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2013年3月24日 (日)

南相馬で考えたこと

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 「ボランティア保険では放射能による被害は保障対象外ですが、きょう作業していただく地域では心配ないと思います」。南相馬市のボランティアセンターのオリエンテーションで聞いた言葉です。作業する場所は小高区の吉名という地域。昨年4月に立ち入り禁止区域が解除され、昼間だけ入れるようになったところ(旧警戒区域内と呼ぶそうだ)。夜は滞在できないため、住む人はいない。水道は復旧していないし、トイレは車で10分ほど走ったところにある仮設トイレ。ガレキの片付けとゴミ出しにうかがったこのお宅のご家族も、作業の立ち合いのためにこの日は仮設住宅から戻って来たそうだ。
 現場に近づいてわかったのだが、このあたりは津波の被害にはあわなかったようだ。家々もちゃんと立っている。ただし塀が倒れたり、屋根瓦が落ちたり、壁がひび割れたり・・・よく見ると地震の揺れによる被害があったのが見てとれる。郵便局や役場があり、ガソリンスタンドや商店の看板。どこにでもある小さな町だ。ただ違うのは人の気配がないこと。町の中心部にも人っ子一人いない。犬や猫もいない。不気味な静けさが辺りをおおっています。

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 家のまわりは除染されていても、周囲の山林は手付かずなので雨が降ると汚染された水が流れてきてまた線量が上がる。そうかといって山や森を除染するとなると、途方もない手間と費用が掛かる。どうすりゃいいの? 住民の皆さんは「本当に帰宅できるのか?」、「帰宅できるとしてそれは3年後なのか、10年後なのか、50年後なのか、はっきり教えてほしい」と思っている。政府はそれに明確に答えられない。「精一杯努めます」的な話を聞いても、戻れるのか?去るべきか?気持ちは揺れるばかりでしょう。
 「この地区は人が住めないので土地も家も国が買い上げる」「この地区は3年で完璧に除染します」と、政府ができるだけ早く決断する必要があるのではないでしょうか。故郷を捨てろ、という宣言は残酷ですが、いつまでも淡い希望を持たせ続けるのはもっと残酷なような気がします。でも、放射能があっても元の場所に住みたい!という個人の思いはどうするの? 現地でそんなことをつらつら考えました。ほんとうに難しい問題ですが、急がなければ。

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