2021年12月 4日 (土)

人生の落日を名演

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 なんと言っても名優アンソニー・ホプキンスがスゴイ! 現実と幻想の境目があいまいになっていく老人の、悲しみと苦しみを見事に演じている。表情のない顔が突然怒りに紅潮する。意味不明のことを言うかと思えば笑いおどける。まさに何を考えているのか分からん、という年老いた父親。迫真の演技が感動を呼びます。

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 面倒を見ている娘を演じたオリヴィア・コールマンも素晴らしい。不可解な言動を繰り返す父に振り回されどおし。自分の人生も仕事も犠牲にして尽くしているのに、感謝されるどころかますます要求はエスカレートするばかり。困り果てて何度も介護人を雇うけれど、老人の尊大で気難しい態度のせいですぐにやめられてしまう。

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 フロリアン・ゼレール監督の『ファーザー』を観ると、認知症のつらさは世話をする周りの人たちだけのものではない、ということにも気づかされる。本人の戸惑い、苛立ち、深い苦悩は、外からうかがい知ることは難しいけれど、確かに存在しているのだと納得できる。認知症の父の視点で物語が展開されるからこその表現だ。

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 現実と幻想の境界があいまいになっていく老人。人物の記憶と時系列が混迷を深め、事実がねじ曲がっていく。そんな彼の意識の世界を少し疑似体験できる仕掛けは、われわれ観客をも困惑させる。周りからはワケがわからない行動に見えて見えても、本人は理解してくれない理不尽な世界と精いっぱい戦っているのだろう。

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 腕時計を棚に置いたことを忘れて盗まれたと騒ぐ。毎日着ていたセーターの着方が分からなくなる。老いることの残酷さ。自分が壊れていく恐怖。ミステリーやホラーより、ある意味もっと恐ろしいかもしれません。特にある程度の年齢になれば・・・。2021年のアカデミー賞では主演男優賞と脚色賞を受賞しています。

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 この英仏合作映画は世界30か国以上で上演された舞台劇を基に作られたそうだ。そして原作の戯曲を書いたフロリアン・ゼレールがこの作品で映画監督デビュー。認知症の老人に寄り添うようなルドビコ・エイナウディの音楽も素晴らしい。挿入されるオペラ「ノルマ」や「真珠取り」のアリアもピッタリの選曲。名作です。

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2021年11月28日 (日)

大嫌いだけど、好き

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 お調子者で何をやっても失敗してしまうドジなトム。見かけはかわいらしいけれどずる賢く容赦ないジェリー。ひたすら追っかけ、きわどく逃げる永遠の宿敵。今回の映画、日本でのキャッチコピーが「大嫌いだけど、好き」。敵同士とは言え、お互い相手がいないと成り立たない濃密な関係を、実にうまく表現しています。

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 この言葉に惹かれて、お子さま向きかも、と思いながらティム・ストーリー監督の『トムとジェリー』を観ました。この作品は永遠の名コンビ誕生80周年記念。しかも実写版⁉ え、どういう表現になるの?と心配になるかもしれません。でもご安心を。実写の人物や街や建物の中に、動物たちは手描きアニメで合成する仕組み。

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 リアルな実写映像とアメリカンコミックの明解さ。このギャップと対比がミソなのです。キャラクターを浮き立たせ、画面を生き生きさせる効果がある。軽快なテンポで進むストーリー展開を、より一層スピードアップさせている。そして思いきり羽目を外した誇張も、コミックだからと許される。よくよく考えられた構造です。

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 トムジェリは見慣れた姿を忠実に再現。ティム・ストーリー監督のオリジナルを尊重する姿勢があらわれている。しかし出演する俳優さんは、どう演じるか難しかったでしょう。撮影時はそこにいないのに、いるかのように向き合いセリフをしゃべる。シーンごとに完成形をイメージしながら演出する監督やカメラマンもタイヘンだ。

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 さてお話はと言うと? NYの一流ホテルを舞台にドタバタ大騒動をやらかすトムジェリ。大事なイベントを台無しにしてしまった罪滅ぼしに、なんと協力して奇跡を起こすことに。いつもケンカばかりなのに協力? トンデモ展開にスカッと笑えてコロナのウサを晴らしてくれる90分間。面白くて幸せな気分になれる快作でした。

 

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2021年11月24日 (水)

異常気象を武器にする

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 『インデペンデンス・デイ』で製作・脚本を担ったディーン・デヴリンの監督デビュー作品『ジオストーム』。やはり近未来SFパニック映画です。ただし宇宙人の侵略ではなく、異常気象で世界が破滅の危機に陥るお話。豪雨や台風、寒波や熱波など、気候変動による災害の拡大が叫ばれる時代にぴったりのテーマですね。

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 地球規模の大災害を防ぐために開発されたシステムは、世界各地の気象をピンポイントでコントロールする数十の人工衛星のネットワーク。それが突然誤作動を始める。世界中で異常気象が発生。アフガンでは寒波で人間が凍りつく。香港で道路からマグマが噴き出る。銀座に超巨大ひょうが降る。ムンバイでは無数の竜巻。

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 リオの海まで凍ってしまうなど、次々と人類を襲う大災害。ついにNYもモスクワも壊滅。そこで衛星システムの生みの親ジェイクが宇宙ステーションに派遣される。ワケあってプロジェクトから外されていた天才科学者はシステムの暴走を止められるのか。原因を突き止めようと試みるが・・・。残された時間は少ない。

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 見どころはSFX技術を駆使したショッキングな映像だけではない。ジェイクと反目していた弟が協力し、宇宙と地球で奮闘しながら絆を取り戻していく姿。ジェイクと離れて暮らす娘との愛情。感動的な人間ドラマもたっぷり盛り込まれている。そして大統領と後釜を狙う側近のバトル。国連を舞台にした外交上の駆け引き。

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 ハラハラドキドキに加え、謎解きのおもしろさや人間味あふれる情感がスパイスになって、物語にぐいぐい引き込まれていく。最後はうまくいくだろう、とわかっていても目を離せない。出演者も素晴らしいけれど、ディーン・デヴリン監督のデビュー作とは思えない老練な手腕に驚きました。ハリウッドらしい大作です。

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