« 雪ダルマ制作器? | トップページ | 横尾忠則の涅槃 »

2015年3月 3日 (火)

映画 「もうひとりの息子」

Photo
 2012年のフランス映画 『もうひとりの息子』。公開されたときに見てなかったので、民族学博物館の「みんぱくワールドシネマ」という専門家による解説付きの映画会で鑑賞しました。とても知的で冷静な、しかも希望に満ちた映画でした。メディアに対するテロへの怒り、ISの残虐性への非難。イスラム系市民に対する報復ともいえるような嫌悪と排斥が渦巻く今では、とても制作できなかったのではないでしょうか。わずか2~3年のあいだに、中東を取り巻く状況があまりにも変わってしまったことに愕然とする。
 赤ちゃんの時に産院で取り違えられて成長する物語では、『そして父になる』を思い出す。血か?育ちか? どちらが大切かを考えさせられる。血液鑑定やDNA鑑定が行われるようになってから、このような事件が発覚するようになったのは世界共通だ。いくら病院が謝罪しても、当事者には死ぬまであるいは死後も深い傷を残すことだろう。どちらの映画も彼らの将来をあいまいなままにして終わる。責任を持って結末まで描けないから、そこは観客の想像力に期待するカタチを取らざるを得ないのではないでしょうか。
Photo_2  育つ家庭によって子どもは大きく変わるのは当然だが、『もうひとりの息子』はユダヤ人とパレスチナ人の家庭で育つという、いま考えられうるもっとも深刻な問題を抱えてしまう。親か子かというより、敵か味方か、殺すか殺されるか、の関係。宗教、言語、属する社会のあまりの違い、不寛容と偏見の壁。
 この困難な状況から最初に立ち直ってくるのは、双方の母親。やはり母と子の絆はなによりも深く強い。子を産み育てたお互いへの共感と敬意。そして過酷な運命にとまどいながらも現実を冷静に見つめ受け入れていく高校生の息子たち。そこにパレスチナ問題の解決にむけたかすかな希望を感じる。ぎこちないけれど自分の頭で考え行動していくことができる二人からは、そのように立派に育てられた家庭の環境がうかがえる。そんななかで一番ダメなのが父親たち。頑迷で変革を恐れ、それまでに築き上げた家族の歴史や社会の仕組みから踏み出して、新たな世界をつくっていこうという勇気がないのは大人の男たち。いやぁ確かにそんな側面はあるでしょうね、残念だけれど。ちなみにこの映画の監督は女性です。

|

« 雪ダルマ制作器? | トップページ | 横尾忠則の涅槃 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/180264/61210099

この記事へのトラックバック一覧です: 映画 「もうひとりの息子」:

« 雪ダルマ制作器? | トップページ | 横尾忠則の涅槃 »