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2019年10月28日 (月)

軍艦島に上陸叶わず


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 長崎半島の沖合に位置する端島(はしま)。その姿から「軍艦島」と呼ばれている。1810年ごろこの島で石炭が発見され、佐賀藩が小規模な採炭をおこなっていた。それが1890年に三菱合資会社の経営となり、海底炭鉱として本格的に操業が始まった。エネルギー源の主力が石炭から石油に移ったことにともない1974年に閉山。そのあとは無人島になり、わずか45年ですっかり廃墟になってしまった。これが軍艦島の歴史の概略です。

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 一度この島を見てみたい、とかねてよりの思いが実現した「軍艦島上陸ツアー」への参加。でも残念ながら先日の台風で被害を受け、しばらく上陸できない状態が続いている。で周りを遊覧船で見てまわる。近づいたり、止まったり、撮影ポイントを心得た操船と解説で十分感動的でした。コンクリートでできた都市のビル群の行く末を見るような複雑な気分です。

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 護岸堤防に囲まれた南北480m、東西160m、周囲1,200mという小さな島に、最盛期には約5,300人の人々が暮らしていたという。日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建設されたのが1916年。狭い島に多くの人が生活するための工夫です。小中学校も7階建て。病院や映画館や店舗、お寺や神社もあり、島内で必要なものはほぼそろっていた。木々を育てる場所がないため、屋上に土を運び花や野菜を育てていたそうだ。ビルの高層化や屋上緑化など都市の過密問題を先取りしていた場所。

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 隣接するこれも海底炭鉱の島、高島に上陸し「高島石炭資料館」を見学。道具や機器や写真で炭鉱の歴史や日本のエネルギー政策の変遷を学ぶ。海上に見える島はいわば氷山の一角で、海底で縦に横に幾本も掘り進められた坑道は深さ地下1,000m以上にも及んだそうだ。展示された資料からは気温30℃、湿度95%という劣悪な労働条件のもと、ガス爆発など常に危険と隣り合わせの厳しい仕事ぶりがうかがえる。

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 明治以降、『黒いダイヤ』ともてはやされ、日本の近代化を支えた海底炭鉱の町が、国のエネルギー政策の変更により一瞬にして消滅したのだ。1974年4月20日。島民の離島が完了し、そこに暮らす人たちの生活や時間がぷっつり途切れてしまった。そして無人の廃墟に。人工的に作られ人為的に消された軍艦島は、ダムや基地や原発など国の政策と、そこに暮らす人間の将来を考えるうえで、示唆に富んだ場でもあると思いました。

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