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2007年5月

2007年5月29日 (火)

フィガロの誘惑

一枚の雑誌の写真・・・  “フィガロって誰? イケメン? ”残念でした。今回登場のフィガロは、雑誌「FIGARO」の事。1996年、何と今から10年以上前に「FIGARO」の特集で、美しい田舎町の一つとして紹介されたトスカーナの町「ルッカ」。この写真を目にした時、一瞬にしてけいママは“この風景に恋をした!” いつかは行くぞ!と瞳はキラキラ。そしてフィレンツェ滞在中に、そりゃ行きましたとも。ルッカの並木道ただ夢が叶う瞬間が、ちょっと怖かった。だってよくあるでしょ? 実際に行ってみたら「な〜んや、しょうもないわ〜。」という観光名所・・・。何処とはいいませんけど。。。“フンフン、で? どうだったの?”・・・う〜ん、ルッカを語るけいママの表情を見て貰えれば、一目瞭然なんですけどね。うっとり夢心地、乙女のような・・・(ちょっとあつかましい。)
 町をぐるりと取り囲む城壁、その上に4㎞にも渡って続くこの並木道、雑誌の写真が撮影された頃ほどには、まだ緑が茂ってなかったのですが、そこを行き交う人々の何とも満ち足りた表情。乳母車を押した若いママさんと老夫婦が、すれ違いに「チャオ!」
そう。96年の『フィガロ ジャポン』で紹介されていて・・・ この町に暮らすと、毎日この並木道を散歩するよね、そりゃ。そして気持ちも優しくなるよね。マロニエ、プラタナス、ライム・・・。たくさんの木々の、季節毎の移り変わりを見て、感じて、日々が過ぎていく・・・。茂みの下でお弁当を広げている植木屋さん達にも出会いました。どうか、この美しい町が、永遠でありますように。
 ところで我々の滞在中、フィレンツェに観光旅行にきた友人、「私、ここ行きたいんだけど。」と取り出した切り抜きは「あらあ! あんたもかいなあ〜!」・・・。同類が居った! 10年以上あたため続けた・・・恐ろしや、「フィガロの誘惑」!っと、もう少し「ルッカを」語らせていただけるでしょうか? 次回に続きます。

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2007年5月25日 (金)

旅人とビザンティン

飛行機が海を越えて、異国の空にたどり着いた時、
眼下に広がる世界に、いつも胸がときめく。
つかの間ではあるけれど、旅という時の流れに身を委ねよう。
昨日までの日常を忘れ去ろう。
机の上の乱雑な書類を、しばし片隅に追いやるように。
Photo_438  今回“赤松章写真展”のブログに登場していただいたみなさま…キーワードは「ビザンティン」でした。その美を求めて旅立った方、あるいは偶然に引き寄せられた方。
かたくなに“神”を描こうとしたビザンティンは、決してルネッサンスのように華やかな美術ではありません。過去において未熟と評された時代も。けれど人々は気付き始めたのです。忙しい現代を生きる我々が、ともすれば忘れがちな、ひたむきでピュアで素朴で慈愛に満ちた美を持つ、それが「ビザンティン」だと。Photo_443 そして皮肉な事に、宗教の流れをよく知る欧米人よりも、むしろ遠い異国に暮らす我々が、よりその美を、たやすく理解し得る。それは浮世絵にも似た、遠近法とは無縁の美…。はい、マダムひろこの言われるペタン!我々日本人の持つDNAに、見事に反応するものだと…。 今や資料としても貴重な赤松章写真集「ビザンティン美術への旅」の巻末で、日本におけるビザンティン美術研究の第一人者「益田朋幸氏」が、やさしく解説してくださっています。
_edited1_34  今回、日本初のその展覧会を、神戸の小さなギャラリーで開催する事が出来たこと、トルコ共和国大使館、イタリア総領事館、フォトグラファー赤松章氏、ブログに協力してくださった方々に心からのサンクスを申し上げたいと思います。
 そして益田先生のこの言葉を旅人たちに・・・
「聖堂全体で語られるビザンティン美術を、日本で目にする事は不可能だ。しかし幸い赤松章氏の素晴らしい写真集がここにある。写真はそれ自体で多くの事を語るだろう」。
※赤松章写真展「ビザンティンの美」 5月27日まで、PAXREXにて。

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2007年5月22日 (火)

神戸に出現!かやぶき民家

Photo_427  ええ〜どこに? はい、中山手通4丁目、県庁の山側にあるエコハウスギャラリーでは6月19日(火)まで「ミニチュア民家作品展」を開催中(水、木は休み)。作者は今年の一月、NHK「おしゃれ工房」でも紹介された「吉永喜一」さん。子供の頃を過ごした徳島県の実家はかやぶきの家だったんですって。その頃は珍しいものでは無かったんでしょうが、ここ数十年の間に日本各地で、どんどん姿を消してしまいました。 だからこそ自分のルーツを、形に残したいという想いで、退職を機にミニチュア作りに着手。建築模型の通信講座まで受けて勉強されたとか。
Photo_428  さて、一口にかやぶき民家と言っても、形や作りはさまざま。ここでは各地方の民家を一堂に見ることができますよ。たとえばお馴染み飛騨白川郷の合掌作り。雪深いところだからでしょうね、傾斜が急です。冬に備えてお父さんは薪割り、お母さんはせっせと大根干し。働く両親のそばで、子供は元気に走り回る。やがて迎える厳しい季節。でも雪がしんしんとふる夜、囲炉裏バタでの家族揃っての団らんが目に浮かびます。
Photo_429  一方こちらは、ご近所丹波地方の入母屋。瓦屋根の上に、かやぶきが載っかっているんですね。こんな風に一箇所にまとめられていると、その違いがよくわかります。このエコハウスの原点ともいうべき、かやぶきの屋根、ミニチュアにする場合は実際のかやを使うとデカ過ぎ。だから吉永さんはそのための草を栽培して乾燥させて使用。家の回りで集める杉や檜の樹皮は、屋根や板壁の材料に。木の実や、ちょっとした端切れ・・・。な〜んにでも想像力を働かせて、キープ。
Photo_430  そして出来上がったモノだから、見る側も想像力を働かせて楽しみましょう。目線を高さに合わせて中を覗いて見て下さいな。畳敷きの家ン中、おお〜掛け軸が掛けてある。古びた家具の引き出しには何が入っているのかしらん? やがて畑仕事から戻ったお父さんがここでごろ寝。家の中に漂う匂いや、そこに暮らす人達の話し声までが伝わって来る。自分自身の勝手な想いの中で物語が拡がっていく。Photo_431 あれやこれやノスタルジー溢れる世界を、ガリバーな気分で是非!
 あっ、ちょっと目線を戻してこちらの額も。森雅美氏の「フローラ」・・・。柔らかな、穏やかな時間が流れる空間にステキにマッチしてるでしょ? 6月9日から始まるPAXREX「癒しin bloom」展で、ご覧いただけます。

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2007年5月19日 (土)

泉ちゃんとビザンティン

 泉ちゃんは病院職員と言う仕事の傍ら、創作活動を続ける油絵作家。昨年も東京・銀座で、社会人となってから通った芸大のお友達と共に作品展を開きました。そんな彼女が先日PAXREXの「ビザンティンの美」展に来てくれた時、衝撃の事実がけいママに告げられた! 「私が絵を描くきっかけとなったのは、実はモザイク」。知らなんだ〜この人の描くステキな作品の根底に、ビザンティンがそんなに深くかかわっていたなんて…と言うわけで今回は、泉ちゃんの語るビザンティンです。

Photo_391  私がビザンティンのモザイク画に出会ったのは、まだ美術史だの様式だのを全く理解していない頃、1998年に初めてラヴェンナを訪れた時でした。この頃はただ自分の感性に引っかかるものにプリミティブに反応して観光をしていました。人伝にいいモノがあるらしい的な情報を手がかりに、獲物を求めて町を巡っていた途中、偶然発見したのがラヴェンナのモザイク。いいらしいと聞いていたけど、実物を見たらホントに感動しちゃった。
 この町は東ローマ帝国の「イコノクラスム(聖像破壊運動)」の嵐が及ばなかった事もあって破壊を免れ、ビザンティン美術の第一次黄金時代の作品が、かなり良い状態で残っているのです。サン・ヴィターレなど徒歩圏内の主要7ヶ所は共通チケットもあり、それでまわりました。ガッラ・プラチディア霊廟の素晴らしさは格別。Photo_394 でも私の一番のお気に入りは、この共通券には入っていないサンタポリナーレ・インクラッセ教会。駅前からバスに乗って10分ほどの町外れの田舎にあります。悪名高きショーペロ(スト)に遭い、偶然時間が空いたので、ちょっと行ってみたら大儲け!!! これを見ずしてこの町を去ろうとしていたとは・・・。
 グリーンを背景にして、キリストを中央に羊と木が左右背面に配置された、牧歌的な印象さえ受けるモザイク。Photo_397 ドアから羊の列が出てきたり、椰子の木がかわいい実を付けていたり、とにかくユニーク。教会の内部は暗いイメージがありますが、ここは窓がたくさん配置されていて、かなり明るい。その窓からの光を受けてキラキラと輝いて柔らかい光に包まれている様を見て、モザイク画が光のメディアだと新たに認識させられました。
Photo_390  じつはラヴェンナを訪れる前年に、ヴェネツィアのサンマルコ寺院でモザイクを目にしているのですが、このときは「モザイク」を意識できないで見ていました。その後、芸大で美術史を勉強してからもう一度サンマルコへ行ったのですが、私の美の嗅覚はラヴェンナの時ほど反応しませんでした。眩い黄金色に感嘆し、職人技に感心したのは事実ですが・・・。神に捧げる美術の荘厳さを前にして、美意識を感じるより圧倒されてしまう。私は寂れた祠の海の神さま、山の神さまにホッとしてしまう、根っからの日本人ではなかろうかと思う、今日この頃です。

 泉ちゃん、これからもいいモノ、好きなモノをたくさん見て、積極的に創作活動を続けてくださいね。

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2007年5月15日 (火)

佐々木さんの“愛車物語”

ビアンキーナ(bianchina)・横から   昼下がりの栄町に、突如出現したこのクルマ。か、かわいい、かわい過ぎる! 今や日本国内では、せいぜい十数台しか無いレアもの「ビアンキーナ」ですよ。イタリアの名門自動車メーカー「アウトビアンキ」から1957年に発売されたのですが、何と1962年には、生産中止! ね? 滅多にお目にかかれないおそれ多い車なんです! 所有者はグラフィックデザイナーの佐々木さん。この車のためにイタリア語教室にまで通い始めちゃった・・・な、なんで?ビアンキーナ(bianchina)・ロゴ
 それはかれこれ4,5年前のある日のこと、その頃乗っていた車の部品を探すため、中古車情報の雑誌をペラペラめくっていた佐々木さん、あるページで目が釘付けに! そこには長年探し求めていた、夢見ていた、恋し続けてきた「ビアンキーナ」の売り情報が! はやる気持ちを抑えて、その店に出向いてみるとそこには“彼女”が居た!  お、落ち着け〜。深呼吸した佐々木さん、おもむろに店の親父に「へええ〜、わりと珍しい車やなあ。おっさん、なんぼで売るの、これ?」 心臓バクバク・・・。「ン万円位で、と持ち主に言われてますけど・・・」 え、ええ〜! ほんまかいな? 予想の半額以下やないか! もう倒れそう・・・。ビアンキーナ(bianchina)・前から し、しかし落ち着け〜。「何言うてんの? おっさん、テールランプも一個しかないのに。まあ、〜ン万円位なら考えてもええけど。もちろんテールランプの修理代込みにしてや。」とめでたく“ビアンキーナ”をゲットした佐々木さん。
 その日から、ある意味佐々木さんの苦難の日々が始まった。気分よく走っていたかと思うと突然“パスン”と止まる。しかも原因がわからない。エンジンを分解して、また組み立てて何とか調子はよくなったようですが、「佐々木さん、スピードどれ位出るんですか?」 「まあ、95㌔くらいやね。ええ? 高速? そんなもん、恐くて走れますかいな。今日、栄町来るのも恐かったわ。」 ビアンキーナ(bianchina)・車内 はあ、いつも何処走ってはるんやろ?とちょっと不思議なけいママ。それにしても、さすがイタリアは自動車の歴史が長いんですねえ。今でもネットとか、あるいは現地の自動車専用の蚤の市とかで、ちゃんとレアモノの部品やパーツが手に入るんですって。そのために佐々木さんはイタリア語を。そりゃネットも日本語ではありません。現地での交渉もいわゆるマニアック・・でしょうねえ。しかも値切らなあかんし。ビアンキーナ(bianchina)・後ろから ビアンキーナのためならよいしょ、こら! 苦労なんてなんのその。坂道やなんかの手前では優しく声を掛けることも。「さあさ、もうすぐおうちやで。がんばろな。帰ったら何か美味しいもん・・・ああ、ガソリンしかいらんか。」 
 で、佐々木さん、ビアンキーナの魅力は? 「ふ〜ん。脳天気って感じするでしょ?」 します、します! “佐々木さんとビアンキーナ”実におしゃれな関係ですよね? そう言えば、オードリーヘプバーンの映画「おしゃれ泥棒」で、彼女がフルオープンで走らせていた車が「ビアンキーナ」ですよ。フツーに町中走ってる車なんてオモロないわ、と思うあなた、きっと佐々木さんといいお友達になれます!

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2007年5月12日 (土)

絵里先生とビザンティン

Photo_389  ただ今PAXREXで開催中の赤松章 写真展「ビザンティンの美」にちなんでお届けする、ブログ版「ビザンティン」シリーズ第三弾は、絵里先生のご登場です。若き西洋美術史家、イタリア語講師、美食家・・・ とにかく凄い人です。で、赤松章氏と共にビザンティン美術の魅力について、神戸新聞文化センターで講演をして下さいました。打ち合わせ中の絵里先生、連日のハードスケジュールで目がぷっくり。
 さてこちら、イタリアの小さな地方都市ラヴェンナにある、その名を“ガッラ・プラチディア霊廟”の天井部分。モザイクに代表されるビザンティン美術の最高傑作とも言われています。Photo_393 星がチカチカと輝き、その中心に黄金の十字架。ここは西ローマ帝国最後の輝き、この国の行く末を案じながら息を引き取った女帝のお墓なんですって。
 これを見たとき、絵里先生はガガガ〜ンッときたそうです。「モザイクってこんなに美しいモノなのか!って」と、まずは、ややこしいうんちくではなく、ストレートに自分の興奮具合を語ってくださった絵里先生。これだから、この人凄いと思う。まずは自分で感じること。そして知ること。。ですよね? 「モザイクって、これは誰が作ったとか名前の残るものじゃないんです。名もない職人が膨大な数の石やタイルを、ただひたすらはめ込んでいく、気の遠くなるような作業・・・。少しでも手抜きをするとバレてしまう。細かさと色のグラデーションがすべて。 だから感じます。ここに眠る高貴な方がどれほど皆に愛されて、惜しまれたか。」
Photo_388    ところでこのモザイク、当然トルコやギリシャに残るビザンティン美術にも見られるものです。昨年アギア・ソフィアを訪問された絵里先生。繋がっている歴史を目の辺りにして、何か自分の中で抜けていたモザイクのピースが、やっと埋め込まれたような気がしたそうですよ。
 講演会では、お二人それぞれ立場は違えど、共にビザンティン美術の素晴らしさを紹介してくださいました。その地を訪れなければ、実際に目にすることはない美しきモザイク・・・。でもPAXREXでご覧になって見て下さいな。きっとあなたを驚かせる事が出来る! 実はルーペもご用意してますよ。笑!

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2007年5月 4日 (金)

三日待ってね!の牛タン

Photo_376  このグロテスクなモノはいったい何? 牛タンです。モー君の舌です、はい! っと、さっさと写真を撮って、調理を始めなきゃ!とちょい焦り気味のけいママ。そうなんです。この料理に必要なのは、牛タン、お味噌、そして時間・・・。お呼ばれしているパーティーに持ってくためには、そこから三日間を逆算して“モーモー”始めなきゃ、タイムリミットなんだ! そうかあ、大変なんだと、思った皆さん「グリルにバナナをポン!」のノリで行きますからね、Photo_381 ついて来て下さいな。 まずはこの牛タンを茹でます。けいママの場合は、ほったらかしにしたいから電気の鍋を使いますが、何でもいいです。とにかくセロリやローリエや野菜の屑や、におい消しになるようなものを水と一緒に入れて、竹串がスーッと通るくらいまで。だいたい1時間半か2時間くらいかな? オーオーいい匂いがしてきたぞ。
Photo_378  さてと、冷ましてからまわりにお味噌(甘くないモノ、高値ではないモノ)をベタベタ塗り、ラップに包んで冷蔵庫で三日間。これが大事! 即席ラーメンの三分間よりは長いけれど、たかが三日、されど三日。お味噌をきれいにぬぐって、スライスして・・・。まあま、口に入れて見て下さいな。Photo_379 初めて食べて、お味噌の味と気づいた人は居ない、牛タンなんて気持ち悪いという人もついつい食べちゃう。
 幾つかの本にも紹介されたシンプル極まりないこの料理、けいママもいったい何人に伝授したでしょうか? ただ今ニュージャージー在住のゆきえちゃん、確かメールでレシピを送ったけど「けいママンちで食べたのと、全く同じに出来たわ!」と興奮の返信がきたっけ。以来、おもてなしはもっぱらこの牛タンで始まると言ってくれてたよね?今回のパーティーでもみなさんに好評をいただいた「牛タンの味噌漬け」今度はこのレシピを見て、誰が作ってくれるかな?
Photo_380  ところで、この日のパーティーでクウネルさんが作ってくれたこちら“新タマネギときのこの蒸しもの”バターと塩であっさりいただく、これ絶品です!こちらは次回けいママが真似して作るぞ。美味しいモノと気の合う仲間、楽しいひとときはアッという間に過ぎてゆく。だからこそ、大切な出会いを心にとどめて、次回を待つ、待つ・・・♪

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