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2019年10月10日 (木)

駅ピアノで見出された天才

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 日本でも『蜜蜂と遠雷』や『ピアノの森』など、正規の音楽教育から外れた生い立ちと境遇から現れた天才を扱った小説やアニメや映画がヒットしました。これはフランス版、ピアノの天才物語。ルドヴィク・バーナード監督の『パリに見出されたピアニスト』(au bout des doigts / 英題 In Your Hands)日本版のタイトルは、翻案し過ぎ? それはさておき、どれも育った環境に恵まれない天才のサクセスストーリーです。凡人には理解できない天才という説明不能の存在。それに対するあこがれやロマンが作者のベースにあるからこそ、生まれた作品だと思います。

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 いま世界でもポピュラーになった駅ピアノや空港ピアノ。TV番組で見ていてもかなり上手な人がいますが、そんなストリートから現れた天才が、よき理解者のサポートを受けながら、苦難と葛藤を乗り越え成功に至る。サッカーで言うと路地裏で裸足でボールをけっていた少年が、世界的なスターになる。そんな話。こんな風に簡単に言ってしまうとよくある物語なのですが、作品の優劣を決めるのはディテールの表現と底に流れる哲学です。この映画はそこがよくできている。

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 まず出演者の演技が素晴らしい。主演のジュール・ベンシェトリはなんとジャン=ルイ・トランティニャンの孫だそうだ。ディレクター役のランベール・ウィルソン、ピアノ教師役のクリスティン・スコット・トーマスがさすがの名演技。そして主人公が置かれた環境の描写に説得力がある。日本よりはるかに厳しい階層社会が生きているヨーロッパは、生まれた時から教育の機会も進むべき道も限定される格差社会。食べるものも、ファッションも、住む町も、聴く音楽も、つまり生きる世界すべてが違うのだ。しかもその社会構造が固定化される傾向が強まっている。クラシック音楽界では特に厳しいこの壁を乗り越える苦闘が手際よく描かれている。 

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 譜面通り正確に弾くならコンピューターでもできる。上手に聞かせるピアニストはいくらでもいる。しかし魂のこもった自分だけの音を出せるピアニストはまれだ。「同じ楽譜なら同じ音楽になる」と単純に考えがちだけど。何百年も同じ譜面なのにその時その時代で拍手喝采を受ける演奏家がいました。それら天才とたたえられるピアニストたちの歴史を変える演奏。何百年も前の曲なのにつねに新しい。それが色あせない魅力の源泉。芸の力です。クラシック音楽は従来とは違った時代性や人生観を表現できる一握りの天才の演奏によって進歩し成り立ってきた。そのおかげで周辺の人たちも生きていける。だからみんな天才にロマンを感じるのだ。

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 クラシック音楽のキモは、演奏に自分の感情を込めること。魂を込めること。あらゆるものから自由になって自分自身を表現すること。それは伝統的な正規の教育では優等生を育てられても天才は生みだせない、ということか。この映画を彩るバッハ、リスト、ラフマニノフなどの名曲を聴きながら、神が与えた才能と人間が授ける教育について考える。天才は正規のルートの外から出現する異邦人のようなものかもしれない。まぁこんな面倒くさいことは考えなくても、気持ちよく楽しめるサクセスストーリーです。「この指で未来を拓く」主人公を素直に応援できました。

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