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2015年1月18日 (日)

阪神淡路大震災から20年

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 三宮の東遊園地。まだ暗い午前5時46分。20年目の追悼行事には夜来の雨も止んで、たくさんの人々が訪れました。(報道によると約1万4千人。夜9時までには10万人を超えたそうだ) 「命」「勇気」「こころ」「祈」「希望」「生きる」「笑顔」・・・さまざまな言葉が書かれた約1万本の竹灯ろうにローソクが灯され、大きな『1.17』が浮かび上がる。
 ついこのあいだの出来事のように思えるが、震災の年に生まれた子供たちが今年は新成人になった、とニュースで聞くとやはりずいぶん月日が流れたと感じます。そして災害を体験した人がだんだん少なくなり、そのうち風化していく。日本人は忘れやすいから、ではダメだと思う。大きな苦難を教訓にして、次の災害に備えるためにその経験や記憶を役立てないと、犠牲になった6千数百人は浮かばれないだろう。

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 はたして東北の大震災、津波、原発事故で、阪神淡路の経験は生かされたでしょうか。大勢のボランティアが集まったのは、生かされた例。とくに若い人たちが会社を辞めて、大学を休学して、全国から駆け付けた。それも自分の喜びとして。生かされなかった例は、「復旧」「復興」と声だけ大きく、以前と同じ発想の土木工事に予算をつぎ込む政府。被災した住民の意思や暮らしより、数字や統計が大事なのかもしれない。
 結局、被災した住民は自分自身で生活を建て直し、心の傷を修復し、なんとか自力で前に進むしかないのでしょうか。高速道路、埋め立て地、無秩序な宅地開発、防潮堤、避難計画の不備、原発の安全神話を作り上げた責任はだれ一人とらず、個人の生活は自己責任で、なんて笑い話にもならない。

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 地震、台風、豪雪、火山の噴火。いつどこで災害が起こっても不思議でない国土に住んでいる、という自覚を一人一人が持ち、自己防衛をはかるしかないようだ。ボランティアさんがつくる炊き出しの温かい豚汁にホッとしながら、そんなことを考えた。国や行政は頼りにならないが、身近にいる名もなき市民が互いに助け合う。これが日本の素晴らしさだと思う。逆にそれに頼るしかないというのが弱点でもありますが。
 まぁそんなグチをこぼしても、哀しくなるだけなのでやめておきましょう。選挙でそんな政治を選択しているのは私たち自身なのだから。いま生きている幸せを感じること、それは、亡くなった人々からより良い社会を作り上げていく責務を託されたことと表裏一体のことだと思います。よほどしっかり生きて行かなくちゃね。

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