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2018年7月

2018年7月18日 (水)

ベラスケスの真のすごさ

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 ルネッサンスからマニエリスムを経てバロックに向かう時代に生きたベラスケス。フェリペ四世の庇護を受け、ローマに遊学したときに見たカラバッジョの作品に大きな影響を受けたに違いない。そして行きついた西洋絵画の頂点。迫真の描写力は他の追随を許しません。人物の内面を含めた写実という意味では、その後もこんなすごい画家は生まれていない、と言ってもいいでしょう。

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 ローマ神話の戦争の神マルスを描いても、それまでの画家のように英雄視して凛々しくたくましい姿にはしない。どこかくたびれたオッサンだ。神話の神も生身の人間と変わらず、おなかも減るし、くたびれるし、年をとる。もしかしたら戦の神が失業するぐらい平和な時代を作った王さまを賛美しているのでしょうか。考えすぎかな? いずれにしても伝統的な絵画作法ではない。

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 宮廷画家として王侯貴族とその家族を描いたベラスケス。でもセレブ以外にも目を向けて作品を残している。これは、王子カルロスの遊び相手として仕えていた小人を描いた作品。短い脚、大きな頭、こんな障害を持つ人も、さげすまず嫌悪せず、一人の人間としてありのままにしかも堂々と描いている。近代の人権意識が芽生えるもっと前の時代ですよ。ただ超絶技巧を極めたというだけではなく、物事の本質を見つめ、描く対象の核心にまでせまる表現を追求した点こそ、ベラスケスの偉大さだと思います。

プラド美術館展
ベラスケスと絵画の栄光
2018年6月13日(水)~10月14日(日)
 

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2018年7月15日 (日)

プラド美術館からベラスケス

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 17世紀スペインは「絵画の黄金時代」と呼ばれ、スルバラン、リベーラ、ムリーリョなど偉大な画家を輩出した時代。なかでもベラスケスは別格で、フェリペ4世の宮廷画家として栄光の生涯を送った。のちにマネから「画家の中の画家」と称賛されたほど。たしかにその卓越した表現力は西洋絵画史上の頂点だといっても過言ではありません。今回のプラド美術館展はベラスケスの7作品を中心に、同時代の油彩作品が約60点展示されている。

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 当時のハプスブルク家スペインはネーデルランドや南イタリア、中南米からフィリピンやマカオ、アフリカ大陸沿岸部などを支配下におさめ、太陽の沈まぬ帝国と呼ばれた。そして美術にも造詣が深く、世界最大のパトロンでありコレクターでもありました。新しい宮殿を飾るため、スペインの作家だけではなくブリューゲル、ルーベンス、ティツィアーノなどインターナショナルな芸術家と作品が集められた。それらが今のプラド美術館の母体になっている。

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 何枚もあるフェリペ4世の肖像画のうち『狩猟服姿のフェリペ4世』が日本に来ている。しゃくれた下あごにタラコ唇、忘れようのない顔です。これはハプスブルク家の王さまの特徴。マドリッドで見ると歴代の王さまにこの特徴が現れているのがよくわかる。近親結婚による病気のようですが、そのせいかしばらく後にスペイン・ハプスブルク家の系統は途絶えます。そしてフランス系のブルボン家が王室を継承することになる。こんな時代に活躍したベラスケス。いまはプラド美術館の正面に銅像になって座っています。

プラド美術館展
ベラスケスと絵画の栄光
2018年6月13日(水)~10月14日(日)

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2018年7月12日 (木)

チャペック兄弟の展覧会

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 チェコの国民的作家カレル・チャペック。第一次大戦と第二次大戦の合間に、SF小説の古典『山椒魚戦争』やロボットという言葉を生み出した戯曲『R.U.R.』、そして『園芸家12カ月』など幅広い著作活動で有名です。その兄ヨゼフ・チャペックも画家として、童話作家として活躍しました。今回の展覧会は二人の共作もありますが、見どころの多くは兄のヨゼフの絵画作品です。

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 少年や少女や動物など、小さい生命をあたたかいまなざしで見つめた作品が多い。いきいきとした表情、ユーモラスな情景・・・暮らしの身近なディテールを、ペンで、パステルで、油彩で軽妙に描いている。なかでも『こいぬとこねこは愉快な仲間』や『夏の少年たち』のシリーズは素晴らしい。意外だけれど、キュビズムの影響を受けた実験的な作品など、この時代の画家ならではの創作が200点あまり。

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 この展覧会は「子どもたちを描いたチャペック兄弟の創作」をテーマに展示している。だからナチスに追われた、という鋭い社会批評を含む作品は含まれていない。ちなみに弟カレルはナチス侵攻前に病死。兄ヨゼフはナチスの収容所で死亡。難しい時代に生きた才能ゆたかな兄弟だからこそのやさしさ、あたたかさでしょうか。それを想うとジーンときます。

チャペック兄弟と子どもの世界
2018年7月1日(日)~9月9日(日)
芦屋市立美術博物館

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2018年7月 9日 (月)

ビーチサッカーの日本代表戦

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 ワールドカップ2018、日本代表の活躍で大盛り上がりですね。で、ビーチサッカーにも日本代表がいて、過去のワールドカップ9回全出場を誇る世界の強豪国の一つだと知っていましたか? 監督はあのラモス瑠偉。降り続いた大雨がちょうど小康状態になったので、明石大蔵海岸まで観戦に出かけました。イングランド代表を相手にした国際親善試合。砂の上での熱戦を期待して。

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 FIFAのアンセムにのって選手たちが入場し、両国の国歌斉唱。通常のサッカーと同じセレモニーです。でもゲームは1チーム5名、試合時間は12分間の3ピリオドで行われる。選手たちは砂の上で裸足でプレー。だから多くのプレーがボールを浮かせる足技から始まる。オーバーヘッドなどアクロバティックなシュートが多く、一瞬で局面が変わるスピーディな試合展開が魅力だ。ただし選手はすぐに足がパンパンになって大変だと思う。

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 明石大蔵海岸公園はJR朝霧駅から歩道橋を渡ったところ。明石海峡大橋を見渡せる景勝地。ここのコートは、鉄分を含まず熱くなりにくい砂を6年前にオーストラリアから持ってきたそうだ。ビーチサッカーに適した環境を整備して、競技力向上にがんばっている。試合のほうは先行されては追いつく白熱した展開。4対3でめでたく日本代表が勝利しました。ニッポン、チャチャチャ!

 

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2018年7月 5日 (木)

日本サッカーにリアリズムを

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 優勝するチームただ1ヵ国を除き、必ず負けて終わる。ワールドカップは長い予選期間を含め、すべての国が負けるために戦うゲームなのだ。
 もちろんたった一つの勝者になるために戦うのだけれど、本気で勝者を目指せるのは一握りの選ばれし国々だ。それもみんなわかっている。それ以外はタテマエで優勝を目指すとは言うものの、まずはその一握りに入りたいというのがホンネでしょう。そして一握りの国々は、どこも独自のサッカー文化を持っている。長い時間をかけて築き上げた勝利のスタイルと、一歩一歩真剣勝負を通して重ねてきた経験の歴史。
Photo_2  2018ロシア大会で日本サッカーは選ばれし国々の仲間入りへの貴重な体験をひとつ積み上げたと思う。無力感に打ちひしがれるだけという敗退も多いけれど、今回は未来への希望を見出したのではないでしょうか。それは勝者の文化を構成する大事な要素・リアリズムの概念を歴史に付け加えたから。
 グループリーグ第3戦、ポーランド相手に0対1の負けを選んでプレーした残り10分間。そして逆に、ベルギー戦で残り1分を切った場面でなぜショートコーナーを選ばなかったのか。リアリズムを考えるこれらの経験は未来に大きな財産になるはずです。美しく散るロマンからカッコ悪くても勝つリアリズムへ。日本サッカーが夢の実現へ一歩前進した大会でした。

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2018年7月 2日 (月)

万引き家族と社会の多様性

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 カンヌ国際映画祭で『万引き家族』が最高賞パルムドールに輝いた是枝裕和監督。『誰も知らない』や『そして父になる』などから今作へ、これまでの映画作りの姿勢を語っている言葉をインタビュー記事で見つけました。少し長いけれど引用させていただきます。

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 僕は人々が「国家」とか「国益」という「大きな物語」に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その「大きな物語」(右であれ左であれ)に対峙し、その物語を相対化する多様な「小さな物語」を発信し続けることであり、それが結果的にその国の文化を豊かにするのだと考えて来たし、そのスタンスはこれからも変わらないだろうことは、ここに改めて宣言しておこうと思う。

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 是枝監督の基本姿勢がよくわかるでしょ。この映画の中には、万引きをはじめ、児童虐待や過酷な労働環境、老親の年金での暮らしなどなど、この家族を取り巻く「小さな物語」が散りばめられている。これらTVのニュースショーをにぎわす事件は、バブル崩壊後の日本に顕著になった「共同体の崩壊」と「格差社会」が背景にある。わたしたちも見ぬふりをしてきたから、声高に叫ぶ「大きな物語」に呑み込まれて多様な価値観が失われていったのでしょう。

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 メディアにも同調的圧力がかかり、社会はますます内向き志向が強くなり、多様性は排除され、伝統的な価値観に基づく人間関係のみが押し付けられる。はたしてそれで幸せになったのか? 家族の絆とは。人間の絆とは。これからもっと真剣に考えていかないと人口減少社会は乗り切れない。血縁の、あるいは戸籍上の、というだけでは「家族」は成り立たないと思う。いろんな制度や常識のほころびと、基本的な人間の優しさと。いろいろ考えさせられることが多い映画でした。
 

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