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2014年5月 7日 (水)

プライベート・ユートピアの続き

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 グローバル化やソーシャルメディアの発達によって私たちは今、ユートピア的世界に生きています。(Utopia=どこでもない場所)。それは個(Private)として成熟しながらも、隣り合う細胞のように分かちがたく結びつき、自ずとルールを生成しては価値観を共有する、ここであると同時にどこにでもつながっている世界です。
 以上は、今回の展覧会の趣旨を書いた文章で、ホームページやチラシで読めます。まぁ難しい理屈は評論家に任せるとして、オモシロイ!と感じた作品をいくつか紹介したいと思います。まず最初に、これはどう思います? デイヴィッド・シュリグリーの「アイム デッド」。犬のはく製(?)が I'M DEAD と書かれたプラカードを掲げて立っている、という立体作品。そりゃ死んでるだろうよ、キミは。(この画像はビルの玄関先に立っていますが、実際は広い展示会場の真ん中にポツンと立っている) 私たちも現代の社会システムの中で、自信を持って「生きている」と言えるだろうか。むしろ「死にました」と開き直ったほうが「生きやすい」のか。ブラックジョークです。

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 マーカス・コーツの自画像シリーズも面白かった。これは『カゲロウ、その亜成虫 小麦粉と水による自画像』。体中に水で練った小麦粉を塗り付けて撮影した自画像です。同様に『エビガラスズメ蛾の幼虫 シェービング・フォームによる自画像』や『ヒオドシ蝶、シータテハ蝶の幼虫 砂糖による自画像』。さすが英国は文学の国、『無題』などという無粋な作品タイトルはありません。言葉によるイメージの喚起も作品を構成する重要なファクターだと考えているのでしょう。
 それにしてもセルフポートレートがここまで来るか!という驚き。感動すら覚えます。一瞬、本人には見えないけれど、本人以外の何者でもない。だから自画像なのだ。外見は衣服のようなもので、魂というか人間の本質はこんな姿かもしれない。この表現は自画像というジャンルにまったく新しい地平を開いたと言える。ほかの人はもう決してこの手は使えないけどね。

伊丹市立美術館
プライベート・ユートピア ここだけの場所
2014年4月12日(土)~5月25日(日)

 

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