2021年4月19日 (月)

総理大臣になれない?

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 2003年から2020年まで、17年間にわたり無名の野党議員を追いかけたドキュメンタリー映画がおもしろい。大島新監督による『なぜ君は総理大臣になれないのか』。香川県選出、5期目の衆議院議員を務める小川淳也、50歳。誠心誠意、奮闘を続ける姿を、撮る側も誠心誠意、ありのままをカメラでとらえて爽やかだ。

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 32歳で総務官僚をやめ、2003年の総選挙に民主党から出馬するも落選。そのあと2005年に初当選。以後、苦戦しながらも5回の当選を重ねる。しかし所属政党は民主党、民進党、希望の党、無所属、立憲民主党とコロコロ変わる。この10数年の野党のふがいなさをそのまま背負って活動を続けているのだ。

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 政治の世界は、小川が信じる「誠意」「意欲」「一貫性」より、「したたかさ」が求められるのか。悩みは深い。家族からも「政治家には向いていない。大学教授のほうがいいんじゃない」と言われる始末。そんな彼にとって選挙は毎回苦労の連続だ。家族全員で戦う手作り選挙。小さかった娘たちも今では応援してくれる。  

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 最近、政治家の言葉が軽く、雑で、汚くなった。SNSの普及もあって世界共通の現象かもしれない。そんななかでも熱量を持って一生懸命に語る小川。迷いや葛藤も隠さず、本心をさらけ出す。カッコ悪いかもしれないけれど、この誠実さを笑うことはできない。むしろ、なぜ彼が総理大臣になれないのか、を考えるべきだ。

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 大島監督は小川の魅力をこう語っている。「一言でいうと正直者。最初に会ったときに、こんなに心の底から社会をよくしたいと、テライもなく言える人っているんだなと思った。本気度に頭が下がりました。もちろん人間なので弱いところもあるし、間違いをしないということはないですが、誠実であることは今後も変わらないと思う」

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 衆議院議員を5期務めてもエラそうにしない。質素な生活を変えない。理想の追求をあきらめない。政治不信、政治家不信の現代に、こんな人がいるなんて。日本の未来に希望を感じる。逆に彼が陽の目を見ない日本の政治状況に、怒りを覚える。だが待てよ、それってわれわれ選挙民の意識も問われているんだよね。

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2021年4月16日 (金)

すべてを超えた鉛筆画

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 1950年に山口県に生まれ、そのほとんどを山口県で活動し、2013年に死亡した吉村芳生。いま神戸ファッション美術館で『吉村芳生 ー超絶技巧を超えてー』が開催中です。1970年代後半から2013年までの代表作62点を展示した驚きと感動の展覧会。こんな現代アーティストがいたなんて。恥ずかしながら知らなかった。

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 サブタイトルに「超絶技巧を超えて」とあり、鉛筆や色鉛筆で超リアルに描くアーティストという説明を読む。ふんふんと勝手に分かったつもりになって観に行くと、これがとてつもない展覧会でした。ただ描くだけのハイパーリアリズムじゃない。その手法が独創的なのだ。解説を読めば、なるほど現代アートだと合点がいく。

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 例えば97.0cm×1686.7cmの壁一面に続く「ドローイング 金網」。紙の上に金網を置いてプレス機にかけ、その筆圧の部分を鉛筆でなぞって約17mもの長さの作品にした。無為な営み? いや決して徒労ではない。歩きながら観ていくと不思議な感動が湧き上がってくるのだ。人間の意志の力、画家の執念を感じる。

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 新聞紙に描いた自画像。ん!サイズがデカい? はい、3倍近い大きさなのです。じつは拡大コピーを見ながら、記事も広告も文字や写真をすべて忠実に描いたもの。そこに自画像を描いていく。描かれた記事の内容に自画像の表情がシンクロしておもしろい。新聞紙面に直接描いた作品もある。自画像の合計は1.000点あまり。

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 2000年以降に描かれたカラフルな花のシリーズ。ポピーは葉や茎のウブ毛まで克明に表現されている。これが色鉛筆ですよ。ポスターにも採用された「無数の輝く生命に捧ぐ」は、東日本大震災の被災者の魂をあらわす1万数千のフジの花が描かれた202×714cmの大作。そこに費やされた膨大な時間と集中力はいかばかりか。

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 吉村芳生の作品は、精緻だけれど写生ではない。写真を撮ってプリントし、そこから足したり引いたり加工したりして、自分の内なるイメージを結晶させる。そのとき鉛筆や色鉛筆で描く線に神が宿るのだ。人間離れしたスゴミ。うまい下手のレベルを超越したスゴミに、観る者は圧倒され感動を与えられる。

吉村芳生
ー超絶技法を超えてー
2021年4月10日(土)~6月13日(日)
神戸ファッション美術館

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2021年4月13日 (火)

デスゾーンの冒険ツアー

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 強風と極寒と薄い空気で、人間を寄せ付けない世界最高峰のエベレスト。しかし1953年にエドマンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが初登頂に成功して以来、わずか40年あまりでエベレスト登山のパッケージツアー?まで行われるようになっていた。そんな商業主義が批判されるようになったころ、大きな遭難事故が起こる。

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 バルタザール・コルマウクル監督の『エベレスト』は、1996年5月10日に起こったこの大遭難を描いた、いわば再現ドラマ。主人公はニュージーランドの登山ガイド会社の代表です。ガイド付きツアーと言えばお手軽そうだけど、誰もができることではない。強靭な体力と厳冬期登山の経験と700万円(当時)もの費用が掛かるのだから。

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 当然お客さんは世界各国の登山家だ。そんな彼らでも天候や体調などすべての条件に恵まれないと登頂できない。それだけ厳しいデスゾーンでの登山。「三度目のチャレンジで今回が最後のチャンス」「7大陸最高峰の最後に残されたのがエベレスト」など理由は様々だけど、みんな人生をかけて、命をかけて参加しているのだ。

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 ツアー会社は万全の体制で客を受け入れる。ベースキャンプに専任のマネージャーを常駐させ、登山のプロ、安全のプロ、医療のプロがあらゆるリスクを想定し準備する。高度順応も40日かけて念入りに。それでも天候の急変や予期せぬハプニングで、計画は見直しを迫られ対応に追われる。それも極限状況の中で。

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 雪崩、突然の嵐、固定ロープの設置不備、山頂直下の渋滞、補給地点の酸素ボンベが空っぽ。いろんな悪条件が重なって過酷なサバイバルに。そして主人公も含めて8人の登山家が死亡。主人公は遅れてきたメンバーの懇願に負け、彼をサポートしながら再び頂上へ。そこで時間をくい、体力を消耗し、嵐の直撃を受ける。

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 プロ中のプロが、なぜ命を落とす危険を承知で情に流されたのか。優しさか、弱さなのか。人間らしくて好きですが・・・。エベレストには120体もの遺体が収容されず、いまも放置されているという。回収するには莫大な費用がかかるからだ。商業登山やゴミ問題とともに、なんとか解決してもらいたい事柄の一つです。

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