光に包まれた室内、壁面にかかる高さ227.3cm×幅145.5cmの作品。キャンヴァスに貼り付けられたストロボや茶こしや竹トンボ。

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 輝く光をまとってあの世からやってきた仏さま。まわりには骨もいっぱい貼り付けられている。仏と骨はとても近い関係だとは同感です。音も光も物質も駆使した、平面絵画におさまらない総合芸術。1983年の展覧会に出品された、横尾さんらしい自由奔放な作品を、数十年を経て修復しライトやスピーカーも交換したそうです。

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 自転車で夜道を走る特攻隊を思わせる服装の男。ホタルのようにちりばめられたのは、昔の卒業アルバムから切り抜いた級友たちの写真。『お出かけは自転車で』は、自分と家族のスナップ写真をコラージュした作品と2点で1組です。横幅364cm。少年時代や若き日々の記憶を掘り起こす彼の作業は、死のイメージがつきまとう。

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 組み合わされた風景に顔の輪郭が浮かんでくる。ブッシュとフセインが描かれた1991年の作品で『時代の肖像』。血が流れているように見えるのは赤い布。背景には滝のモチーフも。つねに今を生きている横尾さんらしい作品です。コロナ禍にマスクをつけた肖像を発信し続ける現代の姿とダブってきます

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 別々の絵を描いた複数のキャンヴァスを切り裂いて、タテ、ヨコ、ナナメに編み込んで再構成する実験。1980年代後半、横尾さんはこの手法で盛んに制作していました。イメージの断片が文字通り立体的に立ち現われ、不思議な世界を創り出している。もともと要素の多い横尾作品をさらに饒舌にしていました。今見ても新鮮です。

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横尾忠則展 Curators in Panic
学芸員危機一髪
2021年3月27日(土)~8月22日(日)
Y+T  MOCA
横尾忠則現代美術館

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2021年5月20日 (木)

残り物はハズレではない

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 横尾忠則 現代美術館という名が示すように、ここは一人のアーティスト「横尾忠則」の作品で展覧会を開催する、いわば個人美術館(県立の施設だけれど)。企画するキュレーターはどんなテーマでまとめるか、毎回毎回とても苦労すると思う。そのおかげで私たち観客は毎回横尾さんの新たな魅力を知る喜びがありました。

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 横尾さんというアーティストがとても多作で、膨大な量の作品がこの美術館に収蔵されていること。しかもまだ現役で新作を次々と生み出し続けている。だからこそ続けられてきたのでしょう。ところが2021年から2022年にかけて、横尾ブームなのか、国内外の展覧会で保管している作品が引っ張りだこに。これは大ピンチ!

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 約140点もの主要な作品消える⁉ 喜ばしい、誇らしい反面、こりぁ困ったぞ。苦肉の策が今回の企画展『横尾忠則展 学芸員危機一髪』だという。過去の展覧会を企画した3人の学芸員が、残った収蔵品からそれぞれの「推し作品」を勝手に勧める企画。愛情あふれるメッセージが添えられた70点は、より深く楽しむことができました。

横尾忠則展 Curataors in Panic
学芸員危機一髪
2021年3月27日(土)~8月22日(日)
Y+T MOCA
横尾忠則現代美術館

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2021年5月16日 (日)

タイヘン、だけど、ホノボノ

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 巨大化したアリやカエル、サソリやカタツムリが闊歩する地上。絶滅の危機に陥った人類は地下のコロニーでひっそりと暮らしている。マイケル・マシューズ監督、ディラン・オブライエン主演の『ラブ&モンスターズ』は、新しいタイプの近未来サバイバルアドベンチャー。モンスターたちはちょっと気色悪く、ちょっとユーモラスだ。

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 7年前。地球に向かって飛来した小惑星を多数のミサイルで攻撃。うまく破壊できたものの、地上に降り注いだ化学物質の影響で、昆虫や爬虫類が巨大なモンスターになって人類を襲い始める。気弱な若者ジョエルはパニックの中で生き別れた恋人が今も生きていることを知り、歩いて会いに行くことを決意する。

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 地上は見慣れた文明世界とはまったく違う様相を呈している。すでに建物や道路も植物に覆われて廃墟になりかけ、何が出てくるかわからない危険な場所。西へ西へ、死と隣り合わせの7日間の旅。いまだ少年のような頼りないジョエルが、はたして無事にたどり着けるのか。大人になるための通過儀礼のように感じる旅。

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 ボウガンを武器にしたり無線機で情報を集めたり、昔に戻ったようなアナログ感たっぷりの世界。途中で出会った犬や人々に助けられ、教えられて成長していく。バッテリーが切れかけた人型ロボットも、まるで人間の感情を理解するかのごとくふるまうのも微笑ましい。どこかほっこりするアドベンチャーです。

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 経験と知恵と生き延びる意欲。ジョエルは短い期間にさまざまな体験をして立派な大人に成長していく。人類絶滅の危機といっても、ちょっとしたアイデアや工夫で乗り越えていける。のどかで人間的なのだ。人知の及ばない絶対的なパワーや作用じゃないせいか、緊迫感が薄い。逆に言えば安心して楽しめるということ。

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2021年5月12日 (水)

小さな一歩、偉大な跳躍

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 That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind. 「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍である」。 アポロ11号で月へ向かい、1969年7月20日、月面に最初の一歩をしるしたニール・アームストロングの言葉です。あれから半世紀、歴史的偉業の裏に隠された苦悩と葛藤とは?

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 デイミアン・チャゼル監督、ライアン・ゴズリング主演。あの『ラ・ラ・ランド』を成功させたコンビによる『ファースト・マン』。静かな中にも緊迫感があふれるいい映画です。1961年、ロケット噴射の実験機 X-15で姿勢制御装置のテスト飛行をするニールの顔アップから始まります。超高速、超高度、凄まじいGに顔をゆがめ失神寸前。

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 宇宙開発競争で旧ソ連に先を越されたアメリカ。当時のケネディ大統領は国の威信をかけて10年以内での有人月面着陸をぶち上げる。それからジョンソン、ニクソンと大統領が変われども進められる計画。しかし技術の停滞や死亡事故。議会からも国民からも、税金のムダ遣いだと責められる日々。ソ連や中国とは違うのだ。
 
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 ちゃっちい感じの操縦席や宇宙服やNASAの管制室が、ジェミニ、アポロと進んでいくにしたがってどんどん進化していく様子が上手く表現されている。マニュアルからオート、さらにコンピューター化へ。デザインもレトロから近未来へ。それにつれて技術の信頼性もアップしていく。とは言え人類初のミッションなので死は覚悟の上。

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 この映画が素晴らしいのは、ニール・アームストロングの英雄伝ではなく、彼の深い悲しみの物語として描いているところ。幼い娘の死。小さな棺。同僚たちの相次ぐ死。寡黙なニールだからこそ、抱え込む心の痛みはより深く沈潜する。静かなクライマックスは生命の気配がない月世界でよみがえる亡き者たちのイメージ。

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 チャゼル監督との名コンビ、ジャスティン・ハーウィッツの音楽がまたまた素晴らしい。宇宙開発モノでは「勝利と栄光」がお決まり路線ですが、この作品では「喪失と孤独」。この難しいテーマを音楽面で見事に支えている。冒頭で流れるピーター、ポール&マリーの 500マイルで一気に引き込まれ、最後まで堪能できました。

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2021年5月 7日 (金)

丸山太郎を知っていますか?

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 いま松本の信毎メディアガーデンの OPEN 3周年記念で、クラフトのまち 松本の原点『丸山太郎 展』が開催されている。ビルの壁面に掛けられたタテ幕で見たとき、一瞬コーヒーの丸山健太郎さんかと見間違えました(大変失礼いたしました)。じつは松本民藝館を一人で作り上げた人だという。そうなんだ、そりゃあ見なきゃ! 

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 サブタイトルに「クラフトのまち 松本の原点」とあるように、松本民芸家具や松本クラフトフェアなど街の道筋を指し示した功績はとても大きい。老舗商家の長男として家業を継ぐかたわら、骨董品の収集をしていた丸山。昭和11年に開館した日本民藝館に出会い、華美な骨董ではなく身の回りの美しい道具を求めるようになる。

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 その関係から生まれた柳宗悦や棟方志功をはじめ民藝運動の人々との幅広い交流。そこからコレクターだけじゃなく、自ら作り手としても旺盛な活動に励む、もう一人の丸山が誕生する。版画や墨絵や水彩画に絵手紙。素朴だけれど味わいのあるモチーフの絵を描いて、みんなを幸せにする多くの作品。愛らしい

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 いまでも松本の街では「女鳥羽そば」や「ちきりや民芸店」の紙袋や包装紙や箸袋などで、丸山の作品が使われている。多くの人に愛された愉快でかわいらしい動物や風景や季節の風物詩。あくまで趣味のようなフリをした軽妙な画業。一見の価値があると思います。ちなみに展覧会場のビルは伊東豊雄さんの設計です。


クラフトのまち 松本の原点
丸山太郎 展
2021年4月28日(水)~5月30日(日)
信毎メディアガーデン

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2021年5月 1日 (土)

ウッディ・アレンの夢物語

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 ハリウッドの脚本家ギルが遭遇した、天に舞い上がるほどうれしいタイムトリップ。ウッディ・アレン監督・脚本の『ミッドナイト・イン・パリ』は大人のファンタジーです。自分をギルに置き換えて、純粋に自身の願望だけで作った魔法のような作品。アート好き、文学好きにはたまらない魅力がいっぱい散りばめられています。

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 婚約者とその両親とともにパリに滞在中。彼は憧れのパリに住み小説家として生きたいと願っている。婚約者は「脚本家で売れているのだからいいじゃないの、パサディナに住むことに決めているのだし」と、パリなど眼中にない。彼女とお金持ちの両親は、文化や歴史には無関心。西海岸の軽薄さが嫌いなアレンらしい設定。

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 ある夜ディナーのあと迷子になっている時に、停まったクルマに乗せられてパーティに連れていかれるギル。誘ったのはフィッツジェラルドとゼルダの夫婦⁉ そこで紹介されるのはヘミングウェイ⁉ ピアノの弾き語りで歌っているのは、なんとコール・ポーター⁉ 理由は分からないけれど、1920年代にタイムスリップしたようだ。

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 ギルは書いている小説をヘミングウェイに読んでくれるよう頼む、勇気を出して。それは断られるが、ガートルード・スタインのサロンへ連れていってくれる。そこで会ったのはピカソと愛人のアドリアナ。有頂天になった彼は毎夜0時のタイムトリップに出かけては、ダリ、ルイス・ブニュエル、マン・レイ、T.S.エリオットらと親交を結ぶ。

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 妖艶な美女アドリアナと親しくなったギルは、いっしょに1880年代のベルエポックへ。ムーランルージュでカンカンを見てロートレックやドガやゴーギャンと会話を楽しむ。夢見心地の彼女はもう1920年代には戻りたくないと言い出す始末。そういやぁロートレックやゴーギャンはルネサンスに生まれたかったと言っていた。

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 みんな昔のほうが良かったと思ってる? たんなる懐古趣味? でも人物も出来事も昔のことはすでに知識として知っているから上手くやれる、と思うのではないでしょうか。自分も歴史の一部になったような気分で。ギルが書いている小説の主人公も骨董道具屋だ。古き良き時代とキラ星のような才能へのあこがれと敬意。

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 雨のパリが美しい。夜のパリが美しい。アンバー気味の映像も、しっとりとした情感を醸し出している。さて夢のような体験に心震わせるギルは、魔法の世界から無事に戻れるでしょうか。ハリウッドの脚本家をやめ小説家となって本物の創造をしたい男の物語が、アカデミー脚本賞を獲得したのというのも洒落が利いていますね。なおポスターに使われているゴッホには会っていません。

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