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2020年9月

2020年9月29日 (火)

トットちゃんの電車の教室

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 信州松川村にある安曇野ちひろ美術館を中心とした広い公園。ここに黒柳徹子さんの自伝的エッセー『窓ぎわのトットちゃん』(講談社)の世界を再現した、トットちゃん広場ができていた。1981年に出版された大ベストセラーの表紙と挿絵を担当したのが、いわさきちひろ。その縁で2016年に整備されたそうだ。ちなみに黒柳さんは「ちひろ美術館・東京」と「安曇野ちひろ美術館」の館長です。

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 幼少時代をつづった物語の舞台は、ひとりひとりの子どもの個性を大切にする教育を推進したトモエ学園。空襲で焼けるまで自由が丘にあったという伝説的な学校です。問題児のトットちゃんが転校してきて初めて見た電車の教室。この教室なら毎日休まず通おうと決意した、というエピソードが印象的。その教室を大正15年と昭和2年に製造された車両で忠実に再現しているのです。

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 小さいころ「ショーセン電車」と呼んでいたチョコレート色の電車。意味も分からず使っていたこの「ショーセン」という名が、第二次大戦後に国鉄になる以前の鉄道省に由来する「省線」電車だと知ったのは、ずいぶん後のこと。車体の継ぎ目は溶接ではなく、リベット打ちだったんですね。貴重な文化遺産。これらは長野鉄道が保存していたものを譲り受け、改装して使用しているとのこと。

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 運転席も残され、木の床や天井の照明器具も昔のまま。壁は淡いミントグリーンで明るい雰囲気に。座席は取り外されて小さな机といすが並んでいる。机の上には教科書のほかにソロバン、顕微鏡、試験管など思い思いの教材が。当時としては珍しい自由な教育ぶりがうかがえます。網棚はランドセルや下足袋を置くのに使われていたそうだ。きっと子どもたちの夢が膨らんだことでしょう。

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 敷地内には農業体験や郷土食づくりができる体験交流館もある。横に回り込むと、おじいさんとおばあさんが米俵を背に縁側で日向ぼっこ?と思ったらカカシでした。身に着けている服や長靴はすべて本物。周りには置いてある稲やカボチャ、各種道具類もついさっきまで使っていたような生々しさで、本当に良くできている。農園や雑木林ゾーンもあるのどかな安曇野ちひろ公園でした。

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2020年9月26日 (土)

オリンピックの夢の跡

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 1998年の長野オリンピック。白馬村では白馬ジャンプ競技場でノルディックのジャンプ競技が、八方尾根スキー場でアルペン種目の滑降とスーパー大回転が、そしてスノウハープでノルディックのクロスカントリー各種目が開催されました。なかでも国民を熱狂させたのがスキージャンプ団体の、涙の金メダルです。

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 その会場でいまも観光客がたくさん訪れる名所、白馬八方のジャンプ台を見学に行ってきました。ノーマルヒルとラージヒル、2本のコースが並んでいる。リフトで上へあがって、そこからエレベーターでそれぞれのコースへ向かい、急勾配を滑り降りる。聖火台も残されていて、この競技場一帯が記念公園になっている。もちろんいまもワールドカップなどの競技会が開かれる現役の施設だ。

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 前回のリレハンメル大会で、よもやの失速で金を逃した日本ジャンプ陣。岡部孝信、斎藤浩哉、原田雅彦、船木和喜のメンバーで悪夢を振り払って4年越しの金メダル。「フナキー!」と絶叫し涙をぼろぼろ流す原田選手。いやぁドラマチックでした。いまやジャンプ界のレジェンドになっている葛西紀明は、この団体代表メンバーに選ばれていない。その悔しさが長く続けるモチベーションかもしれない。

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 これが夏冬あわせて日本がオリンピックで獲得したちょうど100個目の金メダルだったそうだ。長野大会ではスピードスケートの清水宏保、フリースタイルスキーの里谷多英、シュートトラックの西谷岳文も金メダルを取っていますが、メモリアルな100個目になったのがまさにこのジャンプ団体の金。三段跳びの織田幹夫から続く100名すべての名前が記された記念碑もある。

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 一般客のリフト乗車が終了した午後3時以降は、トレーニングをする選手専用。この日はひとり練習する若い女子選手がいました。上のほうで豆粒のように飛ぶ姿が見えるでしょうか? この一選手のためにリフトを動かし、一回飛ぶごとに散水し滑りをよくする。雪のない季節の練習は大変なんだ。見事に着地を決めたあと周りから大きな拍手が起こる。がんばれ、未来のオリンピック選手!

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2020年9月22日 (火)

山野草の花もおしまいかな

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 最高気温が20℃を割る日も増えてきた信州の高原。山野草の花を楽しめる時期もあと少しになりました。秋と言えばキク科。よく見かけるのはヨメナ(嫁菜)です。薄紫色のきれいな花は春から初夏に咲くミヤマヨメナ(深山嫁菜)とその園芸種ミヤコワスレ(都忘れ)とよく似ている。でも花の時期が秋と春で、まったく違います。

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 よく似た形のキク科で白い可憐な花も咲いている。ユウガギク(柚香菊)だと思うのですが、さぁ合っているでしょうか。植物は似たものがたくさんあるので、正しく何なのかは特定するのは難しい。言い訳っぽいですが。ちなみに名前の由来となっている「柚の香り」は残念ながらよくわかりませんでした。

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 黄金色の花がパッと目を引くアキノキリンソウ(秋の麒麟草)。ひと昔前に社会問題にもなったあの北米産の帰化植物セイタカアワダチソウに近い分類で、もっと小さく可愛らしい。これもキク科、もちろん日本産です。山ではごく普通に見られる秋の花。とは言え外来種に競り負けて、減少しているようです。がんばれ、ニッポン!

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 黄金色でもうひとつは、ナガミノツルケマン(長実の蔓華鬘)。こちらはケシ科の花で別名ナガミノツルキケマン(蔓黄華鬘)。ケマンという名前はお寺で仏前に飾る仏具の「華鬘」に姿が似ていることからと本には書いてありますが、華鬘のイメージはありません。それよりケマンの仲間は食用厳禁、みんな毒があるそうですよ。
 これらの花が終わると信州の高原には厳しい冬がやってきます。

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2020年9月19日 (土)

高原はいま収穫の秋

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 信州の高原は朝晩ずいぶん冷え込むようになりましたが、まだ夏の野菜やハーブが収穫できます。この日は2つのカゴいっぱいに。まずは葉物を中心に、レタス、バジル、バイオレットバジル、ヤングコーン、セージ、ミント。ヤングコーンはほんとに短い時期しか食べられないし、セージは土が合ったのか勢いがあります。手作りニョッキをセージバターで食べたり、健康に良いセージティーに。

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 2つ目のカゴには、パプリカ、トマト、加工用トマト、4種類のミニトマト、ブロッコリー、シシトウ、水ナス、食用ホオズキ、インゲンがぎっしり。食べきれないほど採りながら、さてどんな料理に使おうかと考えるのが至福の時。このカゴでは水分が少なくみっしり中身が詰まった加工用トマトが一番のおすすめ。じっくりソースに煮込んだり、とれたて濃厚トマトジュースも絶品です。

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 この夏は長雨&日照不足から記録的な猛暑へと、野菜には過酷な天候が続きました。しかし花栽培家さんのご厚意で使わせてもらっているハウスのおかげで、収穫の秋と食欲の秋をダブルで楽しんでおります。ご紹介した収穫物以外にも、セルバチコやフェンネル、ディル、芽キャベツなど好き勝手に作らせてもらっている。

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 そしてフェンネルシードやバイオレットバジルの花を取り分けてスパイスに。作業しているだけで部屋中が爽やかな香りに包まれる。ドライセージは虫除けにもなるからと言いながら、束ねて吊り下げていく。種をまいて、水をやって、収穫して、食べて、また種を取る。春から秋の一連の流れ。来年は今年の経験を生かして、何を植えるかあれこれ思案する冬がやってきます。

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2020年9月16日 (水)

ジャズの帝王がよみがえる

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 「クールの誕生」(1949-50)、「カインド・オブ・ブルー」(1959)、「ビッチェズ・ブリュー」(1969)と、10年おきにジャズのサウンドを革新する歴史的名盤を生み出したマイルス・デイヴィス。65年の生涯は、ジャズの進化の歴史です。光もあり闇もある、ジャズの帝王の知られざる素顔に迫るスタンリー・ネルソン監督のドキュメンタリー、『マイルス・デイヴィス クールの誕生』が素晴らしい。

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 ビバップ、クール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、フュージョン。彼の開拓した斬新な音楽は、ジャズにとどまらずロックやヒップホップに至るまで幅広いアーティストに影響を与えた。ミュートを使用しヴィブラートをあまりかけない彼の演奏は、静かで理知的。でも燃えたぎる情熱を内に秘めた、中音域の伸びやかな音は力強い。1音聞いただけでそれとわかるアーティストはちょっといない。

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 ハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、ロン・カーターなどマイルスのバンドに在籍したジャズメンをはじめ、クインシー・ジョーンズ、カルロス・サンタナ、ジュリエット・グレコなどさまざまなジャンルの大御所が、マイルスの魅力や隠されたエピソードを語っている。恋人、結婚、DV、人種差別、クスリ中毒、フェラーリの大事故・・・さまざまな苦難と絶頂。ジェットコースターのような波乱の人生だ。

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 どん底まで落ちても、その都度不死鳥のように復活。しかも自分が作ったスタイルを自ら打ち破って、まったく違う次元に至る。その変貌の激しさに賛否両論はあったが、あくなき挑戦を続けるマイルス。成功に安住することなく、愛するフェラーリのように猛スピードで駆け抜けた天才。しかし好き嫌いの激しさ、自分に正直に生きる信念が、家族や仲間へ与えた負の側面も大きかったのだ。

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2020年9月13日 (日)

資金力 vs. データ

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 ベネット・ミラー監督、ブラッド・ピット主演の痛快な『マネーボール』。原作はオークランド・アスレチックのGMビリー・ビーンを主人公にした、マイケル・ルイスによるノンフィクション『マネーボール 奇跡のチームをつくった男』(ランダムハウス講談社)です。彼はいかにして貧乏球団をMLBの強豪チームに変えていったのか。

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 野球に限らずプロスポーツは、サッカーもバスケットボールも資金力で一流選手を集めたチームはますます強くなり、財力なきチームとの格差は開くばかり。これが常識だ。彼は「客観的なデータ分析による統計学的手法」で「長年の経験と実績」に頼る伝統的な価値観を覆す方法で常識に挑む。評価されていない埋もれた戦力を発掘し、低予算でチームを改革。常勝軍団に仕立て上げたのです。

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 映画は2001年シーズンの終わりから2002年シーズンの終わりまでの1年を、当時の映像も使ってリアルに描く。選手の評価や采配をめぐっては、当然のことながら監督やスカウトたちと衝突する。どの分野でも革新的な思想や方法論を取り入れようとすると、大きな反発と抵抗を生むものだ。特にプロ球界など専門性の高い世界ほど「常識」の壁は堅固で高い。

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 短気で妥協できない性格で、思い通りに進なければロッカールームで暴れたりもする。しかし信念を貫いてチームを引っ張るビリー。野球はデータではなく人間がプレーするもの、という業界人の信念を打ち破った実行力と、良き理解者との出会いもあった。ドラフトやトレードの駆け引きなど、球団経営ビジネスの裏側もおもしろい。

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 ドラフト1位と期待されながら活躍できなかった自分。妻との離婚と娘への愛情。金のために決断を下したことへの後悔。怒りっぽく強引に事を進めるので敵も多い。でも真剣に改革しようとする熱意は、ついに連勝記録やプレーオフ進出で報われる。この実在の熱血GMにまつわる感動の人間ドラマを、ブラッド・ピットが魅力的に演じる。マネーボールというタイトルも素晴らしいと思いました。

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2020年9月10日 (木)

フジコ・ヘミングの歩んだ道

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 パリ、東京、ベルリン、サンタモニカ、京都にある住居、パリの猫やベルリンの犬に囲まれたその生活、時代を超えた独創的なファッション。他の誰とも違う、彼女の存在そのものが芸術とも言えるフジコ・ヘミングを追ったドキュメンタリー映画『フジコ・ヘミングの時間』。60代後半で世界に見いだされた奇跡のピアニストの物語です。

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 本名:ゲオルギー=ヘミング・イングリッド・フジコ。日本人ピアニストの母とロシア系スウェーデン人の画家・デザイナーである父の間でベルリンに生まれる。そして幼少時に日本へ移住。父との別離、厳しい母のレッスン、ハーフへの差別。戦中、戦後の日常を、彼女自身の絵日記で伝える手法も効果的だ。よく残っていたと驚くと同時に、めちゃ絵がうまいのにも感心する。

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 20代のころドイツへ音楽留学を目指したとき、国籍がないことが判明。混乱の時代で手続きができていなかったためだ。その後、ドイツ大使の尽力で難民としてパスポートを取得。ドイツに渡りピアニストとして順調に成長を遂げたが、大きなチャンスを目前にして、病気で耳が聴こえなくなる。それからはヨーロッパで貧しい生活。

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 1999年にテレビのドキュメンタリー番組で取り上げられ、一躍脚光を浴びる。そしていまは「魂のピアニスト」と呼ばれ、コンサートで世界を飛び回る日々。ショパン、リスト、モーツァルト、ベートーベン、ドビッシー・・・。彼女が奏でるピアノの音色には哀しみ、喜び、厳しさ、優しさがあふれ、多くの人々を魅了している。

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 劇的な展開は特になく、制作者の思い入れも強く出さず、あえて淡々と進める小松荘一郎監督。あまり多くを語らないフジコの姿勢。熱くならないクールな演出が、魂のこもった彼女の音楽をより際立たせる。80歳を過ぎてさらに輝きを増すフジコ・ヘミング。自由に生きる強さに感動し、多様性についても考えさせられました。

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2020年9月 7日 (月)

永遠の、オズの魔法使い


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 主題歌「虹の彼方に Somewhere Over The Rainbow」で有名な、歴史的名作ミュージカル『オズの魔法使い』。ライマン・フランク・ボーム原作の児童文学を1939年にヴィクター・フレミング監督が映画化したファンタジー。フレミング監督は同じ年に『風と共に去りぬ』も作っています。すごい人なんですね。ちなみに日本での公開は、戦争が終わってからの1954年。不自由な時代だったのですね。

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 冒頭部とラストをモノトーンのセピア色で、魔法の国のパートは鮮やかなカラーで表現。まだ極めて珍しかったカラーフィルムを効果的に使って、現実の生活(カンザス)と、夢の中(オズ)の出来事を見事に描き分けている。特撮や特殊メイクなどを当時の最先端技術を駆使した映像は、後の映画界に大きな影響を与えました。

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 ドロシーと冒険の旅を続ける仲間は、脳が欲しいカカシ、心が欲しいブリキ人形、勇気が欲しいライオン。彼らが助け合いながら苦難を乗り越え、ともに成長していくストーリーは永遠の定番。また「There's no place like home. お家が一番だわ」というセリフに代表される、幸せは身近なところにあるというテーマも不滅です。

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 ジュディー・ガーランドは、この作品で一躍国民的スターに。しかし薬物中毒と神経症に悩まされ自殺未遂を繰り返す。そして47歳にして滞在先のロンドンのホテルで死亡。若くして得た名声と破滅的な人生。彼女の知られざる苦悩にフォーカスした映画『ジュディ 虹の彼方に』が、レネー・ゼルウィガー主演で昨年公開されました。

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2020年9月 4日 (金)

覚悟の「新聞記者」に拍手

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 今年3月6日に授賞式があった第43回日本アカデミー賞。最優秀作品賞、主演男優賞、主演女優賞に輝いたのは、藤井道人監督の『新聞記者』でした。政権の暗部に迫る若き新聞記者とエリート官僚。その対峙と葛藤を描く社会派サスペンスです。原案は東京新聞の望月衣塑子さんの同名ベストセラー。あの菅官房長官の「天敵」と呼ばれた骨のある記者です。

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 大学の新設計画、担当官僚の自殺、メディアへの圧力。フィクションと断っていますが、現実に見聞きしてきた事件と符合するところが多くて心底怖くなります。自粛や忖度や自主規制。この数年で目立って増えてきた行政やメディアの姿勢。これも表に出たものだけで、見えない部分は如何ばかりかと思われる。

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 それぞれの正義を貫くより、自分の保身や組織の安泰のために口をつぐむ。あるいは口をふさがれる。まわりも面倒に巻き込まれたくないし、波風を立ててほしくない。それが日本の現状。主演のふたり、松坂桃李とシム・ウンギョは権力の闇と戦う覚悟と、家族や仲間に降りかかる困難を想う複雑な心理を静かに強く演じている。

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 何かスキャンダルが露見すると、記事を書いた記者の人格攻撃や反対ヘイトがすぐにSNSにあふれる。これも内閣情報室のコントロールか。政権に不都合なニュースを誤報だとする情報を息のかかった新聞社にリークし、国家規模のSNS捏造で当事者をつぶす。国の安定のためという活動の不気味さに、鳥肌が立つ思い。よくこれを映画にしたなと、関係者の皆さんの勇気に拍手を送ります。

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2020年9月 1日 (火)

神戸市庁舎の壁画アート

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 神戸市役所の本庁舎2号館。阪神淡路大震災で6階部分がグシャッと押しつぶされました。はい、覚えています。衝撃でした。そして、もともと8階建てだった建物の6、7、8階部分を取り除き、耐震補強をして5階建てのビルとして利用していた。しかし、もうすぐ築60年。老朽化が進みついに建て替えられることに。

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 そこで10月から順次始まる解体工事を前に、Kobe Mural Art Project 実行委員会がクラウドファンディングで資金を集め、クーリングタワーの壁面と合わせて計6作品の壁画を完成させました。この界隈は路上に野外彫刻が飾ってあったり、緑豊かな東遊園地があったり、港やKIITOへ向かう気持ちのいい散歩コースでもある。

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 2号館の北側3~4階は、HITOTZUKI(ヒトツキ)さん。同じく南側の3~4階は、TITIFREAK(チチフリーク)さん。南側1階の通路にはComic Heads(コミックヘッズ)さんの、それぞれ迫力ある力作が設置されている。解体されるまでしか見ることができないのは惜しいかぎり。今のうちに現代アートのおもしろさを味わいましょう。

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 2号館の山側にあるクーリングタワー南面には、海をテーマにKAC(ケーシー)さんが。北面には山をテーマにsaggy steez(サギースティーズ)さんが。西面には街をテーマに佐藤未瑛(みえい)さんが描いている。本庁舎の大作に比べると、こちらはメルヘン風の優しさ。街の魅力がアップし、見て歩く楽しみが増え、アーティストの仕事も増える、こんな企画がもっと盛んになればいいですね。

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