2019年5月19日 (日)

邪魔者あつかいの外来種

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 前回にちらっと触れたニセアカシア。別名はハリエンジュで、北米原産、マメ科の落葉高木です。日本には1873年に渡来。街路樹や公園樹、砂防、がけ地の土止めなどに植栽されました。河原や荒れ地にも適応し成長も早い。こんな特性が重宝されたからでしょう。でも1873年とハッキリした年がわかっているのに、誰がどのように持ち込んだのか、ネットでざっと見たところでは記載がない。新芽は和え物や油炒めに、花穂は天ぷらにと食べ方まで載っているというのに、残念です。

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 この時期まわりに甘い香りを漂わせるニセアカシア、外来種だけれど日本の上質なハチミツ生産に欠かせない植物なのだ。長野県ではなんと74%がニセアカシアを蜜源にしているという。そういえば梓川沿いに延々と続く群生は見事です。レンゲソウをほとんど見なくなった今、「アカシアはちみつ」は日本を代表する味だ。ところが、『我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト』に載っているのです。ただし危険の程度が低い「適切な管理が必要な産業上重要な外来種」に分類されている。役に立つから大目に見ましょう、と身勝手な分け方ですね。

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 我が国の固有の動物や植物を守り、生態系を持続するために『生物多様性基本法』という法律で、生物の保全について基本原則が定められている。先ほどのニセアカシアより急を要する「緊急対策外来種」に指定されているのが、例えばオオキンケイソウ。北アメリカ原産、キク科の多年草です。河川敷や新しく道路を拓いた斜面などに、最近よく見かけるようになりました。旺盛な繁殖力でカワラナデシコなどの在来種を駆逐してしまうことがわかってきた。

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 オオキンケイソウは観賞用として1880年代に日本に入ってきたという。花の時期は5月から7月。黄金色の美しい花を咲かせ、その形が鶏のトサカに似ていることから名付けられた。観賞用のみならず道路の緑化などに利用され、全国でさかんに植栽されました。しかし環境に悪影響を及ぼすことがわかると手のひら返し。いまは家庭で栽培しても罰せられる。人間の都合で持ち込み、時代の流れでもてはやされ、挙句の果ては悪者にされ排斥される。ちょっとかわいそうな気がしませんか?

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2019年5月16日 (木)

六甲山は虫の王国へ

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 サクラが散り、アセビが終わり、六甲山ではグリーンが鮮やかさを増してきました。そうなると虫たちの天下です。さまざまな大きさの蜂(ハチ)、虻(アブ)、蝶(チョウ)、蝿(ハエ)、蚋(ブヨ)、蟻(アリ)などがドッとあらわれて、まさに「虫」偏のオンパレード。山歩きには最高の時期ですが、虫たちがちょっとうっとうしい。ケムシやアオムシまで頭上の枝からいっぱいぶら下がっている。

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 「虫」偏の字を思い出してみると、あれ! 蛇(ヘビ)も、蛙(カエル)も「虫」偏だ。蛤(ハマグリ)や、蝸牛(カタツムリ)まで。漢和辞典で調べると、なんと「虫」はマムシの形からできた象形文字だそうです。近代の生物学・分類学が生まれる前の東洋では、人と獣、鳥や魚を除く他の動物はすべてひとからげに「虫」と考えていたようだ。現代の私たちが考える昆虫類よりずいぶん守備範囲が広い言葉だったのですね。

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 よくわからない動物。どこからか湧いてくるような生き物。理解しているもの『以外』は『虫』ということにしたのでしょうか。そういえば「腹の虫がおさまらぬ」とか「虫の知らせ」とか、動物どころかもっと抽象的な気持ちのようなものにも虫をあてる。昔はこんな感情や精神のありようも、何かわからない『虫』が作用していると考えたのでしょう。わかるもの『以外』と呼びながら、ムシできない存在。

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 大きなクマバチが飛び回っていたので何とか撮ろうとしましたが、ダメでした。当然のことながら、ハチはスマホでひょいと撮れるようなのろまじゃない。何回かシャッターを切ったうちで、かろうじて黒い点のように写っていた一枚がコレ。六甲山ではこれからニセアカシアがいっぱい咲き出し、甘い香りに包まれる。荒れ地やがけの崩落地にまず生えてくるニセアカシアは、ミツバチの大切な蜜源植物。ますます虫で賑やかになりそうです。

 

 

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2019年5月13日 (月)

壮大、華麗、ワルキューレ

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 リヒャルト・ワーグナー。その思想と音楽性がヒトラーとナチスドイツに愛されたこともあり、負のイメージが付きまとう19世紀後半のロマン派の巨匠。その音楽はイスラエルでは現在もタブーだという。『ワルキューレ』は4夜にわたって上演される彼の超大作『ニーベルングの指環』の二番目の楽劇です。そのなかの第3幕の序曲「ワルキューレの騎行」は特に有名。フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』で、ヘリコプター部隊が北ベトナム攻撃に出陣するシーンに効果的に使われていました。

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 2018-19 MET ライブビューイング 10作品の中でも、上演時間が5時間におよぶ屈指のスケールです。北欧神話をベースにした神々と人間が繰り広げる愛と欲望のドラマ。ロベール・ルパージュの演出が素晴らしい。舞台美術はスタッフたちが「マシン」と呼ぶ巨大な24枚の厚板。これを自在に動かしカタチを変化させ、表面にプロジェクションマッピングで映像を映し出す。それは嵐の海になり、森になり、館の壁になり、空翔ける馬になり、岩山になり、炎のバリアになる。

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 お話でおもしろいのは、神は全能ではない、というところ。一神教のキリスト教やユダヤ教、イスラム教の神とはそこが違う。北欧神話もギリシャ神話も日本神話も、いろんな神がいてみんなそれぞれ弱みを持っている。神々の長だって妻には頭が上がらないし、深い苦しみと将来の不安におののいている。笑うと失礼だけど、人間的で可笑しい。その辺にいる誰かの悩みと大して変わらないじゃないか。ね、とても親しみが持てるでしょ。

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 音楽の面では金管楽器を充実させた編成で、勇壮な音をより強調している。華やかな音色、高らかな響き。フィリップ・ジョルダンによるスケールの大きい指揮がドラマを劇的に盛り上げる。ちなみに「ワルキューレ」とは、最高神の娘たちで甲冑で身を包み剣や槍を携えて天馬で空を翔ける、美しき女戦士のこと。日本では戦乙女とか戦女神と訳されている。戦う天女たち、英雄、神や女神が、愛し闘い別れを告げる壮大な物語にふさわしい音楽でした。
 
 

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