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2017年8月

2017年8月29日 (火)

キレンゲショウマの黄色

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 宮尾登美子さんの「天涯の花」で有名になったキレンゲショウマ。ユキノシタ科の多年草です。白い花が咲くレンゲショウマに姿が似ていることから名づけられたそうだが、レンゲショウマはキンポウゲ科。四国の剣山や石鎚山、紀伊半島の大峰山、九州の祖母山や洞岳や白岩山に自生するが、鹿による食害と生育地の斜面の崩落などで数が減ってきているという。この絶滅危惧種の美しい花が、六甲高山植物園で見頃を迎えている。植栽されたものでは日本最大の群落だという説明がありました。

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 鮮やかなレモンイエローの花。ツボミがふくらんだときが特に美しい。花というよりは、黄色トウガラシや黄色パプリカのような艶があり輝いている。柔らかい花びらの感じではなく、果実や野菜のようなどっしりした硬さを感じさせる。
 キレンゲショウマは四国や九州、紀伊半島などにぽつりぽつりと飛び飛びに生育しているが、こんな状態を隔離分布と呼ぶらしい。そして国外でも朝鮮半島南部や中国東部に分布していて、日本が大陸とつながっていたことの証明にもなっている。氷河期の貴重な生き証人なのだ。

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2017年8月26日 (土)

手塚治虫の天才を再認識

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 六甲アイランドの神戸ゆかりの美術館で開催されている「手塚治虫展」。生きているうちから『マンガの神様』と呼ばれていた手塚さん。昭和3年(1928年)11月3日に生まれ、平成元年(1989年)2月9日に亡くなる、まさに激動の昭和を生きた巨人です。ストーリーマンガ、アニメーション・・・。先駆者としての苦闘と表現アイデアが見て取れるいい展覧会です。

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 小さいころから絵が好きで、戦時中も教官に隠れてマンガを描いていたという手塚さんのプロデビューは、まだ医学生だった17歳のとき。そして60歳で死ぬ直前まで描いていた直筆原稿まで、生涯にわたる膨大なマンガやアニメーションのなかから約150点の原画・映像・資料を展示して、その偉大な足跡をたどっている。

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 「ジャングル大帝」、「鉄腕アトム」、「リボンの騎士」など少年少女向きから、「火の鳥」、「ブッダ」、「ブラック・ジャック」など大人も対象にした奥深いテーマを取り上げたもの。そして晩年の「陽だまりの樹」や「アドルフに告ぐ」など、つねに第一線で活躍。日本のマンガ、アニメを世界のトップへ押し上げた最大の功労者だ。

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 戦前の漫画から戦後のマンガへ。ストーリー展開。コマ割りの革新。擬音語の強調。すべて手塚さんが生みだした。おかげで後の作家たちも見事に育った。生命の尊厳や反戦をテーマにしたスケールの大きい作品は、もし長生きしていたノーベル文学賞を受賞していたのでは、と思わせる。(ボブ・ディランも受賞してるんだし) それはさておき、もし手塚治虫という天才がいなかったら、日本の文化はもっと貧相だったに違いない。

手塚治虫展
2017年7月8日(土)~8月31日(木)
神戸ゆかりの美術館

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2017年8月23日 (水)

ボローニャ絵本原画展

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 今年もボローニャ国際絵本原画展が西宮の大谷美術館で始まりました。さまざまな国のそれぞれ固有の文化・社会的背景を持ったアーティストたちが表現する絵と物語世界。毎年とても興味深く見せてもらっている。その技法もアクリル、グアッシュ、色鉛筆、コラージュ、刺繍、スタンプなど多彩だ。最近の傾向としては、デジタル技術がいろんな局面で使われていることが挙げられる。アイデアをカタチにしやすいことに加え、あとの出版への便利さも優れていて、デジタル化は時代の流れでしょうね。

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 絵本の原画だから、小さい子にも理解できる内容であるべきだ。しかし、社会常識という固定観念に縛られる前の子どもには、柔軟で自由な空想力という武器がある。それによって瞬間的に大人よりずっと深く本質を理解することもあるのだ。絵本を作るってほんとうに難しいと思う。子ども向けだからって馬鹿にしてかかると、逆に子どもに馬鹿にされる。ここには幸いそんな駄作はなく、力のこもった作品ばかりだ。

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 イタリアやフランスをはじめ、ハンガリーやリトアニア、イランや台湾、ブラジルやコロンビアなど61ヵ国3,368の応募から、日本人6名を含む26ヵ国75作家が入選。さすがにどの作品もお国柄や作家の個性などオリジナリティ豊かで、じっくり楽しみながら鑑賞できる。5点組の展示なので、ある程度のストーリー展開も想像できる。(子どもには負ける?) 
 小学生でしょうか、10歳ぐらいの子が何人もひそひそ話したりメモを取ったりしながら鑑賞していました。夏休みの課題になっているのかも知れません。楽しそうでした。


2017イタリア・ボローニャ国際絵本原画展
西宮市大谷記念美術館
2017年8月19日(土)~9月24日(日)

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2017年8月20日 (日)

アイルランドの美しいアニメです

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 世界で最も美しい本と言われるのが、アイルランドの国宝 『ケルズの書』。この実在の装飾写本をめぐる少年修道士ブレンダンの冒険を描いたファンタジーが、トム・ムーア監督のデビュー作「ブレンダンとケルズの秘密」です。Photo ちなみに昨年公開され話題作「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」は、この後に作られたムーア監督の第2作目。
 舞台はバイキングの襲来におびえる9世紀のアイルランド。ケルト文化特有の渦巻きの文様、森の動物や植物、妖精や伝説の怪物があらわれる物語世界。なにより絵の魅力と演出のテクニックが斬新な、見たこともないアニメーション映画です。そしてこの映画は、ある国・地域の固有の文化を掘り下げた優れた表現は、人類共通の宝物であり世界に通じる普遍性を獲得するということの、すばらしい証明でもあります。

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 絵はディズニーやジブリのように洗練されていない。人物も紙を切り抜いたようなペラペラな表現で、顔と体の向きもヘンだ。森の木々も型紙をペタペタと置いていったような類型化の繰り返し。でもこれは下手なのではない。あえて平面的に、装飾的に、文様的にしているのだ。きっと絵画技法を歴史的に研究した賜物の表現で、東方教会のモザイク画やイコンを彷彿とさせる。すごく美しい。説得力がある。新鮮な感動を与えてくれる。これ、決してほめすぎではありません。

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 9世紀の出来事を、まだ透視図法が発明される前の中世絵画を意識した画法で描く。とても論理的に考えられている。輪郭線を強調しているのも効果的だ。そして光と影の表現もうまいし。そしてスピード感がある21世紀ならではの演出で、最後まで一気に引っ張っていく。新たな才能との出会いでした。
 アイルランド・・・緑色がナショナルカラーで、クローバーがシンボルで、セント・パトリックが守護聖人の国。素晴らしい音楽と相まって、これ以上のアイルランド賛歌は作れないでしょう。そしてまだまだ発展するアニメの表現、その可能性は限りないと思いました。

Secret of Kells
ブレンダンとケルズの秘密


 

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2017年8月17日 (木)

世界報道写真展が指し示すもの

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 もう終わりに近いが、「世界報道写真展 2017」が梅田のハービスHALLで開催されている。報道写真は世界を映し出す鏡。戦争やテロ、難民や貧困などをテーマにした作品がじつに多い。たしかにこの一年のニュースを振り返ってみても、シリア、IS、イラク、ソマリア、リビアをはじめ、心が痛む悲惨な出来事をたくさん思い出すから当然か。なんか他人事のような言い方しかできない自分が情けないけれど・・・。
 悲劇の本質を一瞬に伝えるシンボリックな作品は、いい報道写真の王道だ。まさに百聞は一見に如かず。しかし、そんな作品を撮るためには、その場にいないといけない。そのために毎年何人かのカメラマンが犠牲になるのも心が痛む。

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 アメリカ・ルイジアナ州で黒人青年が警察官に射殺された。その抗議デモで、警備の警官隊の前に静かに立ちふさがる女性。場違いとも思える優美なドレス、その毅然とした姿は見るものに感動を呼び起こす。暴力には暴力を、という連鎖を断ち切る力強いメッセージが込められている。根深い人種差別の風土を変えるのに武力はいらない。武装した警官隊に、あえて丸腰を強調するコスチュームで。天安門事件で戦車の前に立ちふさがった青年を思い出しました。報道写真の枠を超えて、本当にすぐれた作品だと思う。

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 以前に比べて少し減ってはきましたが、環境問題、野生動物保護をテーマにした作品もがんばっている。捨てられた漁網が絡まったまま泳ぐウミガメ。猛吹雪のあと地面を埋め尽くすチョウの死骸。密猟者の犠牲になったサイ。
 報道写真という性格上、どうしても暗く、重く、深刻な作品が多くなるのは仕方がない。普通で平凡で幸せなシーンはニュースにならないですからね。でも、だからこそ、一目見ただけで気持ちがパッと明るくなる、楽しくなる、勇気づけられる、そんな写真を撮れるカメラマンの出現を待っています。そして新聞やテレビに取り上げられて報道写真展で入賞する時代が来ることを!

変えられた運命
世界報道写真展 2017
2017年8月8日(火)~8月17日(木)
【大阪展】 ハービスHALL

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2017年8月14日 (月)

文化財を戦火から守れ

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 第二次世界大戦で京都や奈良が空襲に会わず、神社仏閣や古い街並みが残ったのは、米軍が文化財を保存するため爆撃対象から外したから。という話は小さいころから聞かせれていた。その話の根拠と思われる、日本において空爆すべきでない151ヵ所を挙げた「ウォーナー・リスト」を核に、文化財保護のために奔走した人々を追ったドキュメンタリー映画『ウォーナーの謎のリスト』を観ました。監督は金髙謙二さん。新藤兼人のお弟子さんだそうです。

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 このリストを作ったラングドン・ウォーナーと協力した朝河寛一。世界に誇れる古書店街・神田神保町を空襲から守ったと言われるセルゲイ・エリセーエフ。全米の公文書館、図書館、美術館に残る資料をもとに30名に上る証言者が隠された史実を語る。
 毎年この時期になると、終戦秘話や原爆投下をテーマにした映画やテレビ番組がたくさん作られる。戦争の罪、生命の尊さ、あるいはヒロイズム。この映画はそれら軍人・政治家を主役とした作品とはちょっと違った視点で、文化財=人類共通の宝を戦火から守る学者たちの活動を追う。

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 彼らの尽力がどこまで有効だったかは不明だ。だが、そんな意識を持てる人を生み出す教育、そんな発言が許される社会が、当時のアメリカにはすでにあったということ。敵国の文化を守れ!なんて当時の日本では考えられないでしょう。こんなところにも国の底力の差は現れていたのだ。
 戦後70年以上をかけて築き上げてきた、自由、人権、文化を大切にする今の社会。でも近ごろ少し様子が変わってきたのが気掛かりです。自由に発言でき、反対意見も認め、みんなで議論しながら物事を決める成熟した社会システムを、これからも守り続けていってほしいと願います。

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2017年8月11日 (金)

JUN TAMBAの鉄の彫刻

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 県立美術館の近く、岩屋のBBプラザ美術館で「拡がる彫刻 熱き男たちによるドローイング」展が開催されている。設計図に当たるドローイングと彫刻作品を同じステージで展示する企画。植松奎二、JUN TAMBA、榎忠の三人のアーティストによる連続展である。いまはJUN TAMBAさんの展示。観に行ったときが、たまたま作家によるトークイベントに当たり、考えられないほどラッキーな体験でした。しかも観客は三人。作品を触ったり、質問をしたり、とても親密にお話ができました。

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 アイデアが生まれた時のこと、制作の苦労話、技術的な工夫など・・・それぞれの作品の横で話していただくから良く分かる。「へえ!」「なるほど!」と驚いたり感心したり。鉄の棒や鉄板でできた抽象彫刻にもかかわらず、横たわってる女性や歩く人、大きな帽子をかぶったパリジェンヌなどが眼前に立ち現れる。温め中のアイデアや将来やりたいプロジェクトまで聞かせていただき感激です。「新作のためのファンドを立ち上げられたら、ぜひ一口乗ります」とみんな約束しました。

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 玄関ロビーにも作品が常設されている。鉄が持つ重厚さ、鉄が持つ柔軟さ、鉄が持つ強靭さ。「彫刻は立体、ドローイングは平面」という既成概念を超えて創り出す新たなイメージが魅力です。JUN TAMBAさんは神戸大学人間発達環境研究科教授。塚脇淳さんと言っていたのが2015年からJUN TAMBAさんにアーティスト名を変えたそうだ。なぜ変えられたのか、そこのところは聞き忘れました。

拡がる彫刻
熱き男たちによるドローイング

BBプラザ美術館
・植松奎二 7月4日(火)~30日(日)
・JUN TAMBA  8月4日(金)~27日(日)
・榎 忠 9月3日(日)~28日(火)

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2017年8月 7日 (月)

なんと緻密な!バベルの塔

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 旧約聖書「創世記」の有名なエピソードをテーマに、ブリューゲルが描いた名画『バベルの塔』。壮大かつ緻密。わずか横59.9×縦74.6cmの絵だけれども、その中に約1,400人(誰が数えたんだろう)の建設で働く職人たちがきわめて細密に描かれている。ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館から持ってきたブリューゲルの代表作。
 最近フランドル、ネーデルランドの美術がブームでしょうか、よく展覧会がありますね。余談ですが。

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 イタリアへ勉強に行ったときに見たローマのコロッセオをヒントにしたと言われる、この巨大な構造物。レンガや漆喰を使い、クレーンを駆使した16世紀ネーデルランドの建築技術を正確に伝えている。木材で足場を組んで上へ上へと天に向かっていく人間の情熱を正しく描写している。
 この画家の作品は、子供の遊びや農民の暮らしを克明に描写し、歴史資料としても重要な役割を果たしている。彼の観察力、描写力は他の追随を許さない。

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 聖書で言う。昔、人々が天まで届く塔を建設しようとした。しかしその野心が神の怒りを買い、統一の言葉を話していた人々の言語をバラバラにされた。意思疎通ができなくなった人々は散っていき、ついに塔は完成しなかった。
 そんな物語を最新の科学と技術を取り込んで表現する。神に対しては冒涜かもしれないけれど、当時のサイエンスの勝利を誇らしく感じていたのでしょう。

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 じつはブリューゲルはもっと若いころ、もう一枚の『バベルの塔』を描いている。その作品はサイズが4倍くらいあるが、存在感では圧倒的に負けている。バベルの物語を主役にした絵が、塔そのものを主役にした絵に進化しているのだ。単なる想像図から、情熱のシンボルを欲する人類の業を表現する哲学にまで至っている。いろんな見せる工夫が企てられた、この展覧会。必見ですよ。

「バベルの塔」展
2017年7月18日(火)~10月15日(日)
国立国際美術館

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2017年8月 4日 (金)

愛しのエスプレッソ

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   黄金の円柱がそびえ立つ。そのてっぺんには羽を広げた鷲なのか、鷹なのか・・・ 格調高いこの物体は一体何なのでしょう?
 はい、松本にある大型ショッピングセンター「INOUE iCITY21」の中にある「キャラバンコーヒー」店内で遭遇した大型・業務用のエスプレッソマシンです。
 なんと、日本には今や3台しかないレトロなレア物のマシンだとか! 大きな買物袋を提げてふらりと立ち寄ったカフェで、ひょこっとお目にかかれるなんて! ラッキーです。
 もちろん製造元のイタリア国内でも、今ではもう滅多にお目にかかれない名器なのでしょう。
 このマシンがよく見れるカウンター席に陣取ってカフェを注文。サーブしてくださるスタッフの手元をまじまじと見つめる。と、心はイタリアに飛んで行く?
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   空前のコーヒーブームと言われる現在の日本ですが、主流はあくまでドリップコーヒー。でもイタリアではカフェと言えばエスプレッソコーヒーを意味します。大きな図体のおじさんがふらりとカフェに立ち寄り、カウンターに肘をついてバリスタに合図。するとすぐさま“あ・うん”の呼吸ですくっとマシンを操る・・・。イタリアでバリスタと言えば、それはもう大変な技術を要する職業です。お客さんの好みを熟知。だからこそ客は毎日のように同じカフェに通い、一杯のカフェをあっという間に飲み干し、満足感たっぷりに立ち去る・・・。またね!もちろん、明日も、いえ、ひょっとしたら今日の夕方、いえお昼も?
 イタリアの粋なカフェ文化を支えるマシン。エスプレッソツールの専門メーカーである「BEZZERA」(ベゼラ)は1901年にLuigi Bezzeraが、現在の全てのエスプレッソマシーンの原型となるコーヒーの急速抽出の技術を世界で初めて発明したことで知られる老舗メーカーだとか。今日でもミラノの熟練工によって製造され、世界中で高い評価を得ているそうです。
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   一方このお宝マシーンを所持しているキャラバンコーヒーもこれまた凄い!
 1928年に横浜で創業開始。日本人にとって全く新しい飲み物であったコーヒーを啓蒙し、販売していく長い道のりを「Caravan」と言う社名に込めたとか。決して早くはないけど、実直に堅実に進んで行こうと言う強い意思。
 コーヒーを心から愛して来た人々の深い想いが一杯のカップの中に。「有難うございました」と笑顔を向けてくれたスタッフに心の中で一言。「マシーンの洗浄や管理、きっと大変なのでしょうね。また必ず来ますから!このマシーンで美味しいカフェをまたお願いしますね!」

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2017年8月 1日 (火)

戦国の悲劇を歩く

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 先日、「祠峠講座」という催しに参加してきました。旧安曇村・大野川から旧奈川村に抜ける鎌倉街道を歩き、ここを舞台にした戦国時代の悲話を聞きながらゆかりの神社跡を巡るというもの。「山歩きができる服装で」とは聞いていましたが、約7kmの行程を6時間かけて歩く予定なので、すこし軽く見ていた。ところが実際に歩いてみると、ヤブ漕ぎあり、足元が崩れるガレ場あり、滑りやすい急な崖ありで、大変なルート。まさに道なき道、ケモノもめったに通らないケモノ道を行く。

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 戦国の悲劇の主人公は三木(姉小路)秀綱とその奥方。秀吉に抗ったため攻められ落城。飛騨の国から信濃の波田へ落ち延びる途中で命を落とす。Photo_8 二人は2ルートに別れて北アルプス越えを敢行するが、いずれも落ち武者狩りにあい、非業の死を遂げる。手を下した奈川の豪族が、たたりを恐れて秀綱神社を建てたという言い伝えの舞台。
 峠に到着すると、傾いた鳥居は残っているが社殿は崩れ落ちていた。ただしこの神社は梓神社。そしてここから奈川寄りには、崩れた住居跡がぽつりぽつりと現れる。

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 このあたり、なぜ廃墟になったのか、と言えば、その道が使われなくなったから。なぜ使われなくなったのか、と言えば、ダム湖ができて通り抜けできなくなったから。Photo_10 通り抜けできなくなった住民たちは集落を出て行った。そして住宅も神社も打ち捨てられ、建物の残骸だけが残り、その住居跡も草に覆われ土に帰ろうとしている。祠峠を奈川側へ険しい道を下り、やっと秀綱神社を見る。この社も住民が集団移住した下流の波田に神さまを移し、空っぽの社と拝殿が残るのみ。

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 原因となった東京電力の奈川渡ダムの建設は、戦国時代から続く歴史からみると意外と最近というべきか、まだ50年ほど前のこと。昭和42年ごろに奈川村の集落が水没により住民が移住。安曇村の集落もダム湖によって生活圏が分断され、人が住まなくなった。Photo_9 いまは朽ち果てた家屋の残骸も秀綱神社も、廃墟マニアには魅力的かもしれないが、なにせガイドさんなしでは遭難してしまいそうなわかりにくい場所。歴史ロマンよりアプローチの困難さが勝る。ちょっと観光資源にはなりづらいか。
 今回は「祠峠講座」のおかげで貴重な体験をさせていただいて、感謝です。

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