2014年4月22日 (火)

くまモン王国へ

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 ゆるキャラで人気ナンバーワンは、だんぜん!くまモンだ! 全国どこでもくまモングッズを見かけるでしょ。最近は海外へも進出しているらしい。恐るべし、くまモン。地元の熊本ではさぞや!と思ってみやげ物屋さんに入ると、おぉ、あります、あります。圧倒されます! それにしても、やたら「!」が多いヒドい文章だ。だって、くまモンがついていないパッケージを探すのに苦労するほどなんだモン!

 
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 せんべい、チョコレート、まんじゅう、ミネラルウォーターに焼酎、ケータイストラップにグリーティングカード、リュックにトートバッグ、Tシャツにソックス、スカーフにネクタイ。誰だ!くまモンのネクタイなんか締めるのは。とにかくこれだけ多岐にわたる展開をみせるキャラクターは、かつてなかったと思う。「類は類を呼ぶ」、「数が正義だ」と、まあ言い方はなんでもよろしいが、その物量の前には無条件降伏しか選択肢がない。じゃなぜこんなにゆるキャラが幅を利かせる時代になったんだろう?

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 キャラクターと言えばディズニーやムーミンだった。でもこれらは使う側からすれば、制約が多いうえにお金がかかる。じゃあ新たに作ってしまえ、となったのだろうが、地元らしさを盛り込めるので当たったら非常に効果が大きい。いまや都道府県でゆるキャラを持っていないところのほうが珍しい。それに市町村や商店街でも独自キャラが活躍している。まぁみんながみんな成功しているわけではありませんが。くまモンのように成功しているキャラは、特徴あるデザイン、覚えやすい名前、親しみやすさと物語性を備えています。

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 キャラクターってPRの方法としては確立されているが、成功例があるからと言って「右へならえ」では恥ずかしいと思うのですが、いかがでしょうか。やはり「他がキャラクターでくるなら、うちは違う方法で」と考える自治体が出てきてほしい。ゆるキャラに変わる、もっとインパクトの強い新たな方法で、くまモンに勝ってほしい。くまモンのおひざ元で、そんな夢想にふけるのでありました。

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2014年4月19日 (土)

堀尾貞治 あたりまえのこと

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 兵庫県立美術館の少し山側、国道43号線の角にあるBBプラザ美術館。いま堀尾貞治さんの展覧会が開催されています。堀尾さんは1939年神戸生まれ。具体美術協会にも在籍しておられた神戸を代表する現代美術家です。栄町のギャラリーにもよく観に来ていただいていました。バルセロナのミロ美術館でもその作品を拝見し、とても懐かしくうれしく感じたものです。

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 そんな堀尾さんの作品が約3,000点も展示されている。板切れや、パレット、しゃもじや絵の具箱、網かごや石、えんぴつに木の枝、何に使うかわからない道具・・・。とにかく堀尾さんの身の回りにあるありとあらゆるものに色を塗り重ねるという手法で、長年にわたって作品化している。いつでもどこでもアートする堀尾さんだから、この美術館の壁面も備品もすべてアート遊びの対象だ。即興でなんでも芸術に変える。まるで触れるものがみな金に変わる寓話のよう。ここではそれが元々何であるかはもう意味を持たない。すでに作品になったものは、どうせ本来の役には立たないのだから。

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 アートとは何か、アートの存在理由はどこにあるのか。そんなことを考えていると、「つまらんことは考えなさんな」と堀尾さんに笑われそうな気がする。「おもしろかったらエエやん」。この会場では、芸術がきわめて日常的な行為となっているのが伝わってきておもしろい。いやむしろ日常の行為がすべて芸術となっていると言うべきか。息をして食べて排泄して・・・それらすべてが芸術で、さらにどの行為にも優劣はないというメッセージかもしれません。

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 ともすれば絵を描いたり音楽したりは芸術で、それらは特別で高尚なものだと勘違いしがちだが、普段の生活、日常こそおもしろく充実させなければならない、ということでしょう。ゲイジュツしてますか?生きてますか?と問われているような気がする展覧会でした。

堀尾貞治
あたりまえのこと 「今」

BBプラザ美術館
2014年3月21日(金)~6月1日(日)
10:00~18:00 月曜休館

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2014年4月16日 (水)

吉野の桜と西行

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    吉野山 谷へたなびく白雲は
            峯の桜の散るにやあるらん
 目の前の美しい情景を写生した、たいへん素直な西行の歌。春爛漫のこの時期、下千本、中千本、上千本、奥千本と咲き昇ってゆく、「一目千本」の景色を見てまいりました。「一目万人」かとあきれるほどの観光客。かくいう私もその一人なのですが・・・。Photo_3
 西行は『新古今』で最多の作品を取り上げられた大歌人。しかし当時の歌詠みの常識だった貴族社会からは、若くしてドロップアウト。将来の栄達を約束された地位を捨てて出家し、全国を旅してまわった漂泊の人でもある。そういう生き方から後世の松尾芭蕉などにも多大な影響を与えたことで知られる。現代でも西行を主人公にした本が出版され続けていますね。日本人の心の中で、スーパーな存在の一人でしょう。ここ吉野山のいちばん奥に彼が庵を結んで住んだという跡『西行庵』があります。中には西行法師が木像で鎮座ましましておわす。では、吉野の桜を詠った作品をもう一首。
    吉野山 花の散りにし木の下に
            とめし心はわれを待つらむ

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 おいおい、ひとつ超有名なのを忘れていませんか、と叱られそうですね。はい、そうなんです。うんうん聞いたことがある、うろ覚えだけど知ってる知ってる、と皆さんがおっしゃるあまりにも有名な短歌。でもこれは桜を詠っていますが、場所は吉野ではありません。
    願わくは 花の下にて春死なむ
            そのきさらぎの望月のころ
 じつは辞世の歌だと勘違いしていましたが、死の10数年前の作だそうな。しかし、この歌の通り、二月十六日(満月の日)に桜の咲いているときに死んだため、当時の人々がえらく驚き感動と共感を呼んだという。日付は旧暦なので、今なら4月上旬にあたる。桜の時期に相違ございません。Photo_4
 藤原俊成は「かくよみたりしを、をかしく見給へしほどに、ついに如月十六日望月終り遂げけることは、いとあわれにありがたくおぼえて、物に書きつけ侍る。『願ひ置きし 花の下にて終りけり 蓮の上もたがはざるらむ』」
 西行が生きた平安末期は戦乱が続き、自然災害にも痛めつけられ無常観が蔓延していた時代。散る桜に人生の儚さと潔さ、そして官能と死の影を見る日本人の桜観はこのころから出来上がってきました。
 現代の大阪府・河南町の庵で文治6年(1,190年)72歳の終焉を迎えた西行。長生きだったのですね。彼の打ち立てた美意識が、現代の私たちにも色濃く影響を与えているのは、驚くべきこと。現地に残るお墓を抱く山は1,500本もの桜でおおわれているそうだ。来年はぜひ、南河内の弘川寺へ墓参りに行くとしましょう。

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