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2017年2月 3日 (金)

なぜ神は沈黙しているのか?

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 もう50年も前になりますが、遠藤周作の「沈黙」を読んだ静かな感動は、今も生々しく記憶に残っている。マーティン・スコセッシ監督の「沈黙」を観終わったときに感じた気持ちは、その時の感覚にとても近かった。そして原作や日本人に対するスコセッシ監督の深いリスペクトが感じられてとてもうれしかった。たぶんこの映画を観た人はみんなそれを感じたに違いない。上映中にも関わらずあれこれしゃべっていた後ろの座席の夫婦を含め、誰も立ち上がらない。誰も話をしない。まさに、沈黙ーSilence なのです。明るくなってからも静かに静かに退席する。映画館ではちょっとない光景です。

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 舞台は江戸時代の初めごろ、キリスト教弾圧が頂点に達した九州。「隠れキリシタン」、「踏み絵」、「転ぶ」など、イヤな言葉が生まれたイヤな時代のことです。こんなにも苦しんでいる人々がいるのに、なぜ神は現れないのか、なぜ救ってくれないのか、なぜ沈黙しているのか。殉教者の栄光と棄教した弱き者の苦しみ。神は人間に何を求めているのか? 「殉教したら天国へ行ける」という考えは、現代のイスラム戦士とおなじなのでしょうか? 宗教あるいは神にまつわる普遍のテーマです。

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 スコセッシ監督は弾圧を加えた当時の為政者を一方的な悪とは描いていない。キリスト教を禁止したのは、日本の伝統・文化・社会を守るため。踏み絵を踏むのは、より多くの命を救うため。みんなそれぞれに理由がある。キリストが十字架にかかったのは、そんなすべての人を救うためではなかったのか。創造者である神と救済者であるキリスト。カトリックの教義はわかりませんが、宣教師ロドリゴが自分の信仰心について苦悩するはよくわかる。

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 善と悪、強さと弱さ、多数派と少数派、裏切りと自己嫌悪。窪塚洋介、イッセー尾形、塚本晋也、浅野忠信など日本の俳優たちも、難しい役柄を自然とあらわれたようなすごくいい演技をしていたのが印象的だ。ハリウッド映画でヘンなニホンを見かけることも多い。でもこれは良かった。日本語のセリフ、時代劇のコスチューム、ロケ地の台湾の自然環境を含めて、まったく違和感なく見られたのもスコセッシ監督の敬意が感じられました。
 終わってしばらく沈黙のなかにいる映画は久しぶりです。深いテーマだけに一度ゆっくり租借しなおさないと言葉にできませんでした。

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