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2019年10月13日 (日)

ジョーカー、悪の誕生

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 かつてジャック・ニコルソンやヒース・レジャーが怪演したバットマン最大の敵、邪悪なジョーカー。その誕生の秘密が明かされる映画です。今年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した、トッド・フィリップス監督の作品『ジョーカー』は、原作コミックにはないオリジナルストーリー。主演はホアキン・フェニックス、リバー・フェニックスの弟だ。この悪役の名演で、そんな形容詞つきで呼ばれるのはもうおしまいでしょう。

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 悲惨な境遇、積み重なる悲劇、そして弱者に無関心な社会。コメディアンを夢見る心優しい青年が、痛々しい出来事やまわりの無理解から少しずつ心をむしばまれていく。そして巨大な悪へと変貌を遂げる。一人の孤独な「人間」がなぜ狂気あふれる「悪のカリスマ」になったのか? 彼の切ない運命に、知らず知らず心情的に寄り添ってしまう。日本でもそんな悲惨な状況で生きる人がニュースに取り上げられることが増えてきた。でもそれは事件を起こしたり、生に破綻したり。悪いことでなけれぼ、注目されることもない。

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 自分は社会に必要なのか? 彼は存在意義を見出せない中、イジメられ、差別を受け、虐げられて堕ちていく。いまアメリカでも、ヨーロッパでも、日本でも、底辺の人々の急増が問題になっている。支えあう社会のシステムも働かなくなっている。偏見と不寛容。この映画はそんな現代を考えさせる。数十年前の良き時代の常識は壊れ、カオスの中に突入しているのだ。映画の舞台は1980年代の架空の都市ゴッサム・シティ。でもそれが、現代の大都市に似ているのが不気味だ。

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 羽を大きく広げて空に昇っていく鷲の舞のようなダンスシーンが象徴的だ。堕ちていくばかりだった主人公が、ジョーカーに変貌を遂げて昇っていく瞬間。それは差別と偏見、不寛容に満ちた格差社会から自分を取り戻す自由と解放のダンスなのだ。しかし自分自身の開放が、悪の道しかないというのが悲しい。歪んだ思想。独りよがりの哲学。第二第三のジョーカーを生み出さない社会を、人間が人間らしく生きられる世界を再構築する必要性を強く感じました。

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 この映画は、悪を肯定する、暴力を誘発する、だから有害だ!と叫ぶ人が必ず出てくると思います。たしかに子どもなど観る人によっては勘違いされるおそれがある作品なのでR-15指定。ただし誤解のリスクがあったとしても、いま観るべき現代の映画。人々の不満がたまってくると、社会は不安定になる。ドストエフスキーの本が異常に売れたり、ヒットラーやムッソリーニの映画が次々と作られたり。なんか世界がイヤな方向に向かいつつあるように感じる今だからこそ、ぜひ観ていただきたい。

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