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2018年11月

2018年11月30日 (金)

グッドデザイン賞も変わってきた

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 Gマークでおなじみのグッドデザイン賞。過去の受賞作はモダンな醤油さしやオルファカッターやカップヌードルなど、長く愛用されている。いずれもプロダクトデザインなど『モノ』のデザインが中心だった。今年の大賞は「おてら おやつ クラブ」が受賞しました。大賞はその年の一等賞、いわば2018年を象徴するデザインです。それがモノではなく『コト』、社会の新しい仕組みを作り上げた「おてら おやつ クラブ」が受賞したのです。

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 お寺の「おそなえ」を「おさがり」として、支援団体を通じて経済的に困難な家庭へ「おすそわけ」する活動。お寺にはお菓子や果物、食品や日用品がお供えされる。それらを子どもをサポートする支援団体の協力で届けるという。貧困問題解決に向けてお寺ができることをしようという新たな運動だ。従来のデザインという言葉のイメージからは、ずいぶん離れていると思いませんか?

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 モノのカタチを美しくスマートに整理するのがデザイン。ながらくそう考えられてきました。もちろんそんな製品『デザイン』は今も健在です。でも最近はデザインの概念がどんどん広がっている。社会問題の解決法を整理する。地域の活性化策を構築する、などなど。それはデザイナーが関わる領域の拡大を意味する。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」や「津波避難訓練アプリ 逃げトレ」の金賞受賞がそれを物語っています。この機会に私たちの暮らしや社会とデザインとの関係を、もう一度考えてみるのもいいかもしれません。

GOOD DESIGN AWARD 神戸展
2018年11月23日(金)~12月24日(月)
神戸ファッション美術館

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2018年11月27日 (火)

加藤文太郎、国宝的山の猛者

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 国宝的とは、またなんとも古風ですが。ま、これは戦前の新聞の表現なのでお許しを。昭和11年(1936)正月、槍ヶ岳北鎌尾根で猛吹雪のため遭難した加藤を報じた記事の見出しが「国宝的山の猛者、槍ヶ岳で遭難」。30歳のことだ。いま、六甲山上記念碑台にリニューアルオープンした六甲山ビジターセンターで「六甲全山縦走の先人 加藤文太郎の追憶」展が開催されている。

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 展示されている彼の道具類は現代の私たちから見れば、ほんとうに貧弱な装備です。よくこんなシューズで、ピッケルで、カメラで、きっとテントも服装も・・・。これで真冬の北アルプス踏破していたとは、しかも単独行で。当時の常識をはるかに超えた志の高い岳人だった加藤は、ヒマラヤ登山を目指していた。六甲全山縦走や厳冬期の北アルプスもそのトレーニングの一環だ。そして当時としてはまさに法外な遠征費をコツコツ貯金していたという。

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 そのあたりのことは新田次郎の名作『孤高の人』(新潮社)に詳しい。登山というスポーツ(道楽?)はお金持ちが案内人や荷物持ちを雇って楽しんだ時代。サラリーマンの加藤が単独行で道具や食料を工夫し、夜行列車など時間をやりくりしながら山登りを続けたことは、後の登山界へ大きな影響を与えた。私たちがいま気軽に登山やハイキングを楽しめるのも、加藤文太郎さんのおかげかもしれない。

六甲全山縦走の先人
加藤文太郎の追憶
2018年10月26日(金)~12月19日(水)
兵庫県立六甲山ビジターセンター
 

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2018年11月24日 (土)

日本でもブラックマンデー始まる

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 米国では11月の第4木曜日が感謝祭(Thanksgiving Day)で祝日。その翌日の金曜日に実施されるセールイベントが、ブラックフライデーです。アメリカの小売業界では1年で最も売り上げを見込める日とされている。セールが始まる午前0時にアップルストアやトイザラスへ列をなして駆けつける人々を、TVニュースで見ていました。それが今年は日本でも急に目立つようになったと思いませんか。

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 アメリカではブラックフライデーの売り上げをエコノミストたちが一喜一憂しながら見守っている。それはこの日からスタートするクリスマス年末商戦の行方を、ひいてはアメリカ経済の今後を占う大きな意味合いがあるから。ちなみに週明けの月曜日はサイバーマンデーと呼ばれる。インターネットを利用してECサイトでプレゼントなどを購入する人が近年は多くなったから、こちらもかなり盛り上がっている。

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 さて日本でもブラックフライデーは定着するのでしょうか。海外からのセールイベントとしてはクリスマスも、バレンタインも、ハロウイーンも、歴史の差こそあれそれなりのポジションを確立してきた。どれも企業が仕掛けた販売戦略ですが、その時期の気分にフィットすると無理なく受け入れられるようです。踊らされていると分かっていても、どうせなら流れに乗って踊らにゃそんそん!ですかね。

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2018年11月21日 (水)

日本全国の「一の宮」をえがく

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 一の宮とは神社の格をあらわす分類のひとつ。その起源は諸説あるが、平安から鎌倉時代にかけて成立したと考えられているそうだ。「全国一の宮会」に加盟している神社の大半が、古くからその地域の信仰を集める由緒ある神域。日本画家・西田眞人は一の宮会に加盟する百一社と、別格である伊勢神宮の内宮、外宮をあわせて計百三社をえがく旅を続けている。

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   いま神戸ゆかりの美術館で開催されている展覧会では、これまでに完成した三十二点の作品を、スケッチとともに展示している。深い森の中に、険しい高山の上に、神聖な孤島に、清らかな気と静寂に包まれた祈りの場はある。それぞれの地方ごとに建物も特殊だし、取り巻く環境も多様だ。歴史ある一の宮をえがくことは、期せずして美しい四季をえがくことにつながっている。

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 日本人の詩情、自然への畏怖、生活と信仰。一の宮というテーマに行き着くまでの西田眞人の画業と合わせての展示は見ごたえがある。初期作品から阪神淡路大震災直後のスケッチ、イングランドやスコットランドの風景、人物画・・・100点余りの作品と大病を患った彼の経歴から、人はなぜその地を祀るようになったのか、を探求する旅人が生まれた必然を感じます。

西田眞人
一の宮をえがく

~こころの旅 第一章~
2018年10月6日(土)~12月9日(日)
神戸ゆかりの美術館

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2018年11月18日 (日)

伝説のバンド「クイーン」の物語

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 最初に告白しておきます。「クイーン」のこと、名前ぐらいしか知らなかったのです。ファンの皆さん、スミマセン。世代的にすこし後から出てきたグループなので。でもブライアン・シンガー監督の『ボヘミアン ラプソディ』を観ていると、アレッ聞いたことがある!アレッさわりを歌える!そんな曲がたくさんあることを発見しました。音楽に興味を失っていた時期だけど、知らないうちに耳に残っていたんだ。こういうのを名曲と呼ぶのだろう。

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 この作品はクイーンのリードヴォーカル、フレディ・マーキュリーの波乱の人生を描いた伝記映画だ。移民、宗教、容姿、そしてゲイ。差別と偏見、無理解と疎外感。古い価値観に反発し、自分が自分であるために闘い続ける。
 誰もやっていない音楽を目指す強烈な思い。自らが作り上げ成功したスタイルさえも、破壊しさらに前へ進んでいく。周りの反発や軋轢を生みながら。

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 そして1985年7月13日、アフリカ難民救済のために開催された「ライヴ・エイド」。バンド崩壊の危機にあったクイーンが参加し、ウエンブリー・スタジアムで圧巻のパフォーマンスを繰り広げる。この20世紀最大のチャリティ音楽イベントは、英米2会場にそうそうたるアーティストが集結。合計12時間、世界84ヵ国で衛星生中継された。

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 Bohemian Rhapsody,  Radio Ga Ga,  Hammer To Fall,  We Are the Champion と続く感動のステージ。10万人の観客と一体になった熱狂の21分は、これが演技だということも忘れてしまうほど凄みがありました。魂を震わせるラストシーン。
 その後1991年に、フレディ・マーキュリーはエイズのため45歳で死去。「俺が何者かは俺が決める」。強烈に生きた彼の言葉です。

 

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2018年11月15日 (木)

パリに魔法をかけたポスター

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 1920年代から30年代のアートを代表するカッサンドルと並んで、フランスを代表するポスター美術の巨匠レイモン・サヴィニャック(1907~2002年)。第二次世界大戦が終わった後のパリの人々を明るいユーモアで魅了しました。復興、発展を予感させる彼の楽天的な世界観は、きっと前へ進む勇気を与えたに違いない。

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 シンプルで明快なイラスト、インパクトのあるビジュアルアイデアで街を歩く人々に新鮮な驚きを与えたサヴィニャック。彼は商品に命を吹き込むことに成功し、それが20世紀後半の広告ポスター表現に新たな時代を切り開くことになった。伝えるメッセージは一つ、余分なことは言わない。研ぎ澄まされた一点にすべてを集約する。それが彼のスタイル。

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 筆で勢いよく描かれた動物や子ども。奇抜な絵柄に一瞬驚いて、意味が分かってクスリとする。エスプリの効いた巨大なポスターが貼られたパリの街は、さぞ楽しかったことでしょう。オシャレな街角の景観の一部になっている写真も展示されている。人々をハッピーな気分にした彼は、まるでアートの杖を持つ魔法使いのよう。

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 そしてサヴィニャックの作品は、フランスだけではなく世界中のアーティストやデザイナーに大きな影響を与えました。日本でも森永ミルクチョコレート(1958年)やサントリービール(1979年)、としまえんプール(1989年)のポスターなどが彼の作。原画やSPツールも含めて質の高い200点以上を兵庫県立美術館で鑑賞できます。

サヴィニャック
パリにかけたポスターの魔法

2018年10月27日(土)~12月24日(月)
兵庫県立美術館

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2018年11月12日 (月)

NOMUGIの準備作業も着々

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 今年は秋の気温が高い日が多かったので、今ごろカラマツの黄葉が見頃です。しかもことのほか美しい。例年より10日ぐらい遅いと思う。この調子では冬も暖かいかもしれない。これも地球温暖化の影響か、暖冬は暮らすにはラクだけれどスキー場関係者にとっては気が気ではありません。

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 NOMUGI=野麦峠スキー場も12月20日オープン予定ということで、準備は着々と進んでいます。さて、雪はどうなるでしょうか。標高の高い上のエリアだけ部分的に開業することもあるかもしれません。じつは昨年もそうだったのですが、下りを大型のスカイライナーで戻るのはちょっとねぇ、という感じ。

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 スキー場の準備と言えば、ゲレンデの草やブッシュの刈り取り、リフトの整備、スノーマシンや圧雪車などの点検から、レストハウスやレンタルスキーショップの準備、スキースクールや救護体制の構築など多岐にわたります。そのそれぞれがやることはいっぱいある。雪が積もる前の今が、大忙しの時期。

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 それに今年は新たにトイレ・更衣室棟の建設が大々的に行われている。施設が新しく快適になるのは結構なこと。いつもの年より土木・建設工事関係者の車も加わって、よりにぎやかだ。あとは雪乞いをしてゲレンデが真っ白く変わることを願うばかりです。いいところですから。

信州松本
野麦峠スキー場

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2018年11月 9日 (金)

チュロス!あなどれないぞ

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 チュロスと言えば映画館で売っているような砂糖をまぶした揚げ菓子、と思っていませんか? 先月バルセロナでXURRERIA(チュレリア)と呼ばれるチュロス専門店で食べた、揚げたてのチュロスは日本のものとはまるで別物。朝食に食べる人が多いけれど、うっすら塩味が効いたチュロスはワインやビールにも合いそうです。

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 この本場のチュロスが神戸・元町の高架下に出現しました。1962年から続く老舗 Original Churrosが、こだわりの材料で作ったチュロス。揚げたてを急速冷凍して日本へ空輸しているという。それを温めてサッと出してくれる。外はサクッと、中はふんわり。揚げ物だけどとっても軽い。それをドロドロのホットチョコレートにつけて食べる。

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 看板はチュロスの断面を貼り付けて、色もチュロスのイエロー。天井の照明器具もかわいいチュロス型。店内の壁にはヴィッセル神戸のイニエスタ選手のサインが。背番号の8も下に書くんですね。三代目の今の社長の奥様とイニエスタの奥様が同郷だとかで、家族で来てくれたそうです。

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 Original Churros  カウンター数席の小さな店だけれど、ちょっとスペイン気分が味わえます。店で食べるのも良し、テイクアウトして歩きながら食べるのも良し。いわば大阪のたこ焼きみたいな食文化でしょうか。三宮・元町エリアを散策中、ちょっと小腹が空いたときにどうぞ。

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2018年11月 6日 (火)

藤田からFOUJITAへ

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 戦争画を描いたことで批判された藤田嗣治。戦後ほどなくパリへ戻ってしまう。そして1955年にフランス国籍を取り、1959年にはカトリックの洗礼も受けてレオナール・フジタとなる。「私の夢」と題された作品は、さまざまな動物に囲まれた涅槃図のように見えて象徴的だ。

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 パリのカフェで物思いにふける女性像。乳白色の下地や墨で描く繊細な輪郭線も復活している。この作品は額縁も藤田の作だ。彼は額縁だけでなく、自分の服や帽子、机や装飾木箱など、身の回りのさまざまなモノを手作りしている。自分のことを芸術家ではなく職人と呼んでいたらしい。

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 洗礼を受けた後、敬虔なカトリック信者になったフジタは礼拝堂の設計と内装デザインも手掛ける。シャンパーニュ地方のランスにあるフジタ礼拝堂で、1968年の死後そこに埋葬された。聖母マリアを礼拝するフジタ夫妻の姿が描かれている作品もおもしろい。藤田を捨てFoujitaになった姿がそこにある。

没後50年
藤田嗣治展
2018年10月19日(金)~12月16日(日)
京都国立近代美術館

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2018年11月 3日 (土)

エコール・ド・パリの藤田嗣治

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 藤田嗣治の没後50年と題した大規模な回顧展が、京都国立近代美術館で開催されている。乳白色の下地に面相筆で繊細に描かれた黒い線。透き通るような真珠色に輝く高貴な裸婦は、華々しく活躍していた時代の、フジタの代名詞です。

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 ヨーロッパが第一次世界大戦の痛手から立ち直ってきて、第二次大戦に至るまでの短い時期に花開いたエコール・ド・パリの寵児として、モディリアーニやシャガールとともに新しいアートを切り開いていく。後から見れば、このころが彼の絶頂期かも。

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 肖像画の依頼などもたくさん舞い込み、自信にあふれた作品を多数残している。西洋絵画の技法と日本絵画の特性をうまく調和させた独自のスタイル。まさに「私は世界に日本人として生きたいと願う」という彼の言葉そのものを体現している。

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 そんな藤田だからこそなのだろうか、北米、南米を旅したあと日本に帰国してから戦争画に情熱を傾けた時期がある。確かな描写力はさすがですが、彼独特の優美さや高貴さはない。愛国の空気に染まってしまったんでしょうが、後に大いに批判されることになる。

没後50年
藤田嗣治展
2018年10月19日(金)~12月16日(日)
京都国立近代美術館
 

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