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2008年1月26日 (土)

スペインの新聞が見た奥脇さん 1

_edited1_2  昨年の初夏、1ヶ月あまりスペインのサラゴサで個展を開いた奥脇孝一さん。その展覧会「HANA」を絶賛する新聞記事がいっぱい掲載されたことは、以前にもお知らせしました。いま「PAXREX STYLE」展で、それらの作品を展示していますので、奥脇夫人が翻訳してくださいました2紙の記事を、あらためて紹介させていただきます。今回は、まずCHUS TUDELILLA氏の書いた記事です。

『 花の色 』
奥脇の花は、この上なく洗練された美をあらわにしている。1

 ギャラリー スペクトリュム ソトスでの日本の写真家・奥脇氏のゆったりと連続して並べられた花の写真には、HANAというタイトルが付けられている。万物に永遠はない、ということをシンボリックにあらわす短命な花の美しさは、時を越えて今ここに留まっている。全ては消え去り、花の色も、そして人生も過ぎてゆく。奥脇の写真は、モノの魂の奥深いところを感じ取る日本文化特有の感性を表現している。それは自然によって心が打ち震えるのを感じ、歳を経てこそ得ることができる静かなメランコリーを分かち合うことでもある。
 この日本人の詩人の内にあるメランコリーの象徴は、明らかに華麗なる開花だ。しかし、それは桜の儚さ。奥脇孝一は花を撮る。ただひたすら花を撮る。壊れやすいものの中にある美を感じ、その世界を直接表現するのに、花に勝るものはない。Photo_3 一瞬、彼の写真がカール・ブロスフェルトの写真と関係あるように見えても、基本的な違いがある。 ブロスフェルトの方法は、感傷的な映像を断ち切ることで成り立っているが、奥脇の視点は、彼自身の感覚的体験からきている。
 白い空間の上に花、葉、茎、そして耳飾のようなツルが独特な光の中で、濡れたように姿を現す。このアーティストは正面からクローズアップして、茎や美しくカールしたツルの自然の幾何学と戯れる。それはアールデコを想起させる。シンプルな一枚の葉が、女性的官能を形作っている。細い茎の力が調和した形の中で、花の重さ、芽、おしべ、茎、そして葉を、いろんな線の集まりを支えているのだ。Photo_4 そして、それはたった一つの作品の中にあるのだ。
 奥脇は、彼の作品に白黒以外の色を必要としない。計り知れない洗練された美を見つけ出すために、目に見えない光を使うことで十分なのだ。だから背景には白、花には並外れた色調を表す黒を選んでいる。その白と黒の中には、自然から、そして豊かな人生経験から、奥脇が得たノスタルジーがあり、喜びがある。観る者に与えるアーティストの感情が現像化されるまで、花の代わりに彼自身がその中にいるのだ。それは、自然の儚さの上に深く導かれる瞬間であり、私たちをより感動させる花の原理を、彼の存在によって伝えているのだ。日本の奥脇は、明かされていない自然の仕組みを誇っている花々のメッセージを捉え、花と対話することによって原初的な自然の魂のレベルを上げている。   CHUS TUDELILLA

 

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コメント

大絶賛ですね〜! スゴいです。スペインも、アートが大切にされているところなんでしょうね。きっと。

投稿: Vn | 2008年1月26日 (土) 15時48分

古くはベラスケスやゴヤ、20世紀にはピカソ、ミロ、ダリを輩出したスペイン。おっしゃるように、きっとアートを楽しむ伝統も、アーティストを育てる厳しくも温かい環境も整っているのでしょうね。
そんなスペインで高く評価されるには、並大抵の才能ではおぼつかないと思います。奥脇さんのオリジナリティが認められたことは、本当にスゴイことです。

投稿: ひろパパ→Vnさんへ | 2008年1月27日 (日) 13時17分

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