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2019年9月

2019年9月19日 (木)

千住博の高野山奉納襖絵

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 高野山が開創1200年を迎えた2015年から約3年をかけて制作された2点の襖絵および障壁画。総延長17メートルの『断崖図』と25メートルの『瀧図』が、2020年に高野山金剛峯寺に奉納されることになりました。この展覧会は、奉納前のお披露目。金剛峯寺には狩野探幽などの襖絵もあり、これで千住博さんも歴史の一部になるのでしょう。下の写真は部屋の四方を囲む絵を一面に並べた形。
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 作家自身が画業40余年の集大成として位置付ける渾身の大作は、見応え十分です。『断崖図 Cliff』は大主殿の「茶の間」に襖18面。胡粉で下塗りした和紙をクシャクシャにシワをつけ、天然岩絵の具とプラチナ泥で描いたそうだ。襖絵なので平面作品なんだけど、凹凸があり、割れ目がある。まさに岩石の表面のような質感は立体だからこそ生みだせたのだ。

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 『瀧図 Waterfall』は大主殿の「囲炉裏の間」に。襖、床の間の壁画で合計24面。焼き群青で描いた限りなく黒に近いブルーグレーの下地に、胡粉を流し、その上から水を流し、さらにエアブラシで飛沫を吹き付ける。ほんとうに流れる水で表現した瀧。計算できない偶然性が液体としての水をよりリアルに見せる。写実ではないけれど、瀧の本質、霊性を写実以上に感じさせる表現力は素晴らしい。

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 これら奉納襖絵をニューヨークのスタジオで制作する様子を記録したVTRがとても面白い。千住さん自身が解説する独自の技法や創作の秘密が、「ここまで語ってもいいの、盗まれるんじゃないの」と心配するぐらい丁寧で分かりやすい。まぁ、いくら説明を聞いても同じようには出来ないと自信があるからでしょう。このVTRは10分ほど。展覧会場の外ですが、ぜひ忘れず見てくださいね。


高野山金剛峯寺 襖絵完成記念
千住博 展
2019年9月14(土)~11月4日(月)
神戸ゆかりの美術館
神戸ファッション美術館

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2019年9月16日 (月)

宮廷を舞台にした歴史劇

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 今年のアカデミー賞の主演女優賞、助演女優賞(2人)、作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、衣装デザイン賞、美術賞、編集賞の最多10ノミネート。そしてオリヴィア・コールマンが主演女優賞を受賞。なんかスゴイねという映画、ヨルゴス・ランティモス監督の『女王陛下のお気に入り』 The Favourite です。「お気に入り」よりむしろ「最愛の人」。The が付きますからね。遅ればせながら観ました。

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 たしかに3人の女優の演技は素晴らしい。国の統治よりも愛に生きる女王アン。女王を操る幼馴染みの権威主義者・サラ。成り上がりを目指す若いアビゲイル。三者三様の個性が見事に表れている。コスチュームや宮殿内部の装飾も華麗だ。もちろん時代考証もしっかりしているはず。深みのある落ち着いた色調は、ほぼ自然光で撮影しているからでしょう。暗いかげりが美しい。

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 18世紀のはじめ、英国とフランスが第二次百年戦争と呼ばれる戦いを続けていた時代。スチュアート朝最後の女王アンをめぐる二人の女の物語です。こう書くと重厚で堅苦しいシリアスなドラマと思われがちですが、実態は笑いどころがいっぱいのコメディです。ただしブラックですが。日本人なら『大奥』の愛憎と『仁義なき戦い』を思い浮かべるかもしれない。

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 戦争を継続するか、和平を推進するか。すでに議会があった英国ではそれぞれの党派が主張をぶつけ合う。最後は情緒不安定ですぐに思考停止におちいる女王のツルの一声で決まる。君主制ですから。その女王を動かすのは側に仕える二人の女官。大臣や議員もまずはこの女官に取り入らないことには意見も通らないので必死です。今もどこかでありがちな話で笑えます。

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 戦争をしていても、宮廷は庶民の疲弊や苦悩とはまったく別世界。優雅で上品なはずのセレブたちはお下劣なバカ騒ぎはするし、ゲスな行いばかりで、モラルのかけらも持ち合わせていない。こんな連中が国の将来を考えることができるのか、と心配になるぐらい。でもそんなやり方でも歴史はちゃんと動いてきた。もしあのとき違う決定が行われていたら、なんて考えはこの映画のテーマではありません。

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2019年9月13日 (金)

抽象へ? 建築へ?

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 版画の技法を応用した型の技術や釉薬の厚みによる独自の表現を確立したルート・ブリュック。1951年にはミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞するなど、国際的にも大成功を収めました。ところが彼女は50歳ごろから大きく作風を変えていく。具象的な陶板から、抽象的で立体的な作品へ。その理由は今も分からないらしい。あくなき美の追求から、と言うしかないのでしょう。

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 彼女が編み出した独自の方法は、大小さまざまなピースを焼き上げて、それを組み合わせで作品にするというもの。同じ北欧つながりでデンマーク生まれのレゴブロックに考え方は少し似ている。とは言え似ているのは組み合わせて作るというだけで、もっと複雑なカタチや素材感やサイズ構成。光や影の効果も活用してとても重層的な表現を可能にしている。陶磁のモノとしての存在感がベースにあるので、カンディンスキーやモンドリアンの抽象とはまったく違う。

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 正方形、円、六角形などシンプルな基本形。凹と凸のピースや、色あざやかな釉薬の有り無し。一つ一つは小さなピースだけれど、たくさん集めて組み合わせることによって、多彩な表情を持つ作品に統合させる。もともと建築家志望だったという彼女の明晰さと関心は、美術作品を制作するという感覚的な行為より、壁面を創造するといったもっと構築的な作業に向けられたのかもしれません。

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 さらに晩年にかけては、ヘルシンキ市庁舎やフィンランド銀行、大統領公邸のモザイク壁画など、フィンランドを代表する建築の一部を構成するような巨大な作品制作に移行。もはやセラミック・アーティストというジャンルをはるかに超えた現代アーティストの姿です。しかし一見ミニマルで抽象的なこれらの作品も『流氷』や『色づいた太陽』などのタイトルに見られるように、持って生まれた抒情性はずっと健在だったのでしょう。必見の展覧会です。

ルート・ブリュック 蝶の軌跡
2019年9月7日(土)~10月20日(日)
伊丹市立美術館・工芸センター


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2019年9月10日 (火)

多彩! ルート・ブリュック


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 フィンランドが生んだ偉大なセラミック・アーティスト、ルート・ブリュック(1916―1999) 彼女の没後20年、日本フィンランド外交樹立100周年を記念した展覧会が、伊丹市立美術館で開催されている。7月26日のブログ「フィンランドの陶芸って?」でご紹介した大阪市立東洋陶磁博物館の展覧会でも中心的な作家のひとりでした。今回は200点以上の作品を網羅した充実の個展です。

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 設備の整った環境で作家の自由な創作活動が認められたアラビア製陶所の美術部門。そんな夢のような環境で、彼女は専属アーティストとして約50年にわたって創作活動を続けた。新しい技法への挑戦、思い通りの色を出す釉薬の研究。売るための製品デザインを要求されることなく、自由に作家性を発揮できる環境。東洋陶磁美術館の展覧会では「芸術家たちのユートピア」というサブタイトルがついていました。

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 スクラッチや石膏型を使った描線の盛り上がり。表面の凹凸や釉薬の厚みによる色の深み。艶やかにとテカる面とマットな地肌。ルート・ブリュックの作品は陶器のイメージを超えて、セラミックを使った立体作品だ。物質としての存在感がすごい。それについては同じ職場のビルゲル・カイピアイネンやミハエル・シルキンの影響も強い。お互いが良い刺激を与えあいながら、三人それぞれ素晴らしい傑作を世に送り出している。

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 幼いころの思い出を抒情的に表現した若いころの作品。イソップ物語や聖書にモチーフを得た多くの作品。どれも深みのある色や物語性のある表現が特徴的にあらわれています。また鳥や魚や果物なども、カタチを変え表現手法を変え、いくつもいくつも作られる。これらは北欧のみならず世界中でいまも高い評価を得ています。

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 カレリア地方の夏の生活やイタリアへの旅行からも多大なインスピレーションを得ていたようだ。知らない光、知らない色、知らない景色。あふれる好奇心と、みずからの内なる創作意欲を高めるための追求は、生涯を通じて止まることはなかった。そして彼女は50歳ごろから大きく作風を変える。後半の作品については次回にご紹介しましょう。

ルート・ブリュック 蝶の軌跡
2019年9月7日(土)~10月20日(日)
伊丹市立美術館・工芸センター

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2019年9月 7日 (土)

アレックスの静かなる挑戦

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 アレックス・オノルド。ロッククライミング界のスーパースターだ。日本でも毎年秋に開催されるバンフ・マウンテン・フィルム・フェスティバルBMFFで何回も観ているので、そのすごさは知っていました。なぜかpatagoniaが2年前から日本上映の主催者を撤退してしまいましたが・・・。この『フリーソロ』は、彼がカリフォルニア州ヨセミテ国立公園にそびえる巨岩エル・キャピタンに挑んだドキュメンタリー映画です。アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門をはじめ世界で数々の賞を受賞している。

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 監督はエリザベス・チャイ・バサルヘリィ&ジミー・チン。高さ975mの断崖絶壁を、身体を支えるロープなど安全装備を一切使わず、たった一人で自分の手と足だけで登る。こんな前人未到のチャレンジを、臨場感あふれるカメラワークでその一部始終を収めた。アレックスもすごいが、撮影クルーもまたすごい。いま流行りのCGや合成などはまったく使っていない。断崖にロープでつり下がったクルーの手持ちカメラ、地上から狙う超望遠レンズ、頭上のドローンのみの映像だ。リアルなこの体感は作り物の映像では表現できなかったでしょう。

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 死と隣り合わせの冒険。このようなアレックスを撮るべきか、もし失敗=死ならどうするのか、記録する側の葛藤も隠さず映し出しているのが素晴らしい。災害報道でも思うのですが、カメラは時として冷徹な傍観者になってしまう。ここでは撮影クルーも一方の当事者として、また生身の人間としてチャレンジしている気概が伝わってくる。無謀とも思える彼の行為を止められない恋人や友人クライマーたちの苦悩も丁寧に描く。しかし彼はまわりの思いを十分承知しながらも孤独な戦いに進んでいく。

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 入念なルートの検証とイメージトレーニング、そしていくつもの恐怖の要素の排除。何より大切なのは思い描いたとおりに身体が動くように心を整えること。人間の肉体の可能性、人間の精神力の偉大さ、未知に挑む勇気を教えてくれる傑作だと思います。でもアレックスは「ほんのちょっとクライマーの限界を広げただけ」ときわめて謙虚。超人的な人ほど、自分がすごいとは思わないのかもしれません。求道者のようなストイックな生き方も魅力的です。静かなる挑戦の全貌をぜひご覧ください。

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2019年9月 4日 (水)

今年もボローニャ絵本展

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 西宮市大谷記念美術館で『2019 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』が開催されています。世界で唯一の子どものための本の見本市『ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア』で開催される絵本原画コンクールを日本に持ってきた展覧会。このコンクールの特長は、キャリアは一切関係なく、5点一組の絵を用意すれば誰でも応募できる公募展だということ。そして世界から選ばれた編集者やイラストレーター、出版関係者、教育者によって審査される。すでに絵本として発表された作品も未発表のものも、すべて平等に審査されるのがおもしろい。

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 インク、鉛筆、リノカット、水彩、油彩、シルクスクリーン、パステル、墨など、使う絵具も技法もさまざま。布のパッチワークや刺繍で絵を創った作品もある。62ヵ国2901作品から選ばれた、日本人10名を含む76作家すべての入選作を展示。みんな目新しい技法や色使いで創作しているので、見ごたえたっぷりだ。そして絵と物語の発想は国際色豊か。ベネズエラやセルビアなど普段なじみが薄い国からも多数入選。お国柄というのか、民族的な違いというのか、それぞれ地域の歴史と自然環境に根づいたユニークな表現に、世界の広さと文化の多様性を感じられる。

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 ここでの入選をきっかけにプロの作家としての一歩を踏み出す人も少なくない。いわば新人の登竜門。そしてアーティスト以外に編集者や出版関係者も一堂に集まるこのフェアは、重要なビジネスの場でもある。版権の売買、企画の相談、出版や翻訳の交渉が数々行われる。だからこのフェアの参加者はみんな真剣だ。原画展のクオリティの高さはそんなところからくるのかもしれません。小学生や中学生の団体が、とても熱心に鑑賞していたのが印象に残りました。この子たちの中からボローニャで入選するアーティストが生まれるかもしれません。期待しましょう。

イタリア・ボローニャ国際絵本原画展
2019年8月17日(土)~9月23日(月・祝)
西宮市大谷記念美術館

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2019年9月 1日 (日)

世紀末ウィーンに咲いた花

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「圧力なべの中に最先端の学問と芸術を入れて圧をかけたとき、吹き出た蒸気がクリムトやシーレやフロイトである」。ミシェル・マリー監督のドキュメンタリー映画『クリムト エゴン・シーレとウイーン黄金時代』に出てくる言葉だ。原題は Klimt & Schiele - Eros and Psyche(クリムトとシーレ ― エロスとプシケ―)。ギリシャ神話の純愛物語からとったタイトルで、官能性と精神性をあらわしている。タイトルに「クリムト」とありますが、彼の伝記ではなく、彼が生きた時代を描いた映画です。

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 時は19世紀末から20世紀初頭にかけて、ハプスブルク家が統治したオーストリア=ハンガリー帝国の末期。場所はトラム網も整備されたメトロポリスのウィーン。封建的な社会や保守的な芸術に反発した画家や音楽家、作家や建築家、医者や科学者がカフェにたむろして議論を戦わせるサロン文化が花開く。「時代には芸術を 芸術には自由を」をモットーに掲げた『ウィーン分離派』を起ち上げたグスタフ・クリムトはその中核をなす人物だ。

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 金箔を多用し妖艶で死の香りを漂わせる夫人像を多く手掛けたクリムト。ねじ曲がった体躯と苦悶に満ちた表情で魂の痛みを表現したシーレ。このような当時としては異端なテーマは、ジークムント・フロイトがたどり着いた精神分析の誕生と時を同じくしている。(お互い影響を受けていた可能性ももちろんあります) 人間の不安や畏れ、エロスを描いた新しい絵画表現で、いままでなかった革新的な芸術を生み出した。

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 音楽でもマーラーやシェーンベルクやリヒャルト=シュトラウスが躍動。世紀末のウィーンは、規制の社会秩序や芸術観を打ち壊す、真に現代へとつながる歴史の転換点だったのだ。それは何百年も繁栄したハプスブルク帝国がなくなる前の一瞬の輝き。熟した果実が崩れ落ちる直前の甘美。フロイトのエディプスコンプレックス説になぞらえると、秩序を崩壊させることは新時代の種子が産まれるために避けて通れない道筋だったのかもしれない。

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 この映画はクリムトとシーレの没後100年となる2018年に製作された美術史ドキュメンタリー。この爛熟した時代の終焉とともに、ヨーロッパは第一次世界大戦、スペイン風邪によるパンデミック、世界大恐慌へと続く長く暗い時代へ突入する。19世紀末から20世紀初頭にかけてウィーンで花開いた絢爛たる芸術の時代背景を学ぶ、最高の美術史講義を受けた気分。国立国際美術館で始まっている「ウイーン・モダン」展をより深く楽しむための予習として観ましたが、とても役立ちました。

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