2022年9月28日 (水)

1棟だけ、ポツンと大海原

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 『ペンギン・ハイウェイ』に続く、石田祐康監督の長編2作目が『雨を告げる漂流団地』です。小学6年生の夏休み。幼なじみの航祐と夏芽がクラスメイト達と不可解な事件=現象に巻き込まれ、サバイバル生活を余儀なくされる。小学生たちの冒険と成長のファンタジー物語。子どもが主人公ですが、決してお子さま向けではない。

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 姉弟のように仲良く育った夏芽と航祐。でもある事をきっかけに気まずい関係になっている。秘密を隠す女の子と、素直になれない男の子。二人が暮らした思い出の団地は、築60年を超えて取り壊しを待っている。この誰も近づかない「おばけ団地」に幽霊が出るというウワサがたち、クラスの仲間とコワゴワ探検に行くことになる。

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 恐る恐る中を見て回っていた時、大雨が襲ってくる。雨が止むと、そこはなんと大海原。団地の一棟まるごと海に流されてしまったのだ。周りの街並みはすべてなくなり、ポツンと浮かぶ建物。信じられない事態。いったい何がどうなったのか。不安は極限に達するし、おなかはすくし。パニックに陥るが泣いてばかりはいられない。

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 ここからサバイバルが始まる。水はあるか? 食糧の確保はどうする? 汗だくだからお風呂にも入りたい。人は切羽詰まったら成長する。必死に考えるからだ。使えるものは何でも活用する。食糧も浪費せず、管理して計画的に。いつ元の世界に戻れるかわからない。自然に役割分担が生まれ、協力して危機に立ち向かう。

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 次々と襲い掛かる予期せぬ事態。知恵を出し合い、犠牲的精神を発揮し、共に乗り切ることによって深まる友情。あの名作『スタンド・バイ・ミー』も、ひと夏の成長物語でした。フツーの日常ではダメなのでしょうね。それぞれが問題を抱えているクラスの仲間たち。みんなのキャラクターも丁寧に描かれていました。

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 誰しも忘れられない記憶がある。その記憶を呼び覚ますキッカケも人さまざまだ。アルバムの写真、いつも一緒だったぬいぐるみ、宝物の石ころ・・・。意識の深いところに沈潜していた音や匂いが、記憶再生のスイッチになることもある。この作品がユニークなのは、建物に対する思いが堆積されて精霊に昇華してしまうところ。

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 思い出の世界。いや、もしかしたら死後の世界。この世とあの世。この世界は単一じゃないと知った少年少女たちは、ひとつ大人に近づけたかな。きっといい人間に成長してくれるでしょう。また団地は歴史文化遺産なのだと強く思わせる作品でした。画一的で効率化の象徴のような負のイメージで捉えていたので、とても新鮮です。

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2022年9月25日 (日)

医者とは人生に寄り添う者

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 2011年、深川栄洋監督による感動作『神様のカルテ』。本屋大賞2位に輝いた夏川草介さんの同名小説(小学館)を映画化した作品です。主演は櫻井翔。夏目漱石を敬愛するあまり、ちょっと古風な話し方をする物静かな内科医を好演。地域医療の一端を担う総合病院を舞台にした若き勤務医・栗原一止の成長物語です。

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 病院では少し変人と思われながらも、先輩や同僚医師、多くの看護師たちに囲まれて忙しい日々を送る栗原。「24時間365日」救急外来を受け入れるこの病院。夜間は診察を待つ患者であふれかえる。疲労困憊する彼を癒してくれるのは、宮﨑あおい演じる愛妻で写真家の榛名。二人は互いにイチさん、ハルと呼び合っている。

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 最先端医療を担う大学病院の医局から熱心な誘いを受けるイチ。移るべきか、残るべきか。揺れ動く心。こんなとき、余命半年の末期ガン患者に出会う。手術も無理、治療法もない彼女は、大学病院からは受け入れを拒否される。最後にたどり着いたのがイチのところ。加賀まりこ演じる老女がこの物語のキーになる。

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 最後の最後に、こんな幸せな時間が待っていたなんて・・・ 老女が書き残した手紙を読んで、地方病院に残る決心をするイチ。病院では、生も死も日常なのだ。過酷な労働環境、人手不足、地域医療が抱える厳しい状況のなかで、真実の喜びを見出していく。原作者は現役の医師だけあって、ディテールまで説得力がスゴイ。

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 医者の仕事って何だろう。病気やけがを「治す」。新しい医療技術を「研究する」。最期を「看取る」。いろいろあるでしょうが、いちばん大切なのは個々の患者の人生に「寄り添う」ことではないか。この映画からそう教えられました。病や死を身近に感じる年齢になったいま、イチのようなドクターに出会える幸運への期待は切実です。

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2022年9月22日 (木)

戦場以外のキャパ

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 「世界最高のアート作品は?」と聞かれたら、迷わず「南仏ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂」と答えます。壁画やステンドグラスを始め、建物外観から屋根の十字架や燭台、司祭の服までデザインしたのが、最晩年のマティス。体が不自由になり、長い棒の先に木炭をつけて壁画の下絵を描いている彼の写真は超有名です。

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 しかし、これを撮ったのがロバート・キャパだったとは知らなかった。巨匠ピカソが若い愛人に日傘をさしかけている、この作品もそう。もはや戦場カメラマンとは呼べないでしょ? ヘミングウェイやイングリッド・バーグマン、ジョン・ヒューストンなど、その人の本質にグッと迫る人物写真に、キャパの「もうひとつの顔」が見える。

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 ツール・ド・フランスの観戦写真もおもしろい。疾走する自転車は写さず、見物客が一斉に迎え一斉に見送る姿で瞬間のスピードと臨場感を伝えている。しかもユーモアのセンスでくるんで。これ以降、同じアイデアの表現が氾濫するのもうなずけます。カーニバルや競馬場やリゾート地を撮っても、彼流のスパイスを効かせて。

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 天性の戦場カメラマン。稀有の報道写真家。20年ほどの短い活動期間。謎に包まれた冒険家的生涯。世界中を飛び回って多様な傑作を撮り続けたキャパは、ファインダーから何を見ていたのでしょう。人間の愚かさ。人間のおかしみ。人間の素晴らしさ。喜怒哀楽をいやでも増幅させる戦争の時代を、彼は宿命的に生きたのだ。

ロバート・キャパ セレクト展
もうひとつの顔
2022年9月10日(土)~11月6日(日)
神戸ファッション美術館


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