« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

2016年2月

2016年2月27日 (土)

SHUNGAと書く展覧会

Img_4634
 日本が世界に誇る美術、文化でありながら、SHUNGAと書かなければいけないのは悲しい。(もちろん小さく春画展と入っています) 春画という文字だけを見て「反社会的で公序良俗を乱す犯罪だ」という決めつけは、明治以降に始まったこと。そして名品の多数が欧米にわたり、彼の地での高評価が逆輸入されて日本人がその価値に気づく、というのもよくあるパターン。ちなみに2013年から14年に大英博物館で開かれた春画展が大好評だったそうだ。
 日本では『芸術新潮』などで特集号が出たりはしていたが、本格的な展覧会は今回が初めて。特定の読者だけを対象にしたものから、もっと広く一般の目に触れるものへ。やっと、という感じです。ただし18歳未満は入場できません。

18
 昨年の秋、東京の永青文庫で開催された展覧会が、いま京都の細見美術館で開催中。しかし開催を引き受けてくれる美術館探しには苦労したと聞きます。その苦労の甲斐があって会場は大変にぎわっている。しかも6割以上は女性客。日本人の性に対する意識もずいぶん変わってきたようです。ミュージアムグッズが飛ぶように売れていたのも印象的でした。
 展示作品は狩野派や土佐派、円山応挙、喜多川歌麿、葛飾北斎などのそうそうたる顔ぶれの名品、傑作がそろって見ごたえがある。また表現手法も肉筆画の屏風や浮世絵版画、綴じて本に仕上げたものなど多彩。江戸時代のご先祖のおおらかさとユーモアのセンス。あらためて高い文化度を感じました。

SHUNGA 春画展
細見美術館
2016年2月6日(土)~4月10日(日)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月23日 (火)

火星ひとりぼっち

Photo
 マット・デイモン主演の宇宙サバイバルSF映画『オデッセイ』。原題は『The Martian』、火星人です。火星探査のメンバーの一人が、事故のためたった一人で取り残される。みんなは彼が死んだと思っていたが、じつは生きている。そして知恵を絞ってサバイバルして助けを待っている。Photo_5
 まぁ予告編を見た段階で、おおよそのストーリーがわかってしまうから、観てもブログには書かないだろうと思っていた。でもやはり火星の風景映像のすばらしさ(行ったこともないのに良さがわかるのか!)、きちんと科学に裏付けられたストーリーのディテール(科学のことは知らない文系のくせに!) を見せられると、書かないわけにはいかない。ちょっと中国を良く描きすぎているのが気に食わないが。ハリウッドが中国市場を重視しているのだろう。これも近未来の姿?かもしれないね。
 

Photo_2
 火星の砂漠地帯はヨルダンで撮影されたようだ。もちろん遠景の高い山などはCGでしょうが、赤っぽい土の色が、とても火星っぽくていい。そして月とは違って遠いから、すぐに救出に向かっても数年かかる。だから生き延びるためには、水、空気、電気,そして食料がいる。基地に残されている物資は、それまでもたない。ではどうするか? 彼は知識をフル動員してそれらを作り出す。なんと!ジャガイモまで育てるのです。家庭菜園ならぬ火星菜園。Photo_3 通信手段も必要だから工夫する。この映画はシチュエーションを火星にして、くじけない気力、あきらめない心、前へ進む努力、決断する勇気などなど、アメリカ人の美徳が描かれたヒーローもの。
 監督は『ブレードランナー』や『エイリアン』のリドリー・スコット。さすがうまく作っている。最近こんなリアルなSFの名画が増えているが、この映画の位置づけは『ゼログラヴィティ』より未来で『インターステラ』よりも現代に近い、そんな感じです。そう考えると、火星へのパック旅行も夢ではないようですね。しかし往復するのに何年もかかる旅行なんて、どうなんでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月19日 (金)

六甲の森を守る

Photo
 六甲山のハイキングコースを歩いていると、「森の世話人」と書かれた看板を見ることがある。我が家からまっすぐケーブル山上駅に向かって登る油こぶしコースでも、いろんな企業や市民団体が世話をする区画に森の世話人の立て看板がある。ササ刈りや植樹、ドングリ集めやツル切りなど、森を活性化する作業です。Photo_4 山林は自然のままにおいておくと荒れ果てる。人間が的確に手を入れることによって、生命力あふれた美しい自然が保たれる。
 でも正反対の意見もある。人間が手を加えず、荒れ果てるのならばそれもよし。自然のサイクルではそんな見え方の時もあり、人間の基準で美しい自然だとか豊かな植生だとか言うのは、思い上がりも甚だしい。自然は人知を超えた大きな流れの中で営まれているのだ。と、まぁ厳密に考える方もいらっしゃる。その意見もよくわかります。わかるのですが、結局自分が見て聞いて感じて理解するしかないのだから、私は美しいほうがいいです。

Photo_2
 この「森の世話人」の仕組み、運営しているのは国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所。六甲山に無数のコンクリートの塊・砂防ダムを作り続けているところです。では森を守る取り組みは、せめてもの罪滅ぼし? お役所はそんなことを考える思想は持っていません。「六甲山地の斜面を樹林帯として守り育て、防災機能の強化をはかる」、というのが大義名分です。昭和13年の阪神大水害で、六甲山もふもとの三宮や神戸の街も大変な被害を受けた。(親からも聞いた話) そんな災害から街と住民を守るために、ダムも作るし植樹もする。アレ、聞いてみれば首尾一貫している、ような気がする(かな?) 

Photo_3
 いまの時点ではいいことをやっていると思う「六甲グリーンベルト整備事業」。参加している企業や団体を紹介しておきます。アシックス、神戸製鋼所、住友ゴム、UCC上島珈琲、ネスレジャパン、ダイワハウスなどの企業。それにブナを植える会、カナディアン・アカデミー、パブティストなどの学校や団体。COOPさんや関西スーパーなども関わっているようです。多くの人たちの努力で守られている自然環境。たくさんの人たちが参加できるこんな仕組みはいいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月16日 (火)

書写山円教寺の特別公開

Photo
 姫路市の書写山円教寺。標高371mの山上に位置する西国第二十七番のお寺で、正しい漢字は書寫山圓教寺と書くらしい。むずかしい。康保3年(966年)に性空上人が開いたと伝わる天台宗の別格本山で、国や県の重要文化財に指定された伽藍が多く、「西の比叡山」と称される。推定樹齢700~800年という杉や檜のうっそうとした森の中に、摩尼殿、大講堂、食堂(じきどう)、常行堂、開山堂、鐘楼などが立ち並び、その周辺には精進料理がいただけるたくさんの宿坊が。

Photo_2
 このような観光パンフレットに書いてある説明をなぞるよりも、トム・クルーズや渡辺謙が出演した映画『ラストサムライ』のロケ地、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。いや、この映画も若い人は知らないかも。時のたつのは早いものです。あの弁慶もここで修行していた時期がある、なんていう話にいたっては、「なんやの、それ」のひと言で終わってしまう。

Photo_3
 さて、その山上の霊場にいまだけ特別公開されている仏像や絵巻物がある。摩尼殿では本尊の六臂如意輪観音や脇で守る四天王が3月31日まで、奥の院の開山堂では、開祖の性空上人像が同じく3月31日までの土・日・祝に公開されている。播州書寫山縁起絵巻は長さ25mもあり、この全体を広げて展示されているのは圧巻だ。なにしろ期間限定の特別公開という言葉に弱いもので、つい足を運ぶ。でも、ほとんどの場合ああ見に来てよかったと思います。

Photo_5
 開山堂の軒下の四隅に左甚五郎の作と伝えられる力士の彫刻がある。ものすごい形相で屋根を支えていて、さすが!と思わせる迫力だ。ただし左甚五郎作と伝えられる彫像は全国にたくさんあり、あまりにもリアルな出来映えからさまざまな伝説が残っている。ここの力士も四人のうち北西隅の一人が、重さに耐えかねて逃げ出したという。左甚五郎の真贋はともかく、作品としてのすばらしさと、一体が抜けているというユーモア感覚も楽しめました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月13日 (土)

早春の樹には黄色い花

Img_4526
 なぜだろう? 春先に咲く樹の花は黄色が多い、と感じませんか。理由はまだ解明されていないようですが。寒いなか「まんず咲く」からマンサクと名付けられた、という説もあるマンサクをはじめ、ロウバイ、サンシュユ、レンギョウ・・・。受粉の媒介をするアブやハエなどの昆虫じゃないけれど、色彩の少ない山野で黄色い花はよく目立つ。

Photo_3
 黄色い花を求めて、まだ冬枯れの神戸市立森林植物園へ行ってきました。ロウバイが花盛りで、あたりに何とも言えない良い香りをただよわせていた。受粉を助けてもらう昆虫を引き寄せるには、色も大切だけれど匂いもきっと大事なのだろう。フェロモンと匂いが関係あるのかどうか知らないけれど。

Photo_4
 あ、それからロウバイって蝋梅と書くんですね。最近知りました。老梅という字が勝手に頭の中に巣くっていたため、老人を差別しているようでなんとなく口に出すのをためらっていました。実際この花をよく見ると、半透明でにぶいツヤがあり、花びらの表面にうっすら蝋を引いたように見える。悪く言えば艶消しのプラスチックでできた造花のよう。不思議な質感です。

Photo
 これは黄色じゃないけど、春は黄色に一足遅れで白い花も多い。おもしろい樹形に白いかわいい花をたくさんつけた灌木を発見。説明プレートによるとミツマタ。和紙の原料になるコウゾ、ミツマタと習ったあのミツマタです。この細い枯れ枝にびっしり花をつけた姿は、かなりのインパクトがある。背丈ほどの、樹としては小さいけれど存在感は大きいものがある。

Photo_2
 ぐっと近づいて見ましたが、少し下向きに咲いた花には細かい産毛がある。エーデルワイスみたいに。この小さな花の一つ一つにさらに小さい花がたくさん集まってこの花を構成している。初めて見るので、これが咲いているのかツボミの状態なのかさっぱりわからない。色もまだグリーンから白に変わる途中なのでしょうか。すごく清涼感があって美しい。
 まだ葉をつける前で、冬芽がふくらんだのを見に行く時期に見られる花。それぞれに個性的でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月10日 (水)

人間、個人、自由、表現

Photo_2
 神が主役の中世から、人間が中心の近代へ。ルネサンスが果たした役割はとても大きい。そこから知性・人権・自由の近代思想が生まれた。(ただし西洋中心の考え方)。その人間主義も500年も経つと金属疲労を起こしているのかもしれない。
 そんな状況からアートの世界では個人を消し、匿名性が前面に出す方法が出てきた。北野謙の作品は、「ラマダン明けの礼拝に来たイスラム教徒38人を重ねた肖像(女)」や「天安門広場を警備する陸軍兵士24人を重ねた肖像」など、無個性化していった先に現れるアイデンティティを表現した作品がおもしろい。それぞれの個の人間性は消えてしまうのだが、その属性あるいは彼らが所属する社会や組織の本質がかえって強く浮き上がってくる。ドイツ現代写真の巨匠・ベッヒャー夫妻がガスタンクや給水塔の写真を何枚も重ねて近代工業主義の本質をあぶりだしたように、宗教や思想や民族の歴史を表面化させることに成功している。

Photo_3

 オノデラユキの「古着のポートレート」シリーズ。ここでは、もはや美術の対象である人間すら消えてしまっている。しかしその古着が示す存在感は、なまじ人間が登場するよりはるかに雄弁に人間を表現している。どんな人が着ていたのか、この服を着てどんな人生を送ったのか。長く着たものには魂が宿る、というが、まさに肌のぬくもりまで感じる作品です。人間の不在によって、人間を表現する。かなり高度な手法だと思います。
 これらの現代アート作品は、安易な感情移入を拒否しています。人間という物体、生命のイメージを、そこに価値観を持ち込まず、ただありのままに提示することによって、観るものに判断をゆだねる。それが現代の表現なのかもしれない。

エッケ・ホモ ECCE HOMO
現代の人間像を見よ
国立国際美術館
2016年1月16日(土)~3月21日(月・祝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月 7日 (日)

この人を見よ、という展覧会

Photo_3
 ECCE HOMO エッケ・ホモ。ラテン語で「この人を見よ」と言う意味だそうだ。ローマ帝国のユダヤ総督ピラトが、裁きのあと改めてイエスを民衆に引き渡すときに言った言葉、と新約聖書に出てくる。処刑を決めるのはオレじゃないぞ、オマエたちユダヤ人なんだぞ!と、ピラトは責任逃れをするのです。泰西名画のモチーフにもよく使われました。そしてニーチェの思想・哲学がよく反映された自伝的著作の書名でもある。
 さて、国立国際美術館で開催中の『エッケ・ホモ ECCE HOMO 現代の人間像を見よ』という展覧会。どんな意図があるのでしょうか。

Photo
 人間を見る、人間を理解するということは、ルネサンス以降の流儀としては全人格的な人間の尊厳に注視する、そんなアプローチ、表現が続いていた。いわば神に代わる人間を目指す、といったところ。しかし20世紀の世界大戦を経験すると、そんな理想主義的な人間観が崩壊してきた。で、新しい時代の人間像を探るアプローチは、見る側の価値観を廃して冷徹にかつ淡々と見る方法。美と醜、善と悪、老と若、男と女・・・それらは見る側の主観が入って、人間そのものを見ていない。手は手、眼は眼、足は足でしかないのだ。
 オルランが自身の整形外科手術を撮影した14点の組み写真「これが私の身体・・・。これが私のソフトウェア・・・」。ローリー・トビー・エディソンが超肥満体を撮影したシリーズ。人間というよりも、物体や機械の部品のように感じる。このアプローチで人間存在の意味を再構築できるのでしょうか。

エッケ・ホモ ECCE HOMO
現代の人間像を見よ

国立国際美術館
2016年1月16日(土)~3月21日(月・祝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月 4日 (木)

奈川では珍しい樹氷です

 Photo
 美しいでしょ。信州奈川で標高1,200~1,400mあたりにだけ樹氷がついている。それも5日ぐらい、融けずにずーっと。朝日が当たるとキラキラと輝いて、スワロフスキーをいっぱいぶらさげたツリーのようです。これは冬にはほとんど降らない雨が原因。雨が凍ってツララのように枝からぶら下がっているのです。それがいつまでたっても融けずに残っている。今まであまり見たことがない光景です。

Photo_2
 奈川高原は寒冷地だから、もともと冬はサラサラの粉雪しか降らない。そんな雪は木の枝に積もっても風が吹いたらすぐに飛ばされる。この時期には珍しい雨だったが、ゲレンデはもっと標高が高いから雨ではなく雪が降ったのでしょう。だから樹氷はつかない。下の村は雨が降って枝にツララがついても、すぐに融けたんだと思う。こんな推測をしてみましたが、はたしていかに。さまざまな条件が重なってこんな現象が起こったのでしょうね、としか言いようがない。

Photo  
 この標高のあたりだけ、いつまでもこの珍しい樹氷が残っているなんて! 微妙な気温の違いや日照の差で、こんな局地的な現象が起こるのでしょうが、もしかしたら3月下旬から4月のはじめごろ、暖かくなったけど寒い春先には見られるのかもしれない。でも、その時期に奈川に来たことがない。なにしろ桜が咲くのはゴールデンウィーク明けなのですから。
 ま、理由はどうあれ、身近なところでこんな絶景が見られるなんて幸せです。あなたも探してみてはいかがでしょうか。

| | コメント (2)

2016年2月 1日 (月)

アンジェリカの微笑み、の魅力

Photo
 新開地のアートビレッジセンターで、ポルトガル映画『アンジェリカの微笑』を観ました。これはマノエル・ド・オリヴェイラ監督が101歳の時に製作した、耽美的で不思議な愛の物語。
 若くして亡くなった美女の写真撮影を依頼された写真家がカメラを向けたとき、その奇跡は起こる。白い死に装束に身を包んだ絶世の美女アンジェリカが写真家に微笑みかけるのだ。幻か?現実か? 一瞬にして恋に落ちた写真家は、この世とあの世を行き来しつつ、苦悩の日々を送る。人間が肉体で存在する世界と、魂で存在する世界。その境界は越えられるのか? 生死を超えた純粋な愛は存在しえるのか?

Photo_2
 ちょっとよしもとばなな的なストーリーが、美しい映像美とショパンの音楽にのって静かに進行する。ワイナリーのブドウ畑で働く肉体労働者たちとの対比。象徴的に扱われる下宿の大家が飼う小鳥。生と死、枠に囚われた肉体と魂の自由な飛翔。聖書やルノアールやシャガールのイメージも取り込み、官能的な幻想譚を見事に終幕に持っていく。
 世にも美しく、世にも奇妙なアンジェリカとイザクの物語。あまり広く公開されていませんが、機会があればぜひご覧になってください。

マノエル・ド・オリヴェイラ監督作品
アンジェリカの微笑

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »