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2013年11月

2013年11月30日 (土)

ルミナリエ、今年も!

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 今年もルミナリエが開催される。資金不足でもう打ち切り、と毎年言われていますが、まずは良かった。で、いま準備も追い込み中。イタリアからやって来たスタッフが何人も忙しそうに働いている。
 この光の祭典は阪神淡路大震災の年の12月に始まって、今年で19回目。毎年テーマを決めて新たにデザインするので、前の年のセットを置いておくわけにはいかない。新しく作ったパーツをイタリアから船便で送ってきて、デザイナーやスタッフもイタリアから何日間も泊まり込みでやって来て作業をする。まぁ、言ってみれば効率の悪いやり方をしている。でも、それがかえっていい味を出しているとも言える。
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 クレーン車の上で作業をする人、下から指示をする人。開催日まであまり時間がないのでみんな真剣です。このルミナリエ、よくよく見ればかなりローテクです。枠は木で作り、白いペンキ塗り。針金でいろんな方向から引っ張って支えている。光もLEDではなく、赤、青、緑、黄色、白の5色の電球でアラベスク(?)模様をつくる。こんな手作り感がこころあたたまる祈りの芸術に昇華しているのでしょう。
 今年のテーマは『光の記憶』。「忘れることのできないあの日。神戸に輝く光の星空は、かけがえのない記憶のかけら。ぬぐいきれない悲しみと未来への希望が、今も混在している。光は、記憶そのものなのだ。」 ディレクターのヴァレリオ・フェスティの言葉です。

神戸ルミナリエ
2013年12月5日(木)~12月16日(月)

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2013年11月27日 (水)

ベン・シャーンの魔法の線

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 いま伊丹市立美術館で開催中のベン・シャーン展。サブタイトルに「線の魔術師」とついています。ベン・シャーンは1930年代から60年代にかけて一世を風靡したアメリカの画家。何をテーマに描いたか、という前にパッと見の斬新さ、力強さに驚いたものです。とにかくカッコよかった。この震えるような独特の線に強い影響を受けた画家やデザイナーは、ウォーホルをはじめアメリカでも日本でもたくさんいる。なかでも和田誠さんは、若いころシャーンを真似たような線で絵を描いていた。私より一世代前の人たちにとっては憧れの存在であり、神様のようにあがめられていたのだ。というわけで、私自身は流行に乗り遅れたような思いから、あまりじっくりベン・シャーンの作品を見たことがなかったのです。
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 で、今回いい機会だと思って伊丹へ出かけたわけ。良かったです。この展覧会を見て、彼が社会性の強いテーマの絵をたくさん描いていたのがわかりました。たとえばビキニ沖の水爆実験で被災した第五福竜丸を扱った「ラッキードラゴン」シリーズやケネディ追悼シリーズ、マフィアの獄中シリーズ。そしてリトアニア出身のユダヤ人家庭に育った自身の文化的背景から、ドレフュス事件シリーズや「マルテの手記」シリーズ、旧約聖書シリーズなどなど。どれも迫害や抑圧に対する人間の尊厳を問うもの。社会の動向を鋭く見抜く洞察力と、弱者に寄り添うやさしい眼差しがあふれた芸術です。
  わたしは 憎むものを描く。
  わたしは 愛するものを描く。
これはベン・シャーンの言葉。これもカッコいいでしょ!

ベン・シャーン展 線の魔術師
伊丹市立美術館
2013年11月2日(土)~12月23日(月・祝)
10:00~18:00 月曜休館

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2013年11月24日 (日)

高みの見物、がグランプリ

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 若い女性グループが、健康そうな老夫婦が・・・。秋晴れの青空の下、自然の中でみんな楽しそう。それも子供じゃなく、大の大人。ここは六甲山カントリーハウスの大芝生広場。フィールドアスレチックで遊んでいるように見えますが、からだ全体でアート鑑賞をしているところ。Hidemi Nishidaの作品『ガーデン・スカイ』です。
 「六甲山の秋空に腰掛けるための環境芸術作品です。いつもと異なる視点で六甲山を見渡してください」と、説明にある。アート作品って、手を触れないでください、写真を撮らないでください、と偉そうにもったいぶっているのが多いけれど、芸術はもっと身近なものだと思うから、この作家の姿勢は素晴らしい。現にみんな喜んで腰掛けている、いや自分自身の芸術を楽しんでいる。これこそホントの参加型のアートだ。
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 芝生と植栽の間に点在する、高さ2mぐらいの木でできたソファ。わずかこれだけ視点が高くなっただけで、こんなに世界が変わるとは! 新大陸の発見のような驚きです。 まるで雲に乗ったみたい。それに吹く風も爽やかだ。新発見ってもうほとんどないと思っていたけれど、じつは身のまわりにいくらでも転がっているのかもしれない、と目からウロコの思いでした。色はソファ部分が白、それを持ち上げている支柱とソファへ上る階段が黒。いたってシンプルなこの無彩色の組み合わせがいい。自然の中にヘンな色を持ってこれないでしょうから。もしかしたら周りに溶け込む迷彩色・柄ならマッチするかもしれないけれど、それもなかなか難しいでしょう。
 私たちもここに腰掛け、持ってきたお弁当を広げ、ゆったりと特等席を満喫しました。誰からも愛され、誰もがアートを体感できる『ガーデン・スカイ』。見事、六甲ミーツ・アート 2013の公募大賞グランプリに輝きました。

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

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2013年11月21日 (木)

青空に、足がニョキッ!

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 なに、これ! 赤いヒールを履いた巨大な足が2本、芝生広場から青空に向かって突き上がっている。5m以上はあるだろうか、白い大根、いや失礼、立派な足を誇らしげに露出している。北川純の作品「風のいたずら」。こんな風に足を強調されると、エロチックな感覚はいっさいなくなる。あるのは旺盛な生命力のみ。これはこれでいいのだが、超リアルな巨大な足が地面からニョキッとそびえたっていたら、もっとショッキングでおもしろいのになぁと妄想するのでした。
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 作家によると、六甲山の風がいたずらをしてスカートをめくろうとする光景を巨大な動く彫刻で表現したのだそうだ。たしかに、そばに寄ると何枚かの薄い生地でできたスカートが風に吹かれてゆらゆら動いている。マリリン・モンローはNYの地下鉄の風でスカートがめくれたが、この大柄な彼女は自然のそよ風で揺れている。
 スカートめくりというのは世の男性にとって、永遠の夢なのでしょうか。小学校で終わったわけではなく、表に出さなくなっただけに過ぎないのか。こんな男性の一方的な視点だけでは世の中なりたたないのではないか、と考えさせられます。

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

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2013年11月18日 (月)

木の強い女性は美しい

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 「気の強い女性」の誤字ではありません。飯沼英樹が木を彫って作り出す力強い「木の女性」たちです。街角で会話するファッショナブルな女性。ビーチでくつろぐ水着の女性。現代をしなやかに、したたかに生きる姿がよく表現されている。木から彫り出され、いまの空気を吹き込まれ、その辺にいるカッコいいお姉さん、という顔で広場に存在している。デフォルメされいかにも作り物っぽいのに、とてもリアル。不思議です。
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 これらの作品は、荒々しいタッチ、アニメキャラクターのようなビビッドな、しかしマットな彩色。彼女たちの内面のたくましさと凛とした美しさを表現するにはピッタリの技法でしょう。それにこの作家、デッサン力と人体をとらえる感覚が素晴らしい。まるでマティスを見るようだ、と言っても決して言い過ぎではないと思う。ちょっと褒めすぎたでしょうか。
 遠くから見ると周囲から浮いてしまったオブジェと感じていたが、近付くにつれて周りの雰囲気に違和感なく溶け込んでいった。はて、なぜだろう? それはきっと作品が持つパワーが磁場のように周囲を取り込んで、飯沼英樹の世界を現出させているからではないでしょうか。雨の日やビル街の中でこれを観てみたい、そんな感じを抱かせる魅力的なアートでした。

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

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2013年11月15日 (金)

クワクボリョウタの新展開

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 『影像』という言葉はクワクボリョウタの発明だろうか。暗い展示室の壁に、動く影絵でさまざまなイメージを表現する独自のスタイル。昨年の越後妻有トリエンナーレや六甲ミーツ・アートで見て感動したのが、鉄道模型を使った抒情的な作品。走る機関車のヘッドライトに照らされたいろんな極小のモノの影がまわりの壁面に拡大され、走るにつれてダイナミックに変化していく様が映し出され、あたかも列車の窓から外の風景を眺めている気分にさせてくれる名作でした。夜汽車で一人旅をしているかのような、と言っても夜汽車の窓からは外は真っ暗なんだけど、懐かしく寂しいけれどちょっと幸せな感覚を呼び起こしてくれた。影には潜在意識の底に沈んだイメージを浮かび上がらせる不思議な力があるようだ。
 今回の新しい作品は「忘れ物取扱所 lost and found 」。建物の奥の奥のそのまた隅の方に歩いていくと、忘れ物取扱所という真っ暗な部屋があり、そのなかで四角がいっぱい連らなった『影像』作品が上映されている。とてもわかりづらい場所です。わざとでしょうけど。
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 彼の作品の面白いところは、その仕掛けをすべて見せるところにある。直進性の強い光源から照射された光が、バネや松ぼっくりや、待ち針や回転する円盤やらの影を、四角いマドが切ってある金属板を通してまわりの壁に映し出す。すると元の小物からは想像もできない豊かなイメージが湧き上がる。ユラユラと、あるいは激しく動く『影像』。色彩がないからよけいにイマジネーションを刺激するのでしょう。
 「忘れ物取扱所は、普通は何を探しているかを知っている人たちが訪れる場所です。しかしここは、並べられた作品やそれらの作る影像を眺めながら、新たに何かを忘れたり思い出したりするための、記憶の取扱所です。」と説明ボードに書いてある。私たちも脳の底に沈殿した古い古い記憶の断片と、思いがけない対面を果たすかもしれません。

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

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2013年11月12日 (火)

バラバラにされた小便小僧

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 高山植物園のいつもの場所に、いつもとはガラッと違うカラフルなストライプの小便小僧ことジュリアン坊や。積層材から切り出したようでとても美しい。ポップでキュート、ジョジョジョッと大量のおしっこも爽快だ。これは袴田京太朗の作品「ジュリアンーScatter 」.。見慣れた像というのは、二宮金次郎も招き猫もある意味キッチュな記号になってしまっている。ビートルズのアルバムジャケットに福助が出ていたように。だから芸術とはいちばん遠い場所にある。でも、このジュリアン君のようになればどうでしょうか。立派にアート作品になっています。
 どこにでもある、どこでも見かけるカタチが、新鮮な驚きを与えてくれる。イヴ・クラインのミロのヴィーナスと同様、アートにはこんな方法もあるんだなぁと感心させられました。
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 これ、じつは像の身体(おしっこも)を、MRIで輪切りにしたようなアクリル板を貼り合わせてできている。隣の温室にはカラフルな輪切りパーツがいっぱい吊り下げてあるので、見逃さずに。バラバラになっているこれらを貼り合わせると、池の小便小僧と同じものができるそうだ。そして下に立っているのが、いつもは前の池でおしっこしている本物のジュリアン君です。六甲ミーツ・アート期間中はしばらく持ち場を離れているものの、彼もアート作品の一部となっています。

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

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2013年11月 9日 (土)

宇宙人の痕跡、ではない

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 樹々の下や遊歩道の草陰で、ミステリーサークルのように配置された銀色の謎の物体が・・・。UFOの基地か、はたまた古代の遺跡か。スミマセン、まるでひところ流行ったTV番組の予告のような書き出しになってしまいました。これらはJomi Kimの作品で、六甲高山植物園とオルゴールミュージアムの敷地内の計3ヶ所に、ひっそりと佇んでいる。作品名はそれぞれ「untitled -forest-」、「untitled -pond-」、「untitled -field-」。
 このuntitledという作品名、「作家は何も方向性を示しません、観る人が勝手にイメージしてください」という、無責任なような、鑑賞者の自由を最大限尊重するような、ケッタイなネーミングだ。現代アートではよく見かける手口です。最初に作品名をつけなかった作家は独創的でエライと思いますが、後のuntitledはものまねでしょう。この作家さんは、森や池や野原を付けているのでいいですが・・・。
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 不思議な質感のこの素材は、アルミホイルだそうだ。きっと指でくちゅくちゅと揉みこんだのでしょう、ツヤツヤじゃない鈍いつや消しの静謐な美しさ。決して冷たくはなく、と言うよりも冷たい温かいなどの感覚を超越した物質を感じる。そしてこの小ささがいい。まるで天体の運行を司る神になったような気分にしてくれるから、逆に大きなスケール感がある。
 ミクロとマクロ、過去と未来。相反するふたつの概念を内包するカタチは、歴史時代以降の人間の理解を超えるパワーを持っている。だからつい宇宙人の仕業か、と思ってしまうのかもしれません。ストーンヘンジやネイティブアメリカンの環状列石に、言葉で表せない感動と畏敬の念をおぼえるのは、DNAに刷り込まれた遠い過去の記憶のせいでしょうか。地球の生命は宇宙からやってきた、という説も100%は否定できない気がしてきました。

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

 

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2013年11月 6日 (水)

電線に巻きつかれた樹

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 異様な雰囲気が視界に飛び込んでくる。それは黒い太い電線でぐるぐる巻きにされた樹の姿。田原唯之の作品「盲目」です。私たちが便利で快適な生活のために、自然を痛めつけていることをシンボリックに表現している。樹が自然を象徴し、電線が文明のシンボルとなる。ただしこれだけでは新しいメッセージがないから、アートとしては成り立たない。
 この作品を見たとき、「盲目」というタイトルに最初あれっと思いました。単純な環境保護をテーマにしたのではなかったのか。そして、そのあとじっくりと考えさせられたのです。
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 「電力という人為の象徴が自然の樹木を締めつける様は、我々の盲目的な眼差しを開いてはくれないでしょうか」と解説にある。
 人間が、あるいは人間が作り上げた文明が自然を痛めている。だから人間は自然を保護し守らなければならない、という論理で自然環境問題を語るのは間違いだと思う。それこそ人間の思い上がり。自然は人間に簡単にコントロールされるほどヤワではない、のではないだろうか? 津波や竜巻、土石流など、人間社会に対する地球のリベンジとでも言いたい事象が目立つようになってきた。地球環境問題、温暖化問題、原子力の問題…私たちが信じていた価値観が大きく揺らいでいる現代。こんな時代こそ物事の本質を見る目が必要になる。だから本質を考えるきっかけとなるアートが力になるのではないか、そう願っています。
 できれば100年後、200年後のこの作品を見てみたい。この樹は枯れてしまっている? あるいは大きく成長し、縛っていた電線は朽ち果てている?
 

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

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2013年11月 3日 (日)

モリアオガエルとして生まれ変わるとせよ

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 森の中で、しかも樹上で生活するモリアオガエル。もちろん六甲山にも棲んでいます。池に張り出した樹の枝に、白い泡の塊のように産卵する。このモリアオガエルの卵=泡を、ここに拡大して作っている。Photo_2新山浩+神戸市立科学技術高校による「モリアオガエルとして生まれ変わるとせよ」。ちょっと気持ち悪いぶつぶつした形状が、泡でできた卵をよく表現している。じっさいの卵も泡だったような白黄色で、小さなエイリアンが隠れていそうな気持ち悪さだ。おまけに触ればべとべとしている。
 入り口のポスターの文章から抜粋します。「六月になると 美しい緑で体を覆われた彼らは 泡状の卵を樹に産みつける 卵から孵ったオタマジャクシを蛇やイモリが待ち受ける 難を逃れた彼らは親蛙となり やがて森へ姿を消してゆく (その後の彼らの生態は謎である)」。
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 六甲山に現れた巨大な卵の中を通り抜け、モリアオガエルに生まれ変わった気分と世界の見方で外に出よう、というわけです。薄暗い内部は上からかすかな光がさし、ゲーコゲコ鳴き声が聞こえる。上には親蛙も一匹います。Photo
 同じくポスターからの抜粋。「鑑賞者は 卵に貫入した入口を見つける おそるおそる中に入ると ほのかに薄暗い 無数に輝く明かりは これから生まれくる命である 親蛙の声も聞こえてくる 『さぁ 外の世界へ』と 偶然に居合わせた鑑賞者は それぞれが美しい色彩を帯びたオタマジャクシである この卵は生まれ変わりの装置 やがて あなたは 街へ姿を消してゆく そして これから待ち受ける幾多の困難や危険から逃れ あるいは闘い生きてゆく (その後のあなたの生態は謎である)」。

六甲ミーツ・アート 2013
2013年9月14日(土)~11月24日(日)

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