2017年10月19日 (木)

肉筆画に精力を注いだ最晩年

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 80歳代後半になっても新しい表現を追求し続けた葛飾北斎。生涯に改号を30回、引っ越しを93回も繰り返した奇人だ。晩年には「画狂老人」や「卍」などジョークのように号した。絵がうまくなりたい、それだけに徹した人生。浮世絵の勝川春草の門下でありながら、当時タブーだった他の流派にも弟子入りし、狩野派や土佐派、唐絵や西洋絵画まで次々と勉強してそれらの技法を身につけていく。しかし絵を描く以外、なにもない。生活力もなければ、社会性もない。真の天才はそんなものかもしれません。

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 最晩年の『雪中虎図』で描かれたトラ。展覧会のポスターでも使われています。もうほとんど想像で描いているとしか思えない、不思議な模様と不敵な表情。思い切り擬人化された感情があもてに現れている。われわれ人間の浅はかさを小ばかにしたような笑み。この表情にはいまのマンガに通じる現代性がある。胡粉で表現された雪など、技法的にも何十年もの研鑽で獲得しててきたすべてが盛り込まれている。とどまることを知らない北斎の到達点。本人はそれでも不満でしょうが。

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 もうひとつ最晩年の作品。これが絶筆かもしれないと言われる『富士越龍図』をご覧ください。たくさん描いてきた富士の高嶺を越えて、黒い雲となり天まで昇る龍の姿。絵筆をとって神の領域まで昇り詰めたいと願った北斎の分身でしょうか。ちなみに彼の臨終の言葉は、「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得べし」と伝えられている。あと5年生きられたら本物の画家になれたのにと、90歳で死ぬ間際に悔やむなんて!なんという執念でしょう。私たちだって、95歳の画狂老人の作品を観てみたいけれど・・・。

大英博物館 国際共同プロジェクト
北斎 ー 富士を超えて ー
2017年10月6日(金)~11月19日(日)

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2017年10月16日 (月)

浪のなかに宇宙を観た

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 あべのハルカス美術館で開催中の「北斎」展。- 富士を超えて ー  というサブタイトルがついた大英博物館との共同プロジェクト。ロンドンで評判を呼び、大変な観客を動員した展覧会を日本に持ってきたものです。ハルカスでも平日なのにチケット売り場は40分待ちの行列でした。おもしろいのは90歳で死ぬまでの晩年30年間の作品に焦点を当てていること。そして版画だけではなく、肉筆画を世界中から集めていること。約200点の展示作品はどれも完成度がメチャクチャ高い。「八十歳を過ぎてなお、猫一匹描けねえと悔し泣き」と、書き残された北斎の向上心と執念が伝わってくる。

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 そんな北斎が追求し続けた表現テーマのひとつが、動く水。海外では「The Great Wave」と呼ばれる富嶽三十六景の『神奈川沖浪裏』。展覧会のポスターでも使われたこの名作を生みだしたのは70歳過ぎのこと。現代のカメラで5000分の1秒という特殊なシャッタースピードで初めて見える波頭。よく肉眼で観察できたものだ。若い頃から描かれたさまざまな浪を見ていくと、風景の一部から絵の主役に変わっていくのがわかる。その流れを極限まで推し進めたのが、信州小布施の祭り屋台の天井画『怒涛』。男浪と女浪で対になっている。小布施へ行けば北斎がデザインした祭り屋台2基の全体を観られる。たぶん北斎の立体作品はこれしかない。ちなみにもう1基の天井画は『龍と鳳凰』。

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 ご覧のように、ここまでくると絵の主役を通り越して、もう抽象的な運動体としての浪。すでに風景ですらなく、宇宙物理学の領域。ブラックホールや超新星のようだ。(見たことはありませんが) 美しいブルーの濃淡は、オランダ商館を通じて入ってきたばかりのプルシアンブルーや日本の藍を使い分け、緑青のグリーンも組み合わせて表現している。そして、どちらも縁の枠には色鮮やかな花や鳥が華麗に描かれている。これは娘の葛飾応為の作品。彼女も名人です。八十を過ぎてから何度も小布施を訪れて作品を残した北斎。新幹線もクルマもない時代、老体で何百キロも歩くしかない。絵を描ける喜びだけを求めた執念ですね。

大英博物館 国際共同プロジェクト
北斎 ー 富士を超えて ー
2017年10月6日(金)~11月19日(日)
 

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2017年10月13日 (金)

サラ・バラス? 知りませんでした

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 フラメンコのドキュメンタリー映画、と聞いてもあまり興味はわきませんでした。でもうまく時間が合ったので観てみたら、これがスゴイ! 革新的! 現代最高峰のフラメンコダンサー、サラ・バラスが、パコ・デ・ルシア、アントニオ・ガデス、カルメン・アマジャなど今は亡き6人の巨匠に捧げるオマージュ『ボセス フラメンコ組曲』の、わずか3週間しかない準備と稽古、パリの初演、NYやメキシコや東京そしてスペインのカディスと続く世界ツアーの記録です。

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 超高速ステップ、指先まで神経が行き届いた表現力、信じられない超絶テクニック。今まで見てきたフラメンコとは、まったく違う。小学校の運動会とオリンピックの決勝ぐらいの差。肉体の極限まで挑むコンテンポラリーダンス。厳しい修業をした者が神の領域に近づいた姿。例えがバラバラで支離滅裂だけれど、スゴイ!と感動したことはおわかりいただけるでしょうか。そしてパフォーマーとしてだけではなく、企画、構成、演出をし、公演チームのリーダーとしてプロジェクトを引っ張っていく超人的パワー。

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 まさに天才としか言いようのない彼女が、「努力」という言葉をよく口にする。「努力しない者には我慢できないの。さっさと消えて欲しいわ」。公演の仲間たちにも厳しく要求する。そしてそのなかで誰よりも努力しているのがサラなのだ。努力という名の水をあげ続けた者だけが才能の花を咲かせることができる。これは彼女の信念だ。フラメンコには強くストイックだが、この映画では私生活での弱さや人情味も伝えてくれる。彼女の人間性、神ではなく人間としての魅力。

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 フラメンコは何度か見て、だいたいこんなものか、とわかったつもりでいた。思えばフラメンコに限らず食わず嫌いで心と感覚を閉ざしていたことが多かった。なににでも門戸を広げて、心を真っ白にして、自分自身に素直になって、もっと知り学ぶべきなのだ。世界は思っていたよりおもしろい。人間は思っていたより素晴らしい。きっと。70歳を前にして気付きました。「もっと見る、聞く、感じる。さぁこれから黄金の20年が始まるぞ」、と思うのは欲張り過ぎでしょうか。

パッション・フラメンコ
監督:ラファ・モレス、ペペ・アンドレウ
出演:サラ・バラス、ホセ・セラーノ、ティム・リース

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