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2017年10月

2017年10月31日 (火)

高山植物園でのアート三昧

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 六甲山と言えばイノシシでしょう。山の中だけではなく、阪急電車の線路を越えてまで出没する身近な存在。人間に害を及ぼす半面、かわいくもある。だから「エサをやらないでください」の看板がいたるところにある。そんなイノシシ界の王が高山植物園にあらわれました。久保寛子の作品『Sleeping Guardian』。体長8mぐらい、ひざまずいても体高3mもある巨体は、青いネットでできている。獣害対策に使われるブルーの金網。皮肉でしょ。悠然と構えたこのイノシシは、人間どもをどう見ているのでしょうか。中に入ることもできるので、イノシシ目線の一端を感じられるかも。

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 毎年おもしろい大型作品が設置される場所に、今年は楢木野淑子の『あるべきようわ、ムコの山』がドーンと存在している。作品名からは何を意図しているかわからないが、古代マヤ遺跡のような堂々とした風格だ。さまざまな風景や動植物が柔らかい色で浮き彫りされた、陶のオブジェをたくさん組み合わせて高さ2mあまりの円筒に形作られている。その大きさと重量感から遺跡のような第一印象を持ちましたが、近づいてディテールが見えるようになると、華やかで、豊かで、生命力あふれる「生のエネルギー」が満ちていた。

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 植物園の中ほどの池には、白い舟が浮かんで(半分沈んで?)いる。杉原信幸の作品で『むこのみなと ― 貝の花舟』。あれ?また「むこ」が出てきた。やっと気づきました。武庫(むこ)は古事記などに出てくる尼崎から兵庫にかけての古地名。だから作家さんたちも「ムコの山」や「むこのみなと」などと作品名をつけているのだ。ところでこの作品、舟の外も打ちも瀬戸内海で集めた貝殻でおおわれている。そして中には水も溜まっている。つまり内も外も、海も山上の池も、現実も夢幻も、すべての境界があいまいで、観ている自分の存在も揺らいでくる。

六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2017
2017年9月9日(土)~11月23日(木・祝)

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2017年10月28日 (土)

六甲山上アートの一発芸

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 今年も一発芸的インパクトで楽しませてくれる作品がいくつかあります。
 その1 松蔭女子中・高の美術部による『六甲ハイ・チーズ』。場所はカンツリーハウスの大芝生。白と黒の大きななカメラは六甲山牧場にいる乳牛ですね。角が生えてます。耳があります。足はちゃんと4本。横にまわると尻尾もあります。周りは白い柵で囲まれています。ここで記念撮影する人は、「はい! チーズ!」。これがお約束。ときどきこのまわりで松蔭の生徒たちがパフォーマンスをしているらしい。どんな妄想を抱いてるんだろ?

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 その2 ガーデンテラスの見晴らし台にある、伊藤圭一の『空を見てたら涙が出ちゃいました』。ほんとうに!大粒の涙がボロボロ流れて顔の下の地面は洪水状態です。上を向いてないから、涙はこぼれます。なにか悲しいことがあったのか、独りぼっちがつらいのか、雄大な風景に感動したのか。鑑賞者は後ろの階段から作品の目になって風景を眺めることができる。のぞいてみると涙でにじんで景色がぼやけていました。芸が細かい! 哀愁あふれる作品でした。

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 その3 井口雄介の『六甲富士』。カンツリーハウスの東の池に木材を組んで作った巨大なインスタレーションです。ワイヤーフレームCGの拡大版、富士山の構造をみているようでおもしろい。オレンジ色は朝焼けでしょうか? この池は釣り人がたくさんいます。逆さ富士を眺めながら釣り糸を垂れる。最高の気分でしょうね。ところが残念ながら釣り人はアートに関心ないみたい。釣れるかどうか、何が釣れるか、が問題だからね。富士山というとつい北斎を思い出してしまう。そんな日本文化の文脈と、観光の在り方を考えさせられました。

六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2017
2017年9月9日(土)~11月23日(木・祝)

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2017年10月25日 (水)

六甲山ではミーツアート2017

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 熱中症で倒れそうな熱さも終わったので、毎年恒例の六甲ミーツ・アートに出かけました。ポスターにも取り上げられている、さとうりさの作品『あべちゃん、なんかついてるよ』は六甲枝垂れの前にある。寂しいような、うれしいような、せつないような、幸せなような、ちょっと不思議な感情を呼び起こすオブジェです。マシュマロのような白い造形。魂のような柔らかい曲線。目や口がついているから、モノではないだろう。では人なのか動物なのか宇宙人なのか?

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 この日は「あべちゃん、なんか咲いてるよ」というイベントが行われていました。カラフルな毛糸などで花を作り、あべちゃんのまわりに植えていく、というワークショップ。子供たちが楽しそうに参加していました。ただ作るだけじゃなく、自分が作った花が飾られて作品の一部になる。そして、みんなに見てもらえる。それがうれしいのでしょう。こんな子供たちの中から未来のアーティストが生まれたらステキだなぁと思いました。

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 六甲ケーブル山上駅の天覧台では、開発好明さんの『スペース・ホワイト・カフェ』がオープンしている。床も壁も天井も真っ白。イスやテーブルや照明器具も白。SF映画で見る宇宙船の内部のようです。じつは壁や天井は、家電製品を梱包するときに使う発泡スチロール。いろんなサイズや厚みのものを集めているので、光の透過ぐあいや陰影の付き方が違って、じつに美しい。ふんわりした白い光に包まれて、穏やかな気分になり安心できる空間。繭の中の蚕の気持ちを想像してしまいました。

Photo_3  カフェだからもちろん飲食もできる。有料ですが。メニューも特製ホワイトカレーや六甲山麓ミルクやヨーグルトのムースなど白にこだわったものばかり。ウエイトレスも白装束で髪の毛まで白! 徹底してます。しゃべるとフツーに人類で今どきのギャル。宇宙人じゃないことはすぐにわかります。でもこのコスチュームも未来的ですよ。
 この作品を創ったアーティストの開発さんは、六甲カンツリーハウスで今年も『未来郵便局』を開設している。こちらも年々人気が高まっているようです。

六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2017
2017年9月9日(土)~11月23日(木・祝)

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2017年10月22日 (日)

エルミタージュのオールドマスター

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 かつてロマノフ王朝の宮殿だった壮麗な建物に収められた美術品の総数はおよそ310万点。世界最大級の美術館のひとつ、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館は、女帝エカテリーナ2世の絵画コレクションから始まる250年の歴史があります。マティスやゴーギャンなど近代絵画のコレクションもすばらしいけれど、兵庫県立美術館でいま開催中の『大エルミタージュ美術館展』は、「オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち」というサブタイトルが示す通り、ルネサンスからバロック、ロココへと続く古い時代の絵画を持ってきている。

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 ティツィアーノ、レンブラント、ルーベンス、クラーナハ、ムリーリョ・・・。16世紀から18世紀にかけて活躍したイタリア、フランドル、オランダ、スペイン、フランス、ドイツの巨匠の作品が85点。カンヴァスに油絵の具で描かれた、いわゆる西洋絵画というイメージのものです。王侯貴族の肖像画、聖書からテーマをとった宗教画、古代ギリシャ神話やローマの歴史画、そしてこの時代に始まった風俗画や風景画。良いんだけれど、現代の私たちから見るとちょっと退屈な作品が多い。

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 そんななかで少し趣が違っていて印象に残ったのがジャン=バティスト・サンテールの『ヴェールをまとう若い女性』。サンテールはフランスのロココ初期の画家で、1699年の作品だそうだ。知らなかったけれど、情感あふれるいい絵を描く。光と影の扱いといい構図といい色使いといい、なかなかクオリティの高い作品だ。なによりモデルの女性がいい。品が良くておだやかな表情。女性らしい柔らかさと慈しみの心が感じられる。聖母像でもなく肖像画でもない。こんな表現から近代絵画へとつながっていったのでしょうね。

オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち
大エルミタージュ美術館展
2017年10月3日(火)~2018年1月14日(日)
兵庫県立美術館

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2017年10月19日 (木)

肉筆画に精力を注いだ最晩年

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 80歳代後半になっても新しい表現を追求し続けた葛飾北斎。生涯に改号を30回、引っ越しを93回も繰り返した奇人だ。晩年には「画狂老人」や「卍」などジョークのように号した。絵がうまくなりたい、それだけに徹した人生。浮世絵の勝川春草の門下でありながら、当時タブーだった他の流派にも弟子入りし、狩野派や土佐派、唐絵や西洋絵画まで次々と勉強してそれらの技法を身につけていく。しかし絵を描く以外、なにもない。生活力もなければ、社会性もない。真の天才はそんなものかもしれません。

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 最晩年の『雪中虎図』で描かれたトラ。展覧会のポスターでも使われています。もうほとんど想像で描いているとしか思えない、不思議な模様と不敵な表情。思い切り擬人化された感情があもてに現れている。われわれ人間の浅はかさを小ばかにしたような笑み。この表情にはいまのマンガに通じる現代性がある。胡粉で表現された雪など、技法的にも何十年もの研鑽で獲得しててきたすべてが盛り込まれている。とどまることを知らない北斎の到達点。本人はそれでも不満でしょうが。

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 もうひとつ最晩年の作品。これが絶筆かもしれないと言われる『富士越龍図』をご覧ください。たくさん描いてきた富士の高嶺を越えて、黒い雲となり天まで昇る龍の姿。絵筆をとって神の領域まで昇り詰めたいと願った北斎の分身でしょうか。ちなみに彼の臨終の言葉は、「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得べし」と伝えられている。あと5年生きられたら本物の画家になれたのにと、90歳で死ぬ間際に悔やむなんて!なんという執念でしょう。私たちだって、95歳の画狂老人の作品を観てみたいけれど・・・。

大英博物館 国際共同プロジェクト
北斎 ー 富士を超えて ー
2017年10月6日(金)~11月19日(日)

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2017年10月16日 (月)

浪のなかに宇宙を観た

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 あべのハルカス美術館で開催中の「北斎」展。- 富士を超えて ー  というサブタイトルがついた大英博物館との共同プロジェクト。ロンドンで評判を呼び、大変な観客を動員した展覧会を日本に持ってきたものです。ハルカスでも平日なのにチケット売り場は40分待ちの行列でした。おもしろいのは90歳で死ぬまでの晩年30年間の作品に焦点を当てていること。そして版画だけではなく、肉筆画を世界中から集めていること。約200点の展示作品はどれも完成度がメチャクチャ高い。「八十歳を過ぎてなお、猫一匹描けねえと悔し泣き」と、書き残された北斎の向上心と執念が伝わってくる。

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 そんな北斎が追求し続けた表現テーマのひとつが、動く水。海外では「The Great Wave」と呼ばれる富嶽三十六景の『神奈川沖浪裏』。展覧会のポスターでも使われたこの名作を生みだしたのは70歳過ぎのこと。現代のカメラで5000分の1秒という特殊なシャッタースピードで初めて見える波頭。よく肉眼で観察できたものだ。若い頃から描かれたさまざまな浪を見ていくと、風景の一部から絵の主役に変わっていくのがわかる。その流れを極限まで推し進めたのが、信州小布施の祭り屋台の天井画『怒涛』。男浪と女浪で対になっている。小布施へ行けば北斎がデザインした祭り屋台2基の全体を観られる。たぶん北斎の立体作品はこれしかない。ちなみにもう1基の天井画は『龍と鳳凰』。

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 ご覧のように、ここまでくると絵の主役を通り越して、もう抽象的な運動体としての浪。すでに風景ですらなく、宇宙物理学の領域。ブラックホールや超新星のようだ。(見たことはありませんが) 美しいブルーの濃淡は、オランダ商館を通じて入ってきたばかりのプルシアンブルーや日本の藍を使い分け、緑青のグリーンも組み合わせて表現している。そして、どちらも縁の枠には色鮮やかな花や鳥が華麗に描かれている。これは娘の葛飾応為の作品。彼女も名人です。八十を過ぎてから何度も小布施を訪れて作品を残した北斎。新幹線もクルマもない時代、老体で何百キロも歩くしかない。絵を描ける喜びだけを求めた執念ですね。

大英博物館 国際共同プロジェクト
北斎 ー 富士を超えて ー
2017年10月6日(金)~11月19日(日)
 

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2017年10月13日 (金)

サラ・バラス? 知りませんでした

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 フラメンコのドキュメンタリー映画、と聞いてもあまり興味はわきませんでした。でもうまく時間が合ったので観てみたら、これがスゴイ! 革新的! 現代最高峰のフラメンコダンサー、サラ・バラスが、パコ・デ・ルシア、アントニオ・ガデス、カルメン・アマジャなど今は亡き6人の巨匠に捧げるオマージュ『ボセス フラメンコ組曲』の、わずか3週間しかない準備と稽古、パリの初演、NYやメキシコや東京そしてスペインのカディスと続く世界ツアーの記録です。

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 超高速ステップ、指先まで神経が行き届いた表現力、信じられない超絶テクニック。今まで見てきたフラメンコとは、まったく違う。小学校の運動会とオリンピックの決勝ぐらいの差。肉体の極限まで挑むコンテンポラリーダンス。厳しい修業をした者が神の領域に近づいた姿。例えがバラバラで支離滅裂だけれど、スゴイ!と感動したことはおわかりいただけるでしょうか。そしてパフォーマーとしてだけではなく、企画、構成、演出をし、公演チームのリーダーとしてプロジェクトを引っ張っていく超人的パワー。

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 まさに天才としか言いようのない彼女が、「努力」という言葉をよく口にする。「努力しない者には我慢できないの。さっさと消えて欲しいわ」。公演の仲間たちにも厳しく要求する。そしてそのなかで誰よりも努力しているのがサラなのだ。努力という名の水をあげ続けた者だけが才能の花を咲かせることができる。これは彼女の信念だ。フラメンコには強くストイックだが、この映画では私生活での弱さや人情味も伝えてくれる。彼女の人間性、神ではなく人間としての魅力。

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 フラメンコは何度か見て、だいたいこんなものか、とわかったつもりでいた。思えばフラメンコに限らず食わず嫌いで心と感覚を閉ざしていたことが多かった。なににでも門戸を広げて、心を真っ白にして、自分自身に素直になって、もっと知り学ぶべきなのだ。世界は思っていたよりおもしろい。人間は思っていたより素晴らしい。きっと。70歳を前にして気付きました。「もっと見る、聞く、感じる。さぁこれから黄金の20年が始まるぞ」、と思うのは欲張り過ぎでしょうか。

パッション・フラメンコ
監督:ラファ・モレス、ペペ・アンドレウ
出演:サラ・バラス、ホセ・セラーノ、ティム・リース

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2017年10月10日 (火)

水際から橋の下、昼も夜も

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 釣り人がいっぱい糸を垂れる岸壁、神戸大橋の下に出現したヒマワリ畑。西村正徳の作品「O2 ひまわり / Thank-You Presents to Oxygen」です。酸素ボンベの上に咲いたヒマワリの花が150本。畑の中を回遊するように、ヒマワリの間を歩ける。それぞれのボンベの胴体には開港から現代までの西暦年号が書いてある。自分の誕生年でしょうか、アップで撮影している人もいます。同じヒマワリの作品が神戸空港海上アクセスターミナルビルにも設置されているので、見比べるのもおもしろい。

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 神戸大橋と言えば、その真下に金土日と祝日にあらわれるカフェがある。建築家ユニットのドットアーキテクトの作品「UNDER THE BRIDGE」です。ここではいろんなパフォーマンスやアートイベントが行われる。来た人はビールやコーヒーを飲みながら思い思いに楽しむ。集い、つながり、場を共有する。そうやって過ごす時間がアートなのだ。Photo_3
 行ったときはコンテンポラリー音楽のパフォーマンスをやっていた。上の写真の奥の方。わかりにくいのでアップも載せます。大きな銅鑼をマイクでこすったり指ではじいたり、マリンバをなでたり叩いたり。それらの音をアンプで増幅させ共振させ、音のひずみやノイズを活用したサウンドアート。もちろん決まった調性はなく、規則的なリズムもない。始めもなく終わりもない。どうやって終わるんだろう?と思っていたら、30分ほどしたら奏者が立ち上がってお辞儀をしたので、拍手をしました。全身を使った現代音楽、かなり体力がいる!

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 暗くなってからメリケンパークに派手な電飾があらわれた。やなぎみわの作品「花鳥虹」、台湾で制作した移動舞台車です。大型トラックを改造し、ボディの壁や屋根が開いてステージになる仕掛け。背景がゆっくり立ち上がったり、電飾のデザインが点滅したり、にぎやかに見せてくれる。台湾にはこんな移動舞台車がたくさんあり、全国をまわってお芝居や歌謡ショーが開かれているという。やなぎみわさんも、これを使って演劇公演を行っている。港都150年芸術祭の最終日、10月15日(日)にはこのステージでやなぎさんのトークショーが予定されている。

神戸開港150年記念
港都 KOBE 芸術祭
2017年9月16日(土)~10月15日(日)

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2017年10月 7日 (土)

セザンヌとゾラの奇妙な友情

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 マティスが「絵の神様」と崇め、ピカソが「我々の父」と敬愛したポール・セザンヌ。没後110年トいうことで映画『セザンヌと過ごした時間』が作られた。まぁ110年はこじつけでしょうけど、おもしろい映画でした。セザンヌがこんなに激しく野卑でプライドの高い偏屈人間だったとは。パリの画壇から身を引き、生まれ故郷のエクス=アン=プロヴァンスで隠遁したような生活を送った画家。きっと物静かで哲学的思考に耽るタイプだと思っていた。大間違いでした。でも作品からみると、このほうが納得です。

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 大成功した小説家のエミール・ゾラと、名声を得たのは死後だった近代絵画の父セザンヌ。二人は小学校のころから共に遊び激しくケンカをし、芸術家として励まし合い傷つけ合いながら数十年友情を育んだ親友だった。お互いの家族のこと、家庭のこと、喜びも悲しみも・・・他の誰にも理解できない天才同士の奇妙な距離感と親和力で結びついていたのだと思う。そして結果として、二人とも偉大なことを成し遂げた。

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 印象派が生まれたころからの美術史をなぞりながら、観るのも楽しい。モネ、ピサロ、ルノアール、モリゾ、絵具屋のタンギー爺さんや画商のヴォラールまで出てくる。監督・脚本のダニエル・トンプソンが15年間の膨大なリサーチで歴史的事実を発掘し、長年の夢を映画化したこの作品。オリジナルタイトルは日本語にすると『Sezanne et Moi (セザンヌと私) 』。なので、主にゾラの視線からセザンヌを描いている。わたしたち観客はまるでゾラの横で眺めているようなリアルさで創造の苦悩を一緒に体感することになる。時空を超えた感覚。演出の力ですね。

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 プロヴァンスで撮影された映像がまたすばらしい。まぶしい陽光、赤土の崖、松やオリーブの木々、そしてサント・ヴィクトワール山。セザンヌの名画そのままの世界がスクリーンに再現されている。初めてパリへ出た時のモノクロの雨のシーンも効果的だった。撮影のジャン=マリー・ドルージョもすごい力量だ。もちろんセザンヌ役のギョーム・ガリエンヌ、ゾラ役のギョーム・カネをはじめ、フランスの実力派俳優たちの熱演があってこその映画の成功。これを観たらセザンヌの聖地をめぐりたくなってきました。

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2017年10月 4日 (水)

世界的なアーティストも参加!

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 神戸市も開港150年記念ということで、力を入れているのだろう。実績もなく1回きり、1ヶ月だけ、のアートフェスティバルだけれど、有名なアーティストも参加している。そのうちのいくつかをご紹介します。
 まず最初に植松琢磨の『world tree』。ハーバーランドのアンパンマンミュージアムの先の岸壁にそびえ立っている。このツリーは150年間世界中から受け入れてきたいろんなヒトやモノや文化の集合体をイメージしたもの。港の意義のシンボルだ。

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 新港第一突堤には新宮晋の『ウインドキャラバン』が。この作品はアート鑑賞船からも見られたが、せっかくだからみなと温泉蓮の横を通り過ぎていちばん先端まで歩いていく。だだっ広い石畳に黄色いフラッグを付けた支柱が21基。潮風をはらんでタテ、ヨコ、ナナメに回転している。世界を舞台に風や水で動くオブジェを作り続ける、新宮さんらしいスケールの大きい作品です。海から山へ風が吹き抜ける、神戸らしい自然を身近に感じられる作品です。

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 KIITOのずっと海寄り、神戸三宮フェリーターミナルのビル屋上には椿昇の『POST PARADISE PROJECT(prototype_01)』が設置されている。宇宙船の着陸艇か?タイムマシンか?深海潜水艇か? なにやら不思議なオレンジ色の物体が着陸している。天国の後、というのが何を意味しているか。ここまで文明化が進んだ私たち人類は、これから未知の領域へ向かわざるを得ないのでしょうか。
 ご紹介したこれらの作品は、アートフェスティバルが終わった後もずーっと設置されているのでしょう。ぜひそうあって欲しい。

神戸開港150年記念
港都 KOBE 芸術祭
2017年9月16日(土)~10月15日(日)

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2017年10月 1日 (日)

神戸港を舞台に芸術祭

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 神戸開港150年を記念して開催されているアートフェスティバル、「港都 KOBE 芸術祭」。神戸港やポートアイランド、空港島に22作品が展示・設置されているが、もっとも神戸らしさを感じるのが、アート鑑賞船で海から作品を観る企画です。中突堤中央ターミナル「かもめりあ」の前から乗船し、約45分で10作品を観ながら港内をめぐる。川崎造船で修理中の自衛隊の潜水艦や、運が良ければポートターミナルに入った大型クルーズ船も目にすることができる。

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 沖合いのコンクリート係船杭の上。西野康造の『風になるとき』や小清水漸の『150年の水を漁る』は、陸からは決して見ることができない。さまざまな金属やガラスなどの素材を使って、カモメや浮き球をモチーフにした神戸ならではの立体造形。これらの作品は、たぶん芸術祭の開催期間が終わってもずーっと残されるでしょう。そうすると風雨にさらされて、ますます良さが増しそうです。ま、見るには遊覧船に乗らなければいけませんが。

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 立ち入り禁止の新港第2突堤の先には、大型コンテナが積み上げられている。その海側の側面に世界各地の子どもたちの顔が。井上廣子+井上凱彦建築計画事務所の作品『風の回廊』です。世界の人やモノが入ってくる。日本各地の人やモノが出ていく。港は今でこそ飛行機にその地位を譲りつつあるが、船しかなかった時代はまさに交流の玄関口。その独占的地位は失われたとしても、これからも重要性は続くでしょう。未来のつながりの象徴が、子供たちの笑顔とコンテナでしょうか。

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 スウェーデンの女性アカペラグループ・クラヤの歌声が聴こえ出したと思ったら、予告もなしに静かにコンテンポラリーダンスが始まる。ダンスボックスというグループの『ダンスの天地』。パフォーマンス中にもかかわらず、「アンタ、これアートなん?」とアーティストに問いかける人。演技が終わってからにしろよ、と言いたいが、関西のオバちゃんパワーに圧倒されて沈黙。船から、そして船の中で。コンパクトにアートフェスティバルを楽しめました。
 
神戸開港150年記念
港都 KOBE 芸術祭
2017年9月16日(土)~10月15日(日)

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